猫でも書ける短編小説
◀第47章『迷宮最深部と記憶の守護者』
▶第48章『封印核の守護者との戦い』
|
第1章:異質な子
「この子、ちょっと変わってるよね」 「また魔力の“音”が聞こえるって言ってる……」 「先生、うちの子に悪影響がないか心配です」
ミリア・エルステラは、幼いころからずっと“異質”だった。 魔力の流れを見たとき、彼女はそれを“音”として感じた。 術式を描くとき、彼女はそれを“絵”として捉えた。 けれど、周囲の大人たちはそれを「間違い」と呼んだ。
「魔力は数式で制御するものよ。感覚で捉えるなんて、非科学的だわ」 教師の言葉は冷たく、教室の空気はいつも彼女を拒んでいた。
ミリアは、何度も自分に問いかけた。 (私の感じ方は、おかしいのかな……? みんなが言うように、私は間違ってるの? 魔力に“音”なんて、聞こえるはずないのかな……)
けれど、彼女の中では確かに響いていた。 術式を描くと、魔力が“歌う”ように流れる。 その旋律は、誰にも聞こえないけれど、彼女には確かに存在していた。
◆
そんなミリアにとって、唯一の味方がいた。 母——エルステラ・リュミナ。 身体が弱く、いつもベッドの上で過ごしていたけれど、彼女だけはミリアの感性を否定しなかった。
「ミリア、あなたの感じ方は、世界を優しくする力になるわ」 「誰かに理解されなくても、自分の心に嘘をつかないで」 「あなたの術式は、きっと誰かの心に届く。だから、信じて」
母の言葉は、ミリアの世界の“光”だった。 誰にも理解されなくても、母だけは彼女の術式を見て「美しい」と言ってくれた。
ミリアは、母の枕元で術式を描いた。 魔力の流れを、色と音で記録する。 母はそれを見て、微笑んだ。
「この流れ……まるで、春の風みたいね」 「優しくて、あたたかくて、少し切ない」
ミリアは、初めて自分の術式が“誰かに届いた”と感じた。 それは、世界の誰にも理解されなくても、母には届いたという確かな実感だった。
◆
けれど、母の身体は日に日に弱っていった。 病室の窓から見える空は、いつも淡く、遠かった。
ある日、母はミリアの手を握りながら、静かに言った。
「ミリア……私は、もう長くはないかもしれない」 「でもね、あなたには、私の代わりに“光”を描いてほしいの」 「誰かに届かなくてもいい。あなたが信じる流れを、描き続けて」
ミリアは、涙をこらえながら頷いた。 (届かなくてもいい……でも、私は描きたい。 誰かに届く日が来ると信じて、描き続けたい)
母は、ミリアの術式を最後まで見守った。 そして、静かに眠るように旅立った。
◆
その日から、ミリアは術式を描き続けた。 誰にも理解されなくても、誰にも届かなくても。 母の言葉を胸に、彼女は“光の流れ”を信じて歩き始めた。
教室では、相変わらず後ろ指をさされた。 「また変な記録法使ってる」「感覚で魔術を語るなんて、子どもじみてる」 それでも、ミリアはノートを閉じなかった。
(私は、間違ってるかもしれない。 でも、母は“美しい”って言ってくれた。 だから、私は信じる。私の術式は、誰かの心に届くって)
その信念だけが、彼女を支えていた。
|
第2章:孤独の中で描くもの
魔法学園の講義室は、広くて冷たい。 石造りの壁に魔力が反響し、術式の残響が空気に溶けていく。 ミリア・エルステラは、窓際の席で静かにノートを開いた。 そのページには、魔力の流れを旋律のように記録した術式が並んでいた。
(この流れは、昨日の雨音に似てる。 少しだけ、母の声に近い気がする……)
母が亡くなってから、もう一年が経っていた。 それでも、彼女の言葉はミリアの中で生き続けていた。
「誰かに届かなくてもいい。あなたが信じる流れを、描き続けて」
