重苦しい雨雲が阪神の空を覆い尽くし、ターフは水分をたっぷりと含んだ絶望の泥の海と化していた。
ゲートの中で、視界を制限する黒い拘束具(ブリンカー)を装着されたコスモキュランダ(9番・牡5)が、けたたましい鼻息を鳴らして狂ったように暴れている。
コスモキュランダ【デルタ】:(前が見えない! 見えないけど! とにかく前にある獲物を全部噛みちぎって、引き裂いて、肉にして、ボスに褒めてもらうんだなーーー!!!)
コスモキュランダ──いや、野生の獣デルタの全身の筋肉が、今にもリミッターを突き破って弾け飛ばんばかりに膨張していた。
その狂気的な咆咆から少し離れた外枠16番で、メイショウタバル(16番・牡5)は冷徹に目を伏せていた。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「フッ……この最悪の泥濘こそ、新たな覇権市場を生み出す最高の舞台というわけだ。すべては私の描いたプロット通り……」
わざとらしく前髪を揺らし、彼は頭の中で完璧な「大人のカッコいい冷酷な詐欺師の裏切りポーズ」の予行演習──第99回目──をしていた。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(今度こそ完璧だ。左斜め45度で顎を引いて、口角を2ミリだけ上げる。そこに最大限の「俺、全部わかってる」感を込める……完璧すぎる。ゾクゾクする。俺、天才か?)
ぶっちゃけ競馬のルールは公式サイトを三回読んでも理解できていないが、形から入るのが陰の実力者の鉄則である。
ガシャンッ!
鉄の扉が開くと同時に、世界を震わせる重い泥を蹴り上げる鈍い音が響き渡る。
コスモキュランダ【デルタ】:「ガウッ! ワタシが一番前だ! 誰にも前は走らせない!!」
コスモキュランダ(デルタ)が狂ったような咆哮を上げ、1歩目からハナを強引に奪い去っていく。1ハロン目は12.4秒。だが2ハロン目に入った瞬間、彼の野生は完全に理性のリミッターを破壊した。
11.1秒。
この極悪な重馬場では絶対にあり得ない、まさに自殺行為に等しい地獄の暴走ラップ。後続は目を剥いた。調教師は卒倒しかけた。実況アナウンサーは「え?」と言ったきり原稿を落とした。
その圧倒的な、世界を滅ぼしかねない逃げを、メイショウタバル(ジョン・スミス)は涼しい顔で2馬身後ろから追跡していた。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「良いペースだ。無知な消費者が、己の体力を散財していく様は見ていて心地よい……」
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(これだよこれ! 狂ったハイペースにも動じず、大人の余裕で追走する俺! 超絶カッコいい! 震えるね! 渋すぎて涙が出ちゃうね! 後ろの馬たち、今の俺の後ろ姿に息を呑んでるだろうな! 絶対そうだろうな!!)
