【名無しさん】 2025年10月17日 21時20分46秒 | 猫でも書ける短編小説 第5章『英雄の静けさ、そして今』 |
【名無しさん】 2025年10月17日 21時13分45秒 | 第40章『精霊リュミエールとの邂逅』 迷宮の第七層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。 音が、ない。 風も、ない。 魔力のざわめきすら、どこか遠くに引いていく。 「……ここ、静かすぎない?」 ルイは思わず呟いた。 声が、石壁に吸い込まれるように消えていく。 まるで世界そのものが、息を潜めているかのようだった。 「封印核が近い証拠だな」 ヴァルが剣の柄に手をかけながら言う。 「魔力の流れが沈殿してる。この層は、空間そのものが“封じられてる”んだ」 「……封じられてる、か」 ルイは自分の手を見下ろす。 封印術を使うたびに、何かを閉じ込めているような気がしていた。 けれど、それが“守るため”だと信じたくて、ここまで来た。 「ご主人様、段差です。足元にお気をつけて」 フレアがそっと袖を引く。 その声はいつも通り穏やかで、けれどどこか張り詰めていた。 「ありがとう。……でも、そんなに近くなくても」 「では、半歩だけ離れますね。ご主人様の気配が感じられる距離で」 (それ、ほぼ変わってない……) ルイは小さくため息をついた。 フレアの忠誠はありがたい。ありがたいのだが、 “距離感”という概念が、彼女の辞書には存在しないらしい。 ◆ その時だった。 空間の中心に、光が舞った。 それは、風もないはずの空間に、そっと揺れる羽のようだった。 「……魔力の粒子が、踊ってる?」 ミリアが目を細める。 彼女は魔力の流れを“音楽”として捉える癖がある。 今の彼女の耳には、きっと優雅な旋律が流れているのだろう。 「セリナさん、今“ふわふわステップ”を夢の中で踏み直しましたよ」 世界の意志が、脳内で実況を始める。 (夢の中でステップって……どういう状態なんだ) ルイが困惑していると、光の粒が集まり、ひとつの“形”を成した。 それは、少女だった。 髪は淡い金色で、肩までのゆるやかなウェーブ。 瞳は水面のような青で、見つめられると心の奥まで透かされるような気がした。 衣装は羽毛のような魔力布でできていて、風もないのにふわりと揺れている。 そして何より——その存在感が、儚かった。 「……誰?」 ルイが問いかけると、少女は静かに微笑んだ。 「私は、リュミエール。封印核の守護精霊です」 その声は、風鈴のように澄んでいて、どこか懐かしかった。 「あなたの封印……とても、優しい。だから、来ました」 「僕の……封印?」 「ええ。あなたの封印は、誰かを閉じ込めるものじゃない。 誰かを、守るためのもの。……それが、嬉しかったの」 ルイは、言葉を失った。 誰かに、そんなふうに言われたのは初めてだった。 「セリナさん、今“守る”という単語に反応して、夢の中で手を伸ばしました」 世界の意志が、そっと囁く。 (……セリナさん) ルイの胸の奥が、静かに震えた。 ◆ リュミエールは、そっとルイの手を取った。 その手は、魔力でできているはずなのに、あたたかかった。 「迷宮の構造、見せてあげます。あなたなら、きっと整えられるから」 その言葉とともに、空間が広がる。 壁が透け、魔力の流れが線となって浮かび上がる。 それは、まるで巨大な封印陣のようだった。 「この迷宮は、世界の“揺らぎ”を封じるために作られた。 でも、完全じゃない。だから、あなたのような人が必要なの」 「僕が……?」 「ええ。あなたの封印は、静かで、優しくて、あたたかい。 それは、世界を整える力。……私は、それを信じています」 その瞳は、まっすぐだった。 儚げなのに、芯がある。 風のように柔らかいのに、決して揺らがない。 ルイは、そっと頷いた。 「……ありがとう。リュミエールさん」 「ううん。こちらこそ、ありがとう。あなたに会えて、よかった」 その微笑みは、どこかセリナに似ていた。 けれど、違う。 これは、リュミエールというひとりの精霊が、 ルイというひとりの封印使いに向けた、確かな想いだった。 ◆ 「ルイ、今の精霊……完全に君に懐いてたな」 ヴァルが肩をすくめる。 リズは遮断陣を畳みながら、「天然系って、あれが本物なのね」と呟く。 フレアは、ルイの袖をそっと引いた。 「ご主人様、あの方……とても、優しい目をしていました」 「……うん。そうだね」 ルイは、そっと拳を握った。 この力で、守りたい人がいる。 それが、彼のすべてだった。 迷宮の奥へと続く道が、静かに開かれていた。 |