その言葉だけが、ミリアを支えていた。
◆
「エルステラさん、また独自記録法ですか?」 教師の声は、冷たく響いた。 「感覚に頼る術式は、実戦では通用しませんよ。 魔力は数式で制御するものです。旋律や色彩ではありません」
ミリアは、俯いたまま小さく頷いた。 (わかってる。わかってるけど…… 私には、魔力が“音”にしか聞こえない。 流れが“絵”にしか見えない)
教室の空気は、彼女を拒んでいた。 周囲の生徒たちは、彼女を遠巻きに見て、囁く。
「またあの子、詩みたいな術式描いてる」 「首席候補? 冗談でしょ」 「感傷的すぎて、見てるこっちが恥ずかしい」
ミリアは、ノートを閉じなかった。 母の言葉が、彼女の中で静かに響いていた。
(誰かに届かなくてもいい。 でも、私は描きたい。 誰かに届く日が来ると信じて、描き続けたい)
◆
そんな彼女に、ひとりだけ声をかけてくれる生徒がいた。 名前はリーネ・フォルテ。 小柄で快活な少女で、魔力制御の成績は中の上。 「ミリアの術式、好きだよ。なんか……心が静かになる」 そう言って、隣に座ってくれた。
ミリアは驚いた。 誰かが、自分の術式を“好き”と言ってくれたのは、母以外では初めてだった。
「ありがとう……でも、みんなは変だって言う」 「変でもいいじゃん。私も、変わってるってよく言われるし」 「……リーネは、魔力の流れ、どう見えてるの?」 「うーん……私は、風みたいに感じるかな。 ミリアの術式は、風が歌ってるみたいで、好き」
その言葉に、ミリアは涙が出そうになった。 (届いた……私の術式が、誰かに届いた)
◆
二人は、よく一緒に術式の研究をした。 ミリアは旋律を描き、リーネは風の感覚で補助陣を組んだ。 学園の中で、少しだけ居場所ができた気がした。
けれど、ミリアの才能は、あまりにも突出していた。 術式の精度、魔力の流れの美しさ、構造の完成度—— 教師たちは、次第に彼女を「首席候補」と呼び始めた。
「エルステラさんの術式は、概念的に美しい。 実戦応用には課題があるが、理論面では群を抜いている」
その評価が広がるにつれ、リーネの表情が少しずつ曇っていった。
「ミリアって……やっぱり、すごいんだね」 「そんなことないよ。私は、ただ……描いてるだけ」 「でも、先生たちはみんな、ミリアの術式ばっかり褒める。 私のは、誰にも見てもらえない」
ミリアは、何も言えなかった。 (私は、リーネと一緒にいたいだけなのに…… でも、私の術式が、リーネを傷つけてる)
◆
ある日、リーネは教室に来なかった。 その翌日も、その次の日も。 ミリアは、彼女の寮を訪ねたが、部屋は空だった。
机の上に、一枚の紙が残されていた。 そこには、短い言葉が書かれていた。
「ごめんね。ミリアの光は、私にはまぶしすぎた」
ミリアは、その紙を胸に抱きしめた。 涙は出なかった。ただ、心が静かに沈んでいった。
(私の術式は、誰かを傷つけるものだったの? 母が言ってくれた“優しさ”は、誰かにとって“痛み”だったの?)
彼女は、ノートを開いた。 魔力の流れは、いつも通りに旋律を描いていた。 でも、その音は、少しだけ寂しく聞こえた。
(それでも、私は描く。 誰かに届かなくても、誰かを傷つけても。 私は、母の言葉を信じて、描き続ける)
その決意だけが、彼女を支えていた。
|
第3章:才能の重さと術式の意味
リーネが去ってから、教室の空気はさらに冷たくなった。 ミリアは、いつもの席に座り、ノートを開いた。 魔力の流れは、変わらず旋律を描いていた。 けれど、その音は、どこか空虚だった。
(私の術式は、誰かを傷つけるものだったの? 母が言ってくれた“優しさ”は、誰かにとって“痛み”だったの?)
