バステール【キラ・ヤマト】「風が冷たい。ターフの匂いが鼻を突く。ボクは今、ゲートの中にいる」 暗闇の中で身を震わせているのは、馬番8番牡3のバステールだ。 周囲の殺気立った空気に、彼は今にも泣き出しそうになっていた。 バステール【キラ・ヤマト】「どうして皆、こんなに血走った目をしているんだ……!」 バステール【キラ・ヤマト】「ボクだって、走りたくて走ってるわけじゃないのに……!」 ガシャンッ、という無機質な金属音が鳴り響き、前方の扉が開く。 光の世界へ飛び出すのと同時に、一頭の影が矢のように飛び出した。
メイショウソラリス【ラウ・ル・クルーゼ】「走れ!競り合え!それが君たちの望んだ地獄だろう!?」 狂気に満ちた哄笑を響かせるのは、馬番2番牡3のメイショウソラリスだ。 メイショウソラリス【ラウ・ル・クルーゼ】「ハハハ!誰も来ないのか!私の背中を追う資格すらないのか!」 スタート直後、ソラリスは常軌を逸した急加速を見せた。 最初の400メートルを通過するタイムは、なんと11秒0。 中山競馬場の急坂を全く無視した、自殺行為にも等しいペースである。
アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「貴様らぁ!俺の前に立つな!どけと言っているんだ!!」 怒号を上げながら好位をキープするのは、馬番6番牡3のアドマイヤクワッズだ。 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「痛い!今、砂をかけたのはどいつだ!ぶち殺してやる!」 前を走る馬が蹴り上げる土塊が顔に当たり、彼は激怒していた。
ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「落ち着けクワッズ!今はそんなことをしている場合じゃない!」 中団から鋭い声でたしなめるのは、馬番4番牡3のライヒスアドラーだ。 ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「この距離、このペース……すべては計算通りだ。……行くぞ!」
アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「知るかそんなこと!俺の後塵を拝ませてやる!」 クワッズはアドラーの忠告を無視し、さらに前傾姿勢をとる。 ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「……分かった、お前がその気なら勝手にしろ!」 アドラーもまた、不快感を露わにして脚の回転を速めた。
第1コーナーから第2コーナーへの上り坂。 流石のソラリスも息が上がり、ペースが急激に落ち込み始めた。 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「フン!やはり素人の逃げか。俺がいつでも料理してやる!」 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「なっ……なんだあの外からの脚は!卑怯だぞ、正々堂々と内から来い!」 クワッズが先頭を睨みつけていると、外側から不気味な気配が近づく。 最後方にいたバステールが、ゆっくりと、しかし確実に位置を上げていた。
バステール【キラ・ヤマト】「もうやめるんだ!これ以上、ボクに追い抜かせないでくれ!」 バステール【キラ・ヤマト】「砂が顔に当たる……痛いよ。みんな、もっと綺麗に走れないのかな」 泣き言を言いながらも、バステールの脚は恐ろしいほど滑らかだ。
タイダルロック【ディアッカ・エルスマン】「まーたバタバタやってんねぇ。ま、俺は俺のペースで行かせてもらうわ」 馬群の後方で薄笑いを浮かべるのは、馬番5番牡3のタイダルロックだ。 タイダルロック【ディアッカ・エルスマン】「おーおー、お熱いこって。これだからクラシック候補生ってのは……」 彼は前の馬たちの無駄な消耗を、冷徹なスナイパーの目で観察していた。
向正面の平坦な道に入り、息を入れた馬群のペースが再び上がり始める。 風を切り裂く音、蹄が芝を削る音、そして荒々しい息遣い。 五感が限界まで研ぎ澄まされる中、第3コーナーへ突入する。 ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「逃がさん!その進路は私が封鎖する!」 アドラーが動いた。中団から一気に好位へと押し上げていく。
アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「おいライヒスアドラー!そこをどけと言っている!」 クワッズが横目にアドラーを睨みつけ、威嚇するように吼えた。 ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「バステールが外から来ているんだぞ!文句があるならあいつに言え!」 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「フン、泣くのは貴様らの方だ!全開で行くぞ!!」 クワッズは誰の言葉にも耳を貸さず、ただ自身の前だけを見据える。
そして運命の第4コーナー、小回りコースの遠心力が全身を襲う。 メイショウソラリス【ラウ・ル・クルーゼ】「これが君たちの限界だ!滅びの舞台へようこそ!」 ソラリスの脚は既に限界を迎え、ズルズルと後退を始めていた。 メイショウソラリス【ラウ・ル・クルーゼ】「ハハハ!スタミナが尽きていく!これが、私の望んだ結末だ!」
先頭集団が密集し、内側の進路が完全に塞がっていく。 その時、バステールの瞳の奥で、何かがパツンと弾けた。 バステール【キラ・ヤマト】「そこを、どいてよぉぉぉっ!!」 バステールは馬群の外側へ、強引なまでの斜行を見せた。 隣にいた馬番10番牡3のバリオスがたまらず体勢を崩し、外へと弾き出される。 バステール【キラ・ヤマト】「どうして道を譲ってくれないんだ!ボクはただ、前に行きたいだけなのに!」 無意識の暴力。それは勝負の世界では勝者の選択と呼ばれる。
最後の直線310メートル。目前には心臓破りの急坂が立ちはだかる。 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「俺を誰だと思っている!誇りを見せてやるわ!」 クワッズが内側から抜け出し、先頭に躍り出ようとする。 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「クソッ、クソッ、クソォォォ!芝の野郎、俺の脚を掴んで離しやがらねえ!」 急坂が彼のスタミナを容赦なく削り取っていく。
タイダルロック【ディアッカ・エルスマン】「ハイハイ、盛り上がってまいりました。そろそろ一発ぶち込みますかね」 タイダルロックが内を突こうとするが、前の馬が壁になり進路がない。 タイダルロック【ディアッカ・エルスマン】「ったく、前が詰まってんじゃねーよ。やる気あんのかね、全く」 進路を失い、彼は舌打ちをして無理やり外へ持ち出そうともがく。
モウエエデショー【ムウ・ラ・フラガ】「悪いな坊主ども!大人の走りってやつを教えてやるよ!」 最後方から大外をぶん回してくるのは、馬番7番牡3のモウエエデショーだ。 モウエエデショー【ムウ・ラ・フラガ】「おいおい、前の連中速すぎないか?ちょっとは手加減してくれよ」
だが、全てを置き去りにする閃光が、さらにその外を駆け抜けた。 バステール【キラ・ヤマト】「まだだ……まだ、ボクには届きゃいけないゴールがあるんだ!」 バステールだ。泣きじゃくりながら、彼は飛ぶように加速していく。 上がり3ハロン34秒9。他を圧倒する異次元の末脚。
ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「バステール……!お前が相手なら、私は手加減などしない!」 アドラーが中目から馬群を縫って猛追するが、その差は縮まらない。 ライヒスアドラー【アスラン・ザラ】「……脚が‚重いな。メンテナンスが不十分だったというのか!?」
バステールが先頭でゴール板を駆け抜け、レースは決着した。 3/4馬身差でアドラーが続き、さらにクビ差でクワッズが飛び込む。 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「チクショーッ!俺が、俺が一番前を走っていたのに!」 アドマイヤクワッズ【イザーク・ジュール】「なんであんな泣き虫に負けるんだ!納得いかんぞ!」 クワッズの怒声が、夕暮れの中山競馬場に空しく響き渡る。
バステール【キラ・ヤマト】「どうして皆、競り合わなきゃいけないんだ!」 勝者であるはずのバステールは、なぜか悲痛な叫びを上げていた。 彼は自分が一番強いなどとは露ほども思っていないのだ。 ただ、走ることを強要された悲しき天才の涙だけが、芝生を濡らしていた。
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