▶第1章「戦術士、語りと精霊に包まれる」
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「VOICEVOX:№7」ナレーション 「VOICEVOX:四国めたん」セリナ 「VOICEVOX:白上虎太郎」ユグ 「VOICEVOX:ナースロボ_タイプT」リュミナ 「VOICEVOX:青山龍星」ヴァルド 「VOICEVOX:WhiteCUL」エキストラ 「VOICEVOX:波音リツ」敵軍レイナ 「VOICEVOX:麒ヶ島宗麟」統率者ダグラス
クラシック音楽 Chopin-Nocturne-No2 Bach-CelloSuite-No1-Prelude Ravel-Bolero dovorak-Symphony-No9-4th
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第1章:「戦術士、詩集に逃げる。恋と椅子の硬さに悩む」
「……また、戦術書?」
月光が差し込む書庫の窓辺で、セリナ・ノクティアがユグ・サリオンの背後から声をかけた。 彼女の声は柔らかく、けれどどこかくすぐるような響きを持っている。
「これは戦術書じゃない。詩集だよ。戦術詩集だがね」
ユグは本から目を離さず、ページをめくる手を止めなかった。 その横顔は真剣そのものだが、耳がほんのり赤い。
「詩と戦術を混ぜるなんて、あなたくらいよ。恋の駆け引きも布陣で考えてそう」
「恋は戦より複雑だ。敵は予測できるが、君の笑顔は予測不能だ」
セリナはくすくすと笑った。 「それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」
「どちらでもない。ただの観察結果だ」
「ふふ、じゃあ私は“予測不能な微笑み”として、戦術書に載せておいて。 “敵軍の士気を乱す魔導姫の笑顔”って」
「……それは兵士の心を乱すだけでなく、戦術士の集中も乱す」
ユグはようやく本を閉じた。 その表紙には、古代語で『六星の残火』と刻まれている。
「ねえ、ユグ。あなた、本当に戦いたくないんでしょう?」
セリナの声が、ふと静かになった。 彼女はユグの隣に腰を下ろし、月光の中で彼の横顔を見つめる。
「戦いたくないよ。勝ちたいだけだ。できれば、誰も死なずに」
「それって、魔法みたいな理想ね」
「魔法よりも難しい。魔法は代償を払えば叶うが、理想は代償を払っても叶わないことがある」
セリナはしばらく黙っていた。 そして、そっとユグの肩に頭を預けた。
「……あなたの理想、好きよ。叶わなくても、好き」
ユグは驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。 「……君は、時々、爆撃より破壊力がある」
「それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」
「どちらでもない。ただの観察結果だ」
「またそれ! 新しい言い回し、探してよ」
「じゃあ……“君の言葉は、戦術士の心に直撃する魔導弾”」
「うん、それはちょっと嬉しい」
そのとき、書庫の扉が静かに開いた。 黒衣の影術士――リュミナ・ヴァルティアが、無言で二人を見つめていた。
「……戦術会議の時間です、ユグ様。セリナ殿も、そろそろ巫女の儀式の準備を」
彼女の声は冷たくはないが、感情の起伏を感じさせない。 月光に照らされた瞳は、どこか寂しげだった。
「ありがとう、リュミナ。すぐ行く」
ユグが立ち上がると、セリナもゆっくりと立ち上がった。 その瞬間、リュミナの視線がセリナに向けられる。
「……あなたの笑顔は、確かに予測不能ですね」
「え? それ、褒めてるの? 皮肉ってるの?」
「どちらでもありません。ただの観察結果です」
ユグが思わず吹き出した。 「流行ってるのか、その言い回し」
