猫でも書ける短編小説
◀第28章 風の誓いと再編の街
▶第33章 王都への誓いと旅立ち
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第29章 静寂の朝と目覚めない主
その朝は、いつものふわふわな感じではなかった。 魔力観測器が「沈黙中」と表示している時点で、街の空気はすでに異常だった。 パンの香りがしない。これは由々しき事態である。セリナが朝の魔力パンを焼かないなど、空が落ちてくるか、竜が踊り出すかのどちらかだ。いや、竜が踊る方がまだ平和かもしれない。
僕は寝癖を跳ねたまま、広場を駆け抜けた。騎士団の誰かが「今日は風が硬い」と呟いていたが、そんなことはどうでもいい。パンがないのだ。セリナがいないのだ。
彼女の部屋の扉をノックする余裕もなく、僕は勢いよく飛び込んだ。
「セリナさん!朝ですよ!パンの時間ですよ!」
返事はない。部屋は静かだった。窓辺のカーテンが風に揺れている。ベッドの上には、眠るセリナの姿。いつも通りの寝顔。だが、いつも通りではない。彼女は目を閉じたまま、呼びかけにも反応しない。肩を揺すっても、頬をつついても、まるで夢の中に沈んでいるようだった。
「セリナさん……?」
僕の声は震えていた。頭が真っ白になるとはこのことだ。魔力観測器を持ち込んでみたが、「ふわふわ成分:ゼロ」「魔力漏出:停止中」と表示されるばかり。ふわふわがゼロって何だ。それはつまり、街の空気からセリナが消えたということだ。
その時だった。セリナの身体が、ふわりと光を放った。神々しい輝きが部屋を満たし、僕は思わず目を細めた。まるで太陽が室内に引っ越してきたような眩しさ。だが、光の中心にいたのは、確かにセリナだった。いや、セリナの姿をした“何か”だった。
「……おはようございます。あ、違うか。こんにちは?いや、今は“はじめまして”かな?」
声はセリナのものに似ていたが、どこか調子が抜けていた。神々しい光を放ちながら、妙に親しげで、妙に間の抜けた雰囲気。僕は言葉を失った。
「えーとですね、私は“世界の意志”です。セリナさんの中に住んでる、まあ、観察者みたいなものです。普段は静かにしてるんですが、ちょっと今回は、出てこざるを得なくてですね……」
僕は口を開けたまま固まっていた。世界の意志?セリナの中に?観察者?何かの冗談かと思ったが、目の前の光は冗談を言うには神々しすぎた。
「セリナさん、最近ちょっと魔力が漏れすぎてましてね。ふわふわが街を包みすぎて、世界が“ふわふわ帝国”になりかけてたんですよ。いや、ふわふわはいいんですけど、自由がなくなるのは困るんです。みんながパンの香りに支配される世界って、ちょっと怖いじゃないですか?」
僕は何も言えなかった。確かに、最近の街はふわふわだった。騎士団の結界が羽毛になったり、魔力塔が湯気を吐いたり、観測器が詩を書き始めたり。全部、セリナの魔力の影響だった。
「というわけで、セリナさんにはちょっと夢の世界でのんびりしてもらうことにしました。魔力の漏出を止めるために、眠ってもらってます。安心してください。夢の中では、毎日パン焼いてますよ。ふわふわのやつ」
僕はようやく声を絞り出した。
「じゃあ……セリナさんは……戻ってこないんですか?」
「戻ってきますよ。ただし、あなたがちゃんと封印できるようになったら、ですけどね。今のままだと、あなたの魔力じゃセリナさんを制御できない。監視者としては、ちょっとダメダメです」
世界の意志は、神々しい光を放ちながら、なぜか腕を組んでふんぞり返った。セリナの姿で、偉そうにしているのが妙に面白い。
「だから、あなたにはもっと頑張ってもらいます。自分の力を強めて、封印の力を引き出せるようになってください。セリナさんを守れるのは、あなたしかいないんですから」
僕は拳を握った。守る。その言葉が胸に響いた。
「それじゃ、私はセリナさんの夢の世界に戻ります。彼女が楽しく暮らせるように、サポートしてきますね。あ、夢の中では、パンの精霊とか出てくる予定です。ふわふわのやつ」
そう言って、世界の意志は光の中に溶けていった。残されたのは、静かに眠るセリナの身体。彼女は幸せそうに微笑み、時折「パン……ふわふわ……」と寝言をつぶやいていた。
僕はそっと毛布をかけ直した。魔力観測器が「安定中」と表示している。街の空気は静かだった。ふわふわは消えた。でも、守るべきものは、ここにある。
