(ガチャの確率計算……どう見積もっても運営が小数点以下の確率を操作しているとしか思えない。……いや、今はそれよりも週末の『投資』だ。感情を排除し、純粋な論理のみで盤面を支配する。それが私のやり方だ)
ホワイトボードを埋め尽くす複雑な数式の前で、神宮寺は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、忌々しげにスマートフォンを睨みつけていた。
佐倉:「教授、そろそろ現実に戻ってきてください。週末のレース選定、今日中に終わらせないとデータ入力が間に合いませんよ」
佐倉が呆れたようにため息をつき、分厚いファイルの束をデスクにドンッと置いた。
神宮寺:「佐倉くん、現実とは何だ? 私が今直面している『ピックアップSSR排出率0.001%の闇』もまた、厳酷な現実だよ。某エルフが千年生きて魔法を収集するアニメを見た直後だから、私の寿命も千年くらいないとこのキャラは引けない計算になる」
佐倉:「教授のガチャ運と寿命の話はどうでもいいんです! ほら、新しくゼミに入った若葉さんも困ってるじゃないですか」
佐倉が視線を向けた先では、今日から配属されたばかりの若葉が、目をキラキラさせながら神宮寺を見つめていた。
若葉:「うおお! 教授、めっちゃオタクやん! ウチ、そういうノリ嫌いちゃうで! せやけど、今日は競馬の話するんやろ? ウチ、馬券なんて一回も買ったことないド素人やねんけど、大丈夫なん?」
若葉はアニメのキャラクターのような、コテコテでやけに元気な関西弁を響かせた。
神宮寺:「問題ないよ、若葉。競馬を『ギャンブル』として見ているうちは三流だ。私たちはこれを『データを用いた論理的な投資』として扱う。……佐倉くん、今週末の投資候補となる3つのレースの概要を黒板に」
佐倉:「はい。今週の重賞……つまりレベルの高い特別なレースは、以下の3つです。①オーシャンステークス、②中山記念、③チューリップ賞。若葉さん、重賞っていうのは、人間で例えるなら全国大会みたいなものだと思ってください」
若葉:「なるほどなー! 全国大会か! で、教授。この中から一番儲かるヤツをビシッと当てるんやね?」
神宮寺:「少し違うな、若葉。私たちが探すのは『一番儲かるレース』ではなく、『一番予測精度が高まるレース』だ」
(素人はすぐに「大穴」や「万馬券」という幻想に飛びつく。だが、真の投資とはリスクの排除から始まる。能力の差、コースの偏り、オッズの歪み……これらが最もクリアに可視化される舞台を探すのが第一歩だ)
神宮寺はチョークを手に取り、黒板にカツカツと文字を書き殴った。
神宮寺:「私がレースを評価する基準は3つだ。第一に、強い馬と弱い馬の能力差がハッキリしているか。第二に、走るコースの有利・不利がデータとしてハッキリ出ているか。第三に、人気馬に怪しい点があり、中くらいの人気馬に買うべき論理的な理由があるか。……佐倉くん、この視点から見て、最初の『オーシャンステークス』はどうだ?」
佐倉:「オーシャンステークスは中山競馬場の1200メートル、超短距離戦ですね。……正直、投資対象としては最悪の部類かと」
若葉:「えっ、なんでなん佐倉助手? 短い距離なら、一番足の速い馬がドーンって勝つからわかりやすいんちゃうの?」
若葉が首を傾げると、神宮寺がチッチッと指を振った。
神宮寺:「そこが罠なんだよ、若葉。1200メートルという距離は、人間で言えば100メートル走だ。スタートで『あっ、くしゃみ出そう』と一瞬出遅れただけで、もう取り返しがつかない。おまけに足の速い馬ばかりが集まるから、みんなで先頭を争って共倒れするリスクが高すぎる。運の要素……つまり『紛れ』が多すぎるんだよ」
若葉:「うわぁ、それはアカンわ! ウチ、くしゃみで負ける投資なんて絶対嫌や!」
神宮寺:「その通り。では次。佐倉くん、③の『チューリップ賞』は?」
佐倉:「阪神競馬場の1600メートルですね。ここは3歳の女の子だけで行われるレースです。これも……データ分析の観点からは非常に厳しいですね」
若葉:「えーっ、女の子だけのレースって華やかでええやん! ウチ、女の子応援したいわ!」
佐倉:「若葉さん、気持ちはわかりますが、相手はまだ経験の浅い3歳の女の子なんです」
神宮寺:「佐倉くんの言う通りだ。若葉、アニメのヒロインを思い浮かべてみろ。さっきまで元気だったのに、ちょっと友達と喧嘩しただけで、急に『私、もう戦えない……』とか言い出して実力の10%も出せなくなる展開があるだろう?」
若葉:「あるある! 先週観た魔法少女モノでも急に闇落ちしてたわ!」
(若い牝馬の精神状態は、まさにその『闇落ちヒロイン』と同じだ。ちょっとバスに長く乗っただけで、あるいはパドックでお客さんにジロジロ見られただけで、急激にやる気をなくす。おまけに過去のデータ自体が少ないから、論理的な裏付けが取れないのだ)
神宮寺:「つまり、チューリップ賞は不確定要素が多すぎて、投資というよりただのギャンブルになってしまう。私たちが求めるのは『論理』だ。感情やご機嫌で結果が変わる舞台は避けるべきだ」
若葉:「なるほどなぁ……。じゃあ、消去法でいくと残るは一つやん!」
若葉がビシッと黒板の真ん中を指さした。
神宮寺:「その通り。今週末、私たちが全知全能のデータをもって挑むべき勝負レースは、②の『第100回 中山記念』だ」