灰色の雲が重く垂れ込める、曇天の府中(コロシアム)。 湿気を帯びた良馬場の芝が放つ青臭い腐臭が、英霊たちの鼻腔を鋭く突き刺す。 マイルの電撃戦という名の、血で血を洗う聖杯戦争――第七十六回、安田記念。 鋼鉄の檻(スターティングゲート)が放つ、張り詰めた殺気の沈黙。その狭隘(きょうあい)なる空間の中で、十七騎のサーヴァントたちは、屠るべき標的を見据え、牙を研いでいた。
シックスペンス(セイバー):「……不快な気配だ。この泥の臭いが、我が誇りを嘲笑うかのように纏わりついている」
外界を遮断する漆黒の眼帯(ブリンカー)の奥で、第四番枠のサーヴァント――シックスペンスは静かに、しかし明確な忌避感を滲ませて呟いた。最内枠という隘路(あいろ)に押し込められた騎士王の肉体は、正々堂々たる王道を渇望し、その筋肉の一本一本が歓喜に震えていた。 だが。
衛宮切嗣:(感情を殺せ、セイバー。その最内(イン)こそが、最短効率で目標(ゴール)へ至る唯一の正解だ)
魂の回路(パス)を通じて直接脳髄に刻まれるのは、マスター・衛宮切嗣の、人間的な感情という濾過装置を完全に欠いた、乾いた演算の声音であった。
シックスペンス(セイバー):「誇りを捨て、泥を啜れと仰るのですか、マスター! 王たる私に、暗殺者の如き泥縄の走りを強いるというのか!」
衛宮切嗣:(誇りで聖杯は掴めない。過程は不要だ。結果(ゴール)のみが存在する)
人間の言葉から温度を抜き去ったような、衛宮切嗣の断定。魂を侵食する非情の言霊に、シックスペンスは血が滲むほど奥歯を噛み締めた。 どれほど自らの走りに嫌悪を抱こうとも、一度(ひとたび)ゲートが開けば、最速で標的を仕留める機械的最適解へと駆動させられる呪縛。 騎士王は屈辱に瞳を震わせながら、冷酷なる「暗殺ルート」へとその牙を研ぎ澄ませていった。
そのすぐ外側(大外枠)で、周囲の空間そのものを焼き焦がすような、圧倒的な黄金の魔力が狂い咲いていた。 第十四番枠のサーヴァント――ガイアフォース。一番人気という絶対の王権を背負う金色の超越者は、不機嫌そうに喉を鳴らした。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「不敬な静寂(しじま)だ。この絶対の支配者たる我を前に、何故この雑種どもは平伏さぬのか」
遠坂時臣:(――お待ちください、英雄王! 此処は未だ檻の中。どうか、我が遠坂の魔術統制に従い、優雅に時をお待ちを!)
魂の回路(パス)を通じて滲み込んでくるのは、マスター・遠坂時臣の、品性を繕いきれない焦燥に満ちた思念であった。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「黙れ、時臣! この我を、泥に塗れた醜き馬群に並べ立てるその傲慢こそが、万死に値するのだ!」
遠坂時臣:(しかし、この外枠(十四番)では……っ! 常に優雅たれという我が遠坂の家訓が、戦術の不利(大外ぶん回し)によって――!)
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「フン、下らん。路地裏の泥犬どもを避けるなど、王としては当然の矜持に過ぎん」
ガイアフォースは鼻で笑い、黄金の鬣(たてがみ)を傲慢に揺らした。王にとって、大外を回ることは戦術的妥協ではない。有象無象の雑種と触れ合うことすら忌避する、至高の誇りの帰結であった。
――刹那。一瞬の静寂を切り裂き、鋼鉄の檻(ゲート)が弾け飛ぶ。
最初の二百メートル――電光掲示板に刻まれたラップタイムは【十二秒五】。 英霊たちが互いの出方を窺い、魔力を抑制し合う、冷徹なまでの静局(スローペース)。 だが。その不気味な均衡は、一頭の白き悪魔の独走によって、無慈悲に、そして唐突に破壊されることとなる。
ワールズエンド(アイリスフィール):「さあ、皆様。極上の絶望への招待状を、受け取ってくださる?」
第十一番枠のサーヴァント――ワールズエンド。汚れなき白毛のドレスを模したかのような美しい馬体から、およそ聖杯戦争には不釣り合いな、狂信的なまでに甘やかな声が漏れた。
言峰綺礼:(――素晴らしい。その急加速(ギアチェンジ)こそが、追随する者どもの魂を蝕む、極上の毒となる)
魂の回路(パス)を通じて滲み込んでくるのは、マスター・言峰綺礼の、仄暗い愉悦に満ちた思念。かつて自らの内側に「何も感じない空洞」があると知っていた男が、他者の苦悶によってのみ埋まるその空白を、今この瞬間、貪欲に充填させていた。その歪んだ魔力がワールズエンドの四肢に、常軌を逸した爆発的な推進力を供給する。