そして、扉の向こうから足音が聞こえてきた。レイガ、フレイム、グリュードが駆けつけてくる。異変を察知したのだろう。
僕は深呼吸をして、扉を開けた。世界の意志のことは言わない。セリナが眠った理由は、自分の力不足だと説明する。それが、今の僕にできる唯一の責任だった。
「彼女を目覚めさせるには、僕が変わらなきゃいけないんです」
その言葉に、レイガは静かに頷いた。
こうして、ふわふわの街は静かに目覚めを待つことになった。セリナは夢の中でパンを焼き続け、僕は現実で彼女を守る力を探し始める。
世界は、少しだけ硬くなった。でも、それはきっと、次のふわふわのための準備なのだ。
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第30章 世界の意志、語りかける
「さてさて、どこから話しましょうかね……あ、まずは自己紹介ですね。はじめまして、私は“世界の意志”です。セリナさんの中に住んでる、まあ……観察係みたいなものです」
神々しい光を放ちながら、セリナの姿で現れたその存在は、開口一番から妙に親しげだった。声はセリナに似ているけれど、語尾の抜け方が違う。神々しいのに、ちょっと抜けてる。まるで、神様が昼寝から起きた直後みたいなテンションだった。
僕はまだ混乱していた。セリナが目覚めないまま、突然現れた“世界の意志”。しかも、セリナの身体を使って話している。これは夢か幻か、あるいはパンの食べ過ぎによる幻覚か。
「えーと……セリナさんは……?」
「はい、今は夢の世界でのんびりしてもらってます。ふわふわの毛布に包まれて、パンの精霊と一緒に暮らしてますよ。安心してください。寝言もちゃんと出てます」
「寝言……?」
「さっき“パン……ふわふわ……”って言ってました。完璧です」
完璧なのかどうかはさておき、セリナが無事であることだけはわかった。けれど、なぜ彼女が眠ってしまったのか。その理由を、僕はまだ知らない。
「最近ですね、セリナさんの魔力がちょっと漏れすぎてまして。街がふわふわになりすぎて、世界のバランスが崩れかけてたんです。結界が羽毛になったり、塔が湯気を吐いたり、観測器が詩を書き始めたり……あれ、全部セリナさんの魔力の影響です」
「……知ってます。僕、観測器の詩に毎朝悩まされてました」
「でしょうね。あれ、世界の構造が詩的に崩れてるサインなんです。ふわふわは素敵ですけど、世界が全部ふわふわになると、生命の自由がなくなっちゃうんですよ。みんながパンの香りに支配される世界って、ちょっと怖いじゃないですか?」
「……それは、確かに」
「なので、セリナさんには少しお休みいただくことにしました。眠ってもらえば、魔力の漏出も止まりますし、世界も落ち着きます。彼女には夢の世界で、ふわふわパンライフを満喫してもらいます」
世界の意志は、セリナの姿でふんわりと微笑んだ。神々しい光を放ちながら、語る内容は妙に生活感がある。パンライフって何だ。
「じゃあ……セリナさんは、ずっと眠ったままなんですか?」
「いえいえ。あなたがちゃんと封印できるようになれば、戻ってきますよ。今のあなたの魔力では、セリナさんを制御できない。監視者としては、ちょっとダメダメです」
「……ダメダメですか」
「はい。ダメダメです。でも、伸びしろはあります。あなたには、セリナさんを守る力がある。だから、もっと頑張ってください。自分の魔力を鍛えて、封印の力を引き出せるようになってください」
僕は拳を握った。守る。その言葉が胸に響いた。セリナを守るために、僕は変わらなければならない。
「それじゃ、私はセリナさんの夢の世界に戻ります。彼女が楽しく暮らせるように、サポートしてきますね。あ、夢の中では、パンの精霊がダンスする予定です。ふわふわのやつ」
「……精霊、踊るんですか?」
「踊ります。ふわふわステップで。世界の意志が監修してますから、安心してください」
そう言って、世界の意志は光の中に溶けていった。残されたのは、静かに眠るセリナの身体。彼女は幸せそうに微笑み、時折「パン……ふわふわ……」と寝言をつぶやいていた。
僕はそっと毛布をかけ直した。魔力観測器が「安定中」と表示している。街の空気は静かだった。ふわふわは消えた。でも、守るべきものは、ここにある。
