『第173回天皇賞(春)―ナザリック京都侵攻編―』
「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: ずんだもん」「VOICEVOX: 剣崎雌雄」
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淀の三千二百メートル。それは、英雄の矜持すらも「絶望」という名の深淵へと沈める、死の回廊。 天より降り注ぐ無慈悲な霧雨は、ターフを重き泥濘へと変え、挑戦者たちの熱を、そして生への執着を、緩やかに、だが確実に奪い去っていく。
鉛色の空の下、ゲート裏に集いし異形たちの覇気は、周囲の空間そのものを凍結させ、観衆に「死」の予感さえ抱かせていた。
クロワデュノール【アインズ】:(……重いな。まさか、ここまで環境によるデバフが掛かるとは想定外だ) クロワデュノール【アインズ】:(――いや、訂正しよう。“想定外”などという言葉は、至高の存在には許されない。私の認識が、この世界の理に合致していなかった……ただ、それだけのことだ) クロワデュノール【アインズ】:(この劣悪な状況すら、長距離戦における「試練」として歓迎すべき事象……。そう解釈するのが、最適解だろうな) クロワデュノール【アインズ】:(――落ち着け。ここで一歩でも動揺を露呈させれば、ナザリックの名を汚すことになる) クロワデュノール【アインズ】:(愚民どもは私を「最強の魔導王」と信じている。ならば、その信仰は覆しようのない“真実”として顕現させねばならん)
クロワデュノール(7番・牡4)は、漆黒の威厳を纏い、悠然とゲートへと歩を進めていた。 一切の感情を排した、絶対的な支配者の行軍。 ――少なくとも、衆愚の目にはそのように映っているはずだ。
クロワデュノール【アインズ】:(……膝が、妙に冷えるな。まさかこれが“重馬場適性”という名の物理法則の壁か……?) クロワデュノール【アインズ】:(……いや、案ずることはない。致命傷ではない。致命的な破綻でないならば、搦め手を含め、対処の術は幾らでも存在する) クロワデュノール【アインズ】:(仮に状況が不利に傾こうとも――それらすべての不確定要素を支配下に置き、勝利を確定させてこそ、王の在り方というものだ)
その内側で軋み、訴えかける「不安」という名のノイズを、クロワデュノールは即座に――強制的心身安定化に近い冷徹さで“処理”した。
その斜め後方より、降り注ぐ雨粒すらも瞬時に蒸発せしめるほどの「熱視線」が、漆黒の王者の背へと突き刺さる。 アクアヴァーナル(4番・牝5)。 守護者統括としての仮面を剥ぎ取り、荒い鼻息を抑えることすら放棄した彼女の瞳は、執拗なまでに主君の背を追い続けていた。
アクアヴァーナル【アルベド】:(ああ……あの御背中……。淀の泥濘にすら汚れぬ、至高の輝き……) アクアヴァーナル【アルベド】:(この距離、この位置……私だけに許された視界……なんという、なんという至福……!) アクアヴァーナル【アルベド】:(――いけませんわ。このような衆愚の目前で取り乱すなど、守護者として……いいえ、一人の「女」として、はしたない……!)
わずかに呼気を整えようと試みるが、その肺腑を満たすのは主君の覇気という名の甘美な毒。
アクアヴァーナル【アルベド】:(ですが……あの御威容……空間そのものを平伏させる圧倒的存在感……!) アクアヴァーナル【アルベド】:(ああ……近づきたい。触れたい。そのすべてを我が内に封じ込めたい。いいえ――お守りしなければ。この命、いえ存在のすべてを賭して……!)
その瞳に宿る熱は、冷徹な理性の皮を突き破り、深紅の情念となって滲み出す。
アクアヴァーナル【アルベド】:(ああ……アインズ様の御背中……なんという、神々しさ……!) アクアヴァーナル【アルベド】:(あの均整、あの威容……全知全能の具現たる尊厳……ああ、しかし――) アクアヴァーナル【アルベド】:(――いけませんわ。わたくしとしたことが、このような場で理性を失うなど……)
それでもなお、魂の深淵から溢れ出る熱量が、彼女の四肢を激しく震わせる。
アクアヴァーナル【アルベド】:(あの御身のすべてを、この身で受け止めたい……いえ、“守護”するのです。そう、ナザリック守護者として当然の責務……) アクアヴァーナル【アルベド】:(……ですが、もし……もし許されるのであれば……この長い三千二百メートルの果てに……ほんの僅かでも……お傍に……)
アクアヴァーナル【アルベド】:「……アインズ様。どうか、この……破裂せんばかりの鼓動を――」
禁断の祈りが、吐息と共に唇から毀れ落ちる。
アクアヴァーナル【アルベド】:「――いえ、失礼。……何でもございませんわ」
刹那、彼女が纏う空気が「慈愛の守護者」から「絶対的な殲滅者」へと変貌した。王の道を阻む不浄なるもの、そのすべてをターフの塵とするために。
かろうじて整えられた声音。 だが、その微かな震えまでは隠しきれぬ——それは主君への愛に当てられた情熱か、あるいは。
隣のゲートに収まりし馬が、その異様な気配に耐えかねたように、露骨な嫌悪を露わにした。
馬:「……おい、さっきからうるせえぞ。少しは静かに――」
アクアヴァーナル【アルベド】:「――噤(つぐ)みなさい」
刹那、淀の空気が凍結した。
先ほどまで溢れんばかりだった熱情は瞬時に霧散し、代わりに奈落の底より這い出るような、底知れぬ冷気が場を支配する。
アクアヴァーナル【アルベド】:「アインズ様の御前であることを……その足りぬ頭で、まだ理解できていないのかしら?」 アクアヴァーナル【アルベド】:「その無遠慮な声……あまりにも、不快ですわ」
わずかな、静寂。それは処刑人が斧を振り上げる前の溜めにも似て。
アクアヴァーナル【アルベド】:「……これ以上、耳障りなノイズを撒き散らすというのなら……今ここで塵に帰して差し上げても、差し支えございませんのよ?」
馬:「はあ!?何言って――」
アクアヴァーナル【アルベド】:「……ああ、申し訳ございません、アインズ様」
くるり、と首を戻す。 その声音は、先ほどまでの冷徹さが嘘のように、春の陽だまりの如く柔らかい。
アクアヴァーナル【アルベド】:「このような下等な存在の戯言に、不覚にも反応してしまうなど……お見苦しいところをお見せいたしました」
深々と、優雅なる一礼。
――そして。
再び、視線だけが蛇の如く横へと滑る。
アクアヴァーナル【アルベド】:「ですが」
声は、地を這うほどに低い。
アクアヴァーナル【アルベド】:「わたくしの視界に入る以上――塵は塵らしく、死人の如く静まり返っているべきですわ」
