「佐倉くん。アイドルグループで『ダンスは完璧だけど、実は高所恐怖症』という子が、スカイダイビングのロケに呼ばれたらどうなると思う?」
神宮寺教授は、ホワイトボードに残った馬たちを冷徹な目で見つめながら、新しいマーカーをキャップから外した。
「ええと……泣き出すか、あるいは収録がお蔵入りになるかですね」
「正解。それが今回の第二次選考のキーワードよ。『適性の不一致』。一見華やかで実績があるように見えても、条件が一つ変わるだけで、彼らはただの『足の速い置物』に成り下がるわ」
「教授、今回はサフィラ、マイネルクリソーラ、それにマルガイホールネスの3頭を消すんですか? サフィラなんて、重賞勝ち馬ですよ? 55キロっていう斤量も軽いし、有利に見えますけど……」
佐倉がタブレットの成績表をスクロールしながら疑問を投げかける。
「佐倉くん、君はマイル、つまり1600メートルを全力で走るスピードスターに、いきなり2200メートルの長距離走を強いるのがどれほど酷なことか分かっている? 彼女の本質はマイラー。京都外回りの長い直線と3コーナーからの坂……そこはスタミナの貯金が尽きた瞬間に、地獄の借金取りが追いかけてくるコースなのよ」
「借金取りって……。でも、エリザベス女王杯で7着なら、そこまで悪くないんじゃ?」
「そこがデータの罠。相手が牝馬同士なら誤魔化しも効くわ。でも今回はヘデントールやエリキングという、スタミナの化け物みたいな牡馬が相手。55キロの恩恵なんて、コース適性の差で一瞬で消し飛ぶわ」
神宮寺は次にマイネルクリソーラの名前を力強く消した。
「マイネルクリソーラ、7歳。彼は去年のチャレンジCや目黒記念で善戦したけど、前走の日経新春杯を見て。同じ京都の舞台で、今回も出走するリビアングラスに完敗しているわ。1ヶ月でその差が埋まるほど、7歳馬の成長曲線は上向かない。これはもう『かつての名脇役』の限界よ」
「じゃあ、このマルガイホールネスは? 2024年のエリザベス女王杯で3着ですよ! 実績はトップクラスじゃないですか」
「佐倉くん、君は1年以上も新作を発表していない作家の、最新作がいきなり直木賞を獲ると思う?」
「……それは、かなり厳しいですね」
「この馬は、2025年1月の日経新春杯で大敗して以来、実戦データが完全に空白なの。1年以上のブランク。別定G2という激流。これで走られたら、私のデータサイエンスはただの占いに格下げね。リスクを考えれば、投資対象としては完全に『圏外』よ」
神宮寺教授は窓の外の雪を眺めながら、不敵な笑みを浮かべた。
「いい、佐倉くん。競馬は『名前』で走るんじゃない。『心肺機能』と『筋肉の鮮度』で走るの。これで残りは8頭。いよいよ、上位のエリートたちにメスを入れるわよ」
「……教授、さっきの『魔法少女税理士』。第3話で、主人公が節税のために使い魔を『経費』で落とそうとして、神界の監査から逃亡してました」
「その展開、私の予想データを超えてきたわね。……後で詳しく聞かせて」
神宮寺教授は少しだけ瞳を輝かせ、次の分析チャートに手を伸ばした。