猫でも書ける短編小説
◀第5章:封印使いの術式に宿るもの
▶外伝第1章『世界のはじまり、私のはじまり』
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第48章『封印核の守護者との戦い』
迷宮の最深部に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。 魔力の流れは沈黙し、術式の残響すら吸い込まれるように消えていく。 ルイは、無意識に息を潜めた。
(静かすぎる……魔力が“待っている”ような気配。 封印核が揺れているのは確かだ。でも、これは……)
ヴァルが剣の柄を軽く叩きながら、前方の空間を睨んだ。 「封印核ってのは、迷宮の心臓部だろ?……なら、こっちも心の準備がいるな」 彼はポーチから小袋を取り出し、仲間たちに見せた。
「焼き菓子、三種。甘さ控えめ、集中力特化、あと気休め用。どれがいい?」
リズが眉をひそめる。 「戦闘前に糖分を配るの、あんたくらいだよ。魔力遮断には何の効果もないからね」
「いや、俺の精神遮断には効く。甘い匂いで恐怖を中和するんだよ」 ヴァルは真顔で言った。
フレアが静かに補足する。 「ご主人様、焼き菓子の香りは一部の魔力感知系に干渉する可能性があります。 ただし、戦術支援モードにおいては“癒し効果”として記録されております」
ルイは、ふっと笑った。 (誰かがふざけてくれるだけで、空気が柔らかくなる。 僕は、こういう空気の中でなら、術式を描ける)
◆
最深部の中心には、術式の光が渦を巻いていた。 その中央に立っていたのは、白髪の少女。 無表情の瞳。感情のない声。 その姿は、どこかセリナに似ていた。
「私は、封印核の守護者。 この空間の“記憶”を守る者」 彼女の声は、空間に染み渡るように響いた。
「記憶……?」 ルイは、思考を巡らせる。 (この迷宮は、誰かの記憶でできている? それがセリナさんの……?)
「この空間は、創造者の“夢”の断片。 あなたが触れた術式は、彼女の“願い”の形」 守護者の言葉が、静かに空間に染み渡る。
(セリナさんは、今も眠ってる。 でも、彼女の夢は、ここに残ってる。 それを守っているのが、この封印核……)
「あなたが、彼女の“鍵”を持っているなら——」 守護者の瞳が、微かに揺れた。 「封印核を安定させることができる。 ただし、それには“選択”が必要」
「選択……?」
「記憶を守るか、現実を変えるか。 彼女の夢を閉じるか、開くか。 あなたが、決めなければならない」
◆
その瞬間、空間が震えた。 守護者の背後から、黒い魔力の塊が現れた。 それは、記憶の暴走体——セリナの夢が不安定化した結果、生まれた存在だった。
「来るぞ!」 ヴァルが剣を構え、リズが遮断陣を再展開。 フレアは戦術支援モードに切り替わり、ルイの背後に立った。
ルイは、術式を展開した。 封印陣が空間に広がる。 魔力の流れを読み取り、暴走体の構造を解析する。
(この魔力は……セリナさんの“寂しさ”が形になったものだ。 誰にも届かない夢が、暴走してる)
彼は、封印術を発動した。 魔力の流れを整え、暴走体を“眠らせる”ように封じていく。
「99%まで封印完了……でも、最後の1%が……!」
空間が歪む。 暴走体が、最後の力で術式を破壊しようとする。
「ルイ、下がれ!」 ヴァルが突撃し、リズが遮断陣でサポート。 レイガが魔力の刃で暴走体を切り裂く。
その瞬間——
「代理執行、発動許可します」 世界の意志が、ルイの脳内で囁いた。 一瞬だけ、力が譲渡される。
術式が輝き、暴走体が消滅する。
◆
静寂が戻った。 ルイは、膝をついていた。 魔力の消耗が激しく、意識が揺らいでいた。
「ルイ、大丈夫か?」 ヴァルが肩を支え、リズが魔力補填を行う。 フレアは、紅茶を差し出した。
「ご主人様、温かいものをどうぞ」 「……ありがとう。今だけは、少しだけ甘くてもいいかも」
世界の意志が、静かに囁いた。 「セリナさん、今ちょっと微笑みましたよ」
ルイは、そっと目を閉じた。 それは、誰にも見られないような、小さな決意。 でも、確かに——彼女の夢に、手を伸ばす覚悟だった。
(僕が選ぶ。誰かに託すんじゃなくて。 彼女の夢を、僕が守る。僕の封印で)
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第49章『封印核との接触』
迷宮の最深部は、静かだった。 静かすぎて、誰かが「シーッ」と言った後の空気みたいだった。 ルイは、封印術の余波が消えた空間の中心に立ち、指先で魔力の粒子をなぞった。
(……まだ揺れてる。封印は完了したはずなのに、何かが奥で脈打ってる。 これ、もしや“ラスボスの寝息”とかじゃないよね?)