表面上は冷徹に市場を支配する闇のエージェントを気取りつつ、内なる彼は自身の完璧な悪役ムーブに120%酔いしれていた。
なお実際の後続各馬は全員「あのペース、頭おかしいな」と引いていた。
泥仕合の先頭集団から遠く離れた、中団11番手。
ダノンデサイル(アルファ)は、前方から弾け飛んでくる汚れた泥の軌道をすべてミリ単位で予測し、最小限の首の動きで完全回避していた。
ダノンデサイル【アルファ】:「前方の過熱した市場……すべては計画通り。1ミリの無駄もなく追跡を継続します」
ダノンデサイル【アルファ】:(ふふ、上位陣の体力消耗率はすべて私の計算の範疇。教団の連中が勝手に崩壊した完璧なタイミングで、残さず果実を回収しに──3着を確保しに──向かいましょう)
彼女は美しく冷酷な無表情のまま、組織の絶対的な利益を確実にもぎ取るための勝利の方程式を脳内で組み上げている。
さらにその後方、もはやカメラのフレームアウト寸前である最後方の18番手。
タガノデュード(ゼータ)は、前の馬群が巻き上げる汗と泥の熱気に、心底ゴミを見るような目を向けていた。
タガノデュード【ゼータ】:「……ふあぁ。密集地帯なんて暑苦しくて不潔で行きたくないよ。僕はここで静かにしておくからさ」
タガノデュード【ゼータ】:(みんな必死に泥まみれになって走って、本当にバカみたい。他馬の汗も息遣いも絶対に届かないこのディスタンスこそが、至高にして究極。私の美しい体毛は1ミリも汚させないんだから。……シャドウ様が見てたら引かれるもんね)
彼女は完全に世界の網膜から気配を消し、誰の視界にも入らない大外の超安全圏で、ゆったりと猫のように息を整えている。
実況の「後方は各馬が様子を見ながら──」というアナウンサーにも、タガノデュードの名前は入っていなかった。それで構わなかった。むしろ好都合だった。
2コーナーを回り、向正面へと差し掛かる。ペースは12.4秒から12.5秒へと僅かに緩んだが、コスモキュランダ(デルタ)の狂気は一向に収まらない。
コスモキュランダ【デルタ】:「もっとだ! もっと泥を蹴散らせ! 獲物はどこだ! 前には誰もいないぞ!」
コスモキュランダ【デルタ】:(この横の黒いヒラヒラ(ブリンカー)が邪魔で何も見えないんだな! だから真っ直ぐ全力で走って、世界の果てまでブチ抜くしかないだろーー!! ていうかこのペース、自分でも少し速すぎる気はするんだな……でも止まったら負けだから止まれないんだなーーー!!!)
視界を奪われた野生の暴走機関車は、ただ肉体破壊の本能のままに阪神のターフを消し飛ばしていく。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「フッ、暴走する機関車か。だが、無軌道な生産は必ず市場の崩壊を招く……」
メイショウタバル(ジョン・スミス)は一切の動揺を見せず、冷徹な計算式(っぽいそれっぽい雰囲気)を呟きながら、極めてスタイリッシュに2番手をキープする。
クロワデュノール【アレクシア】:「……あんたのその余裕ぶった顔、本当に苛つくわね。最後の直線で絶対に泣きっ面を見せてやるわ」
クロワデュノール(アレクシア)が内ラチ沿いの5番手から、泥に塗れながらもミドガル王族の品格をギリギリ保ったフォームで、親の仇のようにメイショウタバルを睨みつけていた。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「感情で動く者は淘汰される。それがビジネスというものだよ、お嬢さん」
クロワデュノール【アレクシア】:「誰が淘汰されるですって!? そのふざけた口を今すぐ泥で縫い合わせてやるから、そこで待っていなさい!」
クロワデュノール【アレクシア】:(あのキザ野郎、絶対に許さない! 1番人気のプライドにかけて、最後の直線で泥まみれにして踏み台にしてやるんだからーー!! ……でも今の私、泥が口に入ってきてて、味覚がミドガル王族として許容できる範囲を確実に超えつつあるわ。最悪すぎる)
格好いい悪役ポーズの予行演習で頭がいっぱいの詐欺師と、泥の味に震え上がりながらも怒りで前が見えなくなっているお嬢様の、噛み合うことのない泥仕合の火花が散っていた。
3コーナー手前。レースの中間地点を過ぎ、限界を迎えつつある中団の馬群が、生き残りをかけてじわじわと凝縮を始める。
その時、大外からミクニインスパイアが一気に3番手へとポジションを上げてきた。
その果敢な奇襲──。
ダノンデサイル【アルファ】:「……愚かな。目先の変動に踊らされてここで動けば、最終的な利益を損なうだけだというのに」
はるか後方のダノンデサイル(アルファ)が、凍りつくような冷たい目で前方の愚行を分析し、自らはミリ単位のブレもなく微動だにしない。
ダノンデサイル【アルファ】:(今はまだ待機。10ハロン目で一気にすべてを刈り取る。それが我が組織『シャドウガーデン』の流儀ですから。……ふふ、でも少し泥が跳ねてきて顔が汚れそうだから、やっぱり最内の経済コースをこのままキープしよっと。この判断も計画のうちです。最初から決めてました。ええ)
徐々に激しさを増す冷たい雨粒が、獣たちの体温を無慈悲に奪い、重い泥が彼らの強靭な脚に容赦なく絡みつく。
6ハロン目12.0秒、7ハロン目12.1秒。
全員の心肺機能が悲鳴を上げる息詰まるような極限の消耗戦の中、最後の決戦の舞台──4コーナーの入り口が、すべてを呑み込む黒い巨大な口を開けて彼らを待ち受けていた。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(ククク……前半戦の仕込みは終了だ。ここからが闇のエージェントの真骨頂、極上の裏切りを見せてやる……!)
