| 【名無しさん】 2025年11月2日 20時9分3秒 | 猫でも書ける短編小説 ▶第5章「嫉妬の色」 |
| 【名無しさん】 2025年11月1日 20時42分26秒 | 第1章「宿屋の息子、学園へ」 魔法学園の入学試験会場は、朝からざわざわと騒がしかった。王都の中央にそびえる白亜の塔、その一角に設けられた試験場には、王国中から集まった若者たちが緊張と期待を胸に列を作っていた。 その中に、ひときわ地味な少年がいた。ルイ・アーデル。海辺の街の宿屋の息子。見た目は普通、いや、普通以下。髪はぼさぼさ、制服は少しサイズが合っていない。目立たないように隅っこに立っているが、逆に目立っている気がするのは気のせいだろうか。 「……ああ、帰りたい」 ルイは心の中で何度目かの逃走願望を唱えていた。だが、足は動かない。いや、動かせない。隣に立つ少女が、彼の袖をしっかり握っているからだ。 「ルイ、顔が死んでるよ。大丈夫?」 セリナ・エルフェリア。王国の名家に生まれた才色兼備の少女。魔力保有量は学園史上最高、頭脳明晰、しかも性格は天真爛漫。そんな彼女が、なぜか昔からルイに懐いている。 「だ、大丈夫じゃないけど……なんとかなる……かも……しれない……といいな……」 「弱気すぎる!」 セリナは笑って、ルイの背中をぽんと叩いた。軽いはずのその一撃が、ルイの心臓に直撃する。 (いや、無理だって。僕の魔力指数、昨日の予備測定で0.3だったんだぞ? しかも誤差の範囲って言われたし。セリナは……確か、1200超えてたよな。どういうことだよ、同じ人間なのに) ルイは自分の手を見つめる。何度も計算した。魔力の流れ、魔術式の構造、最適化の可能性。理論上は、魔力が少なくても魔法は使えるはずなのだ。だが、現実は非情だった。 「次、ルイ・アーデルさん」 試験官の声が響く。ルイはびくっと肩を震わせた。周囲の視線が集まる。ざわ……と小さな笑いが漏れる。 「宿屋の息子だって」「魔力、ほぼゼロらしいよ」「なんで受けに来たの?」 (うん、知ってた。こうなるって。予想通り。計算通り。……いや、計算外だ。心が痛い) ルイはよろよろと測定器の前に立つ。魔力測定器は、手をかざすだけで魔力指数を表示する仕組みだ。セリナが使ったときは、光が眩しくて試験官が目を細めたほどだった。 ルイが手をかざすと、機械が一瞬沈黙した。 「……えーと、魔力指数、0.2ですね」 「え、桁、合ってます?」 試験官が思わず確認する。周囲がどっと笑った。 「0.2って、虫以下じゃね?」「魔法使えるの?」「いや、魔法以前に生きてるの?」 (うん、虫以下。僕は虫以下。いや、虫に失礼かもしれない。ごめん、虫) ルイはそっと手を引っ込めた。顔を真っ赤にして、俯く。逃げたい。でも、セリナが目の前に立っていた。 「ルイは頭いいもん。数字で世界を変えられるよ」 その言葉に、ルイは顔を上げた。セリナの瞳は真っ直ぐだった。嘘じゃない。彼女は本気でそう思っている。 (……信じてくれてる。僕のことを。セリナだけは) ルイは小さく笑った。自分でも驚くほど、自然な笑顔だった。 「ありがとう。でも、世界を変えるには、まず自分の部屋から出る勇気が必要だな」 「それはもう出てるよ。ほら、今ここにいるじゃん」 セリナはにっこり笑った。ルイの心臓が跳ねる。 (……やばい。好きだ。やっぱり好きだ。いや、でも彼女は名家の令嬢で、僕は宿屋の息子で、魔力0.2で、虫以下で……) 思考がぐるぐる回る中、試験は進んでいく。魔法構築試験では、ルイは簡単な魔術式を提出した。計算式は完璧だったが、魔力が足りず発動には至らなかった。 「構築理論は優秀ですね。魔力があれば……」 試験官の言葉に、ルイは苦笑した。 (魔力があれば、ね。