小説:「真宮寺教授の秘密講義」(フェブラリーS編)《デブ猫競馬》


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第一章:砂上の楼閣と若き天才の憂鬱

(また、あの退屈な『正解探し』の時間がやってきた。世の中の人間はどうしてこうも、不確実な未来に薄っぺらな論理の衣を着せたがるのかしら。競馬なんて、結局は馬の気分と、砂の粒子と、騎手の呼吸が織りなすカオスに過ぎないのに)
研究室の窓から見える冬の空は、まるで砂を撒いたような色をしていた。真宮寺は、手元のタブレットに表示された出馬表を、冷ややかな目で見つめていた。
「教授!お疲れ様です!フェブラリーステークスのデータ、僕なりに整理してきたんですけど……見てもらえますか?」
ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、学生の佐倉だった。彼は、最近のアニメキャラクターがプリントされたTシャツの上に、よれよれのパーカーを羽織っている。
真宮寺 「佐倉くん、ノックの回数はカジノのルーレットの当選番号くらい予測不能ね。それで? その束ねた紙クズに、何か面白いことが書いてあるのかしら」
佐倉 「紙クズって! これ、過去十年の全データを網羅した僕の血と汗の結晶ですよ。あ、そういえば、今朝のニュースで『推しの子』の続報見ました? 真宮寺教授なら、絶対アイの復活説を論理的に否定しそうですけど」
真宮寺 「アイが生き返るかどうかよりも、この二十二頭の登録馬の中から、誰が『死に体』なのかを当てる方が、よっぽど生産的よ。座りなさい。あなたのその稚拙な分析を聞いてあげるから」
佐倉は嬉しそうに教授の向かいに座り、ノートを広げた。
佐倉 「まず、基本中の基本から行きますよ。一番内側のゲート、つまり一枠の一番と二番。これ、過去十年で一頭も三着に入ってないんですよ! まさに『死の門』です。教授、これってやっぱり、東京のコースレイアウトのせいですよね?」
真宮寺 「ええ、初心者でもわかる理屈ね。東京ダート一六〇〇メートルは、スタート直後に芝を走る。外側にいればいるほど、芝を走る距離が長くなって、新幹線の加速装置みたいにスピードに乗れる。逆に内枠は、砂を被ってやる気をなくすか、前を塞がれて迷子になるのがオチ。実績馬だろうが何だろうが、一枠に入った瞬間に、その馬の馬券は私のランチのレシート以下の価値になるわ」
佐倉 「レシート以下……。厳しいなあ。じゃあ次、年齢です。七歳以上のベテランたち。ウィルソンテソーロや、一昨年の覇者ペプチドナイル。彼らみたいな実績馬でも、やっぱりおじいちゃん扱いで消しちゃっていいんですか?」
(ウィルソンテソーロ……。確かに実績は断トツだけど、七歳の壁を越えるには、それこそ魔法少女の契約でもしない限り無理な話ね。統計は残酷。そして私は、その残酷な統計を愛しているわ)
真宮寺 「佐倉くん、あなたは自分が九十歳になって、百メートルの全速力走を十代の若者と競いたいと思う? 競馬の世界の七歳は、人間で言えばもう脂の抜けたビジネスマンよ。フェブラリーSは一分三十五秒台の高速決着がデフォルト。キレを失った高齢馬に、東京の長い直線は非情な滑走路でしかないわ。格があるから、なんていう幻想に縋るファンからお布施を巻き上げるのが、このレースの様式美なのよ」
佐倉 「なるほど……魔法少女ですか。じゃあ、地方から来た馬たちはどうです? ナチュラルライズとか。東京大賞典は負けてますけど、ポテンシャルは高いはずじゃ……」
真宮寺 「地方の深い砂でモタモタしている馬が、東京のサラサラした砂の上でダンスを踊れるわけがないでしょ。重いコートを脱いだ直後に、いきなりプロのバレリーナと踊れと言っているようなものよ。地方で大敗した馬が、スピードの殿堂であるここで巻き返す? そんな奇跡、最近の異世界転生モノのラノベでもボツになる設定よ」
佐倉 「……教授、たとえが全部オタク趣味に寄ってきてません? でも、今の三つの条件だけで、ウィルソンテソーロやペプチドナイル、ナチュラルライズなんかが消えちゃいましたね。これ、本当にいいんですか?」
真宮寺 「いいのよ。真実はいつだって、多数派が眉をひそめる場所にあるんだから。さて、これで三頭ほど消去したわね。でも、まだ『ゴミ捨て場』には空きがあるわ」
真宮寺教授は不敵な笑みを浮かべ、タブレットを操作した。
真宮寺 「佐倉くん、次の章へ進んでもいいかしら? まだあなたの度肝を抜く『ゴミの選別』が残っているのだけど」