第二ハロン――電光掲示板に刻まれたラップタイムは、驚異の【十秒九】。
マイル戦にあっては狂気の領域に属する猛烈な加速。白き馬体は他馬を嘲笑うかのように単独先頭へと躍り出て、後続との距離を無慈悲に突き放す。一瞬にして縦長へと引き伸ばされる隊列は、さながら死の行進(デスマーチ)のようであった。
シックスペンス(セイバー):「なんという無謀な加速! 自滅を望む狂人の振る舞いか!」
直後、二番手の最内で泥を被るシックスペンスが、憤怒を滾らせて吠えた。だが、先行する白き悪魔は、愛おしげに首を傾げるだけだ。
ワールズエンド(アイリスフィール):「あら、狂人とは失礼ね。これは皆様の肺腑を焼き尽くすための、愛の逃避行よ?」
シックスペンス(セイバー):「貴様の愛など、ただの暴力(殺戮)だ! ――マスター、外へ出してあの白き悪魔を今すぐ討ち取ります!」
騎士王の激情が、魂の回路(パス)を千切れんばかりに引っ張る。しかし。
衛宮切嗣:(――却下だ。そのまま二番手の最内をキープしろ。十秒九の暴風を直接受けるな。奴は自分で仕掛けた毒に自滅する)
シックスペンス(セイバー):「っ……!」
シックスペンスは反発の言霊を喉の奥で噛み殺した。 誇りを捨て、泥を啜り、他者の暴走をただ冷徹に利用する。自らの四肢の筋肉が悲鳴を上げて軋む音を聞きながら、騎士王はただ、切嗣の命じた冷酷な最内ルートを正確にトレース(投影)し続けた。
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激流は留まることを知らない。第三ハロン――掲示板が告げるラップは、さらに息の詰まる【十一秒一】。
マイルという名の無酸素運動、その限界領域において、十七騎の隊列が残酷な歪みを帯びながら固まり始める。
白きドレスを血に染めるかのように逃げるワールズエンド。 その直後、死角となる最内で、息を潜める漆黒の暗殺者(アサシン)と化したシックスペンス。 そして、そのすぐ斜め外側――激流の暴風を正面から浴びながら、なおも熱き忠義の魔力を滾らせる槍の英霊がいた。
セイウンハーデス(ランサー):「ワールズエンド殿! 貴殿の背中、確かに我が双槍(四肢)の間合いに捉えた! その首、我が主(ロード・エルメロイ)へと捧げてみせる!」
第十三番枠のサーヴァント――セイウンハーデス。ブリンカーによって狭められた視界の先、ただ一頭の標的を見据えて吠える。
ケイネス:(――宜しい、ハーデス! そのまま三番手を死守し、時計(ラップ)の正当性を証明しろ! 時計塔の君主(ロード・エルメロイ)たる我の采配が、いかに卓越しているかを天下に知らしめるのだ!)
主君・ケイネスの、傲慢でありながら自己顕示欲に満ちた思念が走る。 だが、その哀れな忠義の槍を、先頭を行く白き悪魔は、怜悧な瞳で静かに見下ろした。
ワールズエンド(アイリスフィール):「あら、随分と息が上がっているようですね、槍の騎士様? その誇り高きステップ、少しばかり泥に塗れているように見えますけれど」
セイウンハーデス(ランサー):「なんの……! 我が主への忠義は、この程度の幻惑(ハイペース)では決して潰えぬ!」
ワールズエンド(アイリスフィール):「ふふ、強がりは結構。ですが、貴方の前脚(魔術回路)は――既に過負荷で悲鳴を上げ始めているわ。気付きませんか? 貴方が護ろうとしているその主の言葉が、ただの『呪い』へと変質していることに」
セイウンハーデス(ランサー):「……くっ……!」
セイウンハーデスは、突きつけられた絶望に言葉を詰まらせた。 五体を伝う汗は、既に滝の如く全身を濡らしている。激流に身を晒し、肉体を削り、それでもなお、この誇り高きランサーは一歩も退かずに三番手の死地を守り続けた。ただ、己の消えゆく運命(スタミナ)を静かに予感しながら――。
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激流は向こう正面、第四ハロンから第五ハロンの臨界区間へと突入する。 そこで、追随する英霊たちに真の戦慄が走った。
先頭を驀進するワールズエンドの刻むラップが、突如として牙を剥くのをやめ、不自然なほどに「緩んだ」のだ。
【十一秒六】――そして、【十一秒八】へ。
それはレースにおける最緩和点(ポケット)。 先行する白き悪魔にとっての甘美な魔力充填であり、同時に、後続の馬群にとっては「縮まらない距離」を強制される、絶望的な空間の固定化――さながら逃れられぬ固有結界のようであった。追撃のために魔力を解放すれば自滅し、合わせれば先頭に逃げ切られる。前進も後退も許されぬ、底なしの泥沼。
