『僕の記憶は、君の食べるお菓子になった。』【読切】
【
猫でも書ける短編小説
】 【
更新情報
】 【
わくわくアニメランド
】 【
記事一覧
】 【
わくわくアニメランド更新情報
】 【
カテゴリーサイトマップ
】
第1話:海を畳んだ日、僕らは再会する
あらすじ
解説+感想
第1話:海を畳んだ日、僕らは再会する
「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: ナースロボ_タイプT」「VOICEVOX: †聖騎士 紅桜†」
トップ
世界が畳まれていく音を聞いたことがあるだろうか。
それは、巨大な紙を折りたたむような、あるいは古い映画のフィルムが焼き切れるような、乾いた音だった。
空はひび割れ、僕たちが住んでいた街の輪郭は、消しゴムで消された鉛筆書きのように曖昧になっていく。
押し寄せるのは、オレンジ色の海。
それは津波というにはあまりに美しく、夕陽を溶かし込んだ蜂蜜のように、重たく、甘い死の予感だった。
「……ごめんね、ルイ。私が、わがままだから」
隣で、銀色の髪をなびかせた少女――セリナが泣いていた。
彼女の指先が宙をなぞるたび、物理法則は悲鳴を上げ、世界は彼女の「願い」という名の歪みに塗り潰されていく。
僕たちは死ぬのだ。
僕が彼女に伝えたかった言葉も、ポケットに入れたままの食べ損ねたチョコバーも、すべてこの甘い濁流に消えていく。
「次は、絶対に。ルイが……ルイが笑っていられる世界にするから」
意識が遠のく直前、彼女の唇が僕の耳元でそう囁いた。
それが呪いか、それとも祈りだったのか。
それを確かめる術は、もう、僕の記憶には残っていない。
――。
目が覚めると、そこはバニラの匂いがする森だった。
「……っ、はぁ、はぁ……」
飛び起きた僕の目に飛び込んできたのは、見たこともないほど澄んだ青空と、巨大なマシュマロのように膨らんだ白い雲。
地面を触れば、芝生はまるで細い緑の飴細工のように、指先でパリリと小さな音を立てて砕けた。
「……生きてる、のか?」
自分の手を見る。震えてはいるが、確かにそこにある。
そして、そのすぐ隣。
「ふぁ……。ルイ、おはよう。ちょっと寝すぎだよ?」
何事もなかったかのように、セリナがそこにいた。
前世よりも少しだけ幼くなったような、けれど見る者を一瞬で虜にする圧倒的な美貌を湛えた、僕の幼馴染。
彼女は無邪気に笑い、僕の袖をぎゅっと掴んだ。
「ここ、どこかな。すっごくお腹空いちゃった!」
その瞬間だった。
セリナの背後で、空間がぐにゃりと歪んだ。
彼女の「空腹」という些細な感情に反応して、周囲の広葉樹が不自然に脈打ち、その枝先が、見る間に瑞々しい『ドーナツ』へと変質していく。
――バグだ。
彼女の力は、この世界のキャパシティを遥かに超えている。
このままでは、彼女が「美味しいお菓子がいっぱい食べたい」と願うだけで、この世界は糖分に押し潰されて崩壊してしまう。
『――警告。対象「セリナ」による概念汚染を検知。世界の崩壊まで、残り、六百秒』
脳内に、冷徹な女の声が響いた。
「誰だ……?」
『私は「シエル」。あなたの後悔と、彼女の神性が混ざり合った、あなたのためのナビゲーター。……ルイ様、決断を。彼女を「神」として独り死なせるか、それとも――』
「それとも?」
『あなたの記憶を代償に、その暴走を「固定」するか』
視界の端に、無機質なシステムウィンドウが浮かび上がる。
【監視者(オブザーバー)の権限を起動しますか?】
【代償:前世の記憶(中規模)】
セリナは、笑顔でドーナツの成る木に手を伸ばそうとしている。
彼女は自分が世界を壊していることに気づいていない。
彼女を止められるのは、この狂った景色の中で唯一「正気」を保っている僕だけだ。
「……やってやるよ。彼女を、一人になんてさせない」
僕は叫んだ。
脳裏に浮かべたのは、あの日、ポケットの中で溶けかけていた、あの安っぽいチョコバーの味。
「――『無限封印・菓子変換(スイーツ・シール)』!!」
刹那、僕の右目が青く発光した。
セリナから溢れ出していた暴力的な魔力が、僕の視線に絡め取られ、凝縮されていく。
歪んでいた空間が、僕の記憶という「重し」によって無理やり固定され、パキパキとお菓子が凍るような音を立てて収束した。
ドサドサドサッ!
