真宮寺教授の秘密講義《デブ猫競馬》


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Investment Logic in Horseracing

第1章:混沌のシルクロードと、理詰めの根岸

「ねえ、佐倉くん。最近始まったあのアニメ、見た? 魔法少女が物理法則に従って、加速度Gに耐えながら音速で飛ぶっていう、あの妙にリアルなやつ」

研究室の窓から差し込む冬の柔らかな日差しを浴びながら、神宮寺教授はモニターから目を離さずに言った。彼女の指先は、複雑なデータが並ぶ画面を軽やかに叩いている。

「ああ、『音速のマジカル・ダイナミクス』ですね。見ましたよ。でも教授、魔法少女の空気抵抗の話をする前に、僕の切実な『お財布の空気抵抗』をどうにかする方法を教えてください。今週末の重賞、どっちを買えばいいんですか?」

佐倉は、手元のタブレットに表示された2つのレース名を見せた。
①根岸ステークス(東京・ダート1400m)
②シルクロードステークス(京都・芝1200m)

神宮寺は椅子をくるりと回し、佐倉を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、データという名の魔法を操る者特有の鋭い光が宿っている。

「いい? 佐倉くん。競馬をギャンブルだと思っているうちは二流よ。これは『不確定要素を極限まで削ぎ落とす投資的パズル』なの。で、そのパズルを解く上で、どっちのピースが扱いやすいと思う?」

「ええと……シルクロードステークスですか? 名前がオシャレですし」

「却下。名前の優雅さに騙されるなんて、SNSの加工写真に釣られる初心者と同じね」

(やれやれ、これだから佐倉くんは。名前の響きだけで選ぶなら、私は今頃『高級パフェステークス』に全財産を投げているわ。でも、初心者が陥るこの『直感の罠』こそが、データ分析の最大の敵なのよね。まずは、論理のバットでその甘い考えを粉砕してあげなきゃ)

「教授、厳しいなぁ。じゃあ、なんでシルクロードはダメなんですか?」

「いい? シルクロードステークスは『ハンデ戦』なの。これがどういう意味かわかる?」

「ええと、実績がある馬は重い荷物を背負わされて、そうじゃない馬は身軽に走れる……公平なレースってことですよね?」

「言葉を選ばずに言えば『主催者が意図的に大混戦を作ろうとしている罠』よ。強い馬には『あんた強すぎるから、これでも食べてなさい』って鉄板入りのリュックを背負わせるの。結果、ゴール前ではみんなが横一線になるように調整される。そんなの、数式で予測しようとしたら変数が多すぎてパンクしちゃうわ。まるで、全員が違う重さのダンベルを持って100メートル走をするようなものよ。誰が勝つかなんて、その日の体調一つでひっくり返っちゃう」

「なるほど……。ハンデがあるから、データが通用しにくいってことか」

「その通り。おまけに、今の京都の芝コースは冬のせいでボロボロ。内側を通った馬が有利なのか、外側が伸びるのか、当日のレースをじっくり観察しないとわからない。そんなの、仕事帰りの佐倉くんには無理でしょう?」

「うっ……確かに。じゃあ、根岸ステークスの方はどうなんですか? そっちは『別定戦』って書いてありますけど」

「そう! 根岸ステークスは『実績に応じた重り』を背負うだけ。しかも東京競馬場のダート1400メートルというコースは、競馬界でも屈指の『嘘をつかないコース』なの」

「嘘をつかない?」

「ええ。東京の直線はとにかく長いの。500メートル以上あるわ。これだけ長いと、途中でちょっと進路が狭くなったり、スタートで少し遅れたりしても、最後の直線で実力がある馬なら挽回できちゃう。つまり、『運』よりも『実力』が反映されやすい。佐倉くん、君は宝くじを当てたいの? それとも、強い馬が勝つのを見届けたいの?」

「それはもちろん、勝って美味しいお寿司を食べたいです。……あ、いや、実力通りの結果を求めたいです」

「正直でよろしい。根岸ステークスには、エンペラーワケアみたいな、この距離なら絶対に大崩れしない安定した実績馬が出てくるわ。血統を見ても、このコースに強い『ヘニーヒューズ』や『ロードカナロア』の血を引く馬がしっかり走る。データ派にとって、これほど信頼できる土壌はないわ」

「でも教授、実力通りに決まるなら、みんながそれを買って配当が低くなるんじゃないですか? お寿司が回転寿司の100円皿だけになっちゃう……」

「ふふ、そこが面白いところなのよ。確かに本命馬は堅実だけど、その裏側で『なぜか人気にならないけれど、この条件なら化ける馬』が必ず紛れ込んでいる。それを探すのが、私たちの仕事。不確実すぎるシルクロードで博打を打つより、根岸の『論理的な穴』を探すほうが、よっぽど知的で高配当への近道なのよ」

「……分かりました! 今週のターゲットは根岸ステークスですね。でも、具体的にどうやってその『化ける馬』を見つければいいんですか?」

「それを教えるには、まずお茶の時間が必要ね。佐倉くん、下のコンビニで新作の『猫型フィナンシェ』買ってきて。それと引き換えに、根岸ステークスの闇に潜む、お宝の探し方を伝授してあげる」

「えっ、猫型じゃないとダメですか?」

「当たり前でしょう。耳の形が黄金比じゃないと、私の脳細胞は活性化しないの。さあ、早く!」

(さて、レースは決まったわ。根岸ステークス。舞台は整っている。次は、この盤面上に散らばった駒の中から、王様を脅かす『歩』を見つけ出す作業。別定戦だからこそ見える、わずかな斤量の隙間。そして、東京の長い直線がもたらす『末脚の逆転劇』。データは嘘をつかないけれど、読み解く人間が未熟だと真実を見落とすのよね……)