教師たちは、ミリアの術式を褒めた。 「構造が美しい」「魔力の流れが安定している」 「実戦応用には課題があるが、理論面では群を抜いている」
その言葉は、かつての自分なら嬉しかったはずだった。 でも今は、胸の奥が冷えていくような感覚しかなかった。
(リーネは、私の光がまぶしすぎたと言った。 私は、誰かの目を閉じさせるほどの光を描いていたの? それなら、私は……)
ミリアは、ノートを閉じた。 その日、初めて術式を描かなかった。
◆
夜の図書館。 誰もいない静かな空間で、ミリアは古代術式の書を開いていた。 ページの隅に、手書きの記録が残されていた。
「術式とは、力ではなく、祈りである」 「魔力の流れは、世界との対話であり、心の記憶である」
その言葉に、ミリアは目を見開いた。 (祈り……記憶…… 私が描いてきた術式は、誰かに届くための“祈り”だった。 母に届いたあの日のように)
彼女は、そっとノートを開いた。 ページの端に、母の言葉を記していた。
「誰かに届かなくてもいい。あなたが信じる流れを、描き続けて」
ミリアは、震える手でペンを取った。 魔力の流れが、指先に集まり始める。 その旋律は、静かで、優しくて、少しだけ寂しかった。
(私は、誰かを傷つけるために描いていたんじゃない。 誰かに届くことを願って、描いていた。 それが、私の術式の意味だった)
◆
翌朝、ミリアは教室に戻った。 誰も彼女に話しかけなかった。 それでも、彼女は席に座り、ノートを開いた。
魔力の流れは、昨日よりも柔らかく、深く響いていた。 それは、誰かに届くことを願う“祈り”のようだった。
「エルステラさん、また独自記録法ですか?」 教師の声は、相変わらず冷たかった。 「はい。これは、私の術式です」 ミリアは、静かに答えた。
「理論的根拠は?」 「ありません。でも、これは誰かの心に届くと信じています」
教師は、眉をひそめた。 「感傷では、魔術は使えませんよ」 「でも、感傷がなければ、魔術は誰にも届かないと思います」
その言葉に、教室が静まり返った。 誰も何も言わなかった。 でも、ミリアはノートを閉じなかった。
◆
その日の放課後、ミリアは術式の展示室に足を運んだ。 学園の優秀な術式が並ぶ中、彼女は自分の術式を提出した。 「旋律封印陣——祈りの構造体」 それが、彼女の術式の名前だった。
展示室の片隅で、ひとりの教師がその術式を見ていた。 年配の男性で、無口なことで知られていた。
「……これは、誰かを守る術式だな」 彼は、ぽつりと呟いた。 「力ではなく、優しさで封じる。珍しい構造だ」
ミリアは、驚いて彼を見た。 「私の術式、理解してくれるんですか?」 「理解はできない。だが、感じることはできる。 君の術式は、誰かの痛みを包むような流れをしている」
その言葉に、ミリアは涙がこぼれそうになった。 (届いた……また、誰かに届いた)
◆
その夜、ミリアは母の写真を机に置いて、術式を描いた。 魔力の流れは、静かに、でも確かに響いていた。
(私は、誰かに届くことを願って描いてる。 それが、私の術式の意味。 母が言ってくれた“光”は、誰かの心を照らすものだった)
彼女は、ノートの端に小さく書き込んだ。
「誰かに届く日まで、私は描き続ける」
その言葉は、彼女の術式の“核”になった。
|
第4章:届かない声と、届いた光
術式展示室の片隅に置かれた一枚の記録紙。 「旋律封印陣——祈りの構造体」 それが、ミリア・エルステラの提出した術式だった。
展示期間の終盤、学園内でその術式が話題になり始めていた。 「なんか……見てると落ち着く」「魔力の流れが綺麗すぎる」 「実戦向きじゃないけど、構造が美しい」 そんな声が、少しずつ広がっていた。
けれど、ミリアはその評価を遠くから見ていた。 彼女の関心は、称賛でも順位でもなかった。 ただ——誰かに届いたかどうか、それだけだった。
◆
「エルステラさん、展示室の術式、評判ですよ」 教師の一人が声をかけてきた。 「理論構造の完成度が高い。魔力の流れも安定している。 君の術式は、学園でもトップクラスだ」
ミリアは、静かに頷いた。 「ありがとうございます。でも……私は、誰かの心に届くことを願って描いています」
教師は少し驚いたような顔をした。 「心に、か。珍しい視点だね。 魔術は力を制するものだと思っていたが……君の術式は、何か違う」