空から降ってきたのは、数千本のチョコバーだった。
それらは銀色の包装紙に包まれ、見慣れたロゴが刻まれている。
「わあぁっ! すごいよルイ! チョコの雨だぁ!」
セリナが歓喜の声を上げ、チョコの山にダイブする。
世界から崩壊の気配が消え、再び穏やかなバニラの風が吹き抜けた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
全身から力が抜け、僕はその場に膝をついた。
ひどい脱力感。そして、それ以上に――。
「……あれ?」
僕は、自分の頭の中に、ぽっかりと穴が開いたような違和感を覚えた。
今、僕は何を代償にした?
チョコバー。そう、チョコバーを出すために、僕は……。
「ルイ? どうしたの? はい、あーん!」
セリナが、包装を剥いたチョコバーを僕の口元に差し出す。
それを一口、噛みしめる。
甘い。
けれど、その甘さの奥に、得体の知れない「欠落」の味がした。
「……セリナ。僕たち、どこに住んでたんだっけ」
「え? 何言ってるのルイ、あそこの……ええと……」
セリナも首を傾げる。
そうか。彼女が編み直したこの世界には、僕たちの「家」なんて最初から存在しないんだ。
そして僕の脳内からも、あの日々を過ごした「実家の住所」の記憶が、霧のように消えていた。
『……代償の執行を完了しました。ルイ様、これがあなたの選んだ道です』
シエルの声が、どこか嘲笑うように、けれど愛おしそうに響く。
『あなたは彼女を守るたびに、あなた自身を失っていく。……おめでとうございます。世界で一番、残酷な愛の始まりです』
僕は、手近な落ちている木の枝を拾い、足元の柔らかい地面に文字を書いた。
まだ忘れていない、漢字の混じった、綺麗な日本語。
『今日、僕は彼女を救うために、世界を騙すことに決めた』
これが、僕に残された唯一の対抗策。
いつか僕が、僕でなくなってしまうその日までの、交換日記の1ページ目だ。
「ルイ、これなーに? 変な形!」
「……なんでもないよ。ただの、おまじないだ」
僕は日記を土で隠し、無邪気にチョコを頬張る彼女の手を引いた。
鼻を突くのは、あまりに甘くて、吐き気のするようなバニラの匂い。
僕の記憶は、今日、君の食べるお菓子になった。
【第1話:ルイが今回失った記憶:『実家の正確な住所』】
あらすじ
トップ
世界が「畳まれる」音とともに物語は始まる。
空はひび割れ、街の輪郭は消しゴムで消されたように曖昧になり、やがてオレンジ色の美しい海が押し寄せる。
それは破壊でありながら甘美で、夕陽を溶かした蜂蜜のような死の予感を孕んでいた。
原因は、銀髪の少女セリナの「願い」。
彼女の感情は物理法則を歪め、世界そのものを書き換えてしまう。
彼女は泣きながらルイに謝り、「次はルイが笑える世界にする」と誓う。
やがて世界は崩壊し、ルイの意識も途切れる。
目覚めると、そこはバニラの匂いが漂う不可思議な森だった。
空は異様に澄み、芝生は飴細工のように砕ける。
隣には何事もなかったかのようにセリナがいる。
彼女は少し幼くなっているが、変わらぬ無邪気さと圧倒的な存在感を放つ。
どうやら彼女は再び世界を創り直したらしい。
しかしその力は制御不能で、彼女の「お腹が空いた」という些細な感情に反応し、森の木々がドーナツへと変質し始める。
彼女の神性は世界の容量を超え、崩壊が再び迫る。
