真宮寺教授の秘密講義『日経新春杯2026』
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第1章:ロマンの博打か、数字の投資か
「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 満別花丸」「VOICEVOX: 四国めたん」
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第1章:ロマンの博打か、数字の投資か 大学の格調高い教授室。しかし、その主である神宮寺教授のデスクの上にあるのは、難解な論文ではなく、競馬新聞と自作の統計解析ソフトが走るタブレット端末だった。
「教授、今週こそは勝ちたいんです。中山の『京成杯』と、京都の『日経新春杯』。データで勝負するなら、どちらの土俵に上がるべきでしょうか?」
学生の佐倉は、必死な面持ちで身を乗り出した。神宮寺教授は、冷めた紅茶のカップを置き、眼鏡をクイと押し上げた。
「佐倉くん、君は中学生に『明日のテストの点数を当ててごらん』と言うのと、ベテランのサラリーマンに『来月の給料を当ててごらん』と言うの、どちらが簡単だと思う?」
「え……? それは、サラリーマンの方ですよね。給料はだいたい決まってますし」
「その通りよ。それがそのまま、この二つのレースの差ね」
神宮寺教授はタブレットの画面を佐倉に向けた。
(……やれやれ。佐倉くんはいつも『お宝探し』の興奮に目を奪われすぎる。京成杯のような3歳戦は、確かに当たれば大きいけれど、データ解析の観点から言えば『ノイズの塊』でしかない。まだ数回しか走っていない子供たちの成長を予測するのは、占い師の仕事であって、学者の仕事じゃないわ)
神宮寺は心の中でため息をつきながら、論理の刃を振るい始めた。
「いい? 京成杯に出る馬たちは、まだ人生……いえ、馬生が始まったばかり。キャリアが1回や2回なんて馬ばかりよ。これはデータの世界では『サンプル不足』と言うの。昨日まで泣き虫だった子が、今日急に足が速くなるような不確定要素が多すぎるわ」
「でも教授、それこそが競馬のロマンじゃないですか!」
「ロマンでご飯が食べられるなら、私は今頃ハワイのプライベートビーチで余生を過ごしているわ。データ競馬の極意は『再現性』よ。その点、日経新春杯は素晴らしいわね。出走馬の多くは、もう何十回も走っているベテランたち。得意なコース、季節、スタミナの限界……全てが数字として記録されている。いわば、過去の通信簿が丸見えの状態なのよ」
さらに神宮寺は、中山と京都のコース特性についても、身近な例えでトドメを刺した。
「中山2000メートルの京成杯は、障害物だらけの迷路を全力疾走させるようなもの。若駒にとっては、実力以前に『運』や『経験』で結果がコロコロ変わるわ。対して京都2400メートルの日経新春杯は、広い校庭をぐるりと回るような持久力テスト。物理的な能力がそのまま数字に出やすいの。おまけに……」
神宮寺の瞳が鋭く光った。
「日経新春杯は『ハンデ戦』。JRAという公式の審判が、わざわざ『この馬はこのくらいの強さだよ』と、斤量という名の数値目標を提示してくれているのよ。これを利用しない手はないわ。前走より荷物が軽くなった馬は、それだけで『割引クーポン』を握りしめて走っているようなものよ」
「なるほど……。公式がヒントをくれている、と」
「その通り。京成杯は、原石の中からダイヤモンドを見つける『相馬眼』のレース。日経新春杯は、積み上がった数字から正解を導き出す『投資』のレース。佐倉くん、データで勝ちたいなら、答えは一つよ」
神宮寺は窓の外、冬の青空を指差した。
「今週末、私たちが戦う戦場は、京都――『日経新春杯』よ!」
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第2章:数字の裏に潜む「お買い得」な名馬たち