【名無しさん】 2025年10月17日 21時13分2秒 | 第41章『封印使いの噂、王都に広がる』 王都の朝は、噂で目覚める。 冒険者ギルドの受付嬢が言った。 「大英雄レイガ様が、魔物を三体も倒したんですって!」 それを聞いた鍛冶屋が言った。 「三百体倒したらしいぞ!」 それを聞いた薬草屋が言った。 「魔物三百体を、剣を抜かずに倒したって!」 そして夕方には、酒場ではもう—— 「大英雄さまが、ドラゴン軍団を片手で粉砕した!」 ……どうして片手になったのか、誰にもわからない。 ◆ 「レイガ様は、空を裂いた剣士だ!」 「いや、空を整えた剣士だ!」 「いやいや、空そのものだったらしいぞ!」 「魔力の流れを指先で操ったって話もあるぞ」 「指先じゃなくて、まばたきで動かしたって聞いたぞ」 「まばたきじゃなくて、呼吸で世界を調律したんだって!」 ……もはや人間かどうかも怪しくなってきた。 ◆ ヴァル隊長の噂も負けていない。 「魔力暴走体を拳で黙らせたらしいぞ!」 「拳じゃなくて、睨みで止めたって聞いたぞ!」 「睨みじゃなくて、気配だけで敵が逃げたって!」 「ヴァル隊長が通った後、迷宮が自動で整列したらしい」 「その整列した迷宮を、リズさんが歌で封じたって!」 「リズさんの歌は、魔力を踊らせる旋律だったらしいぞ!」 「踊った魔力が、封印核を祝福したって話もある!」 ……祝福って何だ。 ◆ 一方その頃、クラリス嬢は広場の片隅で頑張っていた。 「ルイ様は、封印で世界を包む方ですのよ!」 「精霊に“好き”って言われたんですのよ!」 「ふわふわで、静かで、優しくて、あたたかくて——」 「……地味じゃない?」 通りすがりの市民が、ぽつりと呟いた。 クラリスは、そっと花束を抱きしめた。 「地味じゃありませんわ……気品ですのよ……」 ◆ それでも、ルイの噂はじわじわと広がっていた。 「精霊に懐かれた封印使いがいるらしいな」 「名前は……ルイ? なんか静かな人らしい」 「封印術で迷宮の構造を整えたって話もあるぞ」 「それ、地味にすごくないか?」 「でも、派手さがないからな……剣で空裂いた方がインパクトあるだろ」 「いや、封印ってさ……じわじわ効く感じが逆に怖くない?」 「確かに。静かに世界を変えるタイプかもな」 「……そういうの、後で一番すごかったって展開、好きだぜ」 「それ、物語の定番だな」 「じゃあ、伏線ってことで覚えとくか」 ◆ 魔術図書館では、ルイの席に花束が置かれていた。 カードには「静けさに感謝を」とだけ書かれている。 「これ、誰宛?」 「たぶん……ふわふわの人じゃない?」 「ふわふわって、術式の話だよな?」 「いや、精霊がそう言ったらしい。優しくて、あたたかいって」 「……それって、告白?」 「いや、術式の話だって」 「でも、ちょっとロマンあるよね」 ◆ そして、王都の空の下—— 誰も知らない場所で、封印使いルイはまだ迷宮の奥にいた。 彼は知らない。 自分の封印術が、“ふわふわ”と呼ばれていることを。 クラリスが、ひとりで像の設計図を描いていることを。 そして—— 「セリナさん、今“ふわふわ”という単語に反応して、夢の中でそっと眉をひそめました」 世界の意志が、静かに報告する。 その眉の動きは、誰にも見えない。 けれど、確かに、世界に届いていた。 |
【名無しさん】 2025年10月19日 13時43分5秒 | 外伝『封印庭園の令嬢』 咲いてはいけない花 |