【名無しさん】 2025年10月5日 21時25分19秒 | 猫でも書ける短編小説 |
【名無しさん】 2025年10月5日 18時45分17秒 | 第七十六回 毎日王冠:光速の誓い ナレーション 秋風が東京レース場の芝を撫でる、2025年10月5日。ここは、伝説の舞台へ続く道、GⅡ・毎日王冠のスタートラインだ。 芝1800メートル、左回り。この短い距離に、トップクラスのスピードとスタミナ、そして一瞬の閃きが凝縮される。 今、ターフに立つのは、選ばれし11人のアスリートたち。 勝利への渇望、己の限界への挑戦。それぞれが胸に秘めた**「光速の誓い」**を懸け、ゲートインを完了した。 彼ら、彼女らの瞳は、ただ前だけを見据えている。勝利の女神は、果たして誰に微笑むのか――。 第一章:スローテンポの攻防と絶対王者の覚醒 「さあ、俺のショータイムだ!」 ゲートが開くと、オレンジの勝負服、ホウオウビスケッツ(牡5)が弾けるように飛び出した。彼は自身の役割を理解していた。このレースのテンポを、自らが支配すること。 「皆、悪いが、このリズムは俺が作る。高速アタックは封印だ。俺の得意な**『スローテンポの逃げ』**で、直線までスタミナを温存する!」 彼はあえてペースを上げない。後続に安堵感を与えるような落ち着いたラップ。誰もが予想する展開の逆を行く大胆な作戦だ。誰も追いつかないことを確認し、彼は静かにほくそ笑む。この楽な流れなら、最後の坂でも俺の脚は止まらない。 そのホウオウビスケッツのすぐ後ろ、絶好の二番手に収まったのは、若き挑戦者、サトノシャイニング(牡3)。 「完璧な展開だ。先輩(ホウオウビスケッツ)が作ってくれた貯金を、直線で利息ごといただく!」 彼は自身の身軽さ(55kg)を最大限に活かし、内ラチ沿いの最短コースをキープ。無駄な動きは一切しない。3歳特有の鋭い末脚を温存し、虎視眈々と逆転のチャンスを待つ。 その後ろ、内ラチ沿いで静かに闘志を燃やすのは、昨年もこの舞台で輝いたエルトンバローズ(牡5)。 「去年は3着。今年はもっと上へ。この流れは前に有利だが、俺の得意な坂の加速に懸ける」 彼は自身の重い勝負服(57kg)の負担を感じながらも、経験と冷静さで位置をキープ。逃げ集団から離れすぎず、いつでも仕掛けられる距離にいる。 だが、このペースに最も苛立ちを感じていたのが、中団外で走る栗毛の巨漢、レーベンスティール(牡5)だった。彼の瞳は静かな怒りを宿している。 「遅い!遅すぎるぞ!こんな緩いまま直線に入ったら、先行連中に逃げ切られてしまうじゃないか!」 彼は爆発的な加速力を持つが、このスローペースでは、彼の持つ圧倒的なパワーを活かす場所がない。彼の心臓は唸り声を上げ、「行きたい」と全身で訴えていた。 「我慢はしない。展開が味方しないのなら、俺が展開そのものを捻じ曲げてやる」 彼は自らの意志で、3コーナーから4コーナーへ向かう下り坂で、外から一気に加速を開始した。それは、後方で脚を溜めていた他の差し馬たちから見れば、あまりにも早すぎる強引な仕掛けだった。 後方集団は、このスローな流れに焦燥を感じていた。 最も後方を進んでいたディマイザキッド(牡4)は、奥歯を噛みしめる。 「スローだ…俺の究極の瞬発力を殺す流れだ。なぜ誰もペースを上げなかった!」 彼は怒りを力に変え、最後の直線に向けて、一気にスパートを開始した。彼の目標はただ一つ、前方にいる全てのライバルを抜き去ること。だが、彼は知っている。この大きな差は、彼の上がり33.2秒という最速の脚をもってしても、容易に埋まるものではないことを。 そして、かつての女王チェルヴィニア(牝4)は、中団のインで、進路を求めて喘いでいた。 「体が重いわ。去年の私ではない。それに、道がない!」 彼女は本来、鋭い切れ味で一瞬の勝負を決めるタイプ。しかし、久しぶりのレースで増えた体重と、インで進路を塞がれた焦燥が、彼女の冷静さを奪っていく。前が開かない。外からレーベンスティールの影が通り過ぎたとき、彼女は一瞬、絶望に近い戸惑いを感じた。 「くっ…これが、GⅡの、ブランクの代償なの…?」 いよいよ勝負の最終直線!東京競馬場の心臓部、長い上り坂だ。 ホウオウビスケッツは渾身の力を込めて芝を蹴る。彼の粘り込みは、先行アスリートの意地そのものだった。 「最後まで逃げ切る!これは俺の勝利だ!」 内からサトノシャイニングが並びかけ、エルトンバローズも坂で力強く伸びる。先行勢による三つ巴の激しい戦いが始まったかに見えた。 その瞬間、彼らの耳に、嵐のような咆哮が響き渡った。 レーベンスティールだ。彼は大外から、まるで巨人の一歩のように、先行集団を一気に飲み込もうとしていた。彼の脚は、他のどの馬のそれとも違った。まるでターボエンジンが作動したかのような、異次元の加速。 「俺の力は、こんなスローペースごときに抑え込まれない!」 彼の加速は、先行勢の貯金を一気に削り取る。ホウオウビスケッツは最後まで抵抗したが、レーベンスティールの力は、彼が作り上げたスローペースの常識を、根本から破壊した。 ゴールまで残り50メートル。 レーベンスティールが、先頭のホウオウビスケッツの横に並びかけ、そして抜き去る。 「勝った…!これが、俺の光速の誓いだ!」 歓喜の勝利。続くのは、最後まで粘り切ったホウオウビスケッツと、そのインを突き通したサトノシャイニング。彼らの背後には、展開の壁に阻まれながらも、最速の末脚を繰り出し続けたディマイザキッドやロングランの、届かぬ悔しさが残っていた。 この毎日王冠は、スローペースという「展開の常識」を、ただ一人のアスリート、レーベンスティールが、その絶対的な能力で破壊した、伝説の一戦として記憶されることになった。 |