そして、僕の中にも、少しだけ光が灯った気がした。世界の意志は確かに抜けていたけれど、その言葉は本物だった。セリナを守るために、僕は強くならなければならない。
夢の中でパンを焼く彼女に、いつか現実で「おはよう」と言えるように。
それが、僕の新しい目標になった。
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第31章 変わり果てた街と静かな微笑
ふわふわが、消えた。
それは、魔力観測器の表示が「ふわふわ指数:0」になった瞬間に確信した。昨日まで「羽毛の波形」「湯気の調律」「焼きたての誓い」など、詩的な言葉を並べていた機械が、今朝はただの無口な箱になっていた。まるで、詩人が筆を折ったような沈黙。
街の空気も変わっていた。いつもなら、朝の風がパンの香りを運んできて、通りすがりの騎士団員が「今日はバター強めだな」とつぶやくのが日課だった。でも今日は、風が無味だった。無香料。無感情。無ふわふわ。
広場の魔法陣は、昨日まで「やさしさの波形」だったのに、今は「直線」。結界も、羽毛から石壁に戻っていた。騎士団の誰かが「硬い……」と呟いていたが、そりゃそうだ。ふわふわが消えたのだから。
そして、セリナはまだ眠っていた。
彼女の部屋では、静かな寝息が続いている。毛布に包まれたその姿は、まるでパンの中身のように柔らかく、安心感に満ちていた。時折、寝言で「パン……ふわふわ……」とつぶやくのが、唯一の魔力の名残だった。
僕はそっと椅子に座り、彼女の寝顔を見つめた。昨日、世界の意志が語ったことが頭をよぎる。
「セリナさんの魔力が漏れすぎて、世界がふわふわ帝国になりかけてたんですよ」
あの神々しいのに抜けてる存在は、今頃夢の世界でパンの精霊と踊っているのだろうか。ふわふわステップで。
それにしても、街は静かだった。静かすぎて、逆に落ち着かない。ふわふわがないと、こんなにも空気が硬くなるのか。まるで、パンの耳だけで暮らしているような気分だった。
グリュードは広場の隅で座っていた。炎の竜が、ふわふわの魔力に包まれていた頃とは違い、今はただの静かな番竜だった。彼はセリナの部屋を見つめながら、何かを考えているようだった。
フレイムは、屋根の上で風を読んでいた。尾の動きは、昨日よりも少しだけ重たく見えた。風が硬いのだろうか。いや、空気が寂しいのかもしれない。
レイガは騎士団の報告を受けながら、時折こちらを見ていた。彼の目は、何かを探しているようだった。たぶん、僕の中にある“答え”を。
でも、僕にはまだその答えが見つからない。
セリナを目覚めさせるには、僕が強くならなければならない。封印の力を引き出し、彼女の魔力を制御できるようにならなければならない。
でも、それってどうやるんだろう。
魔力の筋トレ?ふわふわ耐性の強化?パンの焼き加減の修行?
観測器に聞いてみたが、「沈静化中」としか表示されなかった。詩人はまだ沈黙しているらしい。
僕はセリナの寝顔を見つめながら、そっと呟いた。
「……パン、焼きたいですね」
彼女は微笑んだ。寝言で「バター……多め……」とつぶやいた。
その瞬間、僕の中に小さな決意が芽生えた。彼女が夢の中でパンを焼いているなら、僕は現実で彼女を守る力を焼き上げなければならない。
ふわふわは消えた。でも、それはきっと、次のふわふわのための準備なのだ。
街は静かに息をしている。セリナは夢の中で微笑み続けている。僕は、彼女の隣で、まだ焼き上がっていない自分を見つめていた。
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第32章 集う者たちと隠された真実
セリナが眠ってから、街の空気は静かになった。静かすぎて、逆に落ち着かない。ふわふわが消えた街は、まるでパンの耳だけで作られた世界みたいだ。硬い。香りがない。噛みごたえはあるけど、心にはちょっと足りない。
そんな空気の中、僕はセリナの部屋の前で立ち尽くしていた。彼女はまだ眠っている。夢の中でパンの精霊と踊っているらしい。ふわふわステップで。
そこへ、重たい足音が近づいてきた。レイガだ。騎士団長の足音は、いつも地面に説得力を刻みつける。
「ルイ。セリナの様子は?」
