……眠い。
正確に言うと、眠いというより起きている理由が見当たらない。 目は開いているが、意識は床の下に落ちている。
ここはニャパン中央競走場。 猫が走るらしい。
らしい、というのは、俺が一度も走る気を出したことがないからだ。
俺の名前はミケ。 意識低い系デブ猫。 体重は秘密だが、発表されるたびに「+500g」と言われる。 たぶん昨日と今日の区別がついていないせいだ。
パドック。 円形のスペースに、出走予定の猫が集められている。
集められてはいるが、誰一匹立っていない。
まず右にいるのが、タマ。 白くて小さい。 小さいくせに態度がでかい。
「フン……今日もワイが一番やな」 関西弁である。 なぜか知らんが、こいつは関西弁だ。
タマは毛づくろいをしている。 ずっとしている。 レース中もする。
(こいつ、毛舐めに来たんだろ)
次に左。 チャトラ。
チャトラは完全に寝ている。 微動だにしない。 耳だけピクピクしているが、それは夢の中で魚を追っている証拠だ。
「……」
(こいつは強い。 寝たまま最後までいくタイプだ)
少し離れたところに、クロ。 全身真っ黒で、目つきが悪い。
「……フッ……俺は影……」 とか言っている。
(うるさいな…… 黒いだけだろ……)
クロはクールぶっているが、段ボールを見ると我を失う。 俺は知っている。 前走で箱に突っ込んで泣いていた。
さらに向こう、ミケミケ(別の)。 こいつは俺と模様が似ているせいで、勝手にライバル扱いしてくる。
「おい……その腹……鍛えろよ……」 とか言っている。
(嫌だが……)
鍛える理由がない。
最後に、シロ婆。 年齢不詳。 というか、歴史の証人。
「……昔はのう……猫は走っとった……」 「ほんとか?」 「……覚えとらん……」
(たぶん嘘だ)
実況が始まる。
「えー、本日のパドックですが、全猫やる気がありません!」
そりゃそうだ。
「まず猫体重の発表です!」
俺の番。
「ミケ、前走比+500g!」
ざわつく観客。
(知らん…… たぶん二回食った)
他の猫も全員増えている。 減った猫はいない。
なぜなら猫は減らない。
「仕上がりは……究極の換毛期です!」
毛が舞う。 クロの顔にも、タマの鼻にも、チャトラの夢にも入る。
「……毛、入ったやん!」 タマがキレる。
(知らんが…… 俺の毛かもしれん)
ゲートへ移動。
人間が俺を持ち上げようとする。
「……無理です!」 「転がせ!」
俺は転がされる。
クロとぶつかった。
「おい! 腹が当たったぞ!」 「知らん…… 腹は前にある……」
クロが一瞬だけ黙った。
ゲート内。 暗い。 最高。
隣のゲートからタマの声。
「スタートダッシュ決めたるで!」 (無理だろ)
チャトラはもういない。 たぶん寝たまま別世界に行っている。
スタート。
ガシャン。
……。
誰も出ない。
「あっと! タマ、毛づくろい!」 「チャトラ、寝ています!」 「クロ、キメ顔で動きません!」
俺は座ったまま考える。
(帰りたい……)
そのとき、チュールの匂い。
全猫の鼻が動く。
「な、なんやこの匂い!」 「……これは……禁断……!」 「……魚……」
俺の意識が一瞬だけ浮上する。
(……あれ……)
立った。
走った。
腹が揺れる。
クロを追い越す。
「なっ……デブのくせに!」 (今だけだ)
タマも走る。
「負けへんでーーー!」
チャトラは寝たまま転がっている。
(こいつは夢の中で勝ってる)
コーナー。
見えた。
段ボール箱。
俺の世界が輝く。
(……あ……)
タマも気づいた。
「……あかん……箱や……」
クロは叫ぶ。
「見るなーーー!!」
全員吸い込まれた。
箱は三つあった。
俺は一番いい箱に入った。
タマは半分はみ出している。
「狭いんやが!」 「知らん……」
クロは箱に頭だけ突っ込んで固まっている。
「……出られん……」
チャトラは箱の外で寝ている。
レース終了。
「結果です!」 「1着、ミケ!」 「2着、箱!」 「3着、別の箱!」
ニャ券の払戻。
カリカリと缶詰。
箱の前に置かれる。
俺は起きない。
眠い。
タマが言う。
「……次も出るんか?」 (たぶん)
クロが呟く。
「……デブが世界を支配するとは……」
シロ婆が言う。
「……昔からそうじゃ……」
俺は丸まる。
意識はまた落ちる。
次走? 知らん。
でもたぶん、 また勝つ。
理由? 走らないからだ。
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