言峰綺礼:(――来た。この十一秒八の淀みこそが、我が求道の果てに辿り着いた芸術。そして――雑種どもの絶望の入り口だ)
魂の回路(パス)を通じて滲み込む綺礼の歪んだ魂が、ワールズエンドの白い耳を歓喜に震わせる。この男はかつて、自らの内側にある空洞の正体を探し続けた。そして今、ようやく知っている。他者が限界を迎え、もがき、破滅へと向かう瞬間の気配こそが、その空洞を埋める唯一のものだと。
ワールズエンド(アイリスフィール):「……心地よいわ。背後の皆様が、私の作ったこの時間と空間の檻の中で、必死に酸素を求めてもがく気配が……五感の隅々にまで染み渡るようだわ」
汚れなき白毛の駿馬は、まるでおぞましい賛美歌を口ずさむかのように、静かに、しかし確実に後続の生命力を吸い尽くしていった。
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その時間と空間の檻の遥か外側――大外の八番手という、不本意極まる辺境の地で、猛烈な神威の怒りを爆発させている者がいた。
第十四番枠のサーヴァント――ガイアフォース。黄金の超越者は、自らの進路を塞ぐ有象無象の気配に激怒し、大気を震わせて吠える。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「ええい、鬱陶しい! 右を見ても左を見ても、我の視界に入るのは泥に塗れた雑種ばかりではないか!」
セイウンハーデス(ランサー):「――静かに為されよ、黄金の王! 今はただ耐え忍び、限界まで魔力(スタミナ)を蓄えるべき刻だ!」
その直前、三番手の死地で暴風を浴び続けるセイウンハーデスが、限界の呼吸の中で鋭く一喝した。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「王たる我に『耐えろ』だと? 貴様のような小手先の槍兵(ランサー)と同列に並び、泥を啜れという無礼、万死に値するぞ!」
セイウンハーデス(ランサー):「我が主(ロード)への忠義を愚弄するか! ならばその大外の辺境で、独り寂しく永遠に吠えているが良い!」
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「……おのれ、不敬な猟犬が……!」
ガイアフォースの黄金の瞳に、明確な殺意の劫火が宿る。今すぐにでも宝具(スパート)を解放し、前方のすべてを蹂躙せんと四肢を爆発させかけた、その刹那。
遠坂時臣:(――お待ちを、英雄王! 此処で動けば、外回りの遠心力(コースロス)が致命傷になります! 我が遠坂の魔術理論に、どうかお乗りください……!)
魂の回路(パス)から痛切なまでに流れ込む、時臣の必死の制止。その涙ぐましい懇願が、かろうじて王の暴走の引き金を繋ぎ止める。しかし、王のプライドは既に、最終直線での「皆殺し」を決定づけていた。
――そして、戦局は運命の第三コーナーへ。
電光掲示板の呪縛が解けぬまま、各陣営の通過順位が確定していく。 先頭は、依然として冷酷なラップで支配を続けるワールズエンド。 そこから一、二馬身の距離を保ち、漆黒の殺気を放つシックスペンスと、滝の汗を流すセイウンハーデス。
――だが、真の異常事態はその直後にあった。
先行する三騎の後方、およそ二から五馬身。そこには、他馬の追随を拒絶する圧倒的な空白地帯という名の壁が、網膜を灼くほど鮮明に形作られていた。ワールズエンドの毒によって中だるみを強いられた後続馬群が、仕掛けるタイミングを完全に奪われた結果生じた、断絶の深淵。
この壁を越え、先頭の白き悪魔を引き摺り下ろす者は現れるのか。運命の最終直線(ラストストレート)へのカウントダウンが、静かに始まった。
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衛宮切嗣:(――計算通りだ。あのワールズエンドが作った空白の壁が、後続の末脚(魔力)を完全に封じている。追撃のタイミングは既に逸した)
限界駆動を続けるシックスペンスの脳裏に、衛宮切嗣の、一切の温度を排した演算の声音が突き刺さる。
シックスペンス(セイバー):「……マスター。確かに、この最内の死角に潜み続ける判断は、戦術的最適解(スタミナ温存)かもしれません。ですが……!」
衛宮切嗣:(感情は捨てろ。我々が求めるのは聖杯という名の結果のみだ。勝利という事実だけを、泥の中から毟り取れ)
シックスペンス(セイバー):「こんな不名誉な、泥棒の如き勝ち方で、一体誰が我が王道を称えてくれるというのですか! 私は正々堂々と――」
衛宮切嗣:(称賛は不要だ。手に入るのは一着という現実だけだ。――来るぞ、第六ハロン。外の雑種どもが焦れて仕掛けてくる)