その瞳には、もはや一切の迷いも揺らぎもない。 ただ「王の散歩道」を汚す敵を見据える、絶対的な殲滅の意志。
その騒乱を、大外のゲートから優雅に眺める者がいた。 ヴェルテンベルク(15番・牡6)は、前脚で眼鏡のブリッジを押し上げるような奇妙な、それでいて知的な仕草を見せながら、静かに、深く、笑みを浮かべる。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(……なるほど) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(やはり、あの位置に収まられましたか。至高の御方の「絶対防衛圏」……その要となる特等席に)
わずかに視線を細め、その紅水晶を思わせる瞳に、すでに確定した「勝利」の図面を描き始める。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(最も耳目を集める中心地にて、あえて静観を貫く――) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(場を支配する者の振る舞いとして、これ以上なく完成された布石……。やはりアインズ様だ。私ごときが及ぶ領域ではない)
一拍、畏怖に似た歓喜が脳内を駆け抜ける。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(そして私は大外。一般的には「不利」と定義される配置――) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(……いえ、それすらも御方が“配置された”結果と解釈すべきでしょう。私という駒を、この位置に置くことによる盤上の利……)
その思考に、一毫の迷いも存在しない。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(アインズ様の御威光を最大化するための、完璧なる盤面構築。実に見事……!) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(であれば、この身は露払い。外から包囲し、衆愚どもを御方の理想とする進路へと追い込む猟犬に過ぎぬ) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(いかなる混沌とした展開であろうと、最終的には至高の御方にとって最適な結末へと収束するよう……)
その爬虫類を思わせる口元が、わずかに、そして愉悦に歪む。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(……その過程を完璧に整えることこそが、私の役割)
静かに、しかし確定した未来を見据える確信に満ちた笑み。
そのさらに後方。泥濘を跳ね返すような、白銀を思わせる清廉な毛並みを保つ老執事が控えていた。 アドマイヤテラ(3番・牡5)は、背筋を伸ばし、降り頻る雨をただ静謐に受け入れている。
アドマイヤテラ【セバス】:(三千二百メートルの長丁場――) アドマイヤテラ【セバス】:(なればこそ、心の乱れは即ち、王への不敬へと繋がる)
わずかな、しかし深い呼吸。
アドマイヤテラ【セバス】:(どのような不測の事態、劣悪な状況であろうとも、己の務めを淡々と果たすのみ)
視線は、一切の不純物を排して前方へと注がれる。
アドマイヤテラ【セバス】:(アインズ様の御威光を損なわぬ走り。主君の道を汚さぬ規律――それがすべて)
無駄はない。 不要な力みもない。 ただ、ナザリックの「鋼の意志」を体現する“最適”のみがそこに存在した。
ガシャン――ッ!
鼓動を裂く轟音と共に、すべてのゲートが開放された。 淀のターフが爆ぜ、重く濡れた泥が天へと跳ね上がる。
三千二百メートル。 常人ならば発狂に等しい長大な死闘が、静かに、だが確実に幕を開ける。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:「ヴァッハッハ!刮目せよ!世界よ、我が華麗なる独走劇に平伏すがいいッ!アインズ様ぁ!この至高の勇姿、しかとその慈悲深き瞳に焼き付けてくださいませぇーッ!」
最内に位置せしミステリーウェイ(13番・せん8)が、物理法則すら無視するかのような大仰な身振りと共に、一気に先頭へと躍り出た。泥濘を跳ね上げるその一挙手一投足は、生命の鼓動というより、緻密に計算され尽くした「狂気の演技」である。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:(……フフフ。実に良い。実になあぁーっ、良いぞ……ッ!) ミステリーウェイ【パンドラズ】:(この導入、この過剰なまでの自己主張、この華々しき無駄――すべてが観客の意識を、そして勝負の因果を惹きつける!)
蹄の音はもはや打楽器の如く高らかに響き、独奏曲を奏でる。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:(そうだ。この私が先頭に立ち、理を外れた速度で華々しく散る――) ミステリーウェイ【パンドラズ】:(それこそが、至高の舞台を完成させるための不可欠なる“前提条件”……ッ!)
後続を置き去りにしながら、なおも加速を止めぬ。その心臓は、限界を嘲笑うかのように高鳴る。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:(ああ、削られていく……己の存在が摩耗する、この感覚!実に素晴らしい!) ミステリーウェイ【パンドラズ】:(この肉体の消耗、この理の破綻、そのすべてが最高の“演目”に他ならない!) ミステリーウェイ【パンドラズ】:(真の主役を、至高の御方を輝かせるための、血塗られた最高の序章よ……ッ!)
その遥か後方、クロワデュノールは中団の澱みの中で、静かに、そして慎重に脚を運んでいた。
クロワデュノール【アインズ】:(……過剰だな。相変わらず、何というか……見ていてこちらが恥ずかしくなるほどに) クロワデュノール【アインズ】:(あのペースで最後まで持機するはずがない。三千二百メートルを何だと思っているんだ)
わずかな静寂。アインズの脳裏に、かつてのゲーム知識と「魔導王」としての思考が交差する。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや、違うな。あいつのことだ。“持続させる必要がない”と判断したのか?)
