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第1章:師走の迷宮と「泥まみれの戦車」
「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 満別花丸」
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中山競馬場に冬の木枯らしが吹き抜ける頃、大学の研究室は異様な熱気に包まれていた。壁一面に貼られた過去5年の有馬記念の出走表と、モニターに映し出された膨大な血統データ。その中心で、神宮寺教授は漆黒のコーヒーを一口啜り、不敵な笑みを浮かべた。
「佐倉くん。君は、有馬記念を何だと思っているの?」
突然の問いかけに、膨大な資料を整理していた佐倉は手を止めた。
「えっ……。それは、1年の総決算というか、ファン投票で選ばれたスターホースたちが集まる、最高のお祭り……ですか?」
「甘いわね。練乳をかけた大福よりも甘いわ。」
教授は椅子を回転させ、佐倉を鋭い視線で射抜いた。
「有馬記念は『お祭り』じゃない。それは、エリートたちが疲労困憊で泥沼に沈み、そこを『重戦車』が踏み潰していく、最も残酷なサバイバルレースよ。みんながキラキラしたスターに目を奪われている隙に、私たちはその裏側で虎視眈々と『泥まみれの金塊』を掘り当てるの。そう、5番人気以下の穴馬という名の金塊をね。」
教授の思考:中山2500メートルという「意地悪な設計図」
さあ、まずは佐倉くんにこのコースの異常性を叩き込まないとね。中山2500メートル……ここは、普通の競馬場じゃない。
コースの形状について。スタートしてすぐにコーナー。さらに校庭のトラックをぐるぐる回るような6つのコーナーがある。普通、競走馬は直線で加速したいものだけど、ここは曲がってばかりで息をつく暇がない。
高低差と芝の状態について。最後に待っているのは、心臓破りの急坂。しかも年末の芝はボロボロ。人間に例えるなら、「徹夜続きの受験生が、ボコボコの校庭を重い荷物を持ってマラソンさせられる」ようなもの。ここで必要なのは「華やかなスピード」じゃない。泥臭い「パワー」と「根性」よ。
穴馬の足跡について。過去5年、10番人気のシャフリヤールが2着に来たり、11番人気のサラキアが突っ込んできたり……。彼女たちがなぜ走れたのか。それは「みんながバテる場所」で、まだ「燃料」が残っていたから。あるいは、みんなが外を通って遠回りをしている間に、最短距離をズル賢く走り抜けたから。
世間は「前走の着順」や「名前の有名さ」で馬券を買う。でも有馬記念の穴馬は、もっと「物理的」で「動物的」な理由で決まるのよ。
中山は「校庭の持久走」?
「いい、佐倉くん。中山2500メートルという舞台をイメージして。ここはね、『校庭のトラックを無理やり走らされる持久走』に似ているわ。しかも、先生が意地悪で、コースのあちこちに泥を撒いて、最後に急な階段を用意しているような場所よ。」
「階段……ですか。確かに、最後の上り坂は有名ですよね。」
「そう。だから、東京競馬場みたいな広くて綺麗な道でスピードを競う『スポーツカー』タイプの馬は、ここでエンジンが止まっちゃうの。私たちが探すべきなのは、スピードはそこそこでも、泥道を平気で突き進む『重戦車』よ。」
教授はモニターに2024年の結果を映し出した。
「去年の結果を見て。1着のレガレイラは4番人気だけど、2着には10番人気のシャフリヤールが食い込んでいる。シャフリヤールなんて、もうベテランで『終わった馬』扱いされていたけれど、アメリカの遠征帰りでリフレッシュされていた。つまり、『テスト前にしっかり寝てきた生徒』だったわけ。」
「テスト前……。なるほど、他のエリート馬たちが秋の天皇賞やジャパンカップでボロボロになっていたのに対して、彼は元気だったんですね。」
「その通り! 有馬記念の穴馬を見つける第一の法則はこれよ。『エリートの疲れを逆手に取れ』。みんなが期末テストで徹夜してヘトヘトな時に、一人だけ昼寝をたっぷりしてきた偏差値50の生徒が、意外といい点数を取っちゃう。それが有馬記念の穴馬の正体の一つよ。」
「重戦車」の証拠、ロベルトの血
「次に、これを見て。」
教授が示したのは血統表だった。そこには聞き慣れないカタカナが並んでいるが、教授の説明は驚くほど分かりやすかった。
「競馬にはね、お父さんやお母さんから受け継ぐ『得意技』があるの。有馬記念で穴をあける馬には、ある共通のDNAが流れていることが多いわ。それが『ロベルト』という系統よ。」
「ロベルト……なんだか強そうな名前ですね。」
「強そうどころか、頑固一徹な重戦車よ。この血を引く馬はね、綺麗な馬場よりも、冬の荒れた重たい馬場でこそ本領を発揮するの。ボルドグフーシュやジェラルディーナ……過去に穴をあけた馬たちの背後には、この『泥んこ遊び大好き』な血統が隠れているわ。」
佐倉は熱心にメモを取る。
