『神宮寺教授の秘密講義 最終章』 ──「真理は、常に静寂の中に潜む」──
研究室の窓を叩く潮風は、まるで決戦前夜の鼓動のように低く震えていた。 ホワイトボードには、すでに数十の馬名が斜線で消され、残されたのはわずか数頭。 その中心に、赤いマーカーで力強く囲まれた『クイーンズウォーク』の名が、静かに光を放っている。
神宮寺教授は白衣の袖を整え、ゆっくりと講義台に立った。 若葉と佐倉は、緊張と期待の入り混じった表情で、教授の一挙手一投足を見つめている。
◆ 第一節 ──「市場心理の死角」── 神宮寺:「前日オッズが出揃ったわね。大衆は“4歳の幻想”に酔い、エンブロイダリーを2.0倍まで買い進めた。だが、これは“真理”ではない。ただの“集団催眠”よ」
若葉:「教授……やっぱり、エンブロイダリーは“軸”にはできへん、っちゅうことですね」
神宮寺:「当然よ。彼女は強い。だが“強いから勝つ”のではないわ。“勝つ条件が完璧に揃った時にだけ勝つ”の。そして今回は、その条件が揃っていない」
教授はホワイトボードに、鋭い赤線でこう書き込んだ。
『人気は力ではない。 人気は錯覚である。』
佐倉は眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに頷いた。
◆ 第二節 ──「真の軸とは何か」── 神宮寺:「クイーンズウォーク。この馬は“東京マイルの答え”をすでに持っている。昨年のヴィクトリアマイル2着という実績は、“このレース質に対する完全解答”よ」
若葉:「でも、単勝9.8倍……いくらなんでも、人気なさすぎちゃいます?」
神宮寺:「それこそが、私たちが求める“歪み”よ、若葉。大衆が見落とした真理を掬い上げる者だけが、日曜の夕方に笑うの」
教授は、クイーンズウォークの名前を二重丸で囲んだ。
◆ 第三節 ──「ニシノティアモの覚醒」── 佐倉:「教授……ニシノティアモが3番人気タイに浮上しました。陣営のトーンとこのオッズの変動、これは再評価すべきでしょうか?」
神宮寺は、ゆっくりとルーペをデスクに置いた。 (ニシノティアモ…データ的には東京向きでないけど…今回のこのレースに限って言えば従来の東京のマイルレースとは異なる可能性が高くなったわ)
神宮寺:「ええ。ニシノティアモは“人気の皮を被った穴馬”よ。複勝2.5〜3.6倍という甘いオッズが示す通り、市場はまだ彼女を完全に信用しきれていないわ」
若葉:「じゃあ……2列目に上げるべき、ってことですか?」
神宮寺:「その通り。彼女は“消すべき馬”ではなく、“来る確率が想定以上に高い”に変わった。これは、構築図の再編を意味するわ」
教授は、ニシノティアモの名前を2列目に移動させた。
◆ 第四節 ──「穴の本質」── 神宮寺:「パラディレーヌ。ドロップオブライト。そしてココナッツブラウン。これらは“期待値の塊”よ」
若葉:「ちょ、教授! ドロップオブライトは7歳ですやん……? 高齢馬はアカンって切りましたやんか」
神宮寺:「若葉。“常識”は、時に最も邪魔なノイズになるわ。私たちが探すのは、その常識を打ち破るたった一つの“例外”よ。高速持続戦というレース質に最も合致するのは、むしろ彼女なの」
佐倉:「……なるほど。“事故(ハプニング)”の正体ですね」
神宮寺:「そう。来たら儲かる。来なくても痛くない。これが“穴”の本質よ」
◆ 第五節 ──「最終構築図」── 教授は、静かにマーカーを走らせた。
【ヴィクトリアマイル 最終フォーメーション(前日オッズ反映版)】 1列目(軸)
◎ クイーンズウォーク
2列目(準対抗)
○ エンブロイダリー ▲ ニシノティアモ ☆ パラディレーヌ ☆ ドロップオブライト
3列目(広域捕捉)
エンブロイダリー ニシノティアモ パラディレーヌ ドロップオブライト エリカエクスプレス ココナッツブラウン
若葉:「……美しすぎますわ。教授、これもう“投資”っちゅうより“芸術”ちゃいます?」
神宮寺:「若葉、投資とは芸術よ。そして芸術とは、真理を追い求める行為なの」
◆ 最終節 ──「決戦の朝に」── 神宮寺は、窓の外の海を見つめた。 夜明け前の薄明かりが、波間に揺れている。
神宮寺:「日曜、馬場が高速化すれば——“偽りの女王たち”は、激流に飲み込まれるわ」
若葉:「教授……もし、チェルヴィニアが大外から飛んできたら、どないします?」
神宮寺は、不敵に微笑んだ。
神宮寺:「その時は笑って馬券を破り捨てて、美味しいものでも食べに行きましょう。だが——もし私たちの読み通り、“真の女王”が浮上するなら……」
教授は、静かに宣言した。
「日曜の夕方、私たちはこの研究室で、最高の祝杯を挙げることになるわ」
潮風が、まるでその言葉を祝福するように、そっと窓を揺らした。
|