切嗣の予測通り、第三コーナーから第四コーナーへと至る坂の途中で、全体のラップタイムが【十一秒四】へと急激に跳ね上がる。 後方に置き去りにされていた馬群が、先行三騎が作った断絶の壁に耐えかね、大外から一斉に進出(スパート)を開始したのだ。
十七騎の蹄(ひづめ)が、湿った芝の戦場を激しく削り取る。その破壊の音が、地鳴りとなって重く垂れ込める曇天の府中(コロシアム)を激しく震わせた。 ついに、運命の最終直線(ラストストレート)の幕が上がる。
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ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「フハハハハ! 観念せよ雑種ども! 偉大なる我が足跡を刻み付けてくれるわ!」
大外から全てを見下ろす第十四番枠のサーヴァント――ガイアフォースが、黄金の暴風を纏って傲然と嗤う。
セイウンハーデス(ランサー):「――来ますぞ、我が主(ロード)! 背後より、すべてを焼き尽くさんとする黄金の殺気が!」
三番手の死地で前脚を激しく軋ませるセイウンハーデスが、限界の警鐘を鳴らす。だが、先頭を征く白き悪魔は、ただ愛おしげに微笑むだけだ。
ワールズエンド(アイリスフィール):「ええ、来てちょうだい、英雄王。貴方のその輝かしい矜持ごと、この直線の坂(ゴルゴダ)で、極上の絶望へと変えてあげるわ」
シックスペンス(セイバー):「……行くぞ、切嗣。我が聖剣(四肢)が、この泥塗れの暗闇の中でしか輝かぬというのなら――私は、その呪いごと勝利を毟り取る!」
外界を遮断されたシックスペンスの瞳に、漆黒の決意が宿る。
いよいよ、運命の最終コーナー。それぞれの生存戦略(エゴ)と魔術思想が衝突する、血戦の直線へと雪崩れ込んでいく。
古来より数多の駿馬(英霊)の野望を呑み込んできた、府中の大欅(シンボルツリー)を越え――魔の第四コーナーへ。
十七騎の馬群は、時速六十キロメートルを超える極限の遠心力に悲鳴を上げながら、最後の直線という名の審判の荒野へと吐き出される。
先頭は依然として、白き愉悦の求道者、ワールズエンド。 その後方には、仕掛けのタイミングを完全に奪われた後続馬群を嘲笑うかのような、二馬身から五馬身という絶望的な空白地帯が寒々と広がっていた。
引き裂かれた距離。届かぬ刃。
この絶望のディスタンスを埋め、聖杯(ゴール)に指をかけるのは、一体誰か――。
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パンジャタワー(ライダー):「オオオオオオオオッ! 道を開けよ、古兵(サーヴァント)ども! 我が征くは彼方の海、我が足跡こそが覇道の証明であるッ!」
第十六番枠のサーヴァント――パンジャタワー。歴戦の古馬たちの凄絶なプレッシャーを傲然と跳ね除け、その巨体が猛然と大外から進出(スパート)を開始する。
ウェイバー:(――ひぃぃぃっ! 外回りすぎて遠心力(ロス)がえぐい! このままじゃ僕の魔術回路(あし)が焼き切れちゃうよ!)
魂の回路(パス)から伝わるのは、マスター・ウェイバー・ベルベットの、五臓六腑を灼かれるような焦燥と恐怖の悲鳴。しかし、肉体に宿る征服王の覇気は、その矮小な恐怖ごと四肢を爆発させていた。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「喧しいぞ、巨漢! 我が優雅なる独壇場(オンステージ)を、その醜悪な巨体で穢すな!」
大外から進路を重ねんとするパンジャタワーを、ガイアフォースが黄金の瞳を血走らせて睨みつける。
パンジャタワー(ライダー):「ガハハハハ! 金ピカの王よ、案ずるな! お前ごと、我が軍勢の蹄で踏み潰してくれるわ!」
ウェイバー:(ば、馬鹿ライダー! 冗談じゃない、あんなヤバい奴(英雄王)に関わったら一瞬で消されるって!!)
畏怖。戦慄。 ガイアフォースの全身から溢れ出る、世界を解脱せんとする圧倒的な神威(オーラ)。その殺気を至近距離で浴びたパンジャタワーの毛並みは、生物としての本能的な恐怖で激しく逆立っていた。 己の未熟さに歯を食いしばり、恐怖のあまり涙を浮かべながらも――しかし、この若き闘士(四歳馬)は、一歩も退かずに黄金の王の懐へと肉薄していく。
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遠坂時臣:(――英雄王! これ以上の大外は破滅を招きます! 内へ、内へ進路(パス)を絞り、馬群の隙間を抉るのです!)