「つまり、コースが意地悪で、時期が最悪だからこそ、普段は目立たない『スタミナ自慢の重戦車』が、キラキラしたスターたちを追い抜いていける……ということですね?」
「素晴らしいわ、佐倉くん! まさにその通り。私たちは、これから発表される登録馬の中から、『コース実績という履歴書』『血統という設計図』『元気さという健康診断』の3つを兼ね備えた、世間にバレていないお宝を探し出すのよ。」
教授は窓の外、暮れなずむ空を見上げた。
「さあ、データは揃ったわ。次は具体的な馬たちの『仮面』を剥がしていくわよ。5番人気以下の馬たちの中に、王様を震え上がらせる暗殺者が潜んでいるはずだわ……!」
「はい、教授! 次の分析もお願いします!」
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第2章:エリートたちの悲鳴と、逆転のシナリオ
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「教授、2025年の有馬記念、登録馬が出揃いました! でも……これ、上位人気はガチガチじゃないですか?」
佐倉くんがタブレットを差し出しながら、困ったように眉を下げた。画面には、昨年の覇者レガレイラ、ダービー馬ダノンデサイル、そして皐月賞馬ミュージアムマイルといった、キラキラした実績を持つエリートたちの名前が並んでいる。
「ふふ、佐倉くん。君には彼らが黄金に輝くスターに見えるのね。でも、私の目には……彼らは『期末テストを終えてフラフラになったガリ勉くん』にしか見えないわ。」
神宮寺教授は、ルーペで出馬表をなぞりながら、楽しげに鼻歌を歌った。
教授の思考:エリートを襲う「燃え尽き症候群」 世間のファンは、ジャパンカップで3着だったダノンデサイルや、エリザベス女王杯を勝ったレガレイラに飛びつく。当然よね、数字上は強いんだから。
まずは「秋の3冠」の呪いについて。天皇賞(秋)、ジャパンカップ、そして有馬記念。この3つの大きなレースを全力で走り抜けるのは、人間で言えば「1ヶ月の間に3回もフルマラソンを走る」ようなもの。
次に人気馬の心理的重圧について。1番人気のルメール騎手や戸崎騎手は「負けられない」から、安全な外側を通ろうとする。でも、冬の中山で外を回ることは、「大渋滞の高速道路をわざわざ遠回りして走る」くらい損なことなの。
そして逆襲の伏兵について。一方、5番人気以下の馬たちは失うものがない。「一か八か、内側の狭い道を通ってやる!」という裏道ショートカットを狙える。
狙い目は、実績があるのに近走で負けて人気を落としている「元・天才」か、このコースだけは誰にも負けないという「地元のガキ大将」ね。
ジャパンカップ組は「お疲れモード」? 「教授、『ガリ勉くん』って……いくらなんでも失礼ですよ! ダノンデサイルなんて、ジャパンカップで激走して3着に入ったばかりじゃないですか。」
「そこが罠なのよ、佐倉くん。考えてみて。11月末のジャパンカップで、世界中の強豪を相手に死ぬ気で走ったのよ? 精神的にも肉体的にも、今は『もう1歩も動きたくない冬休みモード』に入っていてもおかしくないわ。」
教授は黒板に大きな×印を書いた。
「有馬記念で穴をあけるのは、そんな優等生たちが白目を向いてバテている横を、『ずっと寝てたから元気いっぱい!』と鼻歌まじりに追い抜いていく馬たちよ。さあ、リストを見て。5番人気以下に、面白い『変人』たちが隠れているわ。」
ターゲットその1:忘れられた天才、タスティエーラ 「まず、10番人気のタスティエーラ。君、この馬のこと覚えてる?」
「ええと、一昨年のダービー馬ですよね? でも最近は、天皇賞8着、ジャパンカップ7着……うーん、ちょっと全盛期を過ぎた感じがしますけど。」
「それが世間の見方。でも、中学生でもわかるように説明するなら、彼は『クラスで一番足が速かったけど、最近の体育の授業で手を抜いてるだけ』の可能性が高いわ。彼の父サトノクラウンは、雨の重たい馬場で世界を制した重戦車。冬の中山のボコボコした芝は、彼にとって『実家のような安心感』があるはずよ。人気が落ちた今こそ、誰も見ていないところで本気を出すタイプね。」
ターゲットその2:地元の守護神、スティンガーグラス 「次に、12番人気のスティンガーグラス。ジーワンの実績はないけれど、この馬の『履歴書』は特殊よ。」
「えーと、中山の2500メートルで勝っていますね。あと北海道の長いレースも。」
「そう! 彼は、広い東京コースではスピード負けしちゃうけど、中山の急カーブと坂道だけは誰よりも詳しい『地元のショートカットの達人』なの。エリートたちが『この道、カーブが急すぎて走りづらいよ!』と泣き言を言っている間に、彼はスルスルと内側を抜けていくわ。キズナ産駒のパワーも、冬のタフな馬場にはぴったりね。」
ターゲットその3:安定のベテラン、ジャスティンパレス 「そして、7番人気のジャスティンパレス。彼は去年の4着、一昨年の5着……どう思う?」
