【名無しさん】 2025年9月29日 3時59分18秒 | 猫でも書ける短編小説 |
【名無しさん】 2025年9月28日 19時58分51秒 | 第1章:「戦術士、詩集に逃げる。恋と椅子の硬さに悩む」 「……また、戦術書?」 月光が差し込む書庫の窓辺で、セリナ・ノクティアがユグ・サリオンの背後から声をかけた。 彼女の声は柔らかく、けれどどこかくすぐるような響きを持っている。 「これは戦術書じゃない。詩集だよ。戦術詩集だがね」 ユグは本から目を離さず、ページをめくる手を止めなかった。 その横顔は真剣そのものだが、耳がほんのり赤い。 「詩と戦術を混ぜるなんて、あなたくらいよ。恋の駆け引きも布陣で考えてそう」 「恋は戦より複雑だ。敵は予測できるが、君の笑顔は予測不能だ」 セリナはくすくすと笑った。 「それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」 「どちらでもない。ただの観察結果だ」 「ふふ、じゃあ私は“予測不能な微笑み”として、戦術書に載せておいて。 “敵軍の士気を乱す魔導姫の笑顔”って」 「……それは兵士の心を乱すだけでなく、戦術士の集中も乱す」 ユグはようやく本を閉じた。 その表紙には、古代語で『六星の残火』と刻まれている。 「ねえ、ユグ。あなた、本当に戦いたくないんでしょう?」 セリナの声が、ふと静かになった。 彼女はユグの隣に腰を下ろし、月光の中で彼の横顔を見つめる。 「戦いたくないよ。勝ちたいだけだ。できれば、誰も死なずに」 「それって、魔法みたいな理想ね」 「魔法よりも難しい。魔法は代償を払えば叶うが、理想は代償を払っても叶わないことがある」 セリナはしばらく黙っていた。 そして、そっとユグの肩に頭を預けた。 「……あなたの理想、好きよ。叶わなくても、好き」 ユグは驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。 「……君は、時々、爆撃より破壊力がある」 「それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」 「どちらでもない。ただの観察結果だ」 「またそれ! 新しい言い回し、探してよ」 「じゃあ……“君の言葉は、戦術士の心に直撃する魔導弾”」 「うん、それはちょっと嬉しい」 そのとき、書庫の扉が静かに開いた。 黒衣の影術士――リュミナ・ヴァルティアが、無言で二人を見つめていた。 「……戦術会議の時間です、ユグ様。セリナ殿も、そろそろ巫女の儀式の準備を」 彼女の声は冷たくはないが、感情の起伏を感じさせない。 月光に照らされた瞳は、どこか寂しげだった。 「ありがとう、リュミナ。すぐ行く」 ユグが立ち上がると、セリナもゆっくりと立ち上がった。 その瞬間、リュミナの視線がセリナに向けられる。 「……あなたの笑顔は、確かに予測不能ですね」 「え? それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」 「どちらでもありません。ただの観察結果です」 ユグが思わず吹き出した。 「流行ってるのか、その言い回し」 「ええ、あなたの影響です。戦術士の癖は、部下に伝染しますから」 セリナは笑いながら、ユグの袖を引いた。 「じゃあ、行きましょう。予測不能な笑顔と、理想主義の戦術士と、感情を隠す影術士で」 「……戦術的には最悪の組み合わせだ」 「でも、物語的には最高よ」 ユグは小さく笑った。 その笑顔は、戦場では決して見せない、静かな安らぎの色をしていた。 |
【名無しさん】 2025年9月28日 19時49分52秒 | 第2章:「戦術士、詩集に逃げる。恋と椅子の硬さに悩む」 「……椅子が硬い。戦術より先に、尻が壊れる」 ユグ・サリオンは会議室の椅子に腰を下ろすなり、ぼそりと呟いた。 その声は誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けるような独り言。 「じゃあ、戦術士様のために、次回は羽毛入りの椅子を用意しましょうか?」 セリナ・ノクティアがすかさず返す。 その笑顔は、まるで春の風のように軽やかだ。 「羽毛は戦場で燃える。尻が炎上する」 「それはそれで、紅蓮王国らしくて素敵じゃない?」 「……君の“素敵”は、時々命に関わる」 リュミナ・ヴァルティアは、二人のやり取りを黙って見ていた。 彼女の指は、机の上の地図をなぞっている。 焔の城を中心に、魔導帝国の軍勢がじわじわと迫っていた。 「……敵軍、南西の峡谷に布陣。三日以内に進軍開始と予測されます」 リュミナの声は冷静だった。 だが、その瞳はユグの表情を一瞬だけ探るように揺れた。 「峡谷か。狭い地形は、こちらの魔導砲が活きる。 ただし、民間の避難が間に合わなければ、勝っても意味がない」 ユグは地図を見つめながら、指先で六星紋章のペンダントを無意識に撫でていた。 「……あなたって、ほんとに戦術士なの?」 セリナがぽつりと呟いた。 「どういう意味だ?」 「勝つことより、誰も死なないことを優先する。 それって、戦術士より詩人みたい」 「詩人は戦場で役に立たない。 ただ、詩人の理想は、戦術士の苦悩になる」 リュミナが静かに口を開いた。 「……ですが、理想を捨てた戦術は、ただの殺戮です」 ユグは彼女を見た。 その瞳には、言葉にできない感情が宿っていた。 「……ありがとう、リュミナ。君の言葉は、時々、鋼より重い」 「それは褒め言葉ですか?」 「いや、腰にくる」 セリナが吹き出した。 「もう、あなたたちの会話、戦術士と影術士のくせに漫才みたい」 「漫才は戦術だ。敵の集中を乱す」 「じゃあ、私も参戦するわ。笑顔で敵軍を混乱させる魔導姫として」 「……君はすでに、味方の集中を乱している」 リュミナの指が、地図の一点を止めた。 「ここ。峡谷の北端に、古代の魔力が残る遺跡があります。 セリナ殿の魔導詠唱なら、封印を解ける可能性が」 セリナは目を見開いた。 「遺跡って……あの“月の祈りの祭壇”?」 「はい。もし魔力を引き出せれば、敵軍の進軍を遅らせることができます」 ユグはしばらく黙っていた。 そして、静かに言った。 「……君たちがいると、戦術が詩になる。 それは、僕にとって、救いだ」 セリナは微笑んだ。 リュミナは、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。 「じゃあ、詩人の戦術士様。 次の作戦名は、“月と焔の協奏曲”なんてどう?」 「……敵軍が笑ってくれれば、勝てるかもしれない」 「それなら、私が笑わせてみせる。あなたの理想のために」 リュミナはその言葉に、何も言わなかった。 ただ、静かに地図を折りたたみ、ユグの前に差し出した。 「……作戦開始まで、あと二日。 準備は、詩人のように丁寧に。戦術士のように冷静に」 ユグは頷いた。 その瞳には、戦いへの恐れと、理想への希望が同居していた。 |
【名無しさん】 2025年9月29日 9時38分21秒 | 第3章:「魔導姫と影術士と、戦術士の胃痛と絶望的な戦力差」 |