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「よし、日経新春杯で勝負するのは決まりました。でも教授、データ的に『お買い得』な穴馬なんて、本当に見つかるんですか? 人気のサトノグランツとかが普通に勝っちゃいそうですけど」
佐倉の疑問に、神宮寺は不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、そこがハンデ戦の面白いところよ。サトノグランツは確かに強い。でも、彼は『重い荷物(59kg)』を背負わされる運命にあるわ。高級車に相応しい税金を払わされているようなものね。私たちが狙うのは、高級車並みのエンジンを積んでいるのに、なぜか軽自動車並みの税金しか払っていない……そんな『バグ』のような馬よ」
(……さて、ここからが本番ね。単に実績がある馬を選ぶのは素人の仕事。データの裏を読み、ハンデという魔法がかかった瞬間に、能力とオッズのバランスが崩れる一点を突く。京都の『淀の坂』を下るスピード、明け4歳馬の爆発的な成長曲線……全てのパズルを組み合わせて、最も効率的な期待値を弾き出すわよ)
神宮寺はタブレットを激しく操作し、三つの名前をリストアップした。
「佐倉くん、メモの準備はいい? 私たちが狙う『データ上の穴馬』はこの3頭よ」
第3位:アロヒアリイ 「まずはこの4歳馬ね。データでは『明け4歳馬』の勝率は異常に高い。これは中学生が冬休みの間に急に身長が伸びるようなものよ。彼はまだ重賞の実績がないから、ハンデは55kg程度と予測されるわ。実力的には上位と差がないのに、荷物が軽い。まさに『早割チケット』を握った期待の一頭ね」
第2位:ヤマニンブークリエ 「次も4歳馬。この馬は特に京都の長い距離への適性が数字に表れているわ。もし斤量が54kgから55kgで収まるなら、データ上の期待値は跳ね上がる。内枠を引いて、体力を温存しながら最後の坂を下れば、実績馬をまとめて飲み込む可能性が非常に高いわ。おじさん馬たちが荷物に苦しんでいる横を、身軽な格好でスイスイ追い抜いていく姿が見えるようね」
第1位:サブマリーナ 「そして、今回の最大のお宝はこの馬よ。5歳馬だけど、2025年の成績上昇カーブが素晴らしいわ。京都の2400メートル付近での走破時計、上がりの速さ……どれをとっても一流品。それなのに、まだ世間は彼を『ただの上がり馬』だと思っている。予測斤量は57kg前後だけど、もし57kg以下なら、それはもう『安売りセールの目玉商品』。サトノグランツを逆転する筆頭候補は、間違いなくこの馬よ」
神宮寺は満足げに腕を組んだ。
「いい? 佐倉くん。競馬は『どの馬が一番速いか』を当てるゲームじゃない。『提示されたオッズに対して、その馬が勝つ確率がどれだけ高いか』を当てるゲームなの。今回提示した3頭は、そのバランスが最高に狂っている――つまり、儲かる可能性が高い馬たちよ」
「教授……なんだか勝てる気がしてきました! 早速買いに行ってきます!」
「待ちなさい、佐倉くん。最終的な『買い』の判断は、公式の斤量発表を見てから。予測より0.5kgでも軽ければ……それはもう、全財産を突っ込んでもいいレベルの『サイン』よ。深追いは禁物だけど、数字は嘘をつかないわ。冷静に、かつ大胆に選びなさい」
「はい! ありがとうございます、教授!」
嵐のように去っていく佐倉を見送りながら、神宮寺教授は再び冷めた紅茶を口にした。
(……さて、私のデータ通りに走ってくれるかしら。もし外れたら、来週の講義は少しだけ厳しくして、学生たちの統計データを再収集させるとしましょうか)
神宮寺は、窓に映る自分の不敵な微笑みを、少しだけ恥ずかしそうに隠した。
【神宮寺教授の狙える穴馬3選】
サブマリーナ(期待値最大の逆転候補)
ヤマニンブークリエ(京都適性抜群の4歳馬)
アロヒアリイ(斤量の恩恵を受ける成長株)
「期待値通りの結末を、京都のターフで見せてちょうだい」
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補講:市場の「偏見」を食い尽くす、最高の一皿
