1章:『先行馬の葬送行進曲』と砂の血統
「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 満別花丸」
「さて、佐倉くん。今日のテーマはGⅠ、チャンピオンズカップだ」「はい、教授!」「ただし、狙いは単なる勝ち馬ではない。私たちが愛してやまない砂のダイヤモンド――5番人気以下の穴馬を探すことに絞る」「了解です。過去10年で13例が3着以内に食い込んでいるんですよね。あの熱狂、たまりません!」神宮寺は、壁一面に広がるホワイトボードの前に立ち、佐倉に向かって優雅に微笑んだ。その白い指が、最新のデータシートを叩く。「君が最初に注目したのは、どのデータかね?」「やはり、中京ダートの1800mという特殊性から、脚質と上がりタイムです。過去の穴馬13例中、なんと8例が4コーナー10番手以下からの差し・追い込み。これは、このGⅠの鉄則と言っていいのではないでしょうか?」「ふむ。佐倉くん、そこまでは常識だ。だが、常識を鵜呑みにするのは凡人のすること。私たちが知りたいのは、その因果関係の深層だよ」神宮寺は目を閉じ、脳内で過去10年分のレース展開を3Dシミュレーションし始めた。
(神宮寺の思考:なぜ中京ダート1800mのGⅠは差しが効くのか?通常の地方ダートGIや東京ダートGⅠは、先行馬が有利になることが多い。中京のダートは特殊だ。スタート直後からゴール前まで、急坂が何度も訪れる。向正面の下り坂で息を入れつつ、最後の直線で再び強烈な上り坂。このアップダウンは、日本の芝GIより遥かに過酷なスタミナ要求レースだ。この物理的な特性の上に、GIという競走社会の原理が重なる。皆が勝ちたい。皆がGⅠの栄光を求めて無理な先行争いを繰り広げる。その結果、タフなコースで前半からオーバーペースとなり、直線の上り坂で先行馬がスタミナのデッドロックに陥る。つまり、コースの物理的過酷さと競争の社会的激しさが相乗効果を生み出し、ハイペースからの前崩れという展開利を後方待機組に提供する。穴馬の差し脚は、先行馬の自滅という名の「展開の神様」が与えたボーナスポイントなのだ。特に2018年の2着ウェスタールンドの上がり34秒4は、先行集団が地獄絵図と化す中で、彼だけが神速で空を飛んでいた証拠だ。これはロマンではなく、先行馬の肉体が悲鳴をあげた結果だ)
神宮寺は目を開けた。「佐倉くん。答えは、先行馬の自滅にある。中京ダートGⅠは、『先行馬のGⅠ』ではなく、『先行馬の葬送行進曲』だ。過去10年のペース分析を見ても、ハイペースか、ミドルでもテンが速いレースが目立つ。この激しい消耗戦を、後ろで足を溜めていた馬がまとめて差し切る。特に10番人気以下の穴馬は、ウェスタールンドやサウンドトゥルーのように、4コーナーで13番手以下という『地獄の最果て』から飛んでくるパターンが成功の鍵だ。ただし、君が挙げた8例の差し馬に対し、残り4例の先行・好位粘り込み組(インティ、コパノリッキー、ドゥラエレーデ、アナザートゥルース)の存在を忘れてはいけない」「うぐっ…ごもっともです。先行粘り込みの穴馬は、少数派ですが無視できません」「その通り。彼らは『展開の神様』に頼らない、『肉体の神様』に愛された馬たちだ。では、彼らがなぜ人気を裏切って粘れたのか。次に、穴馬の血統を見てみよう」
神宮寺はデータシートを指す。「穴馬の血統を分析すると、ある種の泥臭いタフネスが必須であることが分かる。サンデーサイレンス系(SS系)か、ミスタープロスペクター系(MrP系)が主軸だが、重要なのはその裏付けだ。穴馬13例中、ほとんどが父か母父にMrP系またはフレンチデピュティ(ViceRegent系)の血を持っていた。特に、純粋な米国ダートのパワースタミナを伝える血統が強い。SS系は日本の芝を制したが、中京の過酷なダートGⅠでは、米国型のパワーブースターを積んでいないと、最後の坂でガス欠を起こす」「MrP系かViceRegent系…タフネスの追求、ですね」「そうだ。そして、そのタフネスを持ちながら、どうやって人気を落とすのか?次に着目するのは前走ローテーションだ」
(神宮寺の思考:穴馬の出現は、市場の失敗を意味する。馬券を買う人々が、ある馬の真の実力を見誤ったということだ。その最大の原因は、前走での『失態』、つまり大敗にある。過去の穴馬13例中、実に9例が前走で5着以下に敗れている。特に多いのが、みやこS組。みやこSで負けて人気が落ち、中京ダート1800mという条件替わりと、ハイレベルなGⅠでの展開利を得て激走する。これは、『前走大敗マジック』と呼ぶべき現象だ。実力はあるが、ローテや斤量、展開に恵まれず前走で消耗した馬が、本番で忘れられた頃に、馬体重を維持しつつ、最高の状態で挑んでくる。サンビスタ、ゴールドドリーム、サウンドトゥルーといった歴史的穴馬たちは、皆、前走の着順をゴミ箱に捨てて本番に臨んでいた。人気薄は、『世間からの信頼を失った見返り』として発生する、最も美味しい現象なのだ)
「佐倉くん、結論を言おう。チャンピオンズカップの穴馬とは、『肉体的タフネス』と『社会的信頼の欠如』を両立させた馬だ。タフネスは血統と脚質(差し)で担保され、信頼の欠如は前走着外という実績で保証される。年齢も重要だ。3歳馬は斤量56kgのアドバンテージ。6歳馬はGⅠ実績を持つ馬の巻き返し。そして忘れちゃいけないのが、2015年のサンビスタ。牝馬の55kgは、このタフなコースでは牡馬に1kg~3kgのアドバンテージを与える『神の配慮』だよ」「なるほど…。前走で派手にコケて、誰も見向きもしないけれど、実は血統のパワーと展開利という見えない鎧を着込んでいる馬。それが教授の言う砂のダイヤモンドなんですね」「その通り。さあ、佐倉くん。次はそのフィルターを今年の登録馬にかけて、最も世間から見放されているが、最もタフな馬を3頭、順位付けしてもらおうか。君の水平思考の成果を楽しみにしているよ」
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