メイショウタバル(ジョン・スミス)の口角が、誰にも見えないスタイリッシュな角度で吊り上がる。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(ていうか、「裏切り」って言っても別に最初から2番手だっただけなんだけど、これを「計算された戦略的撤退からのカウンター」と表現すると一気に陰の実力者っぽくなるのが最高すぎる。俺の語彙力、宝塚記念で一番強いまである)
実際はただの先頭への抜け出しなのだが、彼の脳内では世界を欺く一大コンゲームが完成していた。
勝負の最終局面に向け、泥濘の支配者たちが静かに、そして凶暴に牙を剥き始めていた。
息苦しいほどの泥の匂いと、激化する雨の冷たさが獣たちの肉体を容赦なく叩きつける。
4コーナー、9ハロン目のラップが11.8秒へと跳ね上がった。
勝負どころの圧倒的な殺気が、重馬場のターフを支配する。
コスモキュランダ【デルタ】:「ガウッ! まだだ、まだ走る! ワタシが一番前なんだーー!!」
コスモキュランダ【デルタ】:(ハァハァ……息が苦しくて死にそうだけど足が止まらないんだな! 前の獲物──誰もいない虚無──を狩り尽くすまで、ワタシは絶対に止まらないぞーー!! ていうか前に誰もいないって今気づいたんだな! でももう止まれないんだな!!!)
先頭のコスモキュランダは、もはや肉体が千切れることも厭わない狂乱のステップで、阪神競馬場の短い直線へと向かう。
その外側、コスモキュランダを限界まで引きつけてピッタリとマークしていたメイショウタバル(ジョン・スミス)が、満を持して動いた。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「さあ、刈り取りの時間だ。不良債権はここで清算させてもらう……」
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(来た来た来たーー! 絶好の手応え! 俺の計算完璧すぎない!? 今の『不良債権は清算』ってセリフ、脳内で100回リハーサルしたけど実戦で使うとマジでシブすぎる! 鳥肌立っちゃうね!! ちょっと待って今の俺、世界史上最もカッコいいんだけど!? 宝塚記念の名実況に使われてほしいレベルだわ!)