「教授! 買ってきましたよ、黄金比の耳を持つ猫型フィナンシェ!」

「いいわ、佐倉くん。じゃあ、第2ラウンド。根岸ステークスの『論理的な穴馬』を炙り出しましょうか」


第2章:黄金の末脚と、異世界からの刺客

「ふぅ……。やっぱり猫型フィナンシェは、この耳の角度が絶妙ね。バターの香りが脳の海馬を直撃して、データが勝手に整列し始めたわ」

神宮寺教授は満足げに最後の一口を飲み込むと、再びモニターに向き直った。

「さて佐倉くん。本命の馬たちが強いのはわかったけれど、私たちが狙うのは『みんなが見落としている宝物』、つまり穴馬よ。この根岸ステークスで、大逆転を起こす馬の条件は何だと思う?」

「ええと、根性がある馬……とか?」

「精神論も嫌いじゃないけど、今は2026年よ。もっとロジカルにいきましょう。ヒントは『東京競馬場の特殊性』。さっき教えたわよね?」

「あ、直線の長さですね! つまり、最後にすごいスピードで追い抜ける馬ですか?」

「正解。でも、ただ速いだけじゃダメ。ここで重要になるのが『重さ』と『経験』のギャップなの」

(佐倉くん、意外と筋がいいわね。そう、根岸ステークスは『前の馬たちが最後にお互いを牽制し合って、足が止まった瞬間』に、後ろから一気に強襲する馬が穴をあける。まるで、最近流行りの『異世界転生してチート能力で無双する』主人公みたいな展開がリアルに起きるのよ)

「教授、その『重さと経験』ってどういうことですか?」

「いい? このレース、さっき言った有力馬たちは実績がある分、重い荷物……57キロを背負わされるわ。ベースラインとなる実績がそこまで認知されていないせいで、少し軽い荷物で走れる馬がいる。その『わずかな軽さ』が、500メートルを超える長い直線では、最後の一伸びに劇的な差を生むの」

「なるほど。1キロ、2キロの差が、最後には数メートルの差になるってことですね。……でも、そんな馬、今回のメンバーにいますか?」

「ええ。そこで私の分析から導き出した、狙える穴馬第2位を発表するわ。『ノーブルロジャー』よ」

「ノーブルロジャー? この馬、もともと芝のレースを走っていた馬ですよね? 芝の重賞を勝ってるのに、ダートのレースに出てきて大丈夫なんですか?」

「そこが盲点なのよ、佐倉くん。最近のトレンド、知ってる? 『芝で速いスピードを持っている馬が、実はダートでも超一流だった』っていうパターンがすごく増えているの。この馬のお父さんも、アメリカのダートで大活躍した血統。いわば『エリートコースから急にワイルドな世界に飛び込んできた転校生』ね」

「転校生……。でも、砂の上で滑ったりしないんですか?」

「東京のダート1400メートルは、スタート地点が『芝』なの。つまり、芝のレースで鍛えた瞬発力があれば、最初の加速でいいポジションを取れる。それに、今のダート界はスピード化が進んでいるわ。芝で重賞を勝つほどのスピードがあれば、パワー不足を補って余りある武器になる。みんなが『ダートは初めてだから怪しい』と疑っている今こそ、絶好の買い時なのよ」

「確かに、疑われている時ほどオッズ……あ、配当が良くなりますもんね」

「その通り。そして、私がもっとも期待している、第1位の穴馬。これはもう、ある意味で『究極の偏食家』と呼んでもいいわ。『アルファマム』よ」

「アルファマム……。名前は可愛いけど、そんなにすごいんですか?」

「この馬、とにかく『最後の直線だけ』に全てを賭けているの。道中は最後方でやる気がないように見えるかもしれないけど、エンジンがかかった時の末脚は、今のダート界でもトップクラス。しかも今回は、他の有力馬より軽い55キロで出走できるわ」

「55キロ! それは有利ですね。でも教授、最後方からって……前の馬たちに届かないリスクはないんですか?」

「鋭いわね。でも、根岸ステークスは例年、前に行きたい馬たちが激しく争って、前半のペースが速くなりやすいの。そうなると、最後に前の馬たちはヘトヘトになる。そこを、軽い荷物で体力を温存していたアルファマムが、外から一気に飲み込む……。想像してごらんなさい。大外から1頭だけ異次元の速さで飛んでくる姿を。まるで、新作映画のヒーローの登場シーンみたいじゃない?」

「うわ、それは熱いですね……! 教授、僕、そのアルファマムの末脚に賭けてみたくなりました!」

「ふふ、いいわね。ただし、注意点は忘れないで。雨が降って馬場がカチカチに固まったら、前が止まらなくなって彼女の出番はなくなるわ。当日の空模様と、私の機嫌には細心の注意を払うことね」

「教授の機嫌は、データで予測できないから一番難しいですよ……」

神宮寺は不敵に微笑み、モニターに並んだ2頭の名を指差した。

「論理的に導き出した結論は、これよ。

1位:アルファマム(軽斤量と爆発的な末脚に期待)
2位:ノーブルロジャー(芝のスピードをダートに持ち込む刺客)

さあ、佐倉くん。この分析が正しければ、日曜日の夜は回転寿司じゃなくて、銀座の回らないお寿司に行けるかもしれないわよ?」

「よーし! 教授、信じてついていきます! ……あ、でもその前に、レポートの添削もお願いしますね?」

「それは別料金よ。猫型フィナンシェ、もう一箱買ってきてくれたら考えてあげてもいいわ」

研究室に、二人の明るい笑い声が響いた。冬の冷たい空気の中、東京競馬場の長い直線を駆け抜ける馬たちの蹄音が、神宮寺の頭の中ではすでに鳴り響いていた。