「佐倉くん。最高の推理小説において、犯人は最初から読者の前に立っているものよ。ただ、その『動機』と『条件』が揃うまで、誰も彼を犯人とは呼ばないだけ」
神宮寺教授は、ホワイトボードに残った5頭の名を五角形に並べ直し、その中心を鋭く指差した。
「いよいよ最終結論。京都記念、TOP5の提示よ」
「教授、ついにですね……。まずは第5位から教えてください!」
「ええ。第5位はヨーホーレイク。8歳のベテランね。実績は申し分ないけれど、58kgの斤量と加齢による反応の鈍化は否めない。掲示板には確実に来るでしょうけど、今のキレッキレな4歳児たちを差し切るには、少しばかり膝が痛むはずよ」
「第4位はエコロディノス。3連勝中の勢いは本物だけど、今回は初めてのG2、初めてのG1級との対決。いわば、地元の進学校で1位だった子が、いきなり全国模試に放り込まれるようなものね。56kgの恩恵は大きいけれど、ここは『試練の場』としての評価に留めるわ」
佐倉がゴクリと唾を飲み込む。
「そして第3位。ここで現役最強のヘデントールよ。59kgの酷量、そして休み明け。能力だけなら間違いなく世界レベルだけど、今回の彼は『全力疾走』ではなく『春への肩慣らし』。王者の余裕が、逆に隙を生むわ。自力で3着には突っ込むでしょうけど、勝ち切るには条件が厳しすぎる」
「ええっ! 天皇賞馬が3位なんですか!? じゃあ、1位と2位は……」
「第2位はリビアングラス。彼こそがこのレースの『隠れた支配者』よ。前走の日経新春杯で見せた京都適性は異常なほど高い。今回は『叩き2走目』で状態もピーク。バビットという先導役がいることで、彼は最も得意な『2番手からの抜け出し』を完璧に遂行できる。展開と適性だけなら、彼が1位でもおかしくないわ」
神宮寺は、最後にエリキングの名前を力強く囲った。
「そして、栄光の第1位は――エリキング。4歳世代の真の王者よ」
「エリキング……。でもヘデントールより実績は下ですよね?」
「佐倉くん、競馬は『積み上げた過去』だけで決まるんじゃない。『今、この瞬間の期待値』なの。彼はヘデントールより2kg軽い57kg。適性は菊花賞2着で証明済み。ローテーションも理想的。重すぎる枷を負った旧王(ヘデントール)を、最もバランスの取れた若き王者が玉座から引きずり下ろす……。これこそが、データの導き出した2026年、京都記念の正解よ」
「新旧交代のドラマ……。理屈だけじゃなくて、なんだか熱いですね」
「ふふ、データは時に、血の通った物語よりも劇的よ」
神宮寺教授は満足げに笑い、佐倉のノートを閉じさせた。
「……教授、そういえば『魔法少女税理士』の第5話見ました? 主人公が魔王の裏帳簿を差し押さえるために、地獄のタックスヘイブンに殴り込みをかけてましたよ」
「……魔王のタックスヘイブン。その発想、私の論文のヒントになるかもしれないわね。今夜、一気見しましょうか」
神宮寺は少しだけ表情を和らげ、窓の外に広がる、決戦の地・京都へと続く空を見つめた。