重く湿ったダートの粒子が、阪神競馬場の地下馬道に特有の圧迫感を伴って滞留している。
曇天から降り注ぐ微かな光を浴び、ゲート内に鎮座するのは選りすぐりの「実力者」たち。
静寂を切り裂くファンファーレが、終わりの始まりを告げた。
鉄格子の開放を告げる金属音が響いた瞬間、世界は砂塵に埋め尽くされる。
ハグ【幸村 輝彦】:「馬番1番、牡4のハグ……。 僕の計測では、誤差0.1秒以内のスタートだ。 悪くない、いや、完璧だ……!」
眼鏡の奥に潜む瞳を論理の光で燃やし、ハグ(幸村輝彦)が先頭へと躍り出る。
ハグ【幸村 輝彦】:(最初の1ハロンは12秒6。 僕が事前に構築した予測モデルと完全に一致する。 このレースは、僕が書いた数式の解答をなぞるだけの作業に過ぎない) 誇らしげに鼻息を荒くし、彼は盤面の支配を確信した。
だが、その論理的な優越感は、内側から音もなく侵食されることになる。
ムルソー【綾小路 清隆】:(内枠の利を活用し、最短距離を確保する。 あとはゴールまで、規定の出力を維持して脚を動かすという事務作業をこなすだけだ)
情熱の欠片もない、機械的なまでの無駄のなさ。 その圧倒的な「正解」を突きつけられ、ハグの脳内数式に初めてノイズが走った。
ハグ【幸村 輝彦】:「ちょ、ちょっと待て……! 僕が組み立てた完璧な先行プランに、勝手に割り込むなよ……!」
だが、ムルソー(綾小路清隆)は視線すら動かさず、ただ前方の消失点を見据えたまま、平熱の声を返した。
ムルソー【綾小路 清隆】:「……[君]くんが外を選び、僕が内を取った。 ただそれだけだ。 そこに大した意図はない」
ハグ【幸村 輝彦】:「詭弁だろそれ……! このままだと、僕の計算した運動エネルギー効率に、決定的なロスが生じるんだが!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「なら、僕の後ろに下がってペースを落とせばいい。 [君]くんにとって、それが一番損失の少ない選択だ」
ハグ【幸村 輝彦】:「くっ……! 14番人気っていう僕のいちば価値を、どうせ[君]くんも見下しているんだろ。 この鼻持ちならない優等生め……!」
ハグは歯噛みし、溢れ出る乳酸を根性という名の不合理なエネルギーで焼き切りながら、2番手のポジションを死守する。
だが、そこへ――不気味なほどに洗練された、圧倒的な過剰品質(オーバークオリティ)が割り込んできた。
サンデーファンデー【高円寺六助】:「フハハハハ! ノンノン、ベイビーたち。 泥だらけの計算式なんて、僕の美しい鬣の前じゃ、なんの価値も持たないと思わないかい?」
馬番8番。 牡6、サンデーファンデー。
黄金の輝きを放つ巨体が、ハグの構築した論理的視界を暴力的に塗りつぶす。 高円寺六助――その男は、馬上の騎手すら自身のアクセサリーであるかのように従え、爆風のようなオーラをまとって並走してきた。
サンデーファンデー【高円寺六助】:(おっと、この視界を制限するブリンカーは、僕のパーフェクトな相貌を隠す罪深い代物だね。 ……まあ、隠しきれない輝きが漏れてしまうのは仕方のないことだけど)
彼は顔を覆う馬具を、まるで安物のネクタイを嫌う貴族のように揺らし、ムルソー(綾小路清隆)へ向かって白い歯を光らせる。
サンデーファンデー【高円寺六助】:「ムルソーくん! そんな隅っこでコソコソと。 まるで日陰を好むモグラじゃないか。 もっと中央に出て、僕の完成された筋肉美を拝みながら走る幸運を噛みしめたまえ!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「……あいにく、僕の視界に装飾品を映す余裕はない。 それに、[君]くんの走りは無駄な動きが多すぎる」
ムルソーの無機質な指摘。 しかし、高円寺はそれを最上の賛辞であるかのように、豪快に笑い飛ばして受け流した。