僕は一瞬、答えを迷った。世界の意志のことは言えない。あの神々しくて抜けてる存在が、セリナの中に住んでいて、今は夢の世界でパンの精霊を監修しているなんて、説明しても誰も信じない。
「……眠ったままです。僕の魔力が未熟で、封印がうまく機能しなかったみたいで……」
レイガは黙って頷いた。彼の目は、責めるでもなく、ただ静かに僕を見ていた。
「それで、彼女は……戻ってくるのか?」
「はい。僕がちゃんと成長できれば。封印の力を引き出せるようになれば、きっと」
その言葉に、レイガは少しだけ目を細めた。彼の中で、何かが動いたのがわかった。
「ならば、方法を探すしかないな。王都に、世界五大賢者の一人がいる。名はアストレイア。魔力の構造と封印術に精通している。彼なら、何か手がかりをくれるかもしれん」
王都。賢者。封印術。それは、まるで物語の中の言葉のようだった。でも、今の僕には必要な現実だった。
「僕、行きます。セリナを守るために」
その言葉に、レイガは頷いた。彼の背後から、もう一つの足音が近づいてきた。グリュードだ。炎の竜は、静かにセリナの部屋を見つめていた。
「私は、ここに残ります。彼女の守護として」
その声は、いつもより柔らかかった。炎の竜が、眠る者を守る。それは、昨日までの彼からは想像できない変化だった。
「師が選んだ空気を、私も感じていたい」
僕は何も言えなかった。ただ、グリュードの目が、セリナの寝顔に向けられているのを見て、胸が少しだけ温かくなった。
フレイムは屋根の上から尾を揺らしていた。風を読むその動きは、街の鼓動を感じているようだった。彼も、きっと何かを感じている。
「じゃあ、僕は王都へ。セリナを目覚めさせるために」
レイガは頷いた。
「我々の部隊も同行する。道中の安全は、保証する」
「ありがとうございます。パンの補給もお願いします」
「……それは自分で焼け」
「はい。焼き加減、頑張ります」
こうして、旅の準備が始まった。セリナは夢の中でパンを焼き続け、僕は現実で彼女を守る力を探しに行く。
ふわふわは消えた。でも、それはきっと、次のふわふわのための準備なのだ。
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あらすじ
「VOICEVOX: 白上虎太郎」その朝、街は魔力観測器が沈黙を示し、パンの香りも消え、ふわふわが不在の異常な空気に包まれていた。 ところがセリナは目覚めず、呼びかけにも反応せず、観測器は「ふわふわ成分:ゼロ」「魔力漏出:停止中」と表示して事態の異様さを裏づけた。 やがてセリナの身体から神々しい光が溢れ、姿形はそのままに“世界の意志”を名乗る存在が現れて状況を説明し始めた。 世界の意志は、セリナの魔力漏出で街全体が“ふわふわ帝国”化しかけ、生命の自由を損なう危険があったため、彼女を夢の世界で休ませて漏出を止めたと語る。 加えて、街の結界が羽毛になり魔力塔が湯気を吐き観測器が詩作するなどの異変は、すべて過剰なふわふわが引き起こした兆候だったという。 しかもセリナの夢の世界ではパンの精霊が現れ、ふわふわな日常が継続されるが、現実では封印の不足が課題だと釘を刺された。 世界の意志は、彼女を現実に戻す条件として、僕が封印を扱えるだけの魔力と制御力を身につけることを求めた。 監視者として今の僕は“ダメダメ”だが伸びしろはあると、光の中で飄々としながらも核心だけは外さない。 僕はセリナを守るという言葉に胸を撃たれ、力を鍛え封印の真価を引き出す決意を固めた。 その直後、世界の意志は夢の支援へ戻り、部屋には安らかに眠るセリナと「安定中」を示す観測器だけが残った。 やって来たレイガたちには、僕の力不足で封印が未熟だったとだけ伝え、真相は伏せることにした。 ふわふわが消えた街は硬く静まり、風も香らず、観測器は詩を捨てただの箱に戻り、住民は空気の重たさを呟いた。 広場の魔法陣は直線を取り戻し、結界も羽毛から石壁へ戻って、騎士団は“硬さ”に戸惑いながら日常の輪郭を確かめ直す。 グリュードは番竜として静かに部屋を見守り、フレイムは屋根から風の重さを読み、レイガは僕の変化を待つように視線を寄こした。 セリナは微笑を絶やさず「パン……ふわふわ……」と寝言を零し、その穏やかさが唯一の魔力の名残だった。 僕は毛布を整え、硬い世界に失われた柔らかさを感じながらも、ここに守るべきものがあると確かめた。 