中山の芝は、 今日も無言で寝転がっている。
誰も頼んでいないのに、 急坂だけは全力で存在感を主張してくる。
平地だと思って踏み出した瞬間、 全力で主張される縦方向。
坂である。 しかも最初。
この構造に対し、 全馬の脳内で同時に感情が爆発した。
急坂スタートって聞いてない。 いや聞いてた。 資料にも書いてあった。
でも実物は違う。 写真と違う。 説明会で見たやつより角度が強い。
こんなん聞いてない。
スタートが切られる。
「②牝3」スリールミニョン 「行ける思たら行くっちゃん!」
思考より先に脚が出る。
飛び出す。
飛び出した瞬間、 もう前にいる。
後ろを確認するという概念が、 最初から存在しない。
後続の思考が一斉に動く。
速い。 初手からこれは速い。 何を根拠に行けると思った。
三歳やぞ。 人生まだチュートリアルやぞ。
スリールミニョンの脳内。
(楽しい)
それだけである。
二ハロン目。 十一秒。
数字が視界に入った瞬間、 全馬の思考が荒れる。
速すぎる。 誰が許可した。
今のは本編じゃない。 オープニング映像や。
「⑧牝6」ドロップオブライト 口は閉じたまま、 内心では計算が高速で回る。
飛ばしすぎ。 でも競らない。
ここで前に行くのは、 負けを自分から取りに行く行為。
外から圧が来る気配。
来るな。 今は来るな。
来ても、 無視する。
内を確保。 一頭分の余白。
この一頭分が、 今日の全てを決める。
理解している自分が、 少し気持ち悪い。
「①牝4」リラボニート 丁寧に呼吸を整えながら考える。
速いですね。 でも想定内です。
想定内ですが、 想定内すぎて逆に不安です。
前を見る。
あの方、 無言すぎませんか。
走りながら、 もう勝ち筋を描いてませんか。
こちらは、 まだ一コーナーです。
中団外。
この位置、 嫌な予感しかしない。
「⑤牝4」ソルトクィーン 全身で納得していない。
「なんやこの流れ!」
速い。 速すぎる。
誰がこのペース決めた。 議事録出せ。
前、 楽しそうに逃げとるのおる。
後ろ、 全員冷静すぎ。
自分だけ、 一番しんどい位置。
神よ。 配置ミスや。
この世界、 自分を差し馬として 扱う気ないやろ。
「③牝5」シングザットソング 歌いながら思考が暴走する。
速さが旋律。 風がハーモニー。
いや速すぎる。 前奏長すぎる。
この曲、 サビ来る前に終わる構成や。
誰がプロデュースした。
「⑭牝6」フィールシンパシー 周囲を見て、 勝手に心配が始まる。
みんな元気すぎ。 もうちょい落ち着こ。
中山だよ。 ここ、 最後に牙むくからね。
若いの、 後で泣くよ。
「⑥牝5」ウンブライル 外を回りながら、 感情が内側で荒れている。
遠い。 最初から遠い。
なんでこの位置。 なんでこの枠。
期待は感じる。 痛いほど感じる。
でも道がない。 物理的に。
三コーナー。
突然、 空気が緩む。
全馬の脳内で、 同じ言葉が浮かぶ。
今かい。
ここで?
示し合わせたんか。
ドロップオブライト。
はい完成。
前は楽。 後ろは詰む。
もう答え出た。
スリールミニョン。
(まだ走れる)
(楽しい)
後続の思考。
いや、 楽しさ基準で レース組むな。
リラボニート。
今ではありません。
今動いたら、 冷静さを失います。
冷静さを失った時点で、 負け確定です。
ソルトクィーン。
最悪の中だるみ。
全員脚残っとる。 差す側、 一番嫌なやつ。
誰が考えた。 設計者出てこい。
四コーナー。
逃げる背中が、 少し外へ流れる。
全馬の視線が、 そこに吸い寄せられる。
そこか。 そこしかない。
ドロップオブライト。
内。 最短。
迷いなし。
リラボニート。
その後ろ。 ここが道。
信じるしかない。
ソルトクィーン。
外を見る。
ない。
前を見る。
詰んでる。
思考が荒れる。
全部塞がっとる。 人生か。
残る道。
内。 ラチ。
狭い。 怖い。
でも、 ここ行かんかったら、 一生言われる。
行く。
芝と白線しか見えない。
ウンブライル。
外。
分かっている。 間に合わない。
それでも、 脚を止めたら、 全部否定になる。
直線。
一瞬の壁。
全馬が思う。
壁あるんかい。
その壁が、 ほんの一瞬、 消える。
ソルトクィーン。
全力で前へ出る。
追いつく。 並ぶ。
叫びたい。 でも叫んでる暇がない。
あと少し。
だが、 中山は短い。
全員の共通認識。
短すぎる。 誰が設計した。
ゴール。
ドロップオブライト。
(計算通り)
リラボニート。
(悔しい) (でも納得)
ソルトクィーン。
(あと十メートル) (それ返して)
スリールミニョン。
(楽しかった)
ウンブライル。
(分かってた) (でも悔しい)
芝は、 最後まで何も語らなかった。
だが、 自己中心と文句と感情だけが、 確かにここに残った。
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