東京競馬場。そこは今、荒廃した世紀末の如き熱気に包まれていた。
ダート一六〇〇メートル。この砂の荒野を制する者は、全ダート界の覇者としてその名を刻むことになる。
読者「いや、ただのGⅠレースだから! 世紀末とか言い出さないで!」
ゲートが重々しく開いた瞬間、静寂は切り裂かれた。
(芝の感触が足裏に心地よい。まるでシルクの絨毯を走っているようだぜ)
シックスペンス[五番牡五]が、正義の執行官としての執念を燃やし、猛然とダートの荒野へと飛び出していった。
「待てぇ〜いルパン! 貴様の逃げ場所は、この砂の果てまで無いと思え!」
隣で鼻息を荒くするロードクロンヌ[十番牡五]に向かって、シックスペンスは叫び声を上げた。
「おいおい銭公、落ち着けよ。俺はまだ後ろでジャケットの埃を払ってるぜ?」
コスタノヴァ[十二番牡六]が、最後方付近で飄々と呟く。
「黙れぇ! 先頭を走るのが私の正義! 逃げる者は全て私が捕まえるのだ!」
シックスペンスの暴走に近いダッシュにより、最初の二ハロン目は驚愕の一〇.九秒を叩き出した。
(心臓が爆発しそうだ。だがこの速度こそが、悪を許さぬ私の魂なのだ)
読者「ダートで十秒台とか死ぬぞ! 銭形警部、落ち着けって!」
芝から砂へと突入した瞬間、激しい砂塵が舞い上がった。
それはまるで、北斗の拳のオープニングで山が崩れるシーンのよう。
「やれやれ、この砂の量は勘弁してほしいもんだな。帽子が汚れる」
ウィルソンテソーロ[十四番牡七]が、深く被ったハットのつばを直しながら、中団で冷静に呟いた。
(獲物はまだ先だ。焦って引き金を引けば、弾丸は空を切るだけだぜ)
「あら、そんなところでチンタラしてていいのかしら? 次元にルパン」
美しき女怪盗、ダブルハートボンド[九番牝五]が、黄金のオーラを纏いながら先頭集団へとスルスルと忍び寄る。
「不二子ちゃん! 相変わらず、一番人気のスポットがお似合いだねぇ!」
コスタノヴァが後ろから投げキッスを送るが、不二子は冷たくあしらう。
「ふん、一番人気は私の美しさの証明よ。泥棒に分けてあげるお宝なんて無いわ!」
三コーナー。銭形警部ことシックスペンスの暴走は止まらない。
背後にはロードクロンヌとペプチドナイル[十五番牡八]が、「あべし!」「ひでぶっ!」と言わんばかりの形相で食らいついている。
「おい銭形! ペースが速すぎるぞ! 我々の経絡秘孔が突かれるわ!」
ペプチドナイルが必死に抗議するが、シックスペンスは耳を貸さない。
「黙れ! 追跡の手を緩めることは、警察官の辞書には無いのだ!」
「このままじゃ全員自爆だぞ! 少しは後ろの状況を考えろ!」
「断る! 私は常に、自分の信じる正義の道を突き進むのみだ!」
(前が眩しい。だがこれは栄光の光ではなく、単なる限界の光か……)
読者「会話のドッジボールがひどい! 誰かこの警部を止めて!」
この超ハイペースに、中団の面々は冷静だった。
オメガギネス[一番牡六]が、内ラチ沿いで拳を握りしめる。
「(北斗神拳伝承者たるもの、無想転生で砂の粒を避けるべきか……)」
いや、馬なので無理である。単に砂を被って耐えているだけだ。
(膝が笑い始めている。だがここで屈しては、男が廃るというものだ)
四コーナー。ついに死闘の幕が上がる。
逃げ続けてきたシックスペンスの足取りが、目に見えて怪しくなった。
「ば、馬鹿な……私の足が、コンクリートのように重い……!」
「だから言っただろうが! この、わからず屋の熱血刑事が!」
ロードクロンヌが罵声を浴びせながら脱落していく。
読者「あーあ、前全滅じゃん! だから言ったのに!」
「さあ、お宝を頂く時間だぜ! 次元、準備はいいかい?」
コスタノヴァが、ついにその隠し持っていた秘孔を突く。
「……フン。言われなくても、照準はとっくに絞ってある」
ウィルソンテソーロが、静かにライフル(末脚)を構えた。
(風向きは読み切った。あとはこの一撃で、ゴールを撃ち抜くだけだ)