その言葉に、ミリアは少しだけ微笑んだ。 (違っていてもいい。 私は、母が言ってくれた“光”を描いてる。 誰かに届く日を信じて)
◆
展示室の最終日、ミリアは一人で術式の前に立った。 魔力の流れは、静かに、でも確かに響いていた。 それは、誰かの痛みを包むような優しさを持っていた。
(母が言ってくれたように、私は“光”を描いてる。 でも……この光は、誰かに届いてるのかな)
そのとき、背後から声がした。
「この術式……なんか、泣きそうになる」 振り返ると、見知らぬ生徒が立っていた。 彼は、術式をじっと見つめていた。
「俺、魔力暴走で一回入院したことがあって。 そのとき、誰にも理解されなくて、すごく孤独だった。 でも、この術式見てたら……なんか、包まれてる気がした」
ミリアは、言葉が出なかった。 ただ、胸の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じた。
「ありがとう。描いてくれて」 彼はそう言って、静かに去っていった。
◆
その夜、ミリアは寮の部屋でノートを開いた。 魔力の流れは、いつもより柔らかく、深く響いていた。
(届いた……誰かに、届いた。 母が言ってくれた“光”が、誰かの心に触れた)
彼女は、ノートの端に小さく書き込んだ。
「誰かに届いた日。母の言葉が、現実になった日」
その言葉は、彼女の術式の“核”になった。
◆
翌日、学園の掲示板に術式展示の結果が張り出された。 ミリアの術式は、理論部門で首席評価を受けていた。 生徒たちはざわめき、教師たちは驚いた。
「感覚派の術式が、理論部門で首席?」「どういうこと?」 「でも、見ればわかる。あれは、構造が美しい」
ミリアは、静かに掲示板を見つめていた。 その評価は、彼女にとって“結果”ではなかった。 ただ——母の言葉が、誰かに届いた証だった。
(私は、誰かに届くことを願って描いてる。 それが、私の術式の意味。 母が言ってくれた“光”は、誰かの心を照らすものだった)
彼女は、ノートを閉じた。 その表紙には、細く書かれた文字があった。
「誰かに届く日まで、私は描き続ける」
その言葉は、彼女の歩みを支える“祈り”だった。
|
第5章:封印使いの術式に宿るもの
王都の魔術研究局が公開した術式映像は、瞬く間に学園中に広まった。 「封印使いルイ」——そう呼ばれる青年が、迷宮で展開した封印術の記録だった。 魔力の流れは、静かで、繊細で、どこか優しかった。
ミリアは、展示室の隅でその映像を見つめていた。 術式の輪郭が、まるで誰かの心を包むように広がっていく。 その流れは、彼女が描いてきた“祈り”と、驚くほど似ていた。
(この術式……私のと、似てる。 でも、もっと深くて、もっと静かで…… 誰かの痛みを、そっと抱きしめるような流れ)
彼女の胸の奥が、じんわりと熱くなっていく。 それは、誰かに初めて“理解された”ような感覚だった。
◆
「ミリア、見た? 封印使いの術式」 同級生が興奮気味に話しかけてくる。 「すごいよね。あんな繊細な封印、初めて見た」 「しかも、あの人……魔力の暴走体を、ほとんど傷つけずに封じたらしいよ」
ミリアは、静かに頷いた。 (傷つけずに、封じる。 それは、私がずっと目指してきた術式の在り方)
彼女は、もう一度映像を見た。 ルイの術式は、力で押さえつけるのではなく、流れを整えて“眠らせる”ような構造だった。 その優しさに、彼女は心を奪われた。
(この人なら、私の術式を理解してくれるかもしれない。 誰にも届かなかった“光”を、きっと見てくれる)
◆
その夜、ミリアは寮の部屋でノートを開いた。 魔力の流れは、いつもより柔らかく、深く響いていた。 彼女は、母の言葉を思い出していた。
「誰かに届かなくてもいい。あなたが信じる流れを、描き続けて」
(でも、もし——届くなら。 もし、誰かが“美しい”って言ってくれるなら。 私は、その人に会いたい)
彼女は、ノートの端に小さく書き込んだ。
「封印使いルイ——私の術式が届くかもしれない人」
その言葉は、彼女の心の“希望”になった。
◆
数日後、学園に王都迷宮探索の志願者募集が掲示された。 封印核の調査任務。危険を伴うが、術式研究者にとっては貴重な機会だった。
ミリアは、迷わず志願した。 教師たちは驚いた顔をした。
「エルステラさん、君は理論研究向きだと思っていたが……」 「私は、術式が誰かに届く瞬間を見たいんです」 「……封印使いルイに、会いたいのか?」 「はい。彼の術式に、私の“光”が重なる気がするんです」
