阪神芝一四〇〇メートル
全員だいたい自分が正しいと思っている章
スタート前
(……なんでこんな人数で走らなあかんねん)
ルガルはゲートの中で、 すでに勝った顔をしていた。
(まあええわ。どうせ最後はワシやし)
視界の端で、 ジューンブレアがやたら前傾姿勢でうるさい。
(あれ絶対最初から飛ばすやつやん。 ペース配分とか言葉知らんタイプや)
一方、少し後ろ。 ナムラクレアは深呼吸している。
(今日もみんな元気ね。 ええことやと思うわ。 だいたい元気な馬から消えていくけど)
フォーチュンタイムは周囲を見ず、 ただコースだけを見ている。
(風向き、馬場、ラップ予測。 問題なし。 感情を挟む余地もなし)
グレイイングリーンは、 一頭だけ現実を見ていた。
(まあ、無事に走れたらええ。 勝てたら奇跡。 負けても、また「ようやっとる」言われる)
エイシンフェンサーは、 全員を睨みつけていた。
(今日もあたしが流れ作るんやろな。 どうせ誰も評価せえへんけど)
スタート
ゲートが開く。
(行く行く行く行く行く行く!!!)
ジューンブレアが爆発した。
(ちょっと待てや!!!) (速っ!?) (概念としてのブレーキが存在せん!)
ジューンブレアの思考は単純だ。
(先頭=正義! 正義=気持ちいい! 以上!)
その後ろで、 エイシンフェンサーが舌打ちする。
(あーもう、あたしの予定してた 「気持ちよく前」完全に壊されたわ)
ルガルは余裕でその後ろ。
(ほら見てみ。 最初から全力は 後で請求書くるやつや)
ナムラクレアはさらに後ろ。
(あら、もう呼吸荒いわね。 若いのに。 若いから、か)
フォーチュンタイムは無言。
(想定より一秒速い。 だが崩壊ラインにはまだ届かない)
グレイイングリーンは、 早くも諦め半分。
(速すぎるやろ。 これ、誰が得すんねん)
3コーナー
(あっ、これアカンやつや)
全員が、 だいたい同時にそう思った。
ジューンブレアだけが例外だ。
(まだまだ行ける! なんならもっと行ける! 行ける気がする!)
(気がする、で走るな!)
エイシンフェンサーが内で吠える。
(ペースってな、 みんなで共有するもんやねん!)
(共有? そんなWiFi繋いでない!)
ジューンブレアは笑顔だった。
ルガルは、 冷静に距離を測っている。
(前、確実に垂れる。 問題は、 どこで抜くか、や)
ナムラクレアは、 完全に楽しみ始めていた。
(ああ、 この「全員無理してる感じ」 嫌いじゃないわ)
フォーチュンタイムは、 メモ帳を心に開く。
(ここで動く馬は消える。 動かない馬が三着内)
グレイイングリーンは、 若い馬たちを見て思う。
(昔のワシやな…… って言うと年寄り臭いか)
4コーナー
地獄が始まる。
ジューンブレアの脚が、 急に重くなる。
(え? なんで? さっきまで速かったのに?)
(それが疲労や) と、全員が思う。
エイシンフェンサーは、 歯を食いしばる。
(今や! 今しかない!)
だが、 すでに脚は残っていない。
(あたし、 作戦立てるのだけは得意なんやけどな)
ルガルは、 ほぼ無音で加速する。
(はい、ここワシの番)
ナムラクレアが、 外から様子を見る。
(うん、 あの動きは本物ね)
フォーチュンタイムは、 進路を探す。
(詰まる。 いや、開く。 いや、また詰まる)
(人生みたいやな)
グレイイングリーンは、 一番内でじっと耐える。
(ワシはな、 無理せんのが仕事や)
直線
(ほな、終わらせるわ)
ルガルが前に出る。
(やっぱり来たわね) ナムラクレアが追う。
(届く? 届かない? どっちでも楽しい)
フォーチュンタイムも伸びる。
(計算通り。 ただし一位の計算は 最初から除外)
グレイイングリーンも、 地味に脚を使う。
(誰も見てへんやろけど、 ワシも走っとるで)
エイシンフェンサーは、 自分に言い訳する。
(内容は悪くない。 内容は)
ジューンブレアは、 魂だけで走っている。
(止まらん言うたやろ! 止まらんけど! 進まん!)
ゴール前
ナムラクレアが迫る。
(あら、 意外と近い)
ルガルは一瞬だけ思う。
(あ、これ詰められるかも)
だが、 すぐに切り替える。
(まあええわ。 それでもワシが先や)
ゴール。
ゴール後
(ほな、お疲れ)
ルガルは息一つ乱さない。
(負けたけど、 楽しかったわ) ナムラクレアは微笑む。
(三着、妥当) フォーチュンタイムは満足。
(四着か。 まあ、生き残った) グレイイングリーンは納得。
(五着? 主役やろ) エイシンフェンサーは胸を張る。
(……また壊したな) ジューンブレアは晴れやかだった。
(でもな) 全員、 心のどこかで思っている。
(また走るんやろな)
阪神の芝は、 今日も何も言わない。
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