サンデーファンデー【高円寺六助】:「フハハ! 機能美に縛られた人間には、僕の『究極(アルティメット)』は理解できないか。 可哀想に。 この世界では、僕という美学そのものが、絶対的な正理(ルール)なんだけどね!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「結果に美しさは不要だ。 [君]くんはそこで、せいぜい僕の『風除け』としての役割を全うしてくれ」
サンデーファンデー【高円寺六助】:「ノンノン、風除け? 僕は風そのものだよ。 地球くんも、僕の加速を祝福して背中を押してくれている。 狂っているのは、むしろ[君]くんの方じゃないかい、綾小路くん!」
高円寺は大げさに肩をすくめ、58キロという重い斤量を「僕の筋肉を鍛えるための心地よい負荷」と言わんばかりの軽やかさで3番手をキープした。
第1コーナーへと吸い込まれるにつれ、レースの流速は生存を拒絶するような跳ね上がりを見せる。
2ハロン目のラップタイムは――10秒7。 ダート序盤としては正気の沙汰ではない、過激なスプリント合戦へと変貌した。 巻き上がる砂煙は巨大な竜巻と化し、後続の馬たちの視界と呼吸を、容赦ない礫(つぶて)となって襲う。
その狂乱の砂塵の中から、鼓膜を抉るような笑い声が響いた。
モックモック【龍園 翔】:「馬番2番、牡6――モックモックだ。 クハッ、最初から逃げ道なんて用意してねぇんだよ!」
4番手のインコース。 獣のような殺気を放ちながら、モックモック(龍園翔)が前方のムルソーをねめつける。
モックモック【龍園 翔】:(チッ、どこまでも計算高い野郎だ。 だが、どんな精巧な計算機も、物理的にたたき壊せばただのゴミだ。 俺の圧力で、その脆弱な精神(エンジン)ごとへし折ってやる……!)
彼はことさらに蹄の音を爆音のごとく響かせ、凶器に等しい砂を天高く蹴り上げた。
モックモック【龍園 翔】:「おい、優等生。 いつまでその澄ましたツラ、保てると思ってんだ? 泥と砂で、反吐が出るくらい汚してやろうか?」
モックモックが放つ、皮膚を刺すような威圧的なオーラ。 前の馬体へ文字通り「死」のプレッシャーをかけるが、ムルソー(綾小路清隆)は心拍数を一拍たりとも乱すことなく、静寂を纏った声を背後へ落とした。
ムルソー【綾小路 清隆】:「……その威嚇は無駄だ。 ただのノイズだよ。 不規則な音は、自分の歩幅を乱す要因にしかなっていない」
モックモック【龍園 翔】:「クハッ、敗北者への説教かよ。 この俺の支配(プレッシャー)から、一歩でも逃げられると思ってんのか?」
モックモックはさらに距離を詰め、その顎(あぎと)でムルソーの頸部を噛み砕かんばかりに迫る。 だが、ムルソーの背中は、どこまでも平坦で無機質だった。
ムルソー【綾小路 清隆】:「無意味な消耗だな。 せいぜい、僕に届く前に勝手に疲弊して自滅してくれ」
モックモック【龍園 翔】:「上等だ……! その能面ごと、深い泥の底に沈めてやる。 地獄で首を洗って待ってろ……!」
モックモックは不敵な笑みを深く刻み込み、針の穴を通すようなインコースの「亀裂」を虎視眈々と睨みつけた。
第2コーナーを旋回し、[向正面]むこうじょうめんへと差し掛かった瞬間、それまでの狂乱が嘘のように流速が停滞する。
5ハロン目のラップは――13秒1。
先頭を支配するムルソー(綾小路)が意図的に酸素を奪うようなスローペースを強いたことで、ばぐん全体が粘着質な重苦しさに支配された。
そのさいこうほう、12番手。
タガノバビロン【葛城 康平】:「馬番3番、牡4、タガノバビロン……。 ふん、慌てる必要はない。 すべてはまだ誤差の範囲内だ」
タガノバビロン(葛城康平)はあえて目を閉じ、飛来する泥の礫を修行僧のように顔面で受け止めていた。