思考の深淵が巡る。
クロワデュノール【アインズ】:(前を無意味に消耗させ、後続の計算を狂わせる。私という主役を際立たせるために舞台を整える、捨て身の逃げ――) クロワデュノール【アインズ】:(……ふむ。なるほど。そういう“戦略的意図”というわけか)
一瞬、その「虚構の深謀遠慮」に納得しかける。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや、訂正だ。意図があろうとなかろうと、導き出される結果は不変)
即座に自らの結論を上書きし、支配者の論理へと塗り替える。
クロワデュノール【アインズ】:(であれば、この状況を最適に利用する……ただ、それだけのことだ)
クロワデュノール【アインズ】:「そこを退け、下等生物」
声に出すまでもなく、漆黒の馬体から放たれた絶対的な「圧」が周囲を蹂躙する。
クロワデュノール【アインズ】:「その席は――私が座るべき、唯一無二の玉座だ」
不可視の威圧感に圧されたかのように、進路がわずかに、だが確実に開かれる。 クロワデュノールは、一糸乱れぬ所作で中団六番手という理想的な位置へと収まった。 その挙動に、一点の迷いも、微塵の揺らぎも存在しない。
――少なくとも、外から見守る観衆と守護者たちの目には。
クロワデュノール【アインズ】:(……問題ない。すべては私の支配の範疇、掌の上だ)
第一コーナーから第二コーナーへ。 ミステリーウェイの狂気じみた大逃げは加速し、後続は嵐の前の静けさの中で息を潜めている。
そして向正面、二周目の長大な直線に差し掛かったその刹那―― 淀のターフは、不自然なほどの静寂、そして「停滞」に包まれた。
淀のターフは、不自然なほどの静寂、走る「停滞」に包まれた。
ハロンタイム、十三秒二。続いて十三秒一。 先頭集団が物理法則を無視したかのように踏みとどまり、極端なまでの超スローペースへと陥ったのだ。
クロワデュノール【アインズ】:(……十三秒台。あまりにも極端な緩和(デバフ)だな)
クロワデュノール【アインズ】:(消耗戦から一転、持久力の再構築。スキルのリキャストタイムを稼ぐかの如きこの緩急……) クロワデュノール【アインズ】:(……いや、違うな)
冷徹な視線が、戦況という名の盤面を走る。
クロワデュノール【アインズ】:(これは自然な“流れ”などではない。何者かが――場を完全に制御している)
思考の刃が一瞬、剃刀のように鋭くなる。
クロワデュノール【アインズ】:(……ふむ。なるほど。そういうことか)
一度、その仮説に納得しかけるが。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや)
即座に、弱気な思考を否定。
クロワデュノール【アインズ】:(何者かに制御されていようと、いまいと、もはや些事。結果として、この私の勝利に資する形へと収束している――それで十分だ)
わずかな呼吸。漆黒の肺腑が淀の湿った空気を吸い込む。
クロワデュノール【アインズ】:(膝への負担も、この緩和によって軽減される……) クロワデュノール【アインズ】:(……いや。“軽減されたように見える”よう、敵が仕掛けた罠かもしれんが)
一瞬だけ、鎧の内に潜む「鈴木悟」としての思考が揺れる。
クロワデュノール【アインズ】:(……どちらでも同じことだ)
結論は、疾(と)うの昔に確定している。
クロワデュノール【アインズ】:(いかなる状況であろうと利用し、糧とする。それこそが、支配者の義務だ)
クロワデュノール【アインズ】:「……案ずることはない。今は力を蓄え、来るべき瞬間に備える時だ」
発せられた声音に、一点の揺らぎも、微塵の迷いも存在しない。
その時――
内側より、物理的な質量を伴った「熱」が、漆黒の馬体を撫でた。
粘りつくような生暖かい吐息が、首筋のラインを執拗になぞる。
アクアヴァーナル【アルベド】:「ハァ……ハァ……アインズ様……ッ!」
アクアヴァーナルが、内ラチ沿いのポジションから、もはや回避不能な至近距離でその情念に満ちた視線を絡めてくる。
アクアヴァーナル【アルベド】:(ああ……この静寂(スローペース)すら完全に従わせる御姿……!) アクアヴァーナル【アルベド】:(奔流を制し、魔力を蓄え、戦場の因果をすべて見通しておられる……。ああ……ッ!)
その熱量は、もはや単なる“視線”という定義を超越していた。
アクアヴァーナル【アルベド】:(なんと……なんとお美しい……ッ!)
それは漆黒の王を全方位から「侵食」し、骨の髄まで愛で尽くそうとする底知れぬ情念。
アクアヴァーナル【アルベド】:(ああ……あの泰然自若とした落ち着き……すべてを平伏させる支配力……!) アクアヴァーナル【アルベド】:(時間すらも御意のままに操る御方……。なんと、なんと素晴らしい、至高の輝き……!)
アクアヴァーナル【アルベド】:「あえて歩みを緩め、場を支配されるその御姿……ああ、なんと……なんと蠱惑的なのでしょう……!」
クロワデュノール【アインズ】:「……うむ」
クロワデュノールは、わずかに、重厚な所作で頷く。
クロワデュノール【アインズ】:「……当然だ。刻々と変化する戦況を見極め、最適解を導き出すのもまた、支配者の務めだからな」
クロワデュノール【アインズ】:(……いや、正直に言えば、ただ周りのペースが落ちたから私も合わせただけなのだが。……まあ、偶然とはいえ、結果的に支配しているように見えるならそれで良いか)
その内側で、鈴木悟としての思考が一瞬だけ遠い目をして巡る。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや。私という存在がこの場に在ること自体が、“偶然を必然へと変質させる”のだと解釈すべきか) クロワデュノール【アインズ】:(結果として場を支配している以上、それが揺るぎなき“事実”なのだからな)
外面は、一片の隙もない完璧な威厳。 支配者としての定義は、今この瞬間、確定した。
その一挙手一投足、蹄が刻む冷徹なリズムに、アクアヴァーナルの身体が歓喜に震える。
アクアヴァーナル【アルベド】:(ああ……やはり……っ!私の、私たちが愛したアインズ様こそが、世界の理を定める唯一の御方……!)