「ええ、あなたの影響です。戦術士の癖は、部下に伝染しますから」
セリナは笑いながら、ユグの袖を引いた。 「じゃあ、行きましょう。予測不能な笑顔と、理想主義の戦術士と、感情を隠す影術士で」
「……戦術的には最悪の組み合わせだ」
「でも、物語的には最高よ」
ユグは小さく笑った。 その笑顔は、戦場では決して見せない、静かな安らぎの色をしていた。
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第2章:「戦術士、詩集に逃げる。恋と椅子の硬さに悩む」
「……椅子が硬い。戦術より先に、尻が壊れる」
ユグ・サリオンは会議室の椅子に腰を下ろすなり、ぼそりと呟いた。 その声は誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けるような独り言。
「じゃあ、戦術士様のために、次回は羽毛入りの椅子を用意しましょうか?」 セリナ・ノクティアがすかさず返す。 その笑顔は、まるで春の風のように軽やかだ。
「羽毛は戦場で燃える。尻が炎上する」
「それはそれで、紅蓮王国らしくて素敵じゃない?」
「……君の“素敵”は、時々命に関わる」
リュミナ・ヴァルティアは、二人のやり取りを黙って見ていた。 彼女の指は、机の上の地図をなぞっている。 焔の城を中心に、魔導帝国の軍勢がじわじわと迫っていた。
「……敵軍、南西の峡谷に布陣。三日以内に進軍開始と予測されます」 リュミナの声は冷静だった。 だが、その瞳はユグの表情を一瞬だけ探るように揺れた。
「峡谷か。狭い地形は、こちらの魔導砲が活きる。 ただし、民間の避難が間に合わなければ、勝っても意味がない」
ユグは地図を見つめながら、指先で六星紋章のペンダントを無意識に撫でていた。
「……あなたって、ほんとに戦術士なの?」 セリナがぽつりと呟いた。
「どういう意味だ?」
「勝つことより、誰も死なないことを優先する。 それって、戦術士より詩人みたい」
「詩人は戦場で役に立たない。 ただ、詩人の理想は、戦術士の苦悩になる」
リュミナが静かに口を開いた。 「……ですが、理想を捨てた戦術は、ただの殺戮です」
ユグは彼女を見た。 その瞳には、言葉にできない感情が宿っていた。
「……ありがとう、リュミナ。君の言葉は、時々、鋼より重い」
「それは褒め言葉ですか?」
「いや、腰にくる」
セリナが吹き出した。 「もう、あなたたちの会話、戦術士と影術士のくせに漫才みたい」
「漫才は戦術だ。敵の集中を乱す」
「じゃあ、私も参戦するわ。笑顔で敵軍を混乱させる魔導姫として」
「……君はすでに、味方の集中を乱している」
リュミナの指が、地図の一点を止めた。 「ここ。峡谷の北端に、古代の魔力が残る遺跡があります。 セリナ殿の魔導詠唱なら、封印を解ける可能性が」
セリナは目を見開いた。 「遺跡って……あの“月の祈りの祭壇”?」
「はい。もし魔力を引き出せれば、敵軍の進軍を遅らせることができます」
ユグはしばらく黙っていた。 そして、静かに言った。
「……君たちがいると、戦術が詩になる。 それは、僕にとって、救いだ」
セリナは微笑んだ。 リュミナは、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。
「じゃあ、詩人の戦術士様。 次の作戦名は、“月と焔の協奏曲”なんてどう?」
「……敵軍が笑ってくれれば、勝てるかもしれない」
「それなら、私が笑わせてみせる。あなたの理想のために」
リュミナはその言葉に、何も言わなかった。 ただ、静かに地図を折りたたみ、ユグの前に差し出した。
「……作戦開始まで、あと二日。 準備は、詩人のように丁寧に。戦術士のように冷静に」
ユグは頷いた。 その瞳には、戦いへの恐れと、理想への希望が同居していた。
