晴天の京都競馬場。 芝一六〇〇メートル、外回り。
ここに集まったのは、 冷静な頭脳派、 脳筋、 美意識過多、 省エネ職人、 そしてアクセルが壊れた牝馬だった。
(このゲート、狭すぎだろ……) サンダーストラック(馬番3・牡3)は静かに眉をひそめる。 (僕の肩幅と可動域を完全に無視した設計だ。 非効率にもほどがある)
この時点で彼は、 「勝つか負けるか」ではなく 「なぜこの設計で許可が下りたのか」を考えている。 まあ、走る前から勝つ気はある。
バァン!
ゲートが開いた瞬間、 空気が裂けた。
(ヒャッハー!! 前行くで前!! 止まったら死ぬタイプやねん私ぃ!!)
ファニーバニー(馬番10・牝3)。 最初の二〇〇メートル、一〇・九秒。
速い。 速すぎる。 速すぎて、誰もついていけない。
(見た!? これが私の脚! ブレーキ? 知らん! そんな部品ついてへん!)
彼女は全力で誇っているが、 その誇りは「一ハロン限定」である。
二番手。
(ちょっ……! 速い速い速い!) フレイムスター(5番・牡3)が叫ぶ。
(誰やこのペース作ったん! 三コーナーで死ぬやつやんこれ!)
隣のルートサーティーン(6番・牡3)も顔を歪める。
(心臓が! 俺の心臓が! まだ準備運動終わってへん!)
――ちなみに原因は、 先頭の牝馬である。 本人に自覚はない。
中団。
サンダーストラックの外に、 一番人気・モノポリオ(13番・牡3)。
(ああ……この位置、美しい) モノポリオは満足げだ。 (血統、フォーム、毛艶、すべて完璧。 今日も世界は僕を中心に回っている)
(外に張り出しすぎだな) サンダーストラックは一切見ない。 (空気抵抗が増える。 あと八〇〇で呼吸が乱れる)
どちらも正しい。 ただし、今日はレースである。
三コーナー。
後方九番手。
(うおおお! 叩け! まだいける!) サウンドムーブ(16番・牡3)が吠える。
(外? 上等や! 全員まとめて抜いたる!)
これは根性論であり、 計算は存在しない。
内。
(皆さん元気どすなぁ) アルトラムス(1番・牡3)は静かだ。 (私は最短距離で失礼しますえ。 前が潰れるまで待つのが仕事どす)
この馬は勝ち急がない。 だいたいこういう馬は掲示板に来る。
四コーナー。
ペースは落ちない。 一二・一、一二・〇。
(あっ……脚……) ファニーバニーの声が少しだけ弱くなる。
(でも! この先頭! 最高やん!)
最高なのは気分だけで、 脚は棒である。
(来たな) サンダーストラックの視界が研ぎ澄まされる。 (前が「走る障害物」から 「止まった障害物」に変わる)
内に、わずかな隙間。
(左前脚、三センチ内。 抵抗減。 出力最大)
考えているようで、 もう突っ込んでいる。
外。
(見てください! このフォーム!) バルセシート(11番・牡3)が伸びる。 (四着? 順位はともかく、美しさは一着ですわ!)
なお、競馬は順位である。
直線。
(重い……) モノポリオの脚が鈍る。 (呼吸が合わない…… 仕掛けが……半拍遅れた……)
外を回した距離。 速すぎた流れ。 全部、ほんの少しずつ足りない。
内。
(失礼) サンダーストラックが抜ける。
だが――
(逃がすかぁ!!) サウンドムーブが大外から飛ぶ。
(効率!? 知るかぁ!! 俺は根性で走っとるんじゃ!!)
理屈はないが、 勢いはある。
残り一〇〇。
(距離的優位) サンダーストラックは冷静だ。 (君の脚が二メートル足りない)
(首ぃぃ!! 前に出ろぉぉ!!)
ぶつかる二頭。
この瞬間、 勝敗は思想ではなく センチで決まる。
ゴール。
一着、サンダーストラック。 二着、サウンドムーブ。 クビ。
(三着で十分どす) アルトラムスが静かに息を整える。 (必死すぎるのは性に合いまへん)
余裕に見えるが、 だいたい計算通りである。
後ろ。
(四着でも美しいですわ) バルセシートはポーズを決める。
(今日は…… バカンスだわ) モノポリオは空を見る。
さらに後ろ。
(最初の二〇〇は私の勝ちやった!) ファニーバニーは胸を張る。 (そこだけはな!)
そこだけである。
こうして、 第六十回シンザン記念は終わった。
泥と、 理屈と、 根性と、 ほんのわずかな差。
次に試されるのは、 距離か。 坂か。 それとも―― 自分のやり方そのものか。
答えは、 次のレースでまた暴れ出す。
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