タガノバビロン【葛城 康平】:(何という無秩序で、知性の欠片もない展開だ……。 だが、私の構築したペース配分は依然として完璧に機能している。 出遅れたのではない。 私はあえて、この『混沌』を静観することを選んだのだ……)
そう、自分自身に言い聞かせる。 彼の足取りは、一歩ごとに石橋をたたき割り、その瓦礫をさらに粉砕するような、狂気的なまでの「堅実」を刻んでいた。
運命の第3コーナー。 凍りついていた空気が再び沸騰を始める。
ハグ【幸村 輝彦】:「僕の推定では……ここからが勝負の分岐点だ。 生存戦略の境界線だよ!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「……無駄に息を使うな、ハグ。 ここはまだ、動くべき地点じゃない。 」
ムルソーの冷徹な宣告。 だが、既に「正解」という名の麻薬に酔いしれているハグに、その声は届かない。
ハグ【幸村 輝彦】:「黙ってくれ……! 僕のモデルに、[君]くんの不確定要素は必要ない。 答えを導くのは、僕の計算だ!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「そうか。 なら、その理論と一緒に勝手に崩れてくれ。 僕は僕の最短ルートを進むだけだ。 」
ハグ【幸村 輝彦】:「くっ……! その無表情、後で後悔させてやる……ムルソー!」
勝負の第4コーナーが目前に迫り、空間の密度が極限まで圧縮される。
ムルソー(綾小路清隆)は単独で先頭の座標を維持し、内側のラチ沿いを精密機械のようにトレースしていた。
後方では、それまで沈黙を守っていたタガノバビロン(葛城康平)が、カッと両目を見開く。
タガノバビロン【葛城 康平】:(……ここだ。 この1800メートルという『試練』において、私の最も効率的な歩幅を証明する瞬間が来た!)
彼はおおそとへと進路を転換する。 それは「博打」ではない。 石橋をたたき割り、その瓦礫を強引に踏み固めて道を作る、彼なりの「堅実な進撃」だった。
泥が[弾]はじける鈍い衝撃音と、生物としての限界を訴える荒々しい息遣いが混ざり合う。
ムルソー(綾小路清隆)は、内側の白い柵から数ミリの隙間もない、狂気的なまでに完璧な軌道を描いていた。
ムルソー【綾小路 清隆】:(無駄な遠回りは、勝利の確率を0.01%下げるノイズでしかない。 僕はただ、最短距離という名の白線をなぞる事務作業を続行するだけだ)
遠心力という物理法則さえも無視するかのように、彼は淡々と、そして冷徹に直線の消失点を見据えた。
そのすぐ外側。 顔面に泥の洗礼を浴び、限界に近いハグ(幸村)が絶望的な悲鳴を上げる。
ハグ【幸村 輝彦】:「ムルソー! 少し外に膨らんでくれ……! 僕の計算した進路が潰れるだろ!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「……外を選んだのは[君]くんだ。 僕が他人のために非効率な軌道を取る理由はない。 」
ハグ【幸村 輝彦】:「データが狂う……! 少しは他者の効率も考えろよ、[君]くんは……!」
ムルソー【綾小路 清隆】:「配慮……? ここは選別の場だ。 甘い考えは不要だよ。 解けない計算なら、捨ててしまえばいい。 」
ハグ【幸村 輝彦】:「ふざけるな……! 14番人気なんて誤った評価、僕が覆してみせる!」
ハグは血走った瞳で、脳内のニューロンを焼き切りながら食らいつく。 だが、内側の「正解」への扉は、ムルソーという名の鉄壁によって完全に閉ざされていた。
その後方、3番手のこうい。 サンデーファンデー(高円寺六助)が、まるで自らの凱旋パレードを率いるかのような不敵な笑みを浮かべ、直線へと正対する。
サンデーファンデー【高円寺六助】:(おや、少しばかり足元が重いね。 58キロというこの物理的な枷……地球くん、私を繋ぎ止めたい情熱は理解できるが、少々強引が過ぎるんじゃないかな?)