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大学のゼミ室に、佐倉が息を切らせて飛び込んできた。手には最新のオッズが映し出されたスマホが握られている。
「教、教授! 大変です! サトノグランツが……サトノグランツが10番人気まで落ちてます! オッズは19倍を超えてますよ。これ、斤量の58.5キロをみんなが嫌がってるってことですよね? でも、いくらなんでも安すぎませんか!?」
神宮寺教授は、読みかけの洋書をゆっくりと閉じると、口角をわずかに上げた。
「……あら、佐倉くん。ようやく『数字の向こう側にある人間の恐怖』に気づいたようね。素晴らしいわ。今の君の目は、獲物を見つけたハヤブサのように鋭い。」
(……ふふ、面白いことになってきたわね。サトノグランツ。京都新聞杯を勝ち、神戸新聞杯を勝ち、昨年のこのレースでも3着に来た実力馬。それが10番人気? 競馬ファンというのは、時として『斤量』という数字に過剰な恐怖を抱く集団心理に陥る。データ的には、これこそが『期待値の宝庫』なのよ)
神宮寺はホワイトボードに大きな円を描いた。
「いい、佐倉くん。中学生でもわかるように説明してあげるわ。ここに、100メートル走を10秒で走れるスーパー中学生がいるとするわね。彼はいつも優勝候補。でも、今回は『重いリュックを背負って走りなさい』と言われた。周りのみんなは『うわぁ、リュックを背負ったらあいつはもうダメだ、絶対に負けるぞ』と大騒ぎして、彼に賭けるのをやめてしまった。これが、今のサトノグランツの状態よ」
「でも教授、リュックを背負ったら、やっぱり遅くなるんじゃ……?」
「確かに、10秒が10秒5にはなるかもしれない。でもね、周りの子たちはもともと12秒で走る子ばかりだとしたら? リュックを背負ったスーパー中学生の方が、まだ圧倒的に速い可能性が高い。日経新春杯のサトノグランツにとって、京都芝2400メートルは自分の庭のようなもの。58.5キロという荷物は、確かに楽ではないけれど、彼にとっては『耐えられる範囲』の重荷に過ぎないわ」
神宮寺はホワイトボードの円の中に「期待値」と書き込んだ。
「データ競馬において、最も美味しいのは『実力はあるのに、特定の理由(斤量や前走の着順)で人気が暴落している馬』よ。サトノグランツが馬券に絡む確率を、私の計算モデルでは25〜30%と弾き出している。もし10番人気でオッズが19倍なら、これは統計学的に言えば、元返しの5倍以上の価値がある『超お買い得商品』、いわば高級ステーキがコンビニの弁当価格で売られているような状態よ」
「じゃあ、やっぱり……買い、ですか?」
「ええ。斤量を嫌って人気が落ちれば落ちるほど、馬券としての『旨味』は増していく。サトノグランツは、もはや単なる実績馬じゃない。市場の『偏見』が生み出した、最強のバリュー株(割安株)になったのよ。佐倉くん、君が感じた違和感は正しいわ。これは『美味しい』なんてレベルじゃない。……『極上のディナー』よ」
神宮寺は再び眼鏡を直し、いたずらっぽく微笑んだ。
「さあ、ハンデキャッパーと大衆の心理がぶつかり合う、絶好のタイミングね。ドクタードリトルやサブマリーナといった軽量・上昇馬を狙うのは『攻めのデータ』。そして、このサトノグランツを拾うのは『守りつつ、隙を突くデータ』。この両輪が揃った時、君の馬券は完成するわ」
「教授……僕、サトノグランツを信じて、しっかり組み込みます!」
「信じるのではなく、計算するのよ、佐倉くん。……まあ、今の君なら大丈夫そうね」
神宮寺は、意気揚々と去っていく学生の背中を見つめながら、心の中で自分自身の計算をもう一度走らせた。
(……サトノグランツ。ハンデの重みで脚が鈍るか、それとも王者の意地で坂を駆け下りるか。19.2倍という数字は、人々の『不安』の合計値。でも、京都のターフに敷き詰められたデータは、彼の復活を静かに予見している。……面白い日曜になりそうね)
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