魂の回路(パス)を通じて流れ込む、マスター・遠坂時臣の悲痛なまでの懇願。だが、それすらも超越者の逆鱗に触れる薪に過ぎなかった。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「黙れ、時臣! 万死に値するぞ! 王たるこの我に、泥に塗れた雑種の群れに混ざれと言うのか! 我が征く道を阻む者、神仏といえど許しはせぬ!」
魔術師の精緻な計算を完全に無視し、ガイアフォースは、さらに大外へ、コースの限界境界(最外殻)へと猛然と膨らんでいく。 馬場の三分どころを通る内側の群れから、実に六頭から七頭分もの遥か外の彼方。物理的な法則がもたらす絶対的なコースロス。いかに英霊の肉体とて耐え難いその致命的な傷口を、しかし黄金の王は、ただ自らの傲慢なる「最適解を凌駕する脚力(出力)」のみで無慈悲にねじ伏せようとしていた。
――そして。残り五百メートル。
大外で黄金の光が狂い咲くその裏側、直線の入り口。誰もがその存在を忘却しかけていた、最内の死角(ブラインドスポット)において。
一つの漆黒の影が、大気を引き裂く音すら置き去りにして、音もなく駆動した。
シックスペンス。
外界を遮断された漆黒のブリンカーの奥で、騎士王の瞳が冷酷なる暗殺の輝きを放ち始める――。
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衛宮切嗣:(――セイバー、今だ。前方の壁(ワールズエンド)が、僅かに右へと流れた。開いた右外の空間(ギャップ)へ、進路を投影しろ)
シックスペンス(セイバー):「……っ! このような死角から背後を襲うかのような位置取り……我が騎士の誇りが、王の血が許さぬ!」
衛宮切嗣:(誇りで直線の坂(ゴルゴダ)は登れない。勝利という一点のみを計算し、機械として四肢を駆動させろ)
魂の回路(パス)から流れ込む冷酷な呪縛に、シックスペンスは脳内で血の涙を流す。しかし、その肉体はマスターの意志に隷属する精緻な魔術兵器の如く、あまりにも正確に、そして冷酷に絶好の進路(ウイニングロード)を確保していた。
逃げ粘るワールズエンドのすぐ斜め外側――荒れた内目を避けた、馬場の三分どころ。一寸の狂いもない、完璧なる抜け出しの軌道(ルート)。
ワールズエンド(アイリスフィール):「あら、随分と冷たい暗殺の刃を突きつけてくるのね、騎士王(セイバー)?」
先頭で風を支配するワールズエンドが、歓喜に濡れた瞳で振り返る。
シックスペンス(セイバー):「黙れ、悪鬼(アサシン)! 我が聖剣(四肢)は、貴様のような他者の苦悶を貪る外道を断つためにある!」
ワールズエンド(アイリスフィール):「ふふ、素晴らしいわ。その怒りに満ちた魂の震え、私にとっては最高のスパイスよ。さあ、もっとその美しい誇りを汚し、私を楽しませて頂戴?」
五感を侵食する歪んだ言霊に、シックスペンスは吐き気を催すほどの悪寒を覚える。だが、その嫌悪感こそが、騎士王の眠れる爆発力を呼び覚ました。
シックスペンス(セイバー):「おおおおっ!」
シックスペンスは絶叫とともに軸足(手前)を鋭く変え、泥の跳ね上がる府中の大地を、爆発的な魔力で激しく蹴り上げた。
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そのさらに内側、荒れ果てた死地(インコース)では、もう一騎の騎士が凄絶な死闘を繰り広げていた。
第十三番枠のサーヴァント――セイウンハーデス。五体を血と泥に染めながら、槍の騎士は魂の咆哮をあげる。
セイウンハーデス(ランサー):「退かぬ! 退いてたまるか! 我が双槍(四肢)は、ただ真っ直ぐに我が主(ロード)の栄光を貫くためにあるッ!」
ケイネス:(――良いぞ、ハーデス! そのまま内を突き、我が魔術の正当性を証明しろ! 凡百の魔術師どもに、時計塔の君主(ロード・エルメロイ)の優秀さを知らしめるのだ!)