その瞳に宿る熱は、もはや情愛を超え、狂信的なまでの「信仰」へと昇華されていた。
前方、逃げを打つ先頭集団では、ミステリーウェイが物理法則を愚弄するような奇妙なステップを踏み、ターフを劇場の舞台へと塗り替えていく。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:「ネーイン!否(いな)!ここはクライマックスへと至る前の、静謐なる幕間――。観衆の期待を極限まで焦らし、渇望させる、至高の“間”なのだッ!」
蹄の運び、尾の揺らぎすら、どこか芝居がかって美しく歪んでいる。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:(そう、この停滞こそが、爆発的なカタルシスを生むための“溜め”……!) ミステリーウェイ【パンドラズ】:(全観衆の意識を、一点に収束させる演出なのだ……ッ!)
わずかに、意図的にテンポを揺らす。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:(焦らし、歪め、期待を裏切り、そして――一気に解放する!この構成、ナザリックの宝物庫の如く完璧だぁーッ!)
馬:「うるせえ!ちんたら走ってんじゃねえ、俺が先に行くぞ!」
後続の馬たちが業を煮やし、強引にその「舞台」へ乱入せんと並びかける。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:「愚かな!主役(アクター)の座を奪おうというのか!よろしい、ならば受けて立とうではないか!」 馬:「まともに走れ!お前のその無駄な動き、見てるだけで神経が削れるんだよ!」
俗世の意地と、ナザリックの「狂気」が激しくぶつかり合い、馬群はついに淀の最大の難所――三コーナー、天へと続く坂へと突入する。
心臓を、そして魂を締め付けるような苛烈な上り坂。
アドマイヤテラ【セバス】:(……ここで、すべてを整える)
アドマイヤテラは、インコースという名の針の穴を、寸分の狂いなくなぞり続けていた。 蹄の運び、肺腑の呼吸、重心の遷移――すべてが無駄なく、鋼の規律によって噛み合っている。
アドマイヤテラ【セバス】:(三千二百メートル、長丁場――)
その事実さえ理解していれば、言葉など、もはや不要。
アドマイヤテラ【セバス】:(焦燥する理由など、どこにも存在しない)
ただ一つ、執事として。
アドマイヤテラ【セバス】:(最善という名のパーツを、粛々と積み重ねるのみ)
その行軍に、乱れは一毫も存在しない。鋼の如き規律が、淀の泥濘を静かに切り裂いていく。
最後方――ヴェルテンベルクが、獲物を屠る前の愉悦を噛みしめるように、静かに、そして深く口元を歪めた。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(……フフ。実に、実になあぁーっ……美しい盤面だ)
その紅水晶の視線は、冷徹に前方へと注がれる。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(先陣は摩耗し、流れは一度死に絶え――そして今、再び残酷なまでの死闘が胎動を始める)
降り頻る雨粒を断罪の刃のように切り裂き、彼は迷いなく「外側」へと進路を求めた。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(すべては至高の御方、アインズ様の深謀遠慮が描き出した青写真の通り)
その双眸に、迷いの色は微塵もない。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(この局面、この展開――あらゆる因果が収束する終着点は、すでに定まっているのだから)
わずかに、だが致命的な鋭さを伴って加速を開始する。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(私は、その結末へと至る「過程」を、最も相応しい形へと整えるだけでいい)
その速度に宿るのは、絶対的な勝者のみが持ち得る「確信」であった。
――第四コーナー、淀の難所。 三千二百メートルという、命の火を食らう死の距離が、ついにその牙を剥く。
競り合い続けた先頭の二頭――その四肢の駆動が、同時に、糸が切れたかのように鈍った。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:「アディオス!アウフ・ヴィーダーゼーエン!後の演出、そして輝かしき結末は……お任せいたしましたぞ、アインズ様ぁぁぁーッ!!」
ミステリーウェイが、大仰に天を仰ぎ、絶叫と共に淀のターフへと沈んでいく。その劇的なまでの退場すら、観衆の脳裏に焼き付く「計算され尽くした終幕」の如き美しさを纏っていた。
ミステリーウェイ【パンドラズ】:(――これで、真の主役が光り輝くための舞台は、完璧に完成した……!)
サンライズソレイユ:「くそっ……!脚が、鉛どころか岩盤のように重え!なぜだ、なぜこんな場所で……ッ!」
サンライズソレイユの絶望に満ちた悲鳴は、無慈悲に降り注ぐ雨の帳へと掻き消された。
――先頭の崩壊。それは、淀の神域から「偽物」が排除された証。 真の蹂躙が、死の静寂と共にその幕を上げる。
クロワデュノールは、淀の直線、外目という名の「王道」へ進路を確保した。
クロワデュノール【アインズ】:(……来たか。この時が)
クロワデュノール【アインズ】:(前陣は完全に摩耗し、瓦解した。戦場の因果――その奔流は今、明確にこちらへと傾いている)
わずかに、鎧の内の思考が揺らぎを見せる。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや。これもまた、そう“見えるように仕組まれた”幻影かもしれん。常に最悪を想定せねば……)
だが、その疑念を即座に冷徹な論理で切り捨てる。
クロワデュノール【アインズ】:(だが、それで十分だ。利用可能な形として現象している以上、それが私の定める“現実”となるのだからな)
肺腑が軋み、酸素を求めて悲鳴を上げる。
クロワデュノール【アインズ】:(……肺が、焦熱の魔力に焼かれるようだ) クロワデュノール【アインズ】:(……問題ない。この程度の損耗、致命には程遠い)
一拍。強制的心身安定化の如き冷気が、熱を帯びた思考を氷結させる。
クロワデュノール【アインズ】:(致命的な破綻でないならば――支配は、どこまでも可能だ)
ほんの一瞬、時間そのものが停止したかのような錯覚。
クロワデュノール【アインズ】:(……ここで動かねば、私は“至高の存在”ではなくなる。期待という名の信仰に、絶対的な結果で応えねばならんのだ)
結論は、疾(と)うの昔に、この世界に降り立ったその日から決まっている。
クロワデュノール【アインズ】:(ならば――示すまでよ)
クロワデュノール【アインズ】:「……時は満ちた」
低く、淀の空気を物理的に震わせる、絶対的な宣告。
クロワデュノール【アインズ】:「――ナザリックの威光を以て、進撃を開始する」
その言霊が放たれた刹那、クロワデュノールは「世界がそう定めた」かのような必然性を伴って、爆発的な加速を開始した。
外面は、勝利を露ほども疑わぬ絶対的な確信。 だがその内側では、鈴木悟としての精神が、生物的限界という名の境界線をとうに踏み越えていた。
クロワデュノール【アインズ】:(……足が千切れても構わん。今は、ただ“至高の御方”としての役割を完遂するのみ!)