冷徹な仮面の下で脳汁をドバドバ垂れ流しながら、彼は必殺の『スレッド・オペレーション』を発動し、外目から優雅に先頭へと並びかける。
一方、その華やかな外回りの攻防とは対照的に、3番手集団の最内──最も絶望的で誰も通りたがらない泥まみれのインコースを敢えて選択した者がいた。
クロワデュノール(アレクシア)である。
クロワデュノール【アレクシア】:「ハァ……ハァ……! こんな泥沼、1秒でも早く抜け出してやるわ!!」
クロワデュノール【アレクシア】:(なんで私がこんな内側の、ドブ一歩手前の泥だらけの道を走らなきゃいけないのよ! 最悪! 最悪だけど……ここが一番ゴールに近い最短ルートなのよ! 凡人は泥を食ってでも最短を走るのよーー!! ていうかミドガル王室御用達のシャンプー、絶対に帰ったら三回使う。絶対に)
必殺の『アーティザン・ストローク』が炸裂する。怒りと不快感を強引にすべて前進する推進力へと変換し、泥を弾き飛ばしながらインから猛然と突き抜けていく。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「お嬢さん、そんな荒れたルートを通るとは、ずいぶんと自暴自棄だね」
メイショウタバル(ジョン・スミス)が、不良馬場を嘲笑うかのように加速しながら、計算され尽くした角度で余裕の眼差しを向ける。
クロワデュノール【アレクシア】:「うるさいわね! あんたのその余裕な顔、ゴール前で絶対に歪ませてやるから!」
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「フッ、相場を読む力がない者は、泥をすするしかない運命んだよ」
クロワデュノール【アレクシア】:「その相場ごと、私の王道の走りでぶち壊してやるって言ってるのよ!!」
クロワデュノール【アレクシア】:(あの野郎、本当にムカつく! 絶対に許さない! 泥まみれになっておめめが痛くても、絶対に私が一番んだからーー!! ……シャンプー。三回どころか五回使う。五回)
激突する二頭の意地とプライド。
だが、その背後から、凍りつくような冷酷な視線が迫っていた。
道中ずっと息を潜めて後方待機を続けていたダノンデサイル(アルファ)が、極上の美しさで大外へと進路を変えた。彼女が動く──それは即ち、世界の終わりを意味する。
ダノンデサイル【アルファ】:「市場の混乱はピークに達しました。これより、全資産の回収フェーズ──3着もぎ取り作戦──に移行します」
ダノンデサイル【アルファ】:(ふふ、完璧なコース取り。進路のロスは一切なし。これぞ私の計算……)
──その瞬間、彼女の完璧なポーカーフェイスに、0.2秒だけ亀裂が入った。
ダノンデサイル【アルファ】:(……待って。タガノデュード(ゼータ)がさらに後ろにいる? ま、まさか彼女、私が3着を狙っていることを見抜いて、4着からのアシストを……!? い、いや違う。彼女はただそこが涼しいから走っているだけのはず。うん。そうに決まってる。ぜったいそう。……でも怖い)
残り400メートル、阪神競馬場の短い直線!
10ハロン目は11.6秒という、この泥の海では極限の最速ラップが刻まれる!
コスモキュランダ【デルタ】:「ワタシの獲物だあああ! 誰にも渡さないぞおおお!」
コスモキュランダ(デルタ)が、すでにちぎれかけの体力の限界を野生の闘争本能だけで超えて吠え猛る。
しかし、その圧倒的な狂気すらも、漆黒の冷酷なビジネスが非情に飲み込んでいく──。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「フッ、君の暴走のおかげで、市場は完全に冷え切ったよ……」
メイショウタバル(ジョン・スミス)が、まるで見えない鋼の糸で他馬のスタミナを絡め取るかのように、優雅に先頭へ躍り出る。
必殺──『スレッド・オペレーション』!
重馬場を全く苦にしない、計算し尽くされた(と本人が強く信じている)完璧なストライドが、漆黒の泥を綺麗に割り裂いていく。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(やばい。今の俺、歴史上最も冷酷なエージェントになってる。間違いなくなってる。宝塚記念を舞台に覇権を握るエージェント──後世に語り継がれるレベルの話だわ。俺の一代記、誰かに書いてほしい。タイトルは「泥濘の支配者」でどうぞ)
クロワデュノール【アレクシア】:「待ちなさいキザ野郎! 私を差し置いて、勝手に覇権を握るんじゃないわよ!」
誰もが避ける内ラチ沿いの限界ギリギリから、クロワデュノール(アレクシア)が猛然と突っ込んできた!
泥の不快感をすべて怒りの推進力に変える──『アーティザン・ストローク』の爆発だ!