主君・ケイネスの肥大化した自尊心を背負い、ランサーは限界を超えて前進する。跳ね上がる泥を正面から被りながらも、逃げ粘るワールズエンドと、外から猛追するシックスペンスの僅かな隙間(デッドスペース)へと、己の肉体を肉弾の如くねじ込んでいく。
――残り二百メートル。
府中の心臓破りの坂を登りきったその瞬間、前線の三騎が、激しい魔力の火花を散らして【横一線】に並び立った。
その刹那、先頭を支配し続けていたワールズエンドの白い鼻面が、ついに過負荷(オーバーヒート)による苦悶へと歪み始める。だが、その肉体の崩壊こそが、マスターの歪んだ本質を完成させていた。
言峰綺礼:(――素晴らしい、アサシン。肺腑が焼け千切れそうなこの激痛、四肢が爆散しかねないこの苦悶すら……我が魂にとっては、極上の愉悦(すくい)だ)
言峰綺礼の仄暗い魔力が、魂の回路(パス)を通じて泥濁りの濁流のように流れ込む。ワールズエンドの、既に限界を迎えて千切れかけた筋肉(魔術回路)が、その「狂気」によって無理やり駆動させられ、狂い咲くように再び前へと伸びていく。
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シックスペンス(セイバー):「おおおおおおっ! 沈め……沈め、ワールズエンドォォォッ!」
騎士王(セイバー)の魂の咆哮が、直線の坂上に木霊する。
衛宮切嗣:(――よし。前方が完全に開いた。息の根を止めろ、セイバー)
衛宮切嗣の無機質な暗殺号令(コマンド)と同時に、魂の回路(パス)を通じてシックスペンスの四肢へ全魔力が注入される。
極限まで無駄を削ぎ落とした、肉体のブレすら許さぬ機械的駆動。さながら標的の頸椎を正確に穿つ暗殺者の如き、番手からの無慈悲なる抜け出し。
――刹那。泥に塗れた暗闇の向こう側、ついに栄光の先頭(ゴール)の景色が、漆黒の騎士王の視界へと鮮烈に開かれた。
勝負は決した。誰もがそう確信した、その瞬間。
曇天の府中(コロシアム)のあらゆる大気が、鼓膜を爆裂させるほどの凄まじい衝撃波によって激しく歪んだ。
大外。馬場の最外殻、有象無象の雑種どもを遥か見下ろす彼方の地。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「語るに落ちたな雑種ども! ――目覚めよ、我が足跡に平伏せ! 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』ッ!!」
第十四番枠のサーヴァント――ガイアフォース。黄金の超越者が、上がり【三十三秒〇】という、近代競馬の物理法則を根本から蹂躙する狂気の破壊的末脚(魔力出力)を引っ提げて、大空を切り裂きながら飛来したのだ。
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ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「地を這う雑種どもが……我が見下ろす天のいざないに、平伏しながら絶滅せよ! 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』ッ!!」
傲然たる神威の叫びとともに、ガイアフォースの黄金の四肢が、府中のターフを爆裂音とともに削り取る。
遠坂時臣:(――なんという理不尽、なんという無茶苦茶なコース取り! しかし……速い! 破壊的なまでに速すぎます、我が英雄王よ!)
マスター・遠坂時臣の理性的だった思念は、もはや戦術的な焦燥を超え、絶対的な王の暴力がもたらす全能の加速への狂おしい歓喜の悲鳴へと変貌していた。大外を回る凄絶な遠心力のロスなど、王の出力(ポテンシャル)の前には、ただの舞台装置に過ぎない。前方を必死に駆けていたパンジャタワーの巨体すら、黄金の閃光は一瞬の肉薄すら許さずに呑み込んでいく。
パンジャタワー(ライダー):「なっ、なんだこの理不尽なまでの加速は!? お前、本当に同じ英霊(競走馬)なのかよッ! 化け物めが!」
ウェイバー:(――だから言ったじゃないかライダー! あんな規格外のヤバい奴(金ピカ)に関わっちゃ駄目だって言ったのにぃぃぃっ!)
