響け!中山の急坂(フォルテシモ)

―性格の悪い私(10番)が特別になりたい彼女(11番)を差し切るまで―
~フラワーカップの激闘~(響け!ユーフォ編)

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第1章: 「そして、次のファンファーレが鳴るのです。」
第1章 扉絵挿絵:パドックの静寂
春の陽光が芝生を焦がすような、熱を帯びた中山のパドック。 土と草が混ざり合った青臭い匂いが、鼻腔をツンと刺激する。 ゲートの鉄扉が、ガシャンと暴力的な音を立てて弾け飛んだ。 一二・四秒という標準的な立ち上がりから、事態は急変する。 黒々とした土を蹴り上げ、先頭に躍り出た影があった。 「私は、他の馬(その他大勢)とは違う。それを証明するだけ」 11番・牝3のロンギングセリーヌが、鋭い流し目で後方を睨む。 (息遣いすら不快だわ。誰も私の視界に入らないで頂きたいわね) その強烈な踏み込みは、二ハロン目を一一・五秒という、 狂気じみたハイペースへと全馬を引きずり込んでいく。 「よーし!このまま押し切っちゃうからね!」 13番・牝3のアメティスタが、元気いっぱいに飛び出していく。 「ちょっと、邪魔よ。私の完璧なソロパートに割り込まないで」 ロンギングセリーヌが、冷ややかな声で隣の気配を牽制した。 「えへへ、邪魔じゃないよ!一緒に走った方が絶対楽しいもん!」 「……頭の中までお花畑なの?隣の芝生でも食べていなさいな」 「ひどーい!でも私、苦しい時こそ踏ん張るのが取り柄なんだ!」 アメティスタは全くへこたれず、さらに前傾姿勢で食らいつく。 その殺伐とした先行争いの少し後ろ、中団の外側。 「……うわぁ、みんな必死。でも、これくらいやらなきゃ終われないよね」 10番・牝3のスマートプリエールが、小さくため息をつく。 (最初から飛ばしすぎだってば。絶対に後でバテるに決まってる) 周囲の馬たちが、先行争いの熱に当てられて前へ前へと急ぐ。 「ちょっと押さないでよ。私のパーソナルスペースを侵害してる」 「ご、ごめん!でも前が詰まっちゃって、どうしようもないの!」 「あーあ、もう。これだから集団行動って面倒くさいんだよね」 「なによその態度!こっちだって必死に走ってるのに!」 プリエールは耳を伏せ、泥跳ねを避けながら器用に馬群を立ち回る。 最後方、一四番手という絶望的な位置に、その姿はあった。 「おやおや、みんな楽しそうだねぇ!私も混ぜてよ!」 8番・牝3のイクシードが、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。 (ふふっ、あのハイペース。前で争うなんて愚かの極みだねぇ) イクシードの息は全く乱れず、ただ前方の惨状を観察している。 「最後は、一番綺麗な音を鳴らした馬が勝つ。……でしょ?」 誰に言うでもなく呟き、後方から獲物を狙う猛禽類のように目を細めた。 「いいリズムです……。このまま、最高の旋律を奏でましょう」 14番・牝3のカラペルソナが、目を閉じて蹄の音を確かめる。 (中山の風は少し荒いですが、私のテンポは決して乱れませんよ) 小さな馬体をリズミカルに弾ませ、後方待機の列に加わった。 第一コーナーから第二コーナーへ。 ここで、先頭のロンギングセリーヌがふっと息を抜く。 一二・六秒。極限の緊張から一転、奇妙な緩みが生じた。 「ハァ……ハァ……。少しだけ、ペースを落させてもらうわ」 「あ、待って!急に遅くなったら、ぶつかっちゃうよー!」 アメティスタが慌てて歩幅を合わせようと、ドタバタと足踏みする。 「馬鹿ね。自分のペースも守れないなら、今すぐコースから降りなさい」 「むむっ!でも、ここで息を入れないと最後まで保たないでしょ!」 「……チッ、図星を突かれると腹が立つわね。勝手にしなさい」 その急激なペースダウンは、中団の馬群をドミノ倒しのように詰まらせる。 「……うわっ、ちょっと!急にブレーキかけないでよ!」 スマートプリエールが、前の馬の尻に顔をぶつけそうになる。 (もう……なんで私がこんな泥を被らなきゃいけないの。最悪……) 内側からは2番のナックホワイトらが圧をかけてくる。 「ねえ、ちょっと外に膨らまないでよ。私の進路がなくなるでしょ」 「しょうがないじゃない!前が詰まってるんだから、文句言わないで!」 「文句じゃなくて事実を言ってるの。あー、本当に性格悪くなりそう」 「もうなってるじゃない!ぶつぶつ煩いんだから!」 プリエールは顔をしかめながら、それでも外側の有利な位置を死守する。 第三コーナーのカーブが迫る。 土を蹴る音が、再び激しさを増していく。 一二・三、そして一二・二と、じわじわとペースが跳ね上がる。 「ついてこれるなら、ついてきなさい。……無理でしょうけど」 ロンギングセリーヌが、再び闘志を燃やして加速を始める。 (誰にも前は譲らない。私が一番美しいということを証明するの) 「うわー!またペース上がったぁ!でも負けないぞー!」 アメティスタが、歯を食いしばって前方に食らいつく。 (脚がパンパン……。でも、止まったらみんなに申し訳ないし……) 中団のスマートプリエールも、周囲の殺気を感じ取っていた。 「そして、次の直線の坂が、始まるのです」 まるで他人事のように呟くが、その瞳は獲物を狙うように冷徹だ。 (中山の坂って、誰が設計したの?性格悪すぎじゃない?) 文句を言いながらも、脚はしっかりと地面を捉え、外へ持ち出す。 「あはは!前が壁だねぇ。計算ミスかな?それとも嫌がらせ?」 最後方のイクシードは、前方にそびえ立つ馬の壁を見据える。 (一番人気なんて、期待の押し売り。疲れるからあんまり好きじゃないんだよね) だが、その四肢には、いつでも爆発できるだけのエネルギーが満ちている。 土煙が舞う中、各馬の思惑が交錯する第四コーナー。 地獄の釜の蓋が、今まさに開こうとしていた。