クロワデュノールは、枯渇しつつある残命の灯火を「無限の魔力」であるかのように傲慢に扱い、淀の泥濘を蹴り飛ばして光速の領域へと移行する。
その頃――最内、インコースという名の狭小な戦場。
アクアヴァーナル【アルベド】:「……お退きなさい、セバス」
アクアヴァーナルの声が、奈落の底を這うような温度で落ちる。
アクアヴァーナル【アルベド】:「わたくしは、アインズ様の御傍へ向かわねばなりませんの。……たとえ、この魂が焼き尽くされようとも」
言葉の形式こそは礼節を保っている。 だが、その奥底から滲み出す情念は、もはや理性の範疇を逸脱した、異質の「毒」であった。 アドマイヤテラは、一瞬だけ、その氷の如き視線を隣へと向けた。
アドマイヤテラ【セバス】:「……承知いたしかねます、アルベド様」
鋼の規律を体現する、簡潔にして峻烈な拒絶。
アドマイヤテラ【セバス】:「ここから先は、ナザリックの執事として一歩も譲るべき場所ではございません。……それが主君への不忠に繋がるとしても、です」
アクアヴァーナル【アルベド】:「――あら?」
刹那、二頭の間に流れる空気が、物理的なひび割れを起こすかのように歪んだ。
アクアヴァーナル【アルベド】:「わたくしの……守護者統括としての願いよりも、優先されるべき教条がこの世界にあるとおっしゃるのかしら?」
唇の両端を吊り上げ、彼女は微笑む。 ――だが、その深紅の双眸は一切笑っていない。
アクアヴァーナル【アルベド】:「アインズ様の御意に沿い、主君を汚らわしい羽虫どもからお守りするための行動。……それを妨げるというのであれば、たとえ貴方であっても――」
わずかに、磁石が引き合うかのような不可避の引力で、その身体が寄り添う。 実際には触れてはいない。 だが、そこには物理的な壁すら超越した「逃げ場のない圧殺」が存在していた。
アドマイヤテラ【セバス】:「……重ねて、申し訳ございません」
アドマイヤテラ――セバス・チャンは、暴風の中に立つ古木の如く、微動だにせずその場に根付いていた。
アドマイヤテラ【セバス】:「……しかし、それがナザリックにとっての最善であるとは、到底判断いたしかねます」
一切の私情を排し、ただ冷徹な「結論」のみが告げられた。
その刹那――。
アクアヴァーナルを包んでいた情念の温度が、一気に氷点下へと叩き落とされた。
アドマイヤテラ【セバス】:「……落ち着きなさい、アルベド様」
セバスの声は、墓標の如く静かだ。
アドマイヤテラ【セバス】:「この最短経路(インコース)は、私が既に確保し、最適化した進路です。外目へと活路を見出されるのであれば、一度その傲岸な足を控え、我が後方へと回るのが戦術的理というもの」
アドマイヤテラは、白銀の意思を体現するが如く、表情一つ変えず、寸分の狂いもないコーナリングで「絶対不可侵の壁」を構築する。
アクアヴァーナル【アルベド】:「……冗談ではありませんわ」
わずかな、死の静寂。
アクアヴァーナル【アルベド】:「このわたくしが、下等生物の跳ね上げる泥を被り、御方の背を見失うなど――」
微笑が、醜悪なまでに歪んだ。
アクアヴァーナル【アルベド】:「……道をお譲りなさい、セバス。これは守護者統括としての、至上命令ですわ」
アドマイヤテラ【セバス】:「淑女たるもの、分不相応な我儘はお控えください。……では、失礼」
一切の抑揚なく、ただ事務的な宣告と共に、アドマイヤテラの四肢がわずかに、だが致命的な鋭さで加速を開始した。
最内の「経済コース」という名の聖域を、一片の無駄もなく、確実に、そして残酷なまでに独占していく。 そこに躊躇(ためらい)はない。ただ、主君への忠誠を「完遂」するという鋼の意志のみが、淀の泥濘を切り裂いていた。 進路を物理的に、そして規律によって封じられたアクアヴァーナルは、屈辱にわずかに歯噛みした。
進路を物理的に、そして規律によって封じられたアクアヴァーナルは、屈力がわずかに歯噛みした。
アクアヴァーナル【アルベド】:「……っ、ああ……なんということ……!このわたくしが、主君への道を断たれるなど……!」
一瞬、絶望に近い呼吸の乱れが生じる。だが。
アクアヴァーナル【アルベド】:(……ですが)
その深紅の瞳が、再び残酷なまでの焦点を結ぶ。
アクアヴァーナル【アルベド】:(それでも――)
一度は氷点下へと落ちた熱が、以前にも増して苛烈に、爆発的に回帰する。
アクアヴァーナル【アルベド】:(アインズ様の……あの御背中の側へ……ッ!)