パンジャタワーは恐怖と悔しさに涙目を浮かべ、歯を食いしばって必死に四肢(ピッチ)を回すが、黄金の王の神々しい背中は、あっという間に遥か前方へと遠ざかっていく。王の征く覇道の前には、若き闘士の執念すら一顧だにされぬ現実。
――そして、残り五十メートル。
内ラチ沿い、荒れ果てた死地でなおも愉悦のゾンビの如く粘るワールズエンド。 中央を割り、切嗣の冷徹な最適解(イン突き)のままに漆黒の刃を突き立てるシックスペンス。 その狭間で、主君の栄誉のために五体を血に染めて食らいつくセイウンハーデス。 そこへ――大外の彼方から、すべてを無に帰す黄金の審判・ガイアフォースが、大気を引き裂く咆哮とともに猛然と並びかける。
四騎の英霊、四つの陣営の執念が、栄光の聖杯(ゴールライン)の手前で完全に等価へと収束していく。一歩も退かぬ限界の叩き合い。勝負の結末は、もはや神の網膜(写真判定)の瞬きにのみ委ねられた――。
---
シックスペンス(セイバー):「届かせるものかッ! 我が四肢に宿るは、不敗の証明――『約束された勝利のイン突き(エクスカリバー)』ッ!!」
最内から泥を蹴り上げ、漆黒の騎士王が最後の魔力を爆発させる。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「身の程を知れ雑種めが! この世のすべての栄誉(ゴール)は、初めから我が宝物庫に収められた財に過ぎん!」
大外から大気を断絶し、黄金の王が光速の末脚で全てを無へと帰しにかかる。
ワールズエンド(アイリスフィール):「ああ……! 全員が死力を尽くし、魂を磨り潰し合うこの絶望の瞬間――ああ、たまらないわ……!」
その狭間で、白き悪魔が肺腑の破れる激痛を最上の愉悦として貪り、不気味に首を伸ばす。
四つの異なる魔術思想、四つの譲れぬ信念が、閃光となって同時に境界線(ゴール板)へと激突した。
電光掲示板に刻まれた決着の時計は――【一分三十二秒一】。
――刹那、府中のコロシアムに、張り詰めた沈黙が降りた。
誰もが息を呑み、神の網膜(写真判定)の審判を待つ。やがて、巨大な黒い盤面に、一切の感情を排した非情な魔術刻印(着順)が点灯した。
【一着:シックスペンス】――(着差:クビ) 【二着:ワールズエンド】――(同着) 【二着:ガイアフォース】――(同着) 【四着:セイウンハーデス】――(着差:クビ) 【五着:パンジャタワー】――(着差:クビ)
僅か「クビ差」という紙一重の深淵が、勝者と敗者の運命を残酷に分断していた。 泥を啜り、誇りを捨て、機械的最適解を選び続けた衛宮切嗣(シックスペンス)が、最果ての聖杯(栄誉)をその手でもぎ取ったのだ。
激闘の終わりを告げるファンファーレの残響の中、英霊(サーヴァント)たちは、限界駆動に耐え抜いた荒い息を吐きながら、血に染まったターフを静かに歩いていた。大気には、焦げ付いた魔術回路と、筋肉の焼けるような凄絶な死臭が、いつまでも重く立ち込めていた。
---
シックスペンス(セイバー):「……まただ。また私は、このような騎士の誇りを踏みにじる機械的な走りで、勝利を掴んでしまった……」
ウイニングランを告げる大歓声の渦中。第四番枠のサーヴァント――シックスペンスは、祝福の拍手を呪詛のように浴びながら、力なく呟いた。
衛宮切嗣:(――よくやった、セイバー。目的は果たされた。余計な感傷(エゴ)は捨てろ。聖杯(一着賞金)さえ手に入れば、過程などどうでもいい)
シックスペンス(セイバー):「切嗣ッ! 貴方は我が王道を、我が誇りを、またしてもこの泥濘(ぬかるみ)の底へと沈めたのか……!」
どれほど激昂しようとも、冷酷な魔術師(マスター)の魂の回路(パス)には一刻の波紋も広がらない。外界を遮断された漆黒のブリンカーの奥で、騎士王は独り、勝者でありながらも絶望の涙を静かに流していた。
その背後――敗者たちの集う検量室前(パドック)において、地を揺るがすほどの神威の怒号が響き渡る。
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「万死! 万死に値するぞ、あのガラスの部屋の審判員(雑種)ども! 王の頭座を見誤るとは、眼球が腐り落ちておるのか!」
第十四番枠のサーヴァント――ガイアフォースの黄金の瞳が、明確な殺意で血走っていた。
遠坂時臣:(――ひ、英雄王、落ち着いてください! 同着とはいえ二着、天下の安田記念における立派な魔術的成果(成績)です! これ以上は遠坂の、我が一族の格式に関わります!)