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第3章:「魔導姫と影術士と、戦術士の胃痛と絶望的な戦力差」
「……胃が痛い。戦術より先に内臓が崩壊する」
ユグ・サリオンは、焔の城の作戦室で地図を睨みながらぼやいた。 その隣で、セリナ・ノクティアが魔導茶を差し出す。
「じゃあ、胃薬に“絶望耐性”でも加えておく?」
「それは効きすぎて現実逃避になる。副作用は妄想と希望」
「希望は副作用なの?」
「この国では、そうだ。希望は胃痛の原因になる」
リュミナ・ヴァルティアが冷静に報告を始めた。
「魔導帝国、北方から進軍。推定兵数、四万。 こちら、動員可能兵力は三千四百十二。 地形と魔導支援を除けば、勝率は……計算不能です」
ユグは地図を指で叩いた。
「つまり、胃痛と地形で戦う。理想主義者の戦術、始まるよ」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ揺れた。 新たに編入された剣士隊長、ヴァルド・グレンハルトが腕を組んで唸る。
「三千で四万に挑むって、正気か? 俺は剣を振るうのは得意だが、理想で戦うのは苦手だ」
「安心して。僕も理想で戦うのは苦手だ。 でも、現実で戦うと胃が死ぬ」
セリナが笑いながら言った。
「ユグはね、理想を現実にする人なの。胃痛持ちだけど、天才よ」
若い魔導士が小声で呟いた。
「……あの人、本当に勝てるんですか?」
リュミナが静かに答える。
「彼は、非の打ちどころがありません。 ただし、打ちどころがない代わりに、胃が打たれています」
ユグは頭を抱えた。
「……君たちの信頼、重すぎて胃が潰れる」
ヴァルドが笑った。
「でもよ、あんたの戦術ってのは、どこか信じたくなる。 殺さずに勝つ? そんな馬鹿げた理想、俺は嫌いじゃねえ」
セリナが茶をすすりながら言った。
「ねえ、ユグ。敵って、魔導帝国でしょ? あの“魔導兵器部隊”も来てるって噂よ」
「うん。胃痛が、魔導兵器に反応してる」
リュミナが地図を指差す。
「峡谷の地形を利用すれば、敵の進軍を分断できます。 セリナ殿の霧魔導で視界を遮断し、ヴァルド隊が側面を叩く。 ユグ様は、中央で指揮を」
ユグは深呼吸した。
「……三千で四万に挑む。 殺さずに勝つには、奇跡が必要だ」
セリナが微笑んだ。
「じゃあ、奇跡を起こす茶でも淹れようか? 副作用は、恋と妄想」
ユグは顔を背けた。耳が赤い。
「……君は、時々、魔導兵器より破壊力がある」
リュミナは何も言わなかった。 ただ、静かに剣を抜いた。
「作戦開始まで、あと一刻。 胃薬は、今のうちに」
ユグは地図を見つめながら、呟いた。
「……紅蓮王国は弱小国だ。 でも、理想は強い。 それを証明するために、胃痛と妄想で戦う」
そして、彼は立ち上がった。 三千の兵を率いて、四万の敵に挑むために。
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第4章:「三千の理想、四万の現実に挑む」
「霧、展開完了。視界、五十歩先まで遮断」
セリナ・ノクティアの声が、魔導通信石を通じて響いた。 峡谷は幻想の霧に包まれ、敵も味方も、互いの姿を見失っている。
「影術、側面撹乱開始。敵隊列、分断成功」
リュミナ・ヴァルティアの報告は冷静だった。 だがその声の奥には、ユグ・サリオンへの信頼が滲んでいた。
ユグは、三千の兵士を前に立ち、静かに言った。
「……敵は四万。こちらは三千。 普通なら、勝てない。だから、普通じゃない方法で勝つ」
兵士たちは黙って頷いた。 彼らはユグの戦術に命を預けている。 殺さずに勝つ――その理想に、賭けている。
「第一陣、弓兵。霧の中、音で誘導。 第二陣、魔導士。幻影で敵を誘導。 第三陣、剣士。接触は避け、足を狙え。殺すな。止めろ」
「……胃痛が悪化する」
誰かがぼそりと呟いた。 ユグは笑った。