クロワデュノール【アレクシア】:(泥の味も、口の中でじゃりじゃりする砂の触感も、今現在の顔面の惨状も、全部まとめて前進する力に変えてやる! あの生意気な16番にだけは、絶対に負けたくないのよーー!! ……ミドガルに帰ったら一週間は外に出たくない)
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「無駄な抵抗だ。すでに君たちの体力(キャッシュ)は底を突いている」
クロワデュノール【アレクシア】:「私の誇りは、そんなちっぽけな口座残高で計れるものじゃないわ!!」
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「フッ、感情論では相場は動かない。これが現実だ、受け入れたまえ」
クロワデュノール【アレクシア】:「現実を見ろって言うなら、私が勝つ現実を今すぐあんたのその澄ました顔に見せてあげるわよ!!」
激しいクビの上げ下げ、飛び散るドブのような泥飛沫が二頭の美しい顔面を容赦なく打ち据える。
そこへ、はるか大外からすべてを無に帰すような冷徹な無音の影が飛来した。
ダノンデサイル【アルファ】:「『ミリセント・オーダラー』。1ミリの無駄もない、完璧なる勝利への軌道です」
ダノンデサイル(アルファ)が、この最悪の不良馬場において驚異の上がり35.0秒という、極限を超えた魔力的な末脚で大外から急襲する!
ダノンデサイル【アルファ】:(ふふ……前方の二頭の醜い競り合い、まさに私の計算通り。これにて組織の利益──完璧なる3着──は完全に確保しました)
……確保、した。
ダノンデサイル【アルファ】:(……え? 私のさらに外側から、なんだか猫っぽい、ものものしくやる気のない影が滑り込んできてる気がするけど……まさかゼータ!? いや、ありえない。彼女がこんな修羅場に飛び込んでくるはずが……)
──飛び込んできた。
さらにそのはるか最後方から、誰の視界にも入らない、世界の認識の外を滑るように走る黒い影。
タガノデュード【ゼータ】:「『シャドウ・スナイプ』。泥も不潔な汗も、この私には1ミリも届かないよ……」
タガノデュード(ゼータ)だ。
他馬が命を削り合っている中、彼女だけは次元の狭間を散歩するかのような無音の強襲を見せる。
タガノデュード【ゼータ】:(ふあぁ……みんな泥だらけになって必死に走ってて本当に可哀想。私は毛並みをフワフワに保った綺麗なままで、5着の賞金だけを美味しくいただくよ。……シャドウ様、見ててくれたかなぁ。今日の私、めちゃくちゃクールだったよ。後で報告しよ)
その大外の後方では、マイユニバース(教団の実験体)が過酷な魔力暴走──いや、突然のシステムダウンを起こし、静かに戦線から離脱していくという不穏な非常事態も発生していた。
神に拒絶されたかのような過酷すぎる泥の舞台は、出走するすべての獣たちに、肉体と精神の完全な崩壊を強いていく。
──そして、運命のゴール板が、泥塗れの3頭の眼前に迫った!
残り100メートル、死線の交錯!
