「VOICEVOX: †聖騎士 紅桜†」「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 白上虎太郎」 晩秋の西日が 東京競馬場の芝を黄金色に染め上げていた 極限まで張り詰めた空気が 大観衆の熱気と共に振動している ゲートの中で 俺たちは各々の「覚悟」を滾らせていた 第45回ジャパンカップ それは 速さの限界へ挑む 過酷な宴の始まりだった
「さあ ド派手にいこか! 主役は俺やで!」 (マスカレードボール:15番/牡3) 大外枠に近いゲートで 彼は武者震いと共に鼻息を荒げた 関西弁の思考が 彼の内なる闘志を燃え上がらせる 隣のゲートの気配など 意に介さない ただ 目の前の栄光だけを見据えていた
「フン 騒がしい子供だ 王の走りを見るがいい」 (カランダガン:8番/セ4) 馬群の中ほど 青鹿毛の馬体が不気味なほど静まり返る 彼は己の勝利を微塵も疑っていない 徹底したプロフェッショナリズム 彼にとって ここは戦場ではなく 自身の強さを証明する舞台に過ぎない
「……ふあ なんだか人がいっぱいだねえ」 (ダノンデサイル:14番/牡4) 張り詰めた空気の中 彼だけがどこか悠然としていた しかし その瞳の奥には 誰にも負けない青い炎が揺らめいている 天然と評されるその性格の裏には 強靭な精神力が潜んでいた
ガシャアン! ゲートが開いた瞬間 2400メートルの激闘が幕を開けた 一瞬の静寂を切り裂き 14頭のサラブレッドが大地を蹴る
「俺の背中を見とけ! 誰にも前は譲らん!」 (セイウンハーデス:9番/牡6) 迷いなく先頭を奪ったのは彼だった 手綱の感触など関係ない 彼自身が「行く」と決めていた (緩めるつもりはない このまま地獄の底まで付き合ってもらうぞ) 最初の1ハロンから 異常なハイラップが刻まれる 12秒3 10秒8 11秒2 それは 後続のスタミナを削ぎ落とすための 捨て身の逃亡劇だった
「へえ やるやんか おっさん」 マスカレードボールは中団後方 13番手あたりで息を潜めた (けどな そんなペースで最後まで持つんか? 俺は騙されへんで) 彼は賢い 全体の流れを冷徹に分析していた 視線の先には 最大のライバルと目される黒い影があった (あのフランス野郎……カランダガンか 不気味やな)
そのカランダガンは さらに後ろ 11番手で悠々と構えていた (愚かな 前半から飛ばせば後半に脚が残らないことくらい明白だろう) 彼は周囲の狂乱したペースに巻き込まれない (我は我が道を行く 勝利への最短ルートは 既に計算済みだ) 折り合いに専念し エネルギーのロスを極限までゼロに近づける その姿は 獲物を狙う猛禽類のように冷酷だった
向こう正面に入っても ペースは一向に落ちない 11秒4 11秒5 11秒5
息を入れる暇などない まさに消耗戦の様相を呈していた
「あれぇ? みんな急いでどこ行くの?」 ダノンデサイルは 馬群の中で淡々と走っていた (まあいいや 僕は僕のリズムで走るだけだし) 周囲が苦しげな息遣いを漏らし始める中 彼のリズムは乱れない ひたむきに ただひたむきに 地面を蹴り続ける (前が止まったら その時が僕の出番だよね)
3コーナーから4コーナーへ 勝負の分水嶺が迫る 逃げていたセイウンハーデスの脚色が わずかに鈍る (くそっ……! やっぱりキツイか……いや! まだだ!) 気力だけで脚を動かすが 後続の影が津波のように押し寄せる
「そろそろええやろ! 動くで!」 マスカレードボールが 牙を剥いた (外に出す? いや 距離ロスはアカン 内を見て 隙間を縫うんや!) 彼は瞬時の判断で 馬群のわずかな綻びを探す 勝つための執念が 彼の身体を突き動かしていた
一方 カランダガンは動じない 4コーナー 前の馬たちが苦し紛れに内へ殺到するのを見下ろす (密集地帯など弱者の通る道 王者は堂々と 王道を行くのみ) 彼は迷いなく大外を選択した 馬なりのまま 加速の体勢に入る (ここからが本当の勝負だ 日本の馬たちよ 格の違いを教えてやる)
直線に入った瞬間 東京競馬場の歓声が轟音へと変わった 逃げ粘るセイウンハーデスを 後続勢が一気に飲み込む
「どけえええ! そこや! そこが空いたァ!」 マスカレードボールは 馬群の切れ目に突っ込んだ しかし 前の馬がふらつき 進路がわずかに塞がる (なんやて!? くそっ! 一瞬待たされるやんけ!) 致命的なコンマ数秒のロス だが 彼の闘志は消えない むしろ燃え上がった (関係あるかい! こじ開けてでも行ったるわあ!) 再加速 弾丸のような末脚が爆発する
その外から 黒い影が音もなく忍び寄っていた カランダガンだ (視界良好 邪魔者はいない さあ 羽ばたく刻だ) 彼は溜めに溜めたエネルギーを 一気に解放した 鞭など必要ないほどの反応 一完歩ごとに 前の馬たちを置き去りにしていく (これが世界だ これが絶対的な力だ!)
「……ん? なんか前がごちゃごちゃしてる?」 ダノンデサイルもまた 馬群の中で進路を探していた (あ あそこ通れそう……よいしょっと!) ワンテンポ遅れて 彼もまた猛然と追い込みを開始する (走るの楽しいなあ! もっともっと速く!) 無邪気な加速が 上位陣を脅かす
残り200メートル 先頭に立ったのはカランダガンだった しかし 内から猛烈な勢いで迫る影がある マスカレードボールだ
(逃がすかあああ! 俺が一番や! 俺がテッペン獲るんや!) マスカレードボールの瞳が血走る 一歩 また一歩 差が縮まる 心臓が破裂しそうなほどの鼓動 筋肉が悲鳴を上げる それでも 彼は脚を止めない
(ほう 食らいついてくるか だが……遅い!) カランダガンは 並ばせなかった 王者のプライドが 最後のひと伸びを生む (我の前に立つことは許さん ひれ伏せ!) 消耗戦を耐え抜いたスタミナと 研ぎ澄まされたスピードの持続力 それが 彼の最大の武器だった
二頭の馬体が重なり合うようにゴール板を駆け抜ける その直後 電光掲示板に赤い文字が灯った 『レコード 2:20.3』
勝ったのは カランダガン アタマ差の2着に マスカレードボール
(……チッ 負けたんか あともうちょいやったのに……) マスカレードボールは荒い息を吐きながら 天を仰いだ 悔しさが胸を締め付ける だが同時に 全力を出し切った清々しさもあった (でもま 楽しかったわ 次は絶対負かしたるからな 覚えときや!)
カランダガンは 涼しい顔でウイニングランへと向かう (当然の結果だ だが……日本の馬も悪くはない 少しだけ認めてやろう) 彼は誇らしげに首を上げ 大観衆の称賛を浴びた
(あーあ 届かなかったかあ でも頑張ったよね僕) 3着に入ったダノンデサイルも ケロリとした顔で引き上げてくる (次はもっとスムーズに走れたらいいな)
歴史に残るレコード決着 それは 一瞬も緩むことのなかった極限のラップタイムと 勝利を渇望した馬たちの魂が 生み出した奇跡だった 東京競馬場に残る蹄跡は 熱く そしてどこまでも速かった
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