そのとき、ルイの脳内に「シエル」と名乗る冷徹な声が響く。
彼女はルイの後悔とセリナの神性が混ざり生まれたナビゲーターだという。
警告によれば、セリナの概念汚染により世界は600秒で崩壊する。
回避する方法は二つ。
セリナを神として孤独に死なせるか、ルイの前世の記憶を代償に暴走を「固定」するか。
ルイは迷わず後者を選ぶ。
彼は「監視者」の権限を起動し、必殺技「無限封印・菓子変換(スイーツ・シール)」を発動。
右目が青く発光し、セリナの暴走する魔力を自身の記憶で縛り付ける。
歪んだ空間は収束し、代わりに空から数千本のチョコバーが降り注ぐ。
世界は安定し、セリナは無邪気に喜ぶ。
しかし代償は確実に支払われる。
ルイの中に穴のような欠落が生まれ、自分が何を失ったのか思い出せない。
やがてそれが「実家の正確な住所」という前世の記憶であったことが示唆される。
セリナもまた、二人の住んでいた家を思い出せない。
彼女が再構築したこの世界には、最初からそんな場所は存在しないのだ。
シエルは告げる。
ルイは彼女を守るたびに自分自身を失っていく、と。
それは「世界で一番、残酷な愛」の始まりだと。
ルイは忘却に抗うため、地面に今日の出来事を書き記す。
「彼女を救うために、世界を騙す」と。
これは、自分が自分でなくなる日まで続ける交換日記の第一ページ。
セリナは無邪気にチョコを差し出し、ルイはその甘さの奥に欠落の味を感じながら受け取る。
こうして物語は幕を開ける。
神にも等しい力を持つ少女と、彼女を守るために記憶を差し出し続ける少年。
世界は甘く、美しく、そして脆い。
ルイの記憶は、今日も彼女の食べるお菓子へと変わった。
解説+感想
トップ
この第1話、めちゃくちゃ面白かったです! タイトルからしてユニークで、『僕の記憶は、君の食べるお菓子になった。
』って、甘くて切ない響きがすでに心を掴まれますよね。
ファンタジーとラブストーリーが混ざった感じで、世界観が一気に引き込まれました。
まず、世界が「お菓子」に変わっていく描写が秀逸。
オレンジ色の海が蜂蜜みたいに甘い死の予感を運んでくるあたり、視覚的で詩的な表現が好きです。
セリナの力が暴走して木がドーナツに変わったり、チョコの雨が降ったりするシーンは、かわいいのにどこか不気味で、甘い世界の裏側に潜む崩壊の恐怖が上手く描かれていると思います。
バニラの匂いがする森とか、芝生が飴細工みたいに砕けるの、想像するだけでワクワクするけど、同時に「これはヤバい」って緊張感が走ります。
主人公のルイが、セリナを守るために自分の記憶を代償にする選択が、物語の核心で胸が痛い。
シエルの声が冷徹で、でも少し愛おしげに聞こえるのがいい味出してますよね。
「世界で一番、残酷な愛の始まり」ってセリフ、ゾクッとしました。
今回失ったのが『実家の正確な住所』って、日常的な記憶から始まるのが絶妙で、これからどんどん大事なものが失われていくんだろうな……と、続きが気になって仕方ないです。
セリナの無邪気さとルイの覚悟のコントラストが、切ないロマンスを予感させます。
全体として、短い話なのに設定がしっかりしていて、テーマが「記憶の喪失と愛の犠牲」みたいに深みがある。
日本語の美しい表現も相まって、読後感が甘くてほろ苦いチョコバーみたいでした。
次話が楽しみ! もし続きがあるなら、ぜひ読みたいです。