直線。そこは地獄の沙汰も脚色次第という名の戦場だった。
「私の美しさは、砂にまみれても色褪せないわ!」
ダブルハートボンドが、力強く先頭を奪い取ろうと踏ん張る。
しかし、背後から迫る男たちの執念は、彼女の想像を超えていた。
「どきな、不二子ちゃん! 美女に怪覚悟をさせるのは、俺の美学に反するんだ!」
コスタノヴァが、大外から爆発的な末脚で強襲をかける。
(空気が震えている。俺のこの一歩が、運命の歯車を狂わせるのだぜ)
「ルパン! 逃がすかぁ!」
内側からブライアンセンス[三番牡六]が、死兆星を見たような必死の形相で追いすがろうとする。
しかし、彼の前には先行馬たちが作った「肉の壁」が立ちはだかった。
「邪魔だ、どけぇ! 私の進路を塞ぐ者は、北斗壊骨拳の餌食だぞ!」
「(前が詰まった……! これでは必殺の拳を叩き込む隙間がない!)」
残り二百メートル。ウィルソンテソーロが、一瞬早く抜け出した。
「チェックメイトだ。このレース、俺がもらったぜ」
「あら、そう上手くいくかしら? 男は黙って私の後ろを歩きなさい!」
ダブルハートボンドが、意地とプライドで差し返そうと、そのしなやかな筋肉を躍動させる。
(肺が焼けるようだ。だが、女王の座を明け渡すわけにはいかないわ)
そこに、黄色いジャケットをなびかせた怪盗が現れる。
「ヒッヒッヒ! 二人とも、お宝に触れる前に俺様が頂いちゃうよ!」
コスタノヴァの脚色は、他の馬たちとは明らかに異質だった。
一完歩ごとに、ウィルソンテソーロとの差を詰め、追い抜いていく。
読者「ルパンの脚が違いすぎる!」
「何だと!? 俺の計算に狂いが生じたか……!」
ウィルソンテソーロが驚愕の表情を浮かべる。
「計算なんて、女の子を口説く時には邪魔なだけだぜ、次元!」
「ルパン! 貴様、どこからそんなエネルギーを……!」
「愛だよ、愛! 勝利という名の女神への、一途な情熱さ!」
「納得いくか! 貴様のそれは、単なる泥棒の執念だろうが!」
(追い詰められた。だが、最後まで抗うのがプロの流儀というものだ)
ゴールまで残り五十メートル。コスタノヴァ、ウィルソンテソーロ、ダブルハートボンド。三頭の肉体が、砂塵の中で火花を散らす。
「ふ〜じこちゃ〜ん! ゴールで待ってておくれよ〜!」
「来るんじゃないわよ、このエロ泥棒!」
「狙った獲物は逃さねぇ……だが、この距離は……!」
そして。
コスタノヴァの鼻先が、非情にも、かつ華麗にゴール板を駆け抜けた。
(お宝、確かに頂いたぜ。あばよ、みんな!)
レース後。砂まみれになったシックスペンスが、ゴール板の横で項垂れていた。
「ル、ルパン……。またしても、貴様を取り逃がしてしまった……」
「銭形、あんまり飛ばしすぎるからだよ。経絡秘孔を突きすぎだぜ」
コスタノヴァが、余裕の表情で鼻先を鳴らす。
「黙れ! 私は次のレースでも、貴様を地の果てまで追い詰めてやる!」
(腰が抜けて立てない。だが口だけは、現役バリバリの刑事なのだ)
ダブルハートボンドは、悔しそうに前髪を整えていた。
「まったく、男の子たちって最後だけ元気なんだから。次こそは、私の本当の力を見せてあげるわ」
「不二子ちゃん、その時は俺と二人で祝杯をあげようじゃないか」
「お断りよ! ダイヤモンドの一つでも用意してから言いなさい!」
ウィルソンテソーロは、静かに馬場を後にする。
「……やれやれ。銃の手入れが甘かったようだな。ルパン、次に会う時は、その薄ら笑いを弾丸で弾き飛ばしてやるぜ」
「怖いねぇ。でも、それが次元のいいところだ」
(完敗だ。だが、この敗北こそが、俺をさらに強く研ぎ澄ませる)
読者「結局、ルパン三世の宣伝みたいな終わり方だな! でも、このハイペースを再現しつつ……お前はもう、笑っている(ひでぶっ!)」
砂塵が舞う東京競馬場。そこには、戦いを終えた漢(おとこ)たちと一人の美女の、奇妙な友情と執念の物語が、確かに刻まれていたのである。