――走る思想、ぶつかる理屈、芝は逃げない――
曇った空の下、 京都の芝は静かに光っている。 外回り千六百。 坂があり、 下りがあり、 直線が長い。
(ここは正直な場所や) (誤魔化しは効かん) (走った分だけ、結果になる)
そんな空気を、 全員が知っている。
――スタート。
「行くでぇぇぇ!! 14番 牡4!!」
シンフォーエバーが叫んだ瞬間、 世界が前に伸びた。
(ワシが前や) (ハナ取ったら、世界はワシのもんや) (考える前に、脚を出せ)
気分で踏み、 勢いで刻む。 二百メートル十二秒六。 次の一ハロンが十一秒一。
(ちょ、速ない?) (まあええ! 気分や!!)
後ろが縦に伸びる。
「よし、このペース!」 11番 牡5、 ファーヴェントが内で唸る。
(速いけど、無茶ではない) (これなら我慢できる) (前捕まえる形、理想や)
横に、 10番 牡7、 ショウナンアデイブが並ぶ。
(ええ流れやな) (まだ若いもんには負けへん) (ワシの脚、余っとる)
少し後ろ、 外目の五番手。
「はい、予定通り。15番 牡5」
ブエナオンダは淡々と呟いた。
(速い? だから何や) (想定内や) (この位置が正解) (世界はワシ基準で回っとる)
後方。 9番 牡5、 トロヴァトーレが深く息を吸う。
(うん、後ろ) (でも問題ない) (脚は一番) (展開は後から付いてくる)
さらにその後ろ。 1番 牡4、 ランスオブカオス。
(マークきついな) (まあええ) (内容や、内容)
――三コーナー。
淀の坂が立ちはだかる。
(ここや) (踏みすぎるな) (でも緩めるな)
ファーヴェントの思考は一直線だ。
(内は死守) (外は後でええ)
ショウナンアデイブは、 わずかに目を細める。
(この坂、知っとる) (下りで自然に行ける) (若いもん、焦りすぎや)
ブエナオンダは、 周囲を見ない。
(前がどうとか関係ない) (下りで加速するだけ) (直線は、ここや)
トロヴァトーレは外。
(振られた) (でも焦らない) (まだ距離はある)
(……ある、よな?)
――四コーナー。
逃げていたシンフォーエバーの脚が、 ほんの一瞬、 重くなる。
(あれ?) (まだ行ける) (……行けるはず)
その背中を、 一斉に見る。
(今や) (捕まえる)
ファーヴェントが外へ。
(前、壁になるな) (抜け出す)
同時に、 ブエナオンダは、 さらに外へ。
(ほらな) (空いとる) (誰にも邪魔されん)
ショウナンアデイブは内。
(開く) (一瞬でええ)
――直線。
静寂が、 爆発する。
(行く!!)
ファーヴェントが先頭。
(よし!) (この形!)
内から、 ショウナンアデイブ。
(若いもん、甘い) (ワシはまだ終わっとらん)
外から、 ブエナオンダ。
(直線?) (ここや)
三頭が並ぶ。
芝を叩く音が、 重なる。
(負けへん) (届く) (差す)
ファーヴェントが歯を食いしばる。
(楽な競馬ちゃう) (でも、やることはやった)
ショウナンアデイブは笑う。
(楽しいな) (これや、これ)
ブエナオンダは無感情だ。
(終わったな)
――残り二百。
後ろから、 風が来る。
(今、行く)
トロヴァトーレ。
(脚は一番) (でも、遠い)
(……遠いな?)
内から、 ランスオブカオス。
(伸びてる) (悪くない) (内容は一番)
(……届かんか)
――ゴール前。
ブエナオンダが、 わずかに、 鼻先を出す。
(ほらな) (この位置が正解や)
ファーヴェントが、 噛みしめる。
(クッソ) (でも、やり切った)
ショウナンアデイブが、 胸を張る。
(まだワシの時代や)
後ろで、 トロヴァトーレが呟く。
(ワンモアハロン欲しい)
「知らん」
ブエナオンダは、 振り向かない。
芝は正直だ。 思想も、 理屈も、 脚も。
すべて出し切った者だけが、 前にいる。
京都金杯。 答え合わせは、 もう終わっていた。
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