「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: †聖騎士 紅桜†」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 剣崎雌雄」「VOICEVOX: 麒ヶ島宗麟」
冬の気配が色濃い中京の空の下。 乾いた芝の匂いが鼻孔をくすぐる。 ゲートの中で、俺たちは各々の「美学」と「本能」を研ぎ澄ませていた。 ファンファーレの余韻が消え、一瞬の静寂が訪れる。 鉄の扉が開く音だけが、戦いの合図だ。
「さあ、始めようか。俺のリズムでな」(1番・牡4)
ホウオウプロサンゲが弾丸のように飛び出した。 迷いのない逃走劇の幕開けだ。 だが、それを許さない影がひとつ。
「番手の景色なんて見たくないんだよ! 俺の前を走るな!」(9番・牡4)
ピースワンデュックが強引に体を寄せていく。 序盤から火花散る主導権争い。 ハロンタイム10秒6。 中距離戦にしては異常なほどのハイペースが刻まれる。 馬群全体にピリついた空気が走った。
その喧騒を、少し離れた好位から冷静に見つめる眼差しがあった。
「愚かだね。このペースで2000を保たせる気か? 物理的に不可能だ。エネルギー保存の法則を無視してる」(7番・牡6)
レッドバリエンテは淡々と計算機を回すように脚を溜める。 彼の辞書に「無謀」という文字はない。 あるのは「最適解」のみ。 彼は知っていた。 この激流は、向こう正面で必ず淀むと。
予想通り、2コーナーを回る頃には隊列が落ち着きを見せた。 逃げるホウオウ、それをマークするピースワン。 馬群は凝縮し、息詰まるような我慢比べの様相を呈してくる。
中団の後ろ、馬群の切れ目で、一頭の若武者が苛立ちを噛み殺していた。
「なんやねん、このタルい流れは! 前の連中、寝てんのか!? 俺の筋肉が『行かせろ』って叫んでるんや!」(3番・牡4)
ジューンテイクは溢れ出る闘争心を必死に制御している。 彼の本能は「今すぐ動け」と叫んでいるが、 理性がそれをギリギリで食い止めていた。
(まだや……まだ早い。 ここで動いたら、最後の爆発力が削がれる。 我慢や、我慢せぇ俺!)
そのジューンテイクのさらに後ろ。 最後方付近で、まるで散歩でもするかのように優雅なステップを踏む影。
「風が止んだね。 この静寂、嫌いじゃない。 勝負は一瞬の煌めき……それまでは、ただ美しくあればいい」(14番・牡4)
シンハナーダは孤高を貫く。 彼にとっての位置取りは不利などではない。 舞台演出の一つに過ぎないのだ。
そして、その近くで飄々と流す一頭。
「おやおや、みんな殺気立ってしまって。 京都の坂よりは楽やけど、無理は禁物どすえ。 最後によーいドンで間に合えば、それでええがな」(6番・牡4)
メリオーレムは達観した瞳で前を見据える。 彼の余裕は、経験に裏打ちされたものだ。
そんな個性豊かな面々の中に、気配を完全に消している男がいた。 中団のイン、誰の目にも留まらないポケット。 そこにシェイクユアハートは潜んでいた。
「……騒ぐな、俺の心臓。 まだ慌てる時間やない。 周りが勝手に動いて、勝手にバテるんを待てばええ」(8番・牡5)
彼は職人の顔をしていた。 一歩一歩の着地に神経を注ぎ、 無駄なエネルギーを1ミリたりとも漏らさない。 静かなる闘志。 マグマは地下深くでこそ、熱く煮えたぎるものだ。
(前のペースが落ちた。 みんなが『動けない』んやない、『動きたくない』んや。 この空気、利用させてもらうで)
3コーナー。 レースが再び動き出す。 じわじわと加速するラップ。 我慢の限界を迎えた馬たちが、外から進出を開始する。
「ここや! ここが行きどきやろがい!」
