中京のダートは乾いて硬く、軽快な蹄の音が響き渡る。 今日、この一戦に賭ける熱い息吹が、 スタートゲートの中で交錯していた。
(この重圧、嫌いじゃない。 やるべきことは一つ、自分のペースで。) 寡黙で職人気質のベテラン兄貴、 ウィルソンテソーロ(牡6)は、 静かに闘志を燃やしていた。 ゲートが開く。爆発的な加速と共に、 彼は中団の外目へと滑り込んだ。
(よし、前の馬たちを盾にして、 無駄なく進む。これが俺の流儀だ。) 目の前の砂を浴びすぎないように、 彼は冷静に前を観察する。
先頭に立ったのはウィリアムバローズ。 その外から、シックスペンスが勢いよく並びかける。 そしてその二頭の真下、 インの経済コースに完璧に潜り込んだのは、 ダブルハートボンドだ。
「(最高だわ!このポジション! この内枠でこの位置、 まるで私だけのために用意されたみたい!)」 仲間思いの姉御肌、 ダブルハートボンド(牝4)は、 心の中で小さく叫んだ。 (このまま、先行集団の力を借りて、 風を斬り、脚を溜める。 恋に一直線な私の夢、 GIタイトルを掴むため!)
最初の1ハロンは12秒8。 しかし続く2ハロン目に10秒8という、 ダートGIとしては異例の速いラップが刻まれた。
「(速い、速いわね!でも、 ウィリアムバローズとシックスペンスが 競り合ってくれたおかげで、 私は楽にこのペースについていける。 感謝しなきゃ、でも、負けられない!)」
最初のコーナーを回っても、 ペースは12秒台前半と緩まない。 中団に位置するウィルソンテソーロは、 その流れを肌で感じていた。
「(前の連中、ペースが速すぎる。 このままなら必ず終盤で苦しくなる。 だが、その分、俺たち後続にも、 体力を温存している余裕はない。 この厳しい流れに乗って、 じわじわと位置を上げていく必要がある。)」
彼は大外を回るリスクを承知で、 じりじりと前との差を詰めていく。
一方、後方で脚を溜めていた、 明るく快活なラムジェット(牡4)は、 まだ動かない。 「(うわ、速い!みんな頑張るなあ! 俺はもうちょっと後ろで我慢、我慢。 好奇心旺盛な俺だけど、 このGIのプレッシャーはさすがにデカい。 でも、その分、最後の爆発力が楽しみだ!)」 ラムジェットは馬群の中で、 出番を待つムードメーカーだ。
3コーナー手前、中間ラップも12秒台を刻み続け、 先行馬たちの息遣いが荒くなり始めた頃、 ウィルソンテソーロが動いた。 「(ここだ。ペースが若干落ちたが、 まだ逃げ馬の手応えは悪くない。 これ以上待つと、外から被されて、 前との差が詰まらなくなる。 俺は無駄を嫌うクールな実力者だ。 一気に仕掛けて、この差を覆す!)」 彼は外から豪快に、第二集団を一気に飲み込みにかかった。
ダブルハートボンドは、 依然として先頭のすぐ内側、3番手の特等席。 「(ウィリアムもシックスペンスも、 まだ頑張っているけれど、 私にはわかる。もう限界が近い。 この厳しい持続力勝負、 私にはまだ残された力がある。 あとは、この内ラチ沿いに、 わずかでも直線で進路が開くかどうかだけ。 信じて、この一瞬を待つ!)」
最終コーナーを回る。 逃げ粘るウィリアムバローズと、 並びかけるシックスペンスの間に、 わずかな隙間が見えた。
「(開いた!ヴィクトリーロードが見えたわ!)」 ダブルハートボンドは、 内から一瞬の加速で先頭列のすぐ外へ。 馬体をぶつけることなく、 最短距離を通って先頭を捕らえにかかる!
しかし、その瞬間、大外から、 猛烈な勢いでウィルソンテソーロが迫ってきた。
「(直線は長くない。 外を回った距離のロスは、 俺の爆発的な持続力でねじ伏せる! 背中で語る俺の走りは、 ここからが本番だ!)」 彼は一完歩ごとに差を詰め、 あっという間にダブルハートボンドに並びかける。
「(うそ……外からこんなに!? この紳士的な兄貴、ウィルソンテソーロ、 本当に強い!でも、負けない! 私は仲間を支える陰のリーダー! ここで引いたら、みんなに顔向けできない!)」 ダブルハートボンドは、 負けん気の強さをむき出しにして、 必死に前へ、前へと脚を繰り出す。
大外後方からは、ラムジェットが、 そしてベテランのメイショウハリオが、 鬼気迫る末脚で迫り来る。
「(うおおおお!今行かなきゃいつ行くんだ! 勢いと直感で突き進むんだ! 俺たちの出番だ、ラムジェット!)」 ラムジェットは、 持てる限りの力を振り絞り、 前の馬たちをかわしていく。
しかし、先頭争いは、 内側のダブルハートボンドと、 外側のウィルソンテソーロの、 壮絶なマッチレースとなっていた。
残り100メートル。 ウィルソンテソーロがわずかに前に出る。 しかし、ダブルハートボンドも譲らない。 最後の1ハロンは驚異の12秒1。 両者ともに力を振り絞り、加速し合う、 異次元の叩き合いだ。
「(俺の持てる全てを、この一完歩に!)」
「(諦めたら、終わり!絶対に、先頭で!)」
ゴール板を駆け抜けた瞬間、 誰もが息を呑んだ。 ハナ差、ほとんど差がない。 しかし、電光掲示板に灯ったのは、 2番という数字。
ウィルソンテソーロは、 わずかに届かなかったことを悟り、 静かに息を吐いた。 「(やはり、内枠の立ち回りには敵わなかったか。 しかし、悔いはない。 俺は最高の走りができた。)」
ダブルハートボンドは、 安堵と歓喜の入り混じった高揚感に包まれていた。 「(勝った……!私、勝ったわ! インの経済コースを信じて良かった。 努力は、裏切らない!)」
その後ろ、3着に入ったラムジェットは、 悔しさを滲ませながらも、 先頭の二頭を見上げていた。 「(すごい迫力だった!これがGIか! でも、次は俺だ! この熱さ、絶対に忘れないぜ!)」
砂塵が舞い、戦いの熱狂が冷めやらぬ中、 中京競馬場のダートコースに、 新たな女王の誕生と、 惜敗した王者の威厳だけが残されていた。
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