彼は過酷な斤量を背負いながらも、観衆に自らの「黄金比(ゴールデン・レシオ)」を誇示するように、悠然と首を上げた。
その聖域を、暴力的な砂塵が切り裂く。 モックモック(龍園翔)が、獲物の喉笛を狙う獣の速度で進出してきた。
モックモック【龍園 翔】:「クハッ、どけよ金髪。 俺の道にオブジェなんざ必要ねぇんだよ。 」
サンデーファンデー【高円寺六助】:「ノンノン、ボーイ。 [君]くんの野蛮な走りは、僕の完成されたポテンシャルを汚すノイズだよ。 近寄らないでくれないかい? [君]くんの砂が僕の髪につく。 」
モックモック【龍園 翔】:「なら、その髪ごと踏み潰してやるよ……!」
サンデーファンデー【高円寺六助】:「フハハハハ! 好きにするといい。 僕の背後に広がる絶景を、特等席で見せてあげよう。 ……ただし、僕の“美技”で目を焼かれないようにね。 」
高円寺が慈愛に満ちた(あるいは他者への興味を完全に失った)嘲笑と共に外目へと馬体を持ち出すと、モックモックは飢えた狼のようにその脇を突き抜けていった。
直線入り口。
最速ラップ11秒6――肉体の限界を嘲笑うかのような、極限の加速フェーズが幕を開ける。
その戦場のおおそとから、大気を震わせる重戦車のような足音が迫る。
タガノバビロン【葛城 康平】:(……無謀な加速は、確実性を著しく損なう。 だが、このおおそと捲りという名の『一点突破』こそが、今の私に残された唯一の生存戦略だ……!)
後方12番手という絶望の淵から、おおそとをブン回して猛進する影。 タガノバビロン(葛城康平)。
彼は今、自らがたたき割り続けてきた石橋の瓦礫を燃料に変え、愚直なまでの推進力で前方の全てを飲み込もうとしていた。
モックモック【龍園 翔】:「おい、真面目くんよ。 そんな大回りで、俺の背中に届くと思ってんのか?」
モックモック(龍園)が、獲物を追い詰めた愉悦に唇を歪め、おおそとのタガノバビロン(葛城)を視線で射抜く。
タガノバビロン【葛城 康平】:「黙れ、モックモック。 私は誰かの評価のために走っているわけではない。 課せられた義務を遂行しているだけだ。 」
モックモック【龍園 翔】:「クハッ、義務ねぇ……そんな窮屈な走りで、俺の道を止められると思うなよ?」
タガノバビロン【葛城 康平】:「くだらない挑発に乗る気はない。 前方のハグの不あんていな動きを避けるため、最善の選択として外を回っただけだ。 」
タガノバビロンは、顔面にたたきつけられる泥の礫を、さながら聖職者の苦行のように受け入れ、一歩一歩「石橋を粉砕する」猛追を続行する。
残り300メートル。
臨界点に達したモックモックが、ついにハグ(幸村)の領域に侵食を開始した。
モックモック【龍園 翔】:「おい、インテリ。 お前の計算機、もう煙吹いてんじゃねぇのか?」
ハグ【幸村 輝彦】:「う、うるさい……! 僕の戦略に破綻なんてない……! 下がれよ、理不尽の塊が……!」
モックモック【龍園 翔】:「無駄だ。 俺の圧力で、その安っぽいプライドごと粉々にしてやるよ!」
モックモックが放つ物理的、かつ精神的な重圧に耐えかね、ハグの脳内数式が決定的なエラーを吐き出す。 単独2番手へと躍り出る暴[君]くん。
ハグは計算外の失速に歯噛みし、今度は外から迫る「不器用な正論」――タガノバビロンとの、泥沼の3着争いへと引きずり込まれていった。
だが――。
狂乱を極める後続を尻目に、先頭の風景だけは、不気味なほどに凪いでいた。
残り200メートル。
ムルソー(綾小路清隆)の走りは、依然として0.01秒の狂いもない。
ムルソー【綾小路 清隆】:(……勝つためのピースは、既に盤上に揃っている。 あとはただ、ゴールまで心拍数を一定に保ち、規定の出力を維持するという『事務作業』を完遂するだけだ)
彼は後ろを振り返る必要さえ感じていない。
地獄のような砂の上を、まるで冷たい硝子板を滑るかのように。
ムルソーは、勝利という名の「当然の結果」に向かって、ただ淡々と、透明な軌跡を描き続けた。
モックモック【龍園 翔】:「待てよ優等生……! 俺の支配から逃げ切れると思うなよ!」
モックモック(龍園)が、魂を削り出すような最後の一撃を繰り出す。