クロワデュノール【アレクシア】:「届きなさい! 私の王道の歩み(凡人の意地)、世界に見せつけるのよーー!!」
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「フッ……甘いな、お嬢さん。市場を支配するのは、常にこの私だ……」
泥の飛沫が視界を奪う中、メイショウタバル(ジョン・スミス)が、死に物狂いで猛追するクロワデュノール(アレクシア)の王道の走りを、執念のクビ差で完璧に封じ込めた。
冷酷なる闇のエージェントが、泥濘の宝塚記念を完全に制圧した瞬間であった。
ゴール板を駆け抜け、出走したすべての獣たちが息も絶え絶えになりながら、泥まみれの歩みを緩めていく。
その限界の泥仕合の中で唯一、メイショウタバルだけは呼吸一つ乱さぬ涼しい顔を(全筋肉を総動員して強引に)作り、キザに前髪をかき上げながらターフを振り返った。
そして、あらかじめ100回以上練習しておいた「冷酷な詐欺師の微笑み」を浮かべる。
メイショウタバル【ジョン・スミス】:「……すべては計画通りの利確(1着)だ。君たちには、良い勉強代になっただろう?」
メイショウタバル【ジョン・スミス】:(ひえぇぇーー! ぶっちゃけ足が棒みたいで今すぐ崩れ落ちそう! 筋肉が全部千切れた! 肺がおかしい! でもここで世界一カッコよく悪役の微笑みを作るのが、俺の陰の実力者としての絶対的な美学なんだからね!! ……誰かこっそり支えてくれないかな。背後から。目立たないように)
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クロワデュノール【アレクシア】:「ちょっとあんた!! クビ差って何よ! あと一歩、本当にあと一歩だったじゃないのよ!」
クロワデュノール【アレクシア】:(悔しい悔しい悔しいーーー! 凡人の私がここまで泥臭く努力したのに! それに何よこの泥! 臭い! ざらざらする! 目が沁みる! 早くミドガル王室御用達の最高級シャンプーを三──いや五回分、今すぐ持ってきなさいよおぉぉ!!)
一方、その横でダノンデサイル(アルファ)は、激闘の後とは思えないほど呼吸一つ乱さず、冷汗すら見せない完璧なポーカーフェイスを維持していた。
ダノンデサイル【アルファ】:「……3着確保。組織の計画としては、100点満点の成果ですね。ふふ」
沈滅。
ダノンデサイル【アルファ】:(……4コーナーでの位置取りが、0.2秒ほど後ろすぎましたか? い、いえ。この私の完璧な計算にそんなミスなど万に一つもあり得ません。すべては私のプロット通り……そう、計画通りなのです)
さらなる沈黙。
ダノンデサイル【アルファ】:(……多分)
その背後では、4着に沈んだコスモキュランダ(デルタ)が、まだ興奮冷めやらずに競馬場の職員を威嚇しながら暴れ回っていた。
コスモキュランダ【デルタ】:「ガウッ! なんで最後に抜かれたんだ! このブリンカーのせいだ! 視界を返せ!!」
コスモキュランダ【デルタ】:(これさえなければ視界の中の奴らを全員残さず噛みちぎって、引き裂いて、ワタシが1番だったのに! あとボスに美味しいお肉を焼いてもらう約束だったのに!! 絶対に今夜のお肉のグレードが下がる、それだけは絶対に嫌だーーー!!!)
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一方、組織の標的(5着・掲示板)を音もなく掠め取ったタガノデュード(ゼータ)は、馬群から遠く離れた安全地帯で、一人満足げにフンスと頷いていた。
タガノデュード【ゼータ】:「うん、完璧なステルスだった。誰の汚らわしい汗もつかなくて最高だよ……」
タガノデュード【ゼータ】:(でも前を必死に走った凡馬たちの獣臭さが、風に乗ってこっちに漂ってくるのは本当に最悪。毛並みに臭いがついたらシャドウ様に嫌われちゃう。……せっかく今日は5着で賞金もらえたんだから、これで最高級のボディケアセットを買って、帰ったらすぐシャドウ様に毛並みを褒めてもらおっと。もう飽きたし早く帰りたい)
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上空からの冷たい雨は、今なお激しく降り続いている。
世界を欺く偽りの激闘を終えた『泥濘の支配者たち』は、それぞれの高すぎるプライドと、あまりにも低すぎる本音(思惑)を漆黒の胸に秘め、荒れ果てた阪神のターフを、さも世界の命運を背負ったかのように堂々と引き揚げていった。
雨はやまない。
泥は乾かない。
ミドガル王室御用達シャンプーは、今夜だけで五本消費される予定である。
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宝塚記念・なんちゃって影の実力者編 ── 完
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