理性を焼き切り、本能すらも超越した狂おしいまでの衝動が、再び彼女の四肢を満たしていく。 行き場を失い、泥を被りながらも、なお――彼女は最短の隙間を抉じ開けんと、内を突く。
残り二百メートル。 クロワデュノールの漆黒の馬体が、ついに逃げ粘る群像を飲み込み、先頭へと躍り出た。
クロワデュノール【アインズ】:(……捉えたか)
クロワデュノール【アインズ】:(前を阻む障害は、すべて排除した。脚の残量、残りの距離――演算上、問題はない)
一瞬、思考の深淵が静止する。
クロワデュノール【アインズ】:(……勝てる)
――否。
即座に、その「希望」を、支配者としての「確信」へと塗り替える。
クロワデュノール【アインズ】:(“勝てる”などという不確定な未来ではない。すでに、私の歩みの先に“勝利に至る形”が成立しているのだ)
クロワデュノール【アインズ】:(そう見える以上、そして他者がそう認識する以上、それが覆しようのない現実となる)
肺腑が熱を帯び、焼けるような痛みが脳を刺す。
クロワデュノール【アインズ】:(……問題ない。この程度の損耗、致命には程遠い)
わずかな、静寂の合間。
クロワデュノール【アインズ】:(致命的な破綻でないならば――支配は、どこまでも可能だ)
クロワデュノール【アインズ】:「――このまま、一切の抵抗を許さず、戦場(淀)を制圧する」
低く、淀の泥濘を鎮める確信に満ちた宣告。 その孤高なる姿は、ゴールラインを越える前だというのに、すでに絶対的な“勝者”として完成されていた。
――その刹那。
背後より、空間そのものを切り裂くような異質な風切り音が迫る。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(……おや。ようやく、因果の歯車が噛み合いましたか)
大外。物理的な距離ロスを、次元の断層を越えるかのような加速で塗り潰す影。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(――やはり。そうでなくては)
ヴェルテンベルクの紅水晶の双眸が、愉悦に静かに細められる。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(「そう来られましたか」などという稚拙な感想は不要。“そうなることは、世界の理としてあらかじめ定まっていた”のだから)
その残酷なまでの認識に、一点の揺らぎも存在しない。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(アインズ様の御背中……ああ、なんという神々しさ。淀の悪天すら、御方の威光を飾るための背景に過ぎない) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(あの到達点。あの、あまりにも完成されすぎた“勝利の形”。……ですが)
蹄が泥を弾くたび、悪魔的な速度が上書きされていく。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(ならば――それを越えてこそ)
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(御方は、真なる“至高の存在”として在り続けられる)
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(だからこそ――この私が、御方の到達された完成を一度破壊し、再構築を迫る。それを越えてこそ、御方の真価は宇宙の絶対真理として証明されるのだ!)
蹄が、そして魂が、降り頻る雨を切り裂く。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(この絶望的な末脚。この完璧な進路。この回避不能なタイミング――) ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(すべては、御方の真の御力を“強制的に顕現させるために”私が選別した、最高品質のスパイスに過ぎない)
常識を、そしてサラブレッドという種の限界を逸脱した加速。 距離ロスという物理的制約など、彼の「計画」の前ではもはや無意味。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(さあ――証明していただきましょう、アインズ様)
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:(この程度の絶望で立ち止まる御方ではないと。……いえ、それこそが“全宇宙が知るべき当然の事実”であることを!)
ヴェルテンベルクが、文字通り「絶望」を具現化した脚で、漆黒の王者に肉薄する。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「……失礼。そこを通り抜けますよ。――愛する主君に、最高の“試練”をご用意いたしました」
並びかける。 その挙動、その肉薄に、一片の迷いも、微塵の躊躇いも存在しない。
クロワデュノール【アインズ】:(――速い……ッ!)
漆黒の王者の内で、一瞬だけ認識の座標が激しく揺らぐ。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや、訂正だ。単なる物理的な速度が“速い”のではない。私の演算を、奴の忠誠心がわずかに“上回った”……ただ、それだけのことだ)
即座に、冷徹な支配者の論理へと再定義を完了させる。
クロワデュノール【アインズ】:(……落ち着け、鈴木悟。ここで崩れ、無様な姿を露呈すれば、ナザリックという名の虚構はすべて崩壊する。絶対強者としての仮面を、骨の髄まで浸透させろ)
肺腑は灼熱の業火に焼かれ、四肢は限界という名の錆に食い荒らされている。
クロワデュノール【アインズ】:(……問題ない。この程度の損耗、致命には程遠い)
わずかな、永遠にも似た一拍。
クロワデュノール【アインズ】:(致命的な破綻でないならば――このまま力でねじ伏せ、押し切ることは可能だ) クロワデュノール【アインズ】:(……いや。“私が押し切り、勝利する形”こそが、この世界の真理なのだから)
クロワデュノール【アインズ】:「……ほう。見事な忠義だな、ヴェルテンベルク」
発せられた声音に、揺らぎはない。淀の雨を切り裂く、深淵の如き響き。
クロワデュノール【アインズ】:「だが――その刃、私には届かん」
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「ええ。重々承知しておりますとも、アインズ様」
ヴェルテンベルクの口元に刻まれた愉悦の笑みが、さらに深く、残酷なまでに歪む。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「その“決して届かぬ神域”へと至られる御姿を、この卑小な身で拝見するための試練にございます。……私ごときが用意した絶望を、容易く踏み越え、さらなる高みへと昇り詰められるアインズ様を、この眼に、魂に刻みつける――」
狂熱を帯びた紅水晶の瞳が、至高の主を射抜く。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「それこそが、私にとっての至上の悦び……ッ!」