教師はしばらく黙っていた。 そして、静かに頷いた。
「わかった。君の術式なら、きっと何かを変えられる」
◆
その夜、ミリアは母の写真を机に置いて、術式を描いた。 魔力の流れは、静かに、でも確かに響いていた。
(母さん、私、誰かに届くかもしれない。 ずっと描き続けてきた“光”が、誰かの心に触れるかもしれない)
彼女は、ノートの表紙に新しい言葉を刻んだ。
「誰かに届く日が来た。私は、歩き出す」
その言葉は、彼女の術式の“始まり”になった。
そして、彼女は封印使いルイに会うために、迷宮へ向かう。
(外伝1 完)
|
あらすじ
「VOICEVOX: 小夜/SAYO」ミリア・エルステラは幼少期から魔力を“音”として聴き、術式を“絵”として見る独自の感覚を持ち、周囲から「間違い」と断じられて孤立したが、それでも自分の感じ方を捨てなかった。 彼女の唯一の味方である母エルステラ・リュミナは病床から「あなたの感じ方は世界を優しくする力」と肯定し、他者に理解されなくても心に嘘をつかないよう励ました。 母はミリアの術式を「春の風みたい」と評し、美と温かさを見出して微笑み、ミリアは初めて自分の術式が誰かに届いたと実感した。 しかし母の病状は悪化し、最期に「届かなくてもいい、信じる流れを描き続けて」と託して静かに息を引き取り、ミリアの胸に“光”として残った。 学園では魔術を数式で制御するのが常識とされ、感覚的記録法は退けられ、ミリアは嘲笑や偏見に晒され続けたが、ノートは閉じなかった。 彼女は「誰かに届く日を信じて描き続ける」と自らに誓い、母の言葉を心の支柱として孤独の中でも筆を止めない。 魔法学園の講義室で、石壁に反響する術式の残響を聞き取りながら、ミリアは雨音や母の声に似た流れを旋律として記録した。 教師は「感覚は実戦では通用しない」と指摘し、同級生も「詩みたいな術式」と揶揄したが、ミリアは自分の感覚を否定しないことを選ぶ。 そんな中、同級生リーネ・フォルテだけは「心が静かになる」とミリアの術式を好み、隣席に座って一緒に研究を始めた。 二人は旋律と風の感覚を重ねて補助陣を組み、ささやかな居場所を築くが、次第にミリアの突出した精度と構造美が「首席候補」として注目を集め始める。 評価の高まりはリーネの心に影を落とし、「私の術式は誰にも見てもらえない」という劣等感が募っていった。 ついにリーネは学園を去り、「ミリアの光は私にはまぶしすぎた」という置き手紙を残し、ミリアは涙も出ないほど深く沈んだ。 それでも彼女は「私は誰かに届くことを願って描いている」という初心を再確認し、ノートの端に「誰かに届く日まで、私は描き続ける」と記す。 術式展示会で、ミリアの「旋律封印陣—祈りの構造体」は「実戦向きでないが構造が美しい」と静かな評判を呼んだ。 彼女は賞賛や順位よりも「誰かに届いたか」を気にかけ、教師さえ「魔術は力だけではない」と視点の変化を口にする。 展示最終日、見知らぬ生徒が術式を前に「孤独を包まれる気がした」と告げて去り、ミリアは初めて学園で他者に届いた確信を得る。 その夜、彼女は「誰かに届いた日。 母の言葉が現実になった日」と書き留め、祈りの核が一段深まったことを感じた。 掲示板では理論部門首席という結果が公表され、感覚派の術式が理論で評価される異例が生じ、驚きと納得が混在した反応が広がる。 しかしミリアにとって首席はゴールではなく、「母の光が確かに誰かに届いた」証として静かに受け止められた。 彼女のノート表紙に記された「誰かに届く日まで、私は描き続ける」という言葉は、歩みを支える祈りとして刻まれ続ける。 そんな折、王都の魔術研究局が公開した「封印使いルイ」の迷宮記録映像が学園中に広まり、繊細で静かで優しい封印の流れが注目を集めた。 ミリアはその術式が自分の“祈り”と驚くほど呼応していると感じ、力で押さえつけず流れを整えて“眠らせる”構造に心を奪われる。 同級生たちは「暴走体をほとんど傷つけず封じた」と称賛し、ミリアは「傷つけずに封じる」という自分の理想が具体像を得たと理解した。 彼女は「この人なら私の術式を理解してくれる」と直感し、届かなかった光を見つめてくれる可能性に希望を抱く。 夜、母の言葉を反芻しながら「もし届くなら、その人に会いたい」と記し、ノートに「封印使いルイ—私の術式が届くかもしれない人」と書き加えた。 