「うーん、いつも頑張ってるけど、あと一歩届かない『シルバーコレクター』って感じでしょうか。」
「惜しいわね。彼はシルバーコレクターじゃない。『どんなに荒れた状況でも、必ず定時で仕事をこなすベテラン会社員』よ。周りの若者が『有馬記念の雰囲気に飲まれちゃいました!』と自滅していく中、彼は淡々と自分のペースで走る。今回、逃げ馬が少ないスローペースなら、彼のようなスタミナ自慢が早めに動くことで、前を走る人気馬をゴリゴリと削り取ることができるわ。」
教授はコーヒーを飲み干し、不敵に微笑んだ。
「さあ、佐倉くん。これで『泥まみれの金塊』の候補は絞られたわ。エリートたちが悲鳴を上げる中山の坂道で、最後に見せる逆転劇……そのシナリオを、最終章で完結させましょうか。」
「教授……なんだか、本当に穴馬が勝つ気がしてきました!」
「競馬は記憶のスポーツよ、佐倉くん。みんなが忘れた頃に、真実は牙を剥くの。」
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第3章:黄金の椅子に座る、3頭の刺客
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「さあ、佐倉くん。いよいよ『冬の祭典』の幕が開くわ。誰もがレガレイラやダノンデサイルの輝かしい背中を追いかけている。でも、私たちが最後に笑うために必要なのは、光ではなく『影』に潜む刺客たちよ。」
神宮寺教授は、古びた中山競馬場のコース図の上に、3つの駒を置いた。それは、華やかな人気馬たちの影に隠れ、虎視眈々と主役の座を狙う「5番人気以下」の猛者たちだ。
「中学生の君にも、そして全競馬ファンにも伝えてあげなさい。有馬記念は『速い馬』が勝つんじゃない。『最後まで心が折れなかった馬』が勝つのよ。」
教授の思考:パズルは完成した さあ、結論を出すわ。今年の有馬記念のキーワードは「スローペース」と「内枠の我慢」、そして「血統の底力」ね。
人気馬たちの死角について。1番人気から3番人気は、当然マークされる。外に追い出され、余計な体力を使わされるわ。
中山の特殊性について。直線が短い。つまり、4コーナーで「あ、やばい」と思ってももう遅い。「早めに動く勇気」がある穴馬こそが、黄金の椅子に座る権利がある。
最後に勝つのは、世間が忘れた実績馬、コース専用のスペシャリスト、あるいは安定感抜群の古豪。
最終結論:神宮寺教授が指名する「逆襲の刺客」3選 「いい? 佐倉くん。これが私の、そして私たちの『穴馬捜査網』に掛かった3頭よ。」
■【本命の刺客】タスティエーラ(想定10番人気) 「忘れられたダービー王の、孤独な逆襲」
「佐倉くん、世間はなんて薄情なのかしら。たった数回、不慣れな展開で負けただけで、去年のダービー馬を10番人気まで落とすなんて。彼は終わった馬じゃない。『本来の戦い方を思い出した天才』よ。父サトノクラウン譲りの『泥んこ重戦車』の血は、冬の中山でこそ沸き立つわ。ジャパンカップで負けたことでマークが外れた今、ルメール騎手や戸崎騎手が牽制し合っている隙に、彼は悠々と『黄金の椅子』へ座り直すはずよ。」
■【伏兵の刺客】スティンガーグラス(想定12番人気) 「中山2500メートルという迷宮の、案内人」
「次に狙うのはこの馬。実績がない? 結構じゃない。彼は『中山の坂道を登るために生まれてきたような馬』よ。このコースの勝ち方を知っているというのは、何物にも代えがたい武器なの。エリートたちが『このコース、走りづらい!』と戸惑っている横を、彼は鼻歌まじりに最短距離で駆け抜けるわ。12番人気なんて、もはやボーナスステージよ。父キズナのスタミナが、冬の寒さを熱くしてくれるはずだわ。」
■【安定の刺客】ジャスティンパレス(想定7番人気) 「壊れない心を持つ、中山の鉄人」
「最後はこの一頭。彼は派手な逆転劇は見せないかもしれない。でも、『絶対に定時で仕事(3着以内)を終わらせる』プロフェッショナルよ。過去の有馬記念での4着、5着という成績は、このコース適性がある何よりの証拠。若い馬たちがプレッシャーで自滅する中、彼は自分のペースを守り、最後の直線でバテた馬たちを一人ずつ『お疲れ様』と飲み込んでいく。7番人気なら、これほど頼もしい保険はないわね。」
エピローグ 「さあ、佐倉くん。馬券を握りしめて、中山の4コーナーを見つめなさい。そこには、エリートたちの悲鳴と、私たちが信じた刺客たちの咆哮が響いているはずよ。」
教授は窓を開け、冷たい冬の風を髪に受けた。
「教授……。なんだか、僕にも見えてきました。泥だらけのタスティエーラが、先頭でゴールを駆け抜ける姿が!」
「ふふ、そうね。競馬はロマン。でも、そのロマンを支えるのは、いつだって冷徹なデータと、少しの遊び心。メリークリスマス、佐倉くん。今年の冬は、最高の祝杯になりそうね。」
(完)
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