猫でも書ける短編小説
◀夢の残響と果実の記憶
▶第1章:静かな村での再生(希望の始まり)
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4章:果実の片割れ(魔力喪失編)
その朝、王都には冷たい雨が降っていた。 空は灰色に沈み、学院の庭も塔の窓も、すべてが静かだった。 ルイは記録帳を開いたまま、何も書けずにいた。 ページの余白が、彼の心の空白と重なっていた。 エリナは、いつものように塔へ来なかった。 鼻歌も、焼き菓子の匂いも、窓辺の笑顔も、すべてが消えていた。 「……彼女は、儀式へ向かった」 ミナの言葉が、昨日の夜に残響のように響いていた。 神託の巫女は、王国の災厄を封じるために命を捧げる。 それが、彼女に課された運命だった。 ルイは塔を飛び出した。 雨の中、魔法書を抱えて神殿へ向かう。 途中、学院の門でカイルとすれ違った。 彼もまた、神殿へ向かっていた。 「ルイ、お前も……?」 「彼女を救う。それだけだ」 「俺もだ。だけど、儀式はもう始まってる。間に合うかどうか……」 二人は言葉を交わさず、ただ走った。 神殿の扉が開かれ、儀式の光が空へと昇っていた。 エリナは、神託の衣をまとい、祭壇の中央に立っていた。 その姿は、まるで果実の片割れのように、完璧で、孤独だった。 「エリナ!」 ルイの声が、神殿に響いた。 彼女はゆっくりと振り返る。 「……来ちゃったんだ」 「君を失うなんて、僕には耐えられない」 「でも、王国を守るには、誰かが選ばれなきゃいけない。私は、それを受け入れたの」 「そんなの、間違ってる。君がいない世界なんて、意味がない」 カイルが一歩前に出る。 「俺も、君を守りたい。でも、どうすればいいか分からない」 エリナは微笑んだ。 その笑顔は、雨の中で光っていた。 「二人とも、ありがとう。こんなに誰かに想われたの、初めてかもしれない」 ルイは魔法書を開いた。 禁術のページが、雨に濡れて震えていた。 「僕の魔力を代償にする。災厄を、僕の命の力で封じる」 「ルイ、それは……君自身が魔法を使えなくなる。学院にも戻れない」 「構わない。君が生きるなら、それでいい。僕は、君を選ぶ」 エリナは、彼の手に触れた。 その手は、確かに温かく、確かに生きていた。 「私、君に出会えてよかった。選ばれるだけじゃなく、選びたかった。君を」 禁術が発動し、神殿の空が裂ける。 災厄の黒い霧が、ルイの身体へと吸い込まれていく。 彼の魔力が、光となって空へ昇る。 雨が止んだ。 空が、静かに晴れていく。 エリナは倒れ込むが、命は繋がっていた。 カイルは彼女を抱きかかえ、ルイはその場に膝をついた。 彼の手は、もう魔法の力を持っていなかった。 指先に感じるのは、ただの温度と鼓動だけ。 「君は、僕の光だった。今も、これからも」 その言葉に、エリナは微笑みながら目を閉じた。 果実の片割れは、再び隣に戻った。 けれど、ルイの世界からは、魔法という色が消えていた。
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第5章:雨が止むまで(救済編)
儀式の夜が明け、王都の空は澄み渡っていた。 長く降り続いた雨は止み、神殿の庭には朝露が光っていた。 ルイは、神殿の石床に膝をついたまま、動けずにいた。 彼の身体からは、魔力の気配が完全に消えていた。 指先に感じるのは、ただの温度と鼓動だけ。 魔法学徒としての力は、もう彼の中にはなかった。 「……終わったんだな」 彼の声は、誰にも届かないほど小さかった。 けれど、その静けさの中で、誰かの足音が近づいてくる。 「ルイ……」 エリナだった。 儀式の光に包まれた彼女は、命を繋ぎ、今ここに立っていた。 その顔には疲れが滲んでいたが、瞳は確かに生きていた。 「君が……生きてる」 「うん。君が、私を引き戻してくれた」 彼女はそっと膝をつき、ルイの手に触れた。 その手は、もう魔法の力を持っていなかった。 けれど、彼女の手と重なった瞬間、確かな温もりが広がった。 