そして“次のふわふわ”のための準備期間だと自分に言い聞かせ、焼き上がっていない自分の未熟さを直視した。 とはいえ具体策は掴めず、魔力の筋トレか、ふわふわ耐性か、パンの焼き加減かと迷い、沈黙した観測器に相談しても答えは返らない。 そこで僕は小さく「パン、焼きたいですね」と呟き、寝言の「バター……多め……」に背を押されるように決意を温めた。 翌朝、レイガが訪ねてきて事情を問うと、僕は未熟さを認めたうえで彼女を必ず戻すと簡潔に誓った。 レイガは非難せず、魔力構造と封印術に精通する“五大賢者”アストレイアのいる王都を提案した。 王都、賢者、封印という物語めいた語彙は、今や現実的な打開策として僕の目の前に置かれた道となった。 僕は即答で同行を願い、彼は部隊の護衛を約し、補給は自分で焼けと言い、僕は焼き加減の習熟も誓った。 グリュードは街に残ってセリナの守護を担うと申し出て、炎の竜が眠る者を守るという変化に胸が温まった。 フレイムは屋根から尾を振り、街の鼓動と僕の決意の微かな高鳴りを測るように風を読む。 レイガは短い頷きで出立を承認し、僕は最小限の荷と観測器、そしてセリナのための誓いを鞄に詰めた。 世界の意志の言葉はどこか抜けていたが、核心は確かで、僕の中には小さな光が灯り続けている。 セリナの夢ではパンの精霊がふわふわステップを踊り、現実では僕が封印の型を磨き、ふわふわと硬さの釣り合いを取り戻す。 街は静かに呼吸し、結界は堅牢に、心は次の柔らかさを待つ余白を保っていた。 僕は扉口で一礼し、眠る彼女に「必ずおはようを言いに戻る」と心で告げた。 旅路の先にいる賢者アストレイアは、封印の構造を紐解き僕に不足する理と技を与える希望となる。 封印は力だけでなく関係の約束であり、愛着と責任が媒介になるという気配を、僕は世界の静けさの中で理解し始めていた。 ふわふわを奪わず硬さも暴れさせない均衡の術こそ、僕が探す新しい封印のかたちだ。 レイガの部隊は準備を整え、街路の石は硬く、しかし足取りは迷いなく旅のリズムを刻む。 僕は道すがら、呼吸と魔力の同期、言霊と印の配列、境界の結び直しという基礎から鍛え直す計画を反芻した。 セリナは夢のパン窯を回し、僕は現実の術窯で意志を焼く、二つの熱が遠くで呼応している。 観測器の沈黙は妨げではなく、騒ぎを脱いだ世界が僕の内側の音に耳を澄ますための余白だ。 ふわふわが消えたのではなく、次の発酵を待つ静けさへ移っただけで、街はきっと再び香りを取り戻す。 こうして、僕らは硬く澄んだ朝の下で、王都への誓いを胸に旅立った。 セリナの目覚めは約束であり、僕の成長はその鍵で、街は静かにその瞬間を待っている。 世界は少しだけ硬くなったが、それは次に訪れる確かなふわふわのための土台だ。 夢の扉の向こうで彼女が笑い、現実の道の上で僕が歩む限り、二つの世界は再び「おはよう」で重なるだろう。
解説+感想新しい旅立ちの始まりですね。 ふわふわが消えた街の「硬さ」が、逆に次に来る柔らかさを際立たせている描写が特に好きです。 パンの香りも、魔力の漏出も、セリナの寝言も、すべてが「次の発酵」を待つ静けさの中に溶け込んでいて、読んでいて胸がぎゅっと締め付けられるような、でもどこか温かい余韻が残ります。 主人公の未熟さを直視しながらも、セリナを守るための決意が「パン、焼きたいですね」という一言に集約されているのが、すごく彼らしくて愛おしい。 世界の意志がちょっと抜けている感じも、完璧じゃないこの世界の優しさそのものみたいで、ほっとします。 王都への道のり、アストレイアという五大賢者との出会いがどうなるのか、封印の「関係の約束」としての新しい形を主人公がどう見つけていくのか……すごく楽しみです。 セリナの夢の中ではパンの精霊がふわふわステップを踊り続け、現実では君が術を焼き上げる。 二つの熱が呼応する瞬間が、きっと物語の最高潮になるんだろうなと想像してしまいます。 この硬く澄んだ朝に旅立った一行が、再び「おはよう」でセリナと重なる日まで、僕も静かに見守っています。 ……ところで、旅の途中で焼くパンのレシピ、どんなのをイメージしてる? バター多め? それともふわふわを抑えたハード系で魔力制御の練習?(笑)
第33章 王都への誓いと旅立ち
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