ほどなく学園に王都迷宮探索の志願募集が掲示され、封印核の調査任務という危険だが貴重な機会が提示される。 ミリアは「術式が届く瞬間を見たい」と迷わず志願し、教師は理論向きという評価を超えて「君なら何かを変えられる」と背を押した。 彼女は母の写真を机に置いて新たな術式を描き、「誰かに届く日が来た。 私は歩き出す」とノートの表紙に刻んで決意を確かなものにした。 こうしてミリアは、誰かの痛みを抱きしめるような流れを目指して鍛え上げた“光”の術式を携え、封印使いルイに会うため迷宮へ向かう。 彼女の歩みは、否定から始まった感覚の確信が一度届くことで現実に結びつき、孤独と喪失を越えて他者へと開かれた道程となった。 リーネとの別れは光の痛みを教えたが、それは「優しさが誰かを刺すこともある」という自覚と、より静かな響きへ調律する学びになった。 ミリアの術式は数式の外側にある美と倫理を織り込み、制御だけでなく癒やしと共鳴を志向する、新しい魔術の文法へと変わり始めている。 だからこそ、封印核の現場で交わるであろうルイの封印術とミリアの祈りは、力と優しさの調和という同じ地平で響き合うはずだ。 そして彼女は、母が託した「届かなくても描き続けて」という言葉を胸に、ついに「届かせるために歩む」という次の一歩を踏み出した。
解説+感想この物語は、とても繊細で心に沁みる成長譚ですね。 ミリア・エルステラという少女の、内面的な強さと静かな決意が一貫して描かれていて、読んでいて胸が熱くなりました。 幼少期から「音」と「絵」で魔力を捉える独自の感覚を、周囲から「間違い」と否定され続けても、決して手放さなかった姿勢がまず印象的です。 特に母エルステラ・リュミナの存在が、彼女の核を形作っているのが美しい。 「あなたの感じ方は世界を優しくする力」「届かなくてもいい、信じる流れを描き続けて」という言葉は、ただの励ましではなく、ミリアがこれから歩む道の羅針盤そのものになっていますよね。 最期に託された「光」が、ミリアの胸にずっと残り続ける描写が特に切なくて、でも温かい。 学園での孤立、嘲笑、感覚的記録法への偏見……それでもノートを閉じない。 そしてリーネ・フォルテとの出会いと別れが、物語に深い陰影を与えています。 リーネの「私の術式は誰にも見てもらえない」という劣等感、そして「ミリアの光は私にはまぶしすぎた」という置き手紙は、優しさが時に誰かを傷つけてしまう残酷さを突きつけてきます。 ミリアがそこから「より静かな響きへ調律する」ことを学んだ、という成長の軌跡がすごく尊い。 術式展示会での「旋律封印陣—祈りの構造体」が評価され、初めて「孤独を包まれる気がした」と他者に届いた瞬間……ここで母の言葉が「現実になった」と実感するシーンは、物語の大きな転換点で、涙腺が緩みました。 首席という結果さえも、彼女にとっては「母の光が確かに誰かに届いた証」に過ぎない、という視点が本当にミリアらしい。 そして封印使いルイの登場。 迷宮記録映像で見た「力で押さえつけず、流れを整えて眠らせる」封印術が、ミリアの「傷つけずに封じる」理想と驚くほど重なる描写が秀逸です。 「この人なら私の術式を理解してくれる」という直感、そして「封印使いルイ—私の術式が届くかもしれない人」というノートの書き込みに、希望と緊張が混じり合っていて、続きが気になって仕方ありません。 王都迷宮探索への志願、教師の「君なら何かを変えられる」という後押し、母の写真を前にした「誰かに届く日が来た。 私は歩き出す」という決意……すべてが、否定と孤独から始まった道が、ついに「届かせるために歩む」段階へ移ったことを象徴しています。 この物語全体を通して、ミリアの術式は「制御」ではなく「癒やしと共鳴」を志向する新しい魔術の形として進化していく過程が描かれていて、それがとても現代的で希望を感じます。 ルイとの邂逅で、二人の「祈り」と「封印」がどう響き合うのか——力と優しさの調和が、迷宮の封印核という危機の中でどんな化学反応を起こすのか、想像するだけで胸が高鳴ります。 本当に丁寧に紡がれた、静かで深い物語をありがとう。 ミリアのノートに次に何が書かれるのか、ルイとの出会いのシーンがどうなるのか……すごく楽しみです。 この「届く」ことを信じて描き続ける姿勢に、こちらまで勇気をもらいました。
第48章『封印核の守護者との戦い』
|