「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: †聖騎士 紅桜†」「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 春日部つむぎ」
福島競馬場、芝千八百メートル。 澄んだ秋の空気に、馬たちの荒い鼻息が白く混じった。 全身の筋肉が、次の瞬間を待ちわびて震えている。 これは、ただの競走ではない。 己の誇りと、積み重ねた戦略の全てをぶつける、 一瞬の思考戦だ。
「俺の逃げ切りへの執念は、誰にも邪魔させない」
バビット(12番・牡6)は、 ゲートが開くその瞬間、全てを爆発させた。 (近走の不振など、この体躯には関係ない。 俺がハナを主張し、自分のペースに持ち込む。 ハンデ戦で、後続に脚を使わせる隙を与えるな。 最高のスタートを切れた。 このリードを絶対に手放すな。)
バビットが先頭に躍り出る。 そのすぐ外側、ぴったりと影のように彼をマークする馬がいた。
「最高の風除けだ。展開利を最大限に活かす」
ニシノティアモ(10番・牡5)は、 迷いなく二番手の位置を確保した。 (バビットを先に行かせることで、 私は無駄なスタミナを一切消耗せずに済む。 この位置こそが、勝利への特等席だ。 焦る必要はない。 直線まで徹底的に脚を溜め、 最後の瞬発力勝負に全てを懸ける。)
先行集団のインコース、三番手にいたのは、 冷静沈着な走りを見せる一頭だ。
「内枠の利を活かし、理想的な先行態勢。完璧だ」
クリスマスパレード(1番・牝4)は、 前二頭の動きを見ながら、内ラチ沿いの好位置をキープした。 (このままスローペースに持ち込まれれば、 私は最も恩恵を受ける一頭となる。 インコースを徹底的に追走し、馬群に包まれることなく、 最後の直線の最短距離で抜け出す。 絶対にこの位置を譲ってはならない。)
一コーナーから二コーナー。 バビットがリードを保ち、ペースは縦長になる。 中団のやや後ろ、外目にいた彼は、 すぐに大胆な決断を下した。
「リスクヘッジと省エネ。展開への警戒を怠るな」
エコロヴァルツ(8番・牡3)は、 周囲の馬たちがポジションを上げようとするのを尻目に、 あえてポジションを下げ、馬群の内側へ潜り込んだ。 (この前半のスローの流れは、先行有利になりかねない。 だが、外を回って脚を使うのは得策ではない。 中団の内側で徹底的にスタミナを温存する。 これは直線での瞬発力勝負に賭ける判断だ。 馬群に包まれるリスクはあるが、 その分、直線でのリターンは計り知れない。)
先行集団のすぐ後ろ、四番手につけたアラタ(13番・牡6)は、 前のペースの緩さに内心で焦りを感じていた。
「このペースは緩すぎる。差し馬に有利になりすぎる。 しかし、ここで動いて自滅するのは最悪だ。 周囲に動く馬がいないか。 ニシノティアモの動きを警戒しつつ、 三コーナーまで粘り強さで耐え忍ぶ。 粘り込みを図るには、我慢が必要だ。」
二コーナーから三コーナー。 ラップは12.9秒と大きく緩み、後続集団は凝縮した。 これはバビットにとって、勝利への道か、敗北への序曲か。 彼の思考は、激しい葛藤に揺れていた。
(後続は完全に脚を溜めている。 わかっている。ここで動かなければ、 最後の瞬発力勝負で一気に飲み込まれる。 しかし、動くにはまだ早い。 俺のスタミナとハンデを考慮すれば、 ここで仕掛けるのは危険だ。 もう少し、もう少しだけ仕掛けを我慢する。 後続の動きを見てから反応するしか、もう道はない。)
ニシノティアモは、この極端なスローペースに、 勝利への確信を深めていた。 (バビットが動かない。最高だ。 私の脚は最高の形で温存されている。 この絶好のポジションから、 直線で最高の切れ味を見せつける。 勝負は貰ったも同然だ。)
その頃、遥か後方で機を窺う馬たちの思考は冷徹だった。
「私の出番は、四角を回ってからだ。それまでは影に潜む」
パレハ(7番・牡5)は、後方集団の真ん中、 十二番手の位置で息を潜めていた。 (前との差は気にしない。スローからの急加速は、 私の異次元の末脚を活かす最高の展開だ。 この溜め込んだ爆発的なエネルギーを、 大外の進路を確保して、一気に解放する。 他馬の動きに惑わされるな。私の脚だけを信じる。)
最後方に近い位置で、リフレーミング(11番・牝5)も 虎視眈々と進路を探していた。
「大外へ。私は包まれたくない。 パレハの動きを読みながら、 彼よりもスムーズに加速できる進路を確保する。 このスローの流れで貯めたスタミナは、 直線でのトップスピードのためにある。」
三コーナーから四コーナー。 ラップは11.9秒、そして11.3秒と一気に急加速した。 事実上のスパート開始だ。
「我慢の限界だ! 動け!」
先行集団は一斉に外へ進路を取り始める。 アラタは粘ろうと必死に加速するが、 加速力で一歩及ばない。
その中で、中団内側に潜んでいたエコロヴァルツの思考が、 閃光のように鋭い判断を下した。
(急加速の瞬間、馬群がばらけた! 内側で脚を溜めた意味がここにある! 今だ、外へ!)
エコロヴァルツは、馬群の隙間を縫って一気に外へ持ち出し、 温存していたスタミナを爆発させ、先団との差を詰める。
先頭のバビットは、後続の急加速に全く対応できなかった。 (体が、動かない。仕掛けを、仕掛けを我慢しすぎた。 これが、逃げ切りへの執念の代償か…!)
最終直線。ラスト二ハロンは11.0秒という猛烈なラップ。 ニシノティアモが先頭に躍り出る。
「もらった! 私の立ち回りが正しかった! 誰も追いつけない!」
しかし、外から轟音のように迫る影があった。 エコロヴァルツだ。
「届く! 私の末脚は、先行勢とは別物だ! 若さ溢れる瞬発力を全て放出する!」
さらに後方、大外からは、 最速の末脚を繰り出す二頭の刺客。 パレハとリフレーミングの33.6秒の鬼脚。 彼らは地面を叩きつけ、凄まじい勢いで先行馬たちを飲み込んでいく。
ニシノティアモは執念の加速で粘る。 エコロヴァルツは最後まで食い下がる。 パレハとリフレーミングは差を詰めるが、 前半のスローペースで生まれた差は、あまりにも大きすぎた。
ゴール板を駆け抜けた瞬間、 勝者ニシノティアモの確信が結実した。 戦士たちの胸中には、それぞれの勝利と敗北の理由が、 熱砂のように残り続けた。
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