ジューンテイクが外を回して豪快に上がっていく。 その若々しい勢いに呼応するように、馬群全体がどよめいた。 だが、インの経済コースには、依然として計算高い理屈屋がいる。
「想定通りの再加速。 外を回すロスと、馬場の荒れ具合を係数にかければ…… 答えは一つ。内から抜け出すのが最短距離だ」(7番・牡6)
レッドバリエンテは、 前の馬がバテて進路が開くタイミングを、 数秒単位の精度で予測していた。
4コーナーを回り、最後の直線。 中京の長い坂が、牙を剥いて待ち構える。
先頭で粘るピースワンデュック。 だが、その脚色は既に怪しい。
「どけぇぇぇ! 俺の走路や!」
ジューンテイクが荒々しいフットワークで襲いかかる。 一気に先頭を奪う勢いだ。 勝利への渇望が、彼を突き動かす。
「計算終了。チェックメイトだ」
その内から、狙い澄ましたようにレッドバリエンテが伸びる。 無駄のないフォーム、完璧なコース取り。 理詰めの走りが、熱血漢を追い詰める。
二頭の叩き合いかと思われた、その瞬間。
大外から、一陣の風が吹き抜けた。
「美しく、散るように咲け」
シンハナーダだ。 最後方から、次元の違う末脚で突っ込んでくる。 さらにその後ろからメリオーレムも、涼しい顔で追い込んでくる。
「ほんま、みんな元気やなぁ」
だが、 勝負を決めるのは「外」でも「計算」でもなかった。 戦場は、馬群の真ん中にあった。
(ここや。 道が開いた。 ……待たせたな、俺の出番や)
シェイクユアハートの瞳に、一点の光が宿る。 今まで沈黙を守っていた「静かな職人」が、 突然、鬼神へと変貌した。
溜めに溜めたエネルギーを一気に解放する。 その加速は、派手さはないが、重厚で鋭い。 一完歩ごとに、確実に前との差を詰める。
(熱くなるのはハートだけでええ。 頭は氷のように冷やせ。 狙うは一点、あのゴール板だけや!)
残り200。 粘るジューンテイク、迫るレッドバリエンテ。 その間を、一閃の刃のようにシェイクユアハートが切り裂いた。
「なっ……どこから湧いてきやがった!?」
ジューンテイクが驚愕の表情で見送る。
「僕の計算に……この脚色は入っていなかった……!」
レッドバリエンテが歯噛みする。
すべての思考、すべての情熱を置き去りにして、 シェイクユアハートは先頭に躍り出た。 誰よりも静かに、しかし誰よりも力強く。 彼はゴール板を駆け抜けた。
1着、シェイクユアハート。
歓声が渦巻く中、彼は大きく息を吐き、 乱れたたてがみを風になびかせた。 勝ってもなお、その表情は崩れない。
「……まあ、こんなもんやろ。 派手に騒ぐんは性分やないんでな」
背後では、2着に敗れたレッドバリエンテが、 悔しそうに自分の走りを反芻している。
「1分57秒6……タイムは悪くない。 だが、あの進路取りの差か。 ……認めよう、今回は君の『感性』が僕の『論理』を上回った」
3着のジューンテイクは、まだ息を荒らげながらも、 清々しい顔で空を仰いでいた。
「くっそー! あとちょっとやったのに! でも、出し切ったわ! 次は絶対に負けへんからな、覚えとけよ!」
後方から追い込んだシンハナーダは、 4着という結果にも静かに微笑んでいた。
「届かなかったか。 だが、この直線の疾走感……悪くない記憶だ」
それぞれの想いが交錯するターフの上。 勝者であるシェイクユアハートは、 ただ一頭、静かにスタンドを見上げた。 その胸の奥底で、熱い達成感だけが静かに燃え続けている。
「最後に全部まとめて持っていく。 それが、俺の仕事やからな」
冬の陽射しが、職人の勝利を静かに祝福していた。
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