繰り出された末脚は、上がり35秒8。 それは先頭を走るムルソーと寸分違わぬ、現世における最速の証明だった。
だが、第4コーナーまでの完璧な位置取り――ムルソー(綾小路清隆)が緻密に構築した1馬身半というマージンは、龍園にとって永遠に縮まることのない「絶望の距離」として横たわっていた。
ムルソー【綾小路 清隆】:「……騒がしいな。 [君]くんはそこで、2着という結果を受け入れてくれ。 」
ムルソーが淡々と呟く。
最後の100メートル。 彼は勝利を確信した傲慢さからではなく、単にこれ以上のエネルギー消費は「非効率」であると判断し、手綱を緩めるようにして、静寂と共にゴール板を通過した。
1着、ムルソー。
1馬身半という決定的な隔絶を伴い、2着にモックモック。
さらに3馬身という、もはや別次元の争いとなった後方では、ハグ(幸村)が、タガノバビロン(葛城)の執念の猛追を、わずか数センチの「ハナ差」という薄氷の論理で凌ぎきり、3着に滑り込んだ。
そして、サンデーファンデー(高円寺)は、最後まで自らの「優雅なフォーム」を崩すことなく、5着という「私が楽しむにはじゅうぶんなちゃく順」で入線した。
――審判の刻(とき)は終わった。
荒い息と蒸気を吐き出す男たちが、地下馬道の薄暗闇へと吸い込まれていく。
そこは、勝敗という残酷なラベルを貼られた者たちの、思惑と不満が渦巻く深淵だ。
モックモック【龍園 翔】:「チッ……相変わらず計算だけの野郎だな。 だが次も、その距離で逃げ切れると思うなよ、ムルソー。 」
モックモック(龍園)が、忌々しそうに足元の砂を蹴り上げる。
モックモック【龍園 翔】:「こんな泥、俺にはただの飾りだ。 次は俺の邪魔をする駒を全部まとめて蹴散らす。 」
彼は、前方を無感情に歩むムルソーの背中に、鋭いナイフのような視線を突き立て、荒々しく鼻を鳴らした。
ハグ【幸村 輝彦】:「理解できない……! あの加速、理論の外側だ……! あいつらの筋肉、物理法則を無視してるとしか思えない……!」
ハグ(幸村)は、鉛のように重い足取りで、実体のない数式に向かって毒づいていた。
ハグ【幸村 輝彦】:「エネルギーロスが許容値を超えてる……。 くそ……この進路選択、僕のキャリアで最悪の誤差だ……。 」
その横で、タガノバビロン(葛城)が几帳面な手つきで泥を払い落とし、重厚な溜息を吐く。
タガノバビロン【葛城 康平】:「……なんという無秩序だ。 これでは私の緻密なペース配分が台無しだ。 やはりこのレースは、根本から設計が狂っている。 」
彼は前方をフラつくハグを、検品ミスでも見つけたかのような視線で射抜いた。
タガノバビロン【葛城 康平】:「そもそも[君]くんの動きが不あんていすぎる。 接触のリスクを避けるために、私がどれだけ非効率な外を回らされたか……少しは理解してほしいものだ。 」
サンデーファンデー【高円寺六助】:「フハハハハ! 諸[君]くん、僕の背中から得たインスピレーションに感謝したまえ。 これほど美しい砂の舞踏、そう何度も見られるものじゃないよ!」
サンデーファンデー(高円寺)は、激闘の直後とは思えないほど優雅な所作で、手鏡(どこから取り出したのかは不明だ)を取り出し、自身の前髪を整えていた。
サンデーファンデー【高円寺六助】:「58キロのウェイトも、僕の完璧な筋肉を引き立てるスパイスだったね。 地球くんも、次はもう少し僕を本気にさせる仕掛けを用意してほしいものだ。 」
――喧騒を極める敗者たち。
だが、その背後を歩む勝者の影には、歓喜の欠片も、達成感の余韻も存在しなかった。
ムルソー【綾小路 清隆】:「……面倒だな。 これだけ注目されると、明日からの平穏な“作業”に支障が出る。 」
ムルソー(綾小路清隆)は僅かに目をまたたかせ、前髪に付着した砂塵を、無価値なゴミを捨てるかのように無造作に払う。
ムルソー【綾小路 清隆】:「……砂が入った。 不快だが、これも想定の範囲内だ。
誰に微笑むこともなく、誰と勝利を分かち合うこともない。
ムルソーはただ、次のタスクを処理するためにオフィスへ戻るサラリーマンのように、地下馬道の深い闇の中へと、音もなく溶けていった。
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