| 【名無しさん】 2025年10月25日 17時28分15秒 | 猫でも書ける短編小説 |
| 【名無しさん】 2025年10月25日 17時26分50秒 | 『第1章:泥に咲く乙女たちの誓い』 東京の空は重い鉛色。降りしきる雨が、ターフを無慈悲に叩きつけていた。稍重という宣告が、このレースをただのスピード比べではない、根性と適性の試練に変える。パドックのざわめきが消え、ゲートに収まる緊張の一瞬。 「やるしかない。ここで、私の力を証明する」 内枠のタイセイボーグ(1番)は、闘志を秘めていた。過去の重賞で惜敗を喫した経験が、彼女を駆り立てる。最速の末脚を持つと自負する彼女にとって、この馬場は歓迎できない。しかし、迷いはなかった。 (重い。芝が水を含んで足を取られる感覚がある。これは、私の得意な鋭い斬れ味が鈍るかもしれない。でも、この1600mの道は、必ず私が追い込むための舞台。後ろでじっと息を潜め、最後の直線、全頭まとめて飲み込んでやる。内枠は少し気になるが、前に壁を作って脚を溜めることに集中だ) 外枠のマルガ(7番)は、その血統の誇りを胸に、ひときわ大きく見えた。純白の女王と同じ血を持つ彼女は、周囲の期待を一身に背負っている。 「さあ、前へ。私には、ためらいなんて似合わない」 ゲートが開く。彼女の反応は速い。躊躇なく、先頭へ躍り出る。これが彼女の競馬だ。他の馬たちにペースを握らせるつもりはない。 (誰も来ない。私のスピードについてこられるのは、この程度か。姉の背中を追いかけてきた私の闘志は、こんなGⅢでくすぶってはいられない。この稍重の馬場も、私にとっては重さではなく、踏みしめる力になる。残り800mまで、誰も前には行かせない。あとは、どこまで粘れるか) マルガに並びかけようと、ハッピーエンジェル(8番)が外から続く。彼女は、持ち前の高い先行力で、いつもレースを引っ張ってきた。 「マルガ、お前だけには行かせない。このポジションが私の指定席だ!」 (思ったより速くはならない。スローペース気味か。これは幸い。マルガをマークしつつ、脚を温存する。直線入口までこの2番手をキープできれば、粘り込みの目は十分にある。この馬場なら、後続も簡単には追いつけないはずだ。私の武器は、スピードの持続力だ) その2頭を見るように、中団につけるフィロステファニ(5番)は、まるで彫刻のように冷静だった。抜群の勝負根性と、それを引き出す卓越した勝負師の思考。 「完璧なスタート。いい位置が取れた。マルガとハッピーエンジェルが牽引する。速すぎず、遅すぎず。理想的な流れだ」 (今回は休み明けだが、仕上がりは最高だ。この馬場も、私の強靭なパワーにはむしろ味方する。前が開くのを待つ必要はない。このまま3番手で、いつでも動ける態勢。直線、最短でトップスピードに乗せる。勝利は、私だけのものだ) 後方集団の外で、レディーゴール(4番)はひたすら直線での爆発を夢見ていた。彼女の武器は、一瞬の切れ味。 「我慢、我慢よ。焦っちゃだめ。この馬場じゃ、インから抜け出すのは難しい。外へ、外へ持ち出すスペースを確保することだけを考えるのよ」 (私の脚は、どんな馬よりも速い。ただ、それを出すタイミングが重要。先行馬たちがバテるのを待つ。雨で重くなった馬場は、前半飛ばした馬のスタミナを削るはず。最後の400m、私の走りで全てをひっくり返してやる。外から一気に!) そして、誰もがノーマークだった、ミツカネベネラ(10番)。彼女は、この大舞台で自分の存在価値を証明しようとしていた。 「私だってやれる。私は、ただの先行馬じゃない!」 (内側の馬たちを見ながら、少しだけ前目にポジションを取れた。4番手。フィロステファニを目標にする。この位置なら、直線で前の馬が壁になることもない。誰もが私を眼中にないだろう。その油断が、勝利への扉を開く鍵だ。ここが勝負どころ。このまま食らいつく!) 勝負の第四コーナー 先頭を行くマルガの足取りが、少しずつ重くなる。 (脚が、残っていない…!やはりGⅢは甘くない。この重い馬場を引っ張り続けた代償か。姉のようにはいかないのか…!でも、まだ踏ん張れる、まだ!) 外からハッピーエンジェルがマルガに並びかけ、さらに内からはフィロステファニが2頭を飲み込む勢いで迫る。 「今だ!この加速!誰にも止められない!」 フィロステファニは、先行集団の真横を通り抜け、先頭に躍り出た。その加速力は、稍重の馬場をまるで良馬場のように駆け抜けているかのようだった。 (よし、抜け出した!あとは、私の脚がゴールまで持つか、後ろから来る刺客が追いつくかだ。私自身の限界との勝負!) その背後では、ミツカネベネラが猛然と追いすがる。 「フィロステファニ!行かせるか!私はここで終われないんだ!」 彼女は、まるで自分の身体をムチ打つように、必死に前を追う。誰もが驚く加速力で、マルガとハッピーエンジェルを抜き去り、2番手に浮上した。 しかし、最内から猛烈に伸びたのはタイセイボーグ。 「私の末脚は、こんなものではない!全てを賭ける!」 最内から、一頭だけ次元の違う速度で馬群を縫い、前を追う。彼女の脚が、ターフを蹴る度に泥が跳ね上がる。その一完歩、一完歩が、着差を縮める。 レディーゴールもまた、大外から渾身の追い込みをかける。 「届いて!お願い、届いてちょうだい!」 前を行くタイセイボーグを目標に、必死に食らいつくが、僅かに加速が遅れたか。タイセイボーグとの差がなかなか縮まらない。 ゴール前100m 先頭のフィロステファニは、もはや独走状態。 「この感覚!これが勝利の味!私は、最強の2歳牝馬になる!」 他馬を寄せ付けない圧倒的なスピードで、栄光のゴールへ駆け抜ける。 2番手争いは熾烈だった。ミツカネベネラが粘る。 「私の居場所はここだ!この泥の中、最後まで!」 多くの馬が外を回る中、最内を突いて猛烈に伸びたのはタイセイボーグ。最後の最後に、ミツカネベネラとの差をクビだけ詰める。 ターフの泥と雨の中、勝者が決した。 フィロステファニの完璧な勝利。 そして、彼女の背後、ミツカネベネラが驚異の粘り込みで2着。タイセイボーグは、最速の脚を見せるも、わずかクビ差届かず3着に終わった。 泥にまみれ、それでも輝きを失わない乙女たちが、それぞれの想いを胸に、熱きGⅢの舞台を駆け抜けた瞬間だった。彼女たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。 |