小説:真宮寺教授の秘密講義《デブ猫競馬》


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第4章:エリートの限界線――三次選考と格の壁

「佐倉くん。地元で『神童』と呼ばれた秀才が、東大の理科三類に入学していきなり挫折する現象を何と呼ぶか知ってる?」

神宮寺教授は、ホワイトボードに残った8頭の名前を眺め、まるで冷徹な面接官のような表情でペンを弄んだ。

「ええと……『井の中の蛙』、とかですか?」

「いいえ。競馬界ではそれを『オープン特別と重賞の壁』、あるいは『G3とG2の絶壁』と呼ぶわ」
彼女は迷うことなく、ドクタードリトル、ジューンテイク、あるいはシェイクユアハートの3頭を赤線で塗り潰した。

残った馬たちはどれも『そこそこ』強い。でも、そこそこでは届かないのが京都記念なの。ファンは前走の勝ち星や掲示板の文字に惑わされるけれど、私の目は騙せない。G3のハンデ戦で勝った程度の馬が、59キロを背負った天皇賞馬の威圧感に耐えられるかしら? 答えはノーよ。ここは『本物』だけが生き残るコロッセオなんだから

「ええっ、教授! シェイクユアハートを消しちゃうんですか? 前走の中日新聞杯で勝ってるじゃないですか。今、一番ノリに乗ってる馬ですよ!」
佐倉が声を裏返して抗議する。

「落ち着きなさい、佐倉くん。確かに彼は2000メートルのG3を勝ったわ。でも、思い出して。今回の舞台は京都2200メートル。たった200メートルの差だけど、京都の外回りはその200メートルに『底力』という名の高い通行料を要求するの。彼は2000メートル特化型のスピードスター。ここで求められるスタミナの総量には、残念ながら1テラバイトくらい足りないわ」

「1テラバイト……。じゃあ、ドクタードリトルは? 安定して5着以内には入ってますよ」

「それが彼の限界なのよ。前走の日経新春杯でも5着。同じ条件で戦って、今回も出走するリビアングラスに負けている。佐倉くん、君は一度も勝てなかったライバルに、1ヶ月の特訓だけで勝てると思う? それができるのは週刊少年ジャンプの主人公だけ。現実のデータは、残酷なまでに序列を維持するわ」

「じゃあ、ジューンテイクは……」

「彼も同じ。2000メートルなら買えるけど、京都の2400メートル(京都大賞典)で12着に沈んだ前科があるわ。このコース特有の『長く脚を使う』流れに適性がない証拠よ。G3なら掲示板を賑わせるでしょうけど、G1馬が本気で叩きに来るこのレースでは、ただの背景にすぎないわ」

神宮寺教授は椅子を回転させ、佐倉を真っ直ぐに見つめた。

「これで、生き残ったのは5頭。精鋭中の精鋭よ。エコロディノス、エリキング、ヘデントール、ヨーホーレイク、リビアングラス。……佐倉くん、ここから先は『予想』じゃない。どちらが『新時代の覇者』にふわさしいかという『審判』よ」

「……教授、さっきの『魔法少女税理士』。第4話で、主人公が魔法の杖を『耐用年数5年の減価償却資産』として申告しようとして、税務署の使い魔と魔法バトルになってました」

「……減価償却の計算、間違ってなきゃいいけど。後でそのシーンの静止画、私の端末に送っておいて」

教授の頬が、分析の熱とは別の理由で少しだけ赤くなった。