「君の魔力、全部使ったんだって。セラが言ってた」 「……もう、魔法は使えない。学院にも戻れない」 「それでも、君は私を選んでくれた」 エリナは、焼き菓子の包みを取り出した。 それは、いつも彼に渡していたレモンの焼き菓子だった。 「食べる? ちょっと苦いけど、あとから甘くなるよ」 ルイはそれを受け取り、口に含んだ。 苦味のあとに、柔らかな甘さが広がる。 「……変わらない味だ」 「うん。でも、君が食べると、少し違って感じる」 二人は、神殿の庭に並んで座った。 空は晴れ、風が静かに吹いていた。 「君は、これからどうする?」 「分からない。でも、君がいるなら、どこへでも行ける気がする」 「僕は、魔法を失った。でも、君を救えた。それだけで、十分だ」 エリナは、彼の肩に頭を預けた。 その仕草は、儀式の前とは違っていた。 彼女はもう、誰かに選ばれるだけの存在ではなかった。 「私ね、ずっと怖かった。誰かの期待に応えることばかりで、自分の気持ちを言えなかった」 「君は、強い人だ。でも、弱さを見せてくれたから、僕は君を選べた」 「ありがとう、ルイ。君がいてくれて、よかった」 その言葉に、彼は静かに目を閉じた。 彼の妄想の世界は、もう存在しなかった。 けれど、現実の中で、彼女の声が響いていた。 「君は、今でも僕の光だ」 空には、雨の名残が一筋だけ残っていた。 それは、果実の片割れが再び隣に戻った証だった。
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エピローグ:果実の片割れと光の道
王国リュミエールの空は、儀式の夜以来、穏やかな晴れが続いていた。 災厄は封じられ、神殿の光も静まり、王都は平穏を取り戻していた。 けれど、学院の塔にはもうルイの姿はなかった。 彼は魔法学徒としての資格を失い、記録者としての役割も終えていた。 それでも、彼の隣にはエリナがいた。 命を繋ぎ、選ばれるだけの存在ではなく、自ら選び取った旅路を歩む者として。 「ねえ、ルイ。王都を出ようか」 「……君がそう言うなら、どこへでも」 「私、見てみたいの。王国の外の空。君と一緒に」 二人は、王都の北門を抜け、霧深き森を越えて、まだ見ぬ土地へと歩き出した。 ルイの魔力は失われていたが、彼の記憶と感受性は残っていた。 エリナの神託の力も、儀式の代償で弱まり、ただの少女として生きることになった。 それは、奇跡のような普通だった。 旅の途中、二人は小さな村に立ち寄った。 エリナは薬草を摘み、ルイは村の子どもたちに物語を語った。 彼の妄想は、もう現実を逃れるためのものではなく、誰かの心を照らす灯火になっていた。 「ルイの話、好き。空の巫女と、魔法を失った騎士の話」 「それは、君と僕の話だよ」 「でも、最後はどうなるの?」 「……まだ、書いてない。君が隣にいる限り、終わらない物語だから」 夜、焚き火のそばでエリナが言った。 「私ね、あの儀式の時、少しだけ死にかけた。でも、君の声が聞こえたの。『君を選ぶ』って。あれが、私を引き戻してくれた」 「僕は、魔法を失った。でも、君を救えた。それだけで、十分だった」 「ねえ、ルイ。君は今、幸せ?」 「……分からない。でも、君が笑ってるなら、それが答えかもしれない」 彼女は、焼き菓子の包みを取り出した。 それは、いつものレモンの焼き菓子だった。 「食べる? ちょっと苦いけど、あとから甘くなるよ」 ルイはそれを受け取り、口に含んだ。 苦味のあとに、柔らかな甘さが広がる。 「……変わらない味だ。でも、今は少しだけ、甘さが先に来る気がする」 「それは、君が変わったからだよ」 空には、星が瞬いていた。 果実の片割れは、もう引き裂かれていなかった。 二人は、互いの光となって、静かに旅を続けていた。
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第1章:静かな村での再生(希望の始まり)
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