「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 剣崎雌雄」「VOICEVOX: †聖騎士 紅桜†」「VOICEVOX: 麒ヶ島宗麟」「VOICEVOX: 離途」
「くそっ、この不良馬場!」
レヴォントゥレット(牡4)は、全身に降り注ぐ小雨と、深く湿ったダートの感触に苛立っていた。 スタートの爆発的な加速で、彼は先頭を奪うという役目を完璧に果たした。 隣にはダブルハートボンド(牝4)、一瞬にして並びかけてくる。
「ついてくるな! 俺のペースだ!」
しかし、ダブルハートボンドは彼を意に介さない。 むしろ、この泥の飛沫が興奮剤のように彼女の闘志を煽っているようだった。 彼女は4歳牝馬。別定戦で課せられた斤量は55キロ。 この重い馬場を走るには、少しでも軽い方が有利だ。 彼女はそれを知っているかのように、涼しい顔でレヴォントゥレットに並びかける。
(ダブルハートボンドの思考) (来た。先頭だ。この馬場、得意だわ。全身のバネを使えば、泥なんて跳ね飛ばせる。 レヴォントゥレット、男の子がそんなに焦ってどうするの。 あなたには最後まで持たない脚色が見える。 そう、今のうちよ。 この位置で、このペースで、私自身の力を信じて、ただ前に。)
最初のホームストレッチを駆け抜け、最初のコーナーに差し掛かる。 先頭集団から少し離れた内ラチ沿いでは、レイナデアルシーラ(牝3)が軽快なリズムを刻んでいた。 3歳で唯一の出走。負担重量は最軽量の53キロ。
「皆、重い! 私は軽い!」
彼女の思考はシンプルで力強い。 前を行くレヴォントゥレットとダブルハートボンドの激しい主導権争いを、 静かに、しかし着実に追走する。 彼女の後ろには、力強いドゥラエレーデ(牡5)がぴたりとつけていた。
(ドゥラエレーデの思考) (位置取りは完璧。3番手。レイナデアルシーラ、いい目印だ。 外から押し上げようとするヤツもいるが、今は無視だ。 コーナーで外を回すのは愚策。この深い馬場では内、内、そして内。 脚は溜まっている。3コーナーまでは静かに、息を殺して、前を追いかける。)
最初の400メートルを過ぎたあたりから、隊列はより明確になる。 先頭の2頭、その後ろにレイナデアルシーラとドゥラエレーデ。 そして、その外目にはシゲルショウグン(牡5)が力強く進出を開始していた。 ベテランの彼は、先行勢の消耗戦になることを予想していた。
「前にいる馬たちは少し飛ばしすぎだ。 このタフな馬場でそんなペースを刻んだら、必ず失速する」
彼は自らに言い聞かせ、冷静に3番手集団の外側に位置を取り、虎視眈々と機を窺う。
中団では、サイモンザナドゥ(牡5)がじっと我慢を強いられていた。 彼の持ち味は、最後の爆発的な末脚。 しかし、大外からは誰も来ない。 前を行く馬たちとの間隔は、まだ少し開きすぎている。
(サイモンザナドゥの思考) (いかん、前が壁だ。8番手から7番手へ、そして6番手へ。 一歩でも前に、一頭でも前に。この馬場は、前が重馬場だと思ったら後ろはもっと重馬場になる。 泥の跳ね返りがひどい。しかし、ここで動いてはいけない。4コーナーまで我慢だ。 私の脚は、このレースで最も切れ味があるはずだ。ただ、その爆発力を解き放つ空間と、タイミングが問題だ。 あと少しだけ待て、待つのだ。)
後方では、大本命の一角、ラムジェット(牡4)が泥を浴びながら最後方付近を追走していた。 彼にとってこの位置は不本意だ。 前との距離が開きすぎている。
「くそっ、脚が取られる! 前に行かせろ!」
焦りの色が見え始める。 内側の深い泥を嫌い、外に進路を求めようとするが、その一瞬の判断が、 このレースの勝敗を左右することになるとは、彼はまだ知らない。
勝負所の3コーナーを回ると、先頭のレヴォントゥレットの脚色が鈍り始めた。 彼の我慢は限界を迎えていた。 その瞬間、待ってましたとばかりにダブルハートボンド(牝4)が先頭に躍り出る。
「さあ、ここからが私の舞台よ!」
彼女は残り800メートルでリードを奪う。
そして、ドゥラエレーデが動く。 レイナデアルシーラを突き放し、ダブルハートボンドを射程圏に入れる。
「逃がさない! ここが勝負所だ!」
3番手に上がったドゥラエレーデは、力強く泥を蹴散らす。 しかし、そのすぐ後ろから、影のように追走していた馬がいた。 中団から、サイモンザナドゥがようやく進路を見つけ、爆発的な加速を開始する。
(サイモンザナドゥの思考) (開いた! 前が、開いた! 待っていたのはこの一瞬だ! 脚は残っている! 私の持ち味、この一気に突き抜ける脚は誰にも負けない! ダブルハートボンド、ドゥラエレーデ、皆、疲れが見えるぞ! 行け! 行け! 行け! 風を切り裂け! 泥を跳ね飛ばせ! ここからは、私と、このゴール板との勝負だ!)
サイモンザナドゥは、前を行く3頭の間の狭い空間を、 まるでロケットのように突き抜けていく。 瞬く間にドゥラエレーデを捕らえ、先頭のダブルハートボンドを追い詰める。
4コーナーを回ると、逃げ粘るダブルハートボンドと、 鬼の形相で追いすがるサイモンザナドゥの一騎打ちとなった。
後方では、大外をぶん回して、ロードクロンヌ(牡4)が驚異的な末脚で追い上げてきた。
(ロードクロンヌの思考) (11番手? 10番手? 位置取りなんて関係ない。 この脚が、私の全てだ。 泥を浴びても、外を回されても、私のストライドは止まらない。 もっと、もっと、加速しろ! 前が、見える! 届く! 届くはずだ!)
ロードクロンヌの末脚は凄まじかったが、先頭の2頭の争いはそれ以上に熾烈だった。 ダブルハートボンドは、力の限り首を前に出し、ゴール板を目指す。
「負けるわけにはいかない! レコードだ、私が行く!」
サイモンザナドゥもまた、一歩でも先にと全身を伸ばす。 しかし、最後の最後、その闘志が僅かに上回ったのは、 スタートから先頭で粘り続けたダブルハートボンドだった。
クビ差の激闘。 ダブルハートボンドは、レコードタイムで、京都の泥を蹴り勝ち、 サイモンザナドゥを退けた。 大外から猛然と追い込んだロードクロンヌは、わずかに及ばず3着。
レースが終わった瞬間、深呼吸とともに、重い泥の感触だけが彼らの全身に残った。 全身は泥まみれでも、彼らの心には、レースをやり切った熱い魂が残っていた。
|