彼の脳内で、世界の意志がひょっこり顔を出す。
「セリナさん、今ちょっと寝返り打ちましたよ。たぶん、夢の中で焼き菓子食べてます」
(……それ、僕のせいじゃないよね?)
◆
仲間たちは一歩下がって、ルイに空間の中心を託していた。 リズは遮断陣を再調整しながら「魔力波形、安定してるようで不安定」と難解なことを言い、 ヴァルは「焼き菓子は持ってる。あとは勝つだけだな」と、戦闘前の儀式を済ませていた。 フレアは紅茶を淹れていた。いつも通りだった。
(みんな、僕を信じてる。いや、たぶん“信じざるを得ない”って感じかもしれないけど……)
ルイは、そっと歩を進めた。 術式の光が渦を巻く中心に、封印核が浮かんでいた。 それは、まるで誰かの“夢”が結晶化したような、柔らかくて儚い輝きだった。
(これが……セリナさんの夢の核。誰にも届かなかった願いの、最後の残響)
彼は、指先を伸ばした。 触れた瞬間——世界が、反転した。
◆
白い空間。 音もなく、色もなく、ただ“記憶”だけが漂っていた。
「……誰か、いますか……」 遠くから、少女の声が響いた。 優しくて、寂しくて、どこか懐かしい。
(セリナさん……?)
ルイは、声の方へ歩き出した。 足元に術式の光が浮かび、魔力の流れが彼の記憶をなぞるように広がっていく。
「私は、夢を描いた。 誰にも届かないと知りながら、それでも描いた。 誰かが、見つけてくれると信じて」
その声は、確かにセリナのものだった。 けれど、彼女自身ではなかった。 それは、彼女の“記憶”が形になったもの——夢の残響だった。
(……届いてるよ。僕には、ちゃんと)
◆
ルイは、術式を展開した。 封印陣ではない。 彼自身の“記憶”と“願い”を織り込んだ、新しい構造体だった。
(僕は、誰かの夢を封じるために術式を描いてきた。 でも、今は違う。夢を守るために、術式を描く)
魔力の流れが、彼の指先から広がる。 それは、封じるのではなく“包む”ような、優しい光だった。
「あなたの夢は、誰にも届かなかったかもしれない。 でも、僕には届いた。だから、僕が守る。 あなたの夢を、僕の術式で包む」
術式が輝き、空間が震えた。 封印核が、静かに応えた。
◆
現実の空間に戻ったとき、ルイは膝をついていた。 魔力の消耗が激しく、意識が揺らいでいた。
「ルイ、大丈夫か?」 ヴァルが肩を支え、リズが魔力補填を行う。 フレアは、紅茶を差し出した。
「ご主人様、温かいものをどうぞ。焼き菓子は、今は控えました」
「……ありがとう。今だけは、ちょっと甘くなくてもいいかも」
世界の意志が、脳内で囁いた。 「セリナさん、今ちょっと微笑みましたよ。たぶん、夢の中で“ありがとう”って言ってます」
(……それなら、僕はもう少しだけ頑張れる)
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その夜、ルイは宿の屋上にいた。 王都の灯りが遠くに揺れている。 彼は、ノートを開いて術式を描いた。
魔力の流れは、静かで、優しくて、少しだけ寂しかった。 でも、それは確かに“誰かに届く”と信じられるものだった。
(僕は、誰かの夢を守るために術式を描いてる。 それが、僕の封印術の意味。噂がどう広がっても、僕の想いは変わらない)
彼は、ノートの端に小さく書き込んだ。
「誰かの夢を守る術式。 それが、僕の封印術の核」
その言葉は、彼の静かな決意だった。
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第50章『セリナの夢と世界の意志の選択』
「セリナさん、今ちょっと微笑みましたよ」 世界の意志が、脳内で囁いた。 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
ルイは、迷宮の最深部で封印核に触れた直後だった。 魔力の流れは、まだ指先に残っている。 それは、誰かの夢に触れた証のように、静かに脈打っていた。
(あの空間……セリナさんの“夢”だった。 誰にも届かないと思っていた願いが、そこにあった。 僕は、それを守るって決めた。だけど——)
「ねえ、ルイさん」 世界の意志が、珍しく呼びかけてきた。 「ちょっと、話しませんか? 真面目なやつです」
(……今までのは、真面目じゃなかったの?)