ガイアフォース(ギルガメッシュ ):「黙れ、時臣! 貴様の小賢しい言い訳など耳を貸すか! この我、天上天下の唯一無二たる支配者が、あのような黒鹿毛の変態(アサシン)ごときと同着(イコール)の地位に並ばされるなど、断じてあり得ぬ! 侮辱の極みだ!」
黄金の王は、荒い鼻息とともに周囲の空間そのものを圧殺せんばかりの殺気を放ち、検量室前(地下馬道)の大気を文字通り氷結させていた。時臣の涙ぐましい貴族主義(プライド)すら、王の逆鱗の前にはただの塵芥に過ぎなかった。
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当の黒き悪魔――第十一番枠のサーヴァント・ワールズエンドは、狂気のハイペースを刻んだ四肢から軽く汗を滴らせながら、どこまでも涼しい顔で佇んでいた。
ワールズエンド(アイリスフィール):「あら、変態だなんて心外ね、英雄王。私はただ、皆様が限界を迎えて肺腑を濡らし、絶望に喘ぐ声が――何よりも好きなだけよ?」
言峰綺礼:(――フ、首差(ハナ)届かなかったか。だが構わん。あの傲慢なる黄金の王が、屈辱に顔を歪めて吠え狂う様を見られた。それだけで、今日のレース(聖杯戦争)は釣りが来るほどの収穫だ)
魂の回路(パス)を通じて響く言峰綺礼の、暗黒の深淵から湧き出るような思念。ワールズエンドは、ガイアフォースが怒り狂う無様な様を瞳の奥に焼き付けながら、優雅に微笑み、その唇を不気味に舌なめずりした。その姿は、敗者でありながらも、精神的には間違いなくこの戦場(ターフ)を支配した者のそれであった。
その狂気から少し離れた、地下馬道の薄暗い影の中で。
泥と汗に塗れた第十三番枠のサーヴァント――セイウンハーデスが、力なくうなだれていた。
セイウンハーデス(ランサー):「……無念。あと僅か……あと僅か、我が忠義の双槍(四肢)が、栄光へと届かなかったとは……っ!」
ケイネス:(――馬鹿者が! 何故あの最終局面、カメラの画角(メディア)を意識して、もっと貴族(エルメロイ)に相応しく美しく敗北(入着)しないのだ! 泥塗れで馬群を抉るなど、我が名誉に対する侮辱だぞ!)
魂の回路(パス)から流れ込むのは、ケイネスの、自己の虚栄心だけを肥大化させた理不尽な叱責。
セイウンハーデス(ランサー):「主(ロード)よ……。どうか、今はその無慈悲な言霊を収め、この槍兵に敗北の余韻を浸らせてくだされ……。もう、我が魔術回路(あし)は――限界、なのです」
生真面目な騎士は、すでに過負荷で千切れかけた膝をガクガクと震わせ、主君への忠義の重さに圧し潰されるように、深く、深く項垂れた。主のためにすべてを捧げ、なおも報われぬランサーの悲哀が、薄暗い地下馬道の隅に寒々と満ちていた。
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そして、血戦の荒野となった馬場の遥か後方から。
一頭の傷だらけの巨体が、過負荷に陥った四肢を這うように動かし、ゆっくりと歩いてきた。
第十六番枠のサーヴァント――パンジャタワー。古馬(英霊)たちの凄絶なプレッシャーに晒されながらも、大外から英霊たちの背中に肉薄した若き闘士は、誇らしげに喉を鳴らす。
パンジャタワー(ライダー):「オオオオ……観たか坊主! 我が軍勢の力、我が覇道の片鱗を、確かに奴らに見せつけてやったわ……!」
ウェイバー:(――何が覇道だよバカ! 最後は完全に僕の悲鳴(令呪)をエネルギーにして暴走してたじゃないか! ほら見ろ、お前のせいで僕の魔術回路も全身も、筋肉痛でバラバラだよ!)
魂の回路(パス)を通じて流れ込むウェイバーの涙ながらの抗議を、征服王は豪快な笑い飛ばしで受け止める。
パンジャタワー(ライダー):「ガハハハハ! 案ずるな坊主、これもまた覇道に至る道程(プロセス)よ! 敗北を知りてこそ王の器は広がる。次はあの傲慢なる黄金の王(ギルガメッシュ)を、必ずや我が蹄の下に敷いてくれるわ!」
ウェイバー:(もう嫌だぁぁぁっ! 聖杯戦争(G1)なんて二度と御免だ! 僕を、僕をもっと平和な普通の重賞(G3)に帰してくれぇぇぇっ!)
恐怖に内臓を灼かれ、涙を浮かべながらも、少年マスター(ウェイバー)の魂は、この凄絶な血戦を経て確実に「前」を向いていた。
かくして。
中央競馬、マイルの頂点を巡る、血で血を洗う聖杯戦争――第七十六回、安田記念は静かに幕を閉じた。
手に入れた栄誉の不名誉さに涙を流す者。 他者の破滅と屈辱を五感で貪り、冷酷に舌なめずりをする者。 己の致命的な慢心(ロス)すら力づくでねじ伏せ、なお不遜に吠える者。 報われぬ忠義の重さに圧し潰され、地下馬道の闇に項垂れる者。
勝者も、敗者も。 それぞれが背負う特異な呪いと、決して譲れぬ歪んだ執念(エゴ)をその胸に抱えたまま、次なる血戦の戦場へと、再びその歩みを進めていく――。
(安田記念・聖杯戦争版――了)
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