「それは、戦術士の宿命だ。胃薬は後で配る」
セリナの声が再び届いた。
「敵、混乱中。中央突破を諦めて、左右に分散してる。 あなたの作戦、詩みたいに綺麗よ」
「詩は戦場で役に立たない。 でも、詩のような戦術は、心を守る」
リュミナの声も続いた。
「敵指揮官、動揺中。こちらの兵数を誤認している可能性あり。 “三千の理想”とでも呼ぶべき状況です」
「……それ、ちょっと気に入った」
ユグは剣を抜いた。 彼自身が戦うことは少ない。だが、兵士たちの前に立つことで、理想を示す。
「僕らは、誰も死なせない。 敵も、味方も。 それが、戦術士としての誇りだ」
霧の中、弓が放たれ、幻影が踊り、剣が地を打つ。 叫び声はない。血の匂いも、ほとんどない。 ただ、混乱と静かな制圧が広がっていく。
セリナが魔導通信石に囁いた。
「ねえ、ユグ。あなたの理想、ほんとに届いてるよ。 この霧の中で、誰も死んでない。 あなたの“妄想”、現実になってる」
ユグは答えなかった。 ただ、霧の中で立ち尽くし、三千の動きを見守っていた。
リュミナが最後に報告した。
「敵軍、撤退開始。死者、ゼロ。 こちらの負傷者、軽傷三十名。 作戦名、“六星の残火”――成功です」
ユグは、そっと剣を納めた。 胃痛は、まだ残っていた。 だが、その痛みは、誇りに変わっていた。
「……奇跡じゃない。これは、理想の証明だ」
セリナとリュミナは、それぞれの場所で、静かに微笑んだ。 そして、霧の中に、三千の足音が響いた。
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第5章:「魔導帝国、理想主義者に撤退を強いられる」
「……撤退、ですか?」
副官レイナ・ヴァルスは、言葉を選びながら問いかけた。 魔導帝国軍、第四方面軍。兵数四万。 対する紅蓮王国、三千余。 常識的に見れば、勝利は確定していた。
だが、現実は違った。
「そうだ。撤退だ」 統率者グラウス・エル=ヴァルドは、地図を睨みながら答えた。 その顔には、敗北の色ではなく、理解不能への苛立ちが浮かんでいた。
「敵は、紅蓮王国。弱小国。 兵力も、魔導資源も、我が帝国の十分の一以下。 なのに、我々は……先手を取られ続けた」
レイナは眉をひそめた。
「敵の指揮官、ユグ・サリオン。 報告によれば、胃痛持ちの理想主義者。 戦術より妄想を語る男だと」
「妄想? 違う。あれは――獰猛な魔獣だ」
グラウスは拳を握った。
「霧を操り、幻影を使い、我が軍の進軍を分断した。 地形を読み、兵の心理を突き、我々の動きを三手先まで読んでいた」
「まるで、理想を武器にするような……」
「そうだ。奴は“殺さずに勝つ”などとほざいていた。 だが、実際には――我が軍の士気を削り、陣形を崩し、 兵たちに“戦う意味”を見失わせた」
レイナは静かに言った。
「兵士たちは、彼を“鬼”と呼んでいました。 姿は見えず、声も届かず。 ただ、戦場の空気が、彼の理想に染まっていたと」
グラウスは椅子に沈み込んだ。
「我々は、勝てるはずだった。 だが、あの男は、戦術ではなく“信念”で戦った。 そして、それが兵士たちの心を奪った」
「次は、彼を殺すべきです」
「殺せるならな。だが、あの“鬼”は、殺さずに勝つ。 だから怖い。だから、撤退は最善だった」
レイナは地図を見つめた。 峡谷には、まだ霧が残っている。
「……彼の理想は、戦場を詩に変えた。 それが、我々の現実を崩した」
グラウスは目を閉じた。
「次に会う時は、理想ではなく、現実で叩く。 だが――胃痛持ちの魔獣に、現実が通じるかは、わからん」
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第1章「戦術士、語りと精霊に包まれる」
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