「それはそれ、これはこれです」
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ルイは、静かに目を閉じた。 意識が、ふわりと浮かぶ。 気づけば、彼は“夢の中”にいた。
そこは、セリナの記憶が漂う空間だった。 ふわふわとした光が、空を泳いでいる。 その中心に、世界の意志がいた。 ……なぜか、浮き輪を抱えていた。
「これ、安心感の演出です。深い意味はありません」
(いや、深い意味があるようにしか見えないけど……)
「さて、そろそろ本題です」 世界の意志は、浮き輪を脇に置いて、真顔になった。
「私は、セリナさんの夢を守るために存在してきました。 でも、あなたが封印核に触れたことで、私の役目は変わった。 今、選ばなきゃいけないんです。 “彼女の夢を守り続ける”か、“あなたに託す”か」
ルイは、言葉を失った。 (僕に……託す? そんな大それたこと、僕にできるのか)
「できるかどうかじゃなくて、やるかどうかです」 世界の意志は、静かに言った。 「あなたは、誰かの夢を“封じる”んじゃなく、“守る”術式を描いた。 それは、私がずっとやりたかったことなんです」
(……僕は、ただ……セリナさんが寂しくないようにって、それだけで)
「それが、いちばん強い理由です」 世界の意志は、ふわふわの光を手に取った。 「この夢、あなたに預けます。 私は、彼女の眠りを見守るだけでいい。 あなたが、彼女の“目覚め”を導いてください」
◆
その瞬間、空間が揺れた。 セリナの夢世界で、ふわふわステップが止まりかけていた。 光が、少しずつ色を取り戻していく。
「セリナさん、今……まぶたが震えました」 世界の意志が、そっと囁いた。
ルイは、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。 (届いてる。僕の術式が、彼女の夢に届いてる)
彼は、ノートを開いた。 そこには、封印核との接触で得た“概念封印”の術式が描かれていた。 魔力の流れは、優しくて、柔らかくて、少しだけ寂しかった。 でも、それは確かに“誰かに届く”と信じられるものだった。
「セリナさんの夢を守る術式。 それが、僕の封印術の意味」
彼は、ノートの端に小さく書き込んだ。
「世界の意志から受け継いだ夢。 僕が、目覚めへと導く」
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現実に戻ったルイは、静かに目を開けた。 仲間たちは、彼のそばにいた。 誰も言葉を発さなかった。 ただ、フレアが紅茶を差し出した。
「ご主人様、おかえりなさい。 セリナ様の夢、少しだけ明るくなりました」
世界の意志が、脳内で囁いた。 「セリナさん、今ちょっと“おはよう”って言いかけました。たぶん、まだ寝ぼけてます」
ルイは、そっと微笑んだ。 それは、誰にも見られないような、小さな笑みだった。 でも、確かに——彼女の夢に寄り添う覚悟だった。
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外伝『セリナの秘密』~神さまをやめた日~
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