クロワデュノール【アインズ】:(……来るか。ならば――受けて立つ以外に選択肢はないな)
クロワデュノールは、すでに枯渇し、軋みを上げる全身の筋肉を「依然として完璧に機能している、無尽蔵の動力源」として傲慢に扱い、さらなる深淵へと踏み込んだ。
そのすぐ後方。勝利を譲り、かつ確信させたヴェルテンベルクが、馬上(ばじょう)ならぬ走上のまま、恭しく頭を垂れた。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「流石にございます、至高の御方。……言葉もございません」
発せられた声に迷いはなく、ただ純粋な、狂信に近い敬意が淀の雨を震わせる。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「ハナ差という、これ以上なく絶妙にして劇的な着差にて、私の全力を退けられる……。観衆を沸かせ、かつ格の違いを見せつけるその采配。この結果、もはや疑う余地などございません」
わずかに顔を上げたその双眸には、自らの主君への底知れぬ恍惚が滲んでいた。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「すべては御方の御手の内。盤上の因果、その一点に至るまで掌握されていたというわけですな」
断定。デミウルゴスの中では、アインズの「必死の踏ん張り」は、完璧に計算し尽くされた「王者の演出」へと変換されていた。
ヴェルテンベルク【デミウルゴス】:「次回は、より精緻にして過酷な“試練”を整え――我が至高の主、さらなる高みへと至るための踏み台として、この忠義をお示しいたしましょう」
クロワデュノール【アインズ】:(……やめてくれ)
漆黒の王者の内側で、鈴木悟としての悲鳴が漏れる。
クロワデュノール【アインズ】:(それ以上は、本当にもう……私の精神と心臓が持たない)
わずかな、凍りつくような沈黙。
クロワデュノール【アインズ】:(……いや、違うな。私が『困る』などと、そんなはずはない)
即座に、魔導王としての論理が自己を修正する。
クロワデュノール【アインズ】:(これは、ナザリックの維持に必要な『試練』なのだ。私の威光を保つための、避けては通れぬプロセス……。そう、これはすべて必要な事象なのだ)
重厚な沈黙。
クロワデュノール【アインズ】:(……良し、そういうことにしておこう。そう思わなければやってられん) クロワデュノールは、威厳に満ちた所作で、わずかに顎を引いた。
クロワデュノールは、威厳に満ちた所定で、わずかに顎を引いた。
内側から、泥濘を切り裂き静かに引き上げてきたアドマイヤテラは、自身の毛並みに付着した不浄な泥を、静かに、そして手際よく払っていた。
アドマイヤテラ【セバス】:「三千二百メートル――想定以上の負荷でございましたな」 淡々と、何事もなかったかのように自身の状態を確認する。
アドマイヤテラ【セバス】:「装いも、蹄も、相応の消耗。……主君にお仕えする身として、早急なる手入れが必要ですな」
そこに、過剰な興奮も、勝利への執着もない。ただ「主君の傍らに立つ者」としての、鋼の如き規律だけがそこに在った。
ただ事実を粛々と受け入れ、次なる奉仕へと備えるのみ。 アドマイヤテラのその立ち姿には、激闘の直後とは思えぬほど、一片の乱れも存在しなかった。
そして――四着という、彼女にとっては屈辱以外の何物でもない着順で入線したアクアヴァーナルが、憤怒と情念を込めて、淀の地面を激しく踏み鳴らした。
アクアヴァーナル【アルベド】:「……アインズ様……ッ!ああ、なんという不覚!あの老執事が、姑息にも道を塞がなければ、わたくしは即座に御傍へ――」
猛り狂う言葉が、不自然に途切れる。
視線の先。 重い泥に塗れ、降り頻る雨に打たれながらも、なお絶対的な王としての威厳を失わぬクロワデュノールの姿。
アクアヴァーナル【アルベド】:「ああ……っ」
湿った空気の中に、熱を帯びた吐息が零れ落ちる。
アクアヴァーナル【アルベド】:「ああ……なんと……なんと、お美しい……ッ!」
先ほどまでの憤怒は霧散し、その端正な表情は、陶酔と崇拝によってゆっくりと蕩けていく。
アクアヴァーナル【アルベド】:「不浄な泥に穢れながらも、なお一切の輝きを失わぬその気高き御姿……。やはり――アインズ様こそが、この世界の理、絶対の真理……!」
泥濘を厭わず、一歩、狂おしい足取りで踏み出す。
アクアヴァーナル【アルベド】:「次こそは――。次こそは、わたくしが、この世界のすべてを焼き払ってでも道を切り開きます」
声音は、凪のように静か。 だが、その内に宿る情念は、もはや既存のいかなる概念でも定義できぬほど、常軌を逸していた。
アクアヴァーナル【アルベド】:「内も外も、もはや些事。このレースという名の戦場すべてを蹂躙し――アインズ様の御前を、わたくしの手で清めてみせますわ」
淀の、過酷なる三千二百メートル。 冷たい雨に沈むターフの上で――ナザリックの魔王たちは、その絶大なる力を、余すことなく衆愚の眼前に示した。
それは、魂を凍りつかせる圧倒的な「恐怖」。 そして――。
抗いようのない「支配」。
これが終わりではない。 “次なる蹂躙”を、否応なく予感させるための、残酷なまでの証明。
京都侵攻は、こうして静かに、だが重厚に幕を閉じる。
だが、淀に残された漆黒の余韻は。 人々の記憶に刻まれた畏怖の爪痕は。
決して、消えることはない。
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【1着】クロワデュノール(牡4・1番人気) 【イメージ:アインズ・ウール・ゴウン】 【2着】ヴェルテンベルク(牡6) 【イメージ:デミウルゴス】 【3着】アドマイヤテラ(牡5) 【イメージ:セバス・チャン】 【4着】アクアヴァーナル(牝5・牝馬特別枠) 【イメージ:アルベド】 【5着】ヘデントール(牡5) 【イメージ:コキュートス】 【逃げ馬】ミステリーウェイ(せん8) 【イメージ:パンドラズ・アクター】
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ラノベ版 第一章:狂信の追走、あるいは執事の規律
クロワデュノールの斜め後方。降り注ぐ雨粒すらも瞬時に蒸発せしめるほどの「熱視線」を放つのは、アクアヴァーナル。守護者統括としての仮面を剥ぎ取り、荒い鼻息を抑えることすら放棄した彼女の瞳は、執拗なまでに主君の背を追い続けていた。
「ああ……アインズ様の御背中……なんという、神々しさ……!」
その瞳に宿る熱は、冷徹な理性の皮を突き破り、深紅の情念となって滲み出す。
「噤(つぐ)みなさい。塵は塵らしく、死人の如く静まり返っているべきですわ」
隣のゲートの馬が漏らした不満を、彼女は一瞬で氷結させた。その変貌ぶりは、慈愛の守護者から絶対的な殲滅者への、一分の隙もない転換であった。
一方、大外のゲートからこの光景を眺める者がいた。 ヴェルテンベルク。前脚で眼鏡のブリッジを押し上げるような知的な仕草を見せながら、その紅水晶を思わせる瞳に、すでに確定した「勝利」の図面を描き始める。
(……なるほど。やはりアインズ様だ。私という駒を大外に置くことによる盤上の利。実に見事……!)
そのさらに後方。泥濘を跳ね返すような、白銀を思わせる清廉な毛並みを保つ老執事、アドマイヤテラが控えていた。 背筋を伸ばし、降り頻る雨をただ静謐に受け入れる。
(アインズ様の御威光を損なわぬ走り。主君の道を汚さぬ規律――それがすべて)
第二章:開演、狂気の一人芝居
ガシャン――ッ!
鼓動を裂く轟音と共に、すべてのゲートが開放された。 淀のターフが爆ぜ、重く濡れた泥が天へと跳ね上がる。
「ヴァッハッハ!刮目せよ!世界よ、我が華麗なる独走劇に平伏すがいいッ!」
最内に位置せしミステリーウェイが、物理法則すら無視するかのような大仰な身振りと共に、一気に先頭へと躍り出た。その一挙手一投足は、生命の鼓動というより、緻密に計算され尽くした「狂気の演技」である。
(……過剰だな。あいつのことだ、“持続させる必要がない”と判断したのか?)
クロワデュノールの内側で、アインズは困惑と「虚構の深謀遠慮」への納得を繰り返していた。中団六番手という理想的な位置。不可視の威圧感に圧されたかのように、進路がわずかに、だが確実に開かれる。
「そこを退け、下等生物。その席は――私が座るべき、唯一無二の玉座だ」
声に出さぬ宣告。だが、周囲の馬たちは、その「絶対的な圧」に蹂躙され、道を譲らざるを得なかった。
第三章:停滞する因果と情念の奔流
二周目の向正面。淀のターフは、不自然なほどの静寂、そして「停滞」に包まれた。 ハロンタイム、十三秒台。 先頭集団が物理法則を無視したかのように踏みとどまり、極端なまでの超スローペースへと陥ったのだ。
(十三秒台……。いや、これは自然な“流れ”などではない。何者かが――場を完全に制御している)
思考の刃が一瞬、鋭くなる。アインズは、この状況が自らの膝への負担を軽減させている事実を、冷徹な論理で「支配」へと書き換えた。
だが、その平穏を破る「熱」が迫る。
「ハァ……ハァ……アインズ様……ッ!あえて歩みを緩め、場を支配されるその御姿……ああ、なんと蠱惑的なのでしょう……!」
内ラチ沿いから、アクアヴァーナルがもはや回避不能な情念を絡めてくる。
(……正直に言えば、ただ周りのペースが落ちたから合わせただけなのだが。……まあ、結果的に支配しているように見えるならそれで良いか)
外面は一片の隙もない完璧な威厳。内面は鈴木悟の遠い目。 その対比こそが、ナザリックの「日常」であった。
第四章:淀の坂、そして鋼の拒絶
ついに淀の最大の難所――三コーナーの坂へと突入する。 心臓を、そして魂を締め付けるような苛烈な上り坂。
「アディオス!演出は……お任せいたしましたぞ、アインズ様ぁぁぁーッ!!」
ミステリーウェイが劇的に沈み、舞台は整った。 だが、最内のインコースでは、もう一つの「戦争」が勃発していた。
「……お退きなさい、セバス。わたくしは、アインズ様の御傍へ向かわねばなりませんの」
アクアヴァーナルの声が、奈落の底を這うような温度で落ちる。
「……承知いたしかねます、アルベド様。ここから先は、ナザリックの執事として一歩も譲るべき場所ではございません」
アドマイヤテラの鋼の拒絶。白銀の意思を体現するが如く、表情一つ変えず、「絶対不可侵の壁」を構築する。進路を物理的に、そして規律によって封じられたアクアヴァーナルは、屈辱にわずかに歯噛みした。
第五章:超越者の進撃、絶望のスパイス
残り二百メートル。 クロワデュノールの漆黒の馬体が、ついに先頭へと躍り出た。
(……勝てる。――否。“勝てる”などという不確定な未来ではない。すでに、私の歩みの先に“勝利に至る形”が成立しているのだ)
肺腑が灼熱の業火に焼かれようとも、王の仮面は剥がれない。 だが、その背後に空間を切り裂く影が迫る。
「……おや。ようやく、因果の歯車が噛み合いましたか」
ヴェルテンベルクが大外から次元を断層を越えるかのような加速で肉薄する。
(――速い……ッ!)
アインズの認識が揺らぐ。だが、ヴェルテンベルクの瞳に宿るのは、純粋な、狂信に近い敬意。
「さあ――証明していただきましょう、アインズ様。私ごときが用意した絶望を、容易く踏み越え、さらなる高みへと昇り詰められる御姿を!」
「……ほう。見事な忠義だな。だが――その刃、私には届かん」
二頭の激突。ハナ差。 それは、計算され尽くした「王者の演出」として、歴史に刻まれる着差であった。
エピローグ:漆黒の余韻
ゴール板を駆け抜けた後。 クロワデュノールは威厳に満ちた所作で、わずかに顎を引いた。
(……やめてくれ。それ以上は、本当にもう……私の精神と心臓が持たない)
鈴木悟としての悲鳴は、雨音の中に消える。
「流石にございます、至高の御方。ハナ差という絶妙な着差にて全力の私を退ける……。盤上の因果、すべて掌握されていたというわけですな」
デミウルゴスが恭しく頭を垂れ、アルベドが陶酔の表情で蕩ける。セバスは粛々と主君の装いを整える準備を始める。
淀の、過酷なる三千二百メートル。 冷たい雨に沈むターフの上で、ナザリックの魔王たちは、その絶大なる力を衆愚の眼前に示した。
京都侵攻は、こうして重厚に幕を閉じる。 だが、淀に残された漆黒の余韻は――決して、消えることはない。
(完)
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