もし“あれば”って言葉が魔法だったら、僕は最強だ) 試験が終わり、帰り道。セリナはルイの隣を歩いていた。風が心地よく、街の喧騒が遠くに聞こえる。 「ねえ、ルイ。学園生活、楽しみだね」 「……うん。まあ、地獄の予感しかしないけど」 「そんなことないよ。私がいるし、レオンもいるし」 「レオンか……あいつ、魔力も剣も完璧だし、顔もいいし、性格もいいし、将来有望だし……」 「ルイもいいとこあるよ。計算とか、優しさとか、あと……」 セリナは言いかけて、口をつぐんだ。ルイは気づかないふりをした。 (“あと”ってなんだろう。でも、聞けない。怖い。期待して、違ったら……) 二人は並んで歩く。夕焼けが街を染める中、ルイはふと思った。 (僕は、魔法使いじゃない。魔力もない。でも、数字なら操れる。世界を変えるには、魔法じゃなくて……計算かもしれない) その瞬間、彼の中で何かが芽生えた。小さな、小さな可能性の種。 そして、物語は始まる。宿屋の息子が、数字で世界を変える旅へと。 |
| 【名無しさん】 2025年11月1日 20時41分16秒 | 第2章「ごろつき事件」 昼下がりの王都は、いつもより少し騒がしかった。魔法学園の入学式を終えたばかりの生徒たちが、制服姿で街を歩き回っている。ルイ・アーデルもその一人だった。いや、正確には、彼は街の片隅で、なるべく目立たないように歩いていた。 (セリナに誘われたから来たけど……人、多すぎない? これ、罠じゃない?) ルイは人混みの中で、そわそわと周囲を見回していた。セリナはお菓子屋に寄ると言って、先に行ってしまった。彼女のことだから、きっと店員と仲良くなって、試食をもらって、笑顔で帰ってくるだろう。 (それにしても、あの制服姿……目立ちすぎだろ。あれはもう、光属性の魔法だよ。眩しい) ルイがそんなことを考えていたときだった。路地裏から、怒鳴り声が聞こえた。 「おい、嬢ちゃん。いい服着てんな。ちょっと付き合えよ」 「やめてくださいっ!」 聞き慣れた声。セリナだ。 (え、えええええええええ!? なんで!? お菓子屋じゃなかったの!?) ルイは慌てて声の方へ走った。路地裏には、セリナが三人の不良に囲まれていた。彼らは見るからに柄が悪く、魔法の腕輪をジャラジャラと鳴らしている。 「やめろ!」 ルイは叫んだ。叫んだだけだった。次の瞬間、彼は地面に転がっていた。 「……え? もう?」 殴られたらしい。いや、蹴られたのかもしれない。とにかく、痛い。顔が痛い。腹も痛い。何より、心が痛い。 (計算外だ。いや、計算してなかった。そもそも、戦闘力ゼロだった) 「ルイ!」 セリナが叫ぶ。彼女は必死に不良たちを振りほどこうとしている。ルイは、血の味を感じながら、なんとか立ち上がろうとした。 「やめろって言ってんだろ……!」 声は震えていた。足も震えていた。でも、彼は前に出た。もう一度、殴られた。今度は鼻血が出た。 (うん、これ以上は無理だ。勇気って、痛い) そのときだった。路地裏に、光が差し込んだ。いや、光そのものが現れた。 「そこまでだ」 低く、凛とした声。白銀の鎧を纏った青年が、剣を構えて立っていた。レオン・ヴァルクス。聖騎士候補。王国騎士団の名門の子息。完璧な男。 「聖騎士団候補、レオン・ヴァルクスだ。市民への暴力は、王国法により即刻拘束対象となる」 不良たちは顔を引きつらせた。レオンは一歩踏み出すと、剣を振るった。光が走り、魔法の腕輪が砕け散る。次の瞬間、不良たちは地面に倒れていた。 「セリナ、大丈夫か?」 レオンが駆け寄る。セリナは涙を浮かべて頷いた。 「うん……ありがとう、レオン」 ルイは、地面に転がりながら空を見上げていた。鼻血が止まらない。頬が腫れている。服は泥だらけ。 (……俺、またかっこ悪いな) 彼は苦笑した。セリナがレオンに抱きしめられているのを見て、胸がちくりと痛んだ。 (でも、守れた。……いや、守れてないか。むしろ、邪魔だったかも) 「ルイ!」 セリナが駆け寄ってきた。彼の顔を見て、目を見開いた。 「ひどい……! なんで、無理して来たの?」 「いや……なんか、気づいたら走ってた。反射的に」 「バカ……」 セリナは涙をこぼしながら、彼の頬に手を当てた。魔力が流れ、傷が少しずつ癒えていく。 「……ありがとう」 ルイは小さく呟いた。セリナは頷いたが、その目はどこか寂しげだった。 (なんでだろう。僕が無理したから? それとも、レオンが来たから?) レオンが近づいてきた。彼はルイに手を差し伸べた。 「よくやったな、ルイ。勇気は、魔力よりも強い時がある」 「……いや、僕のは無謀って言うんだよ。勇気ってのは、勝てる人がやることだ」 「違うさ。負けるとわかっていても、立ち向かうのが本当の勇気だ」 ルイはその言葉に、少しだけ救われた気がした。 (レオンは、やっぱりかっこいいな。完璧だ。……セリナが好きになるのも、当然だよな) 三人は並んで歩き出した。夕暮れの街を、ゆっくりと。 セリナはルイの腕をそっと取った。彼は驚いたが、何も言えなかった。 (……僕は、ただの宿屋の息子。魔力0.2。虫以下。でも、セリナが笑ってくれるなら、それでいい) その笑顔が、彼の心を少しだけ温めた。 そして、三人の物語は、少しずつ動き始める。 |
| 【名無しさん】 2025年11月1日 20時40分36秒 | 第3章「三人の放課後」 魔法理論の授業が終わった午後、教室にはまだ数人の生徒が残っていた。窓から差し込む光が、机の上の魔術式を照らしている。 「この数式、やっぱりおかしいって。ここ、魔力の流れが逆転してる」 レオンが眉をひそめながら、セリナのノートを指差した。 「え? でも、先生はここを“安定式”って言ってたよ?」 「先生が言ってたからって、正しいとは限らないだろ。俺は実戦で使ってみたんだ。結果、結界が崩れた」 「うそ! それ、魔力の供給が足りなかっただけじゃない?」 「いや、供給は十分だった。問題は構造だ」 二人の言い合いは、まるで魔法理論の戦争だった。ルイは隅の席で、そっとノートを開いていた。 (……また始まった。セリナとレオンの魔法論争。どっちも頭いいし、どっちも譲らないし、どっちも声が大きい) 彼はため息をつきながら、二人のノートをちらりと見た。確かに、セリナの式には微妙なズレがあった。魔力の流れが、理論上は安定しているが、実戦では不安定になる可能性がある。 (……ここだな。魔力の流入角度が、理論値より0.3度ズレてる。これ、反射式で補正すれば……) ルイは自分のノートに、さらさらと数式を書き込んだ。魔力の流れ、角度、反射率、魔術式の再構築。彼の手は止まらない。 「ルイ、どう思う?」 セリナが突然振り向いた。ルイはびくっと肩を跳ねさせた。 「え、あ、えっと……ちょっとだけ、ズレてるかも」 「ズレてる? どこが?」 「ここ。魔力の流入角度が、理論値より0.3度ズレてる。だから、反射式で補正すれば安定すると思う」 ルイは自分のノートを差し出した。セリナとレオンが覗き込む。 「……なるほど。確かに、反射式で補正すれば、魔力の流れが均一になる」 レオンが頷いた。セリナも目を輝かせた。 「すごい! ルイ、やっぱり頭いい!」 「いや、そんな……ただの計算だし……」 ルイが照れくさそうに笑った瞬間だった。 「じゃあ、試してみよう!」 セリナが魔術式を展開した。魔力が集まり、光が走る。 「え、ちょ、待って! まだ調整してない!」 ルイの声が届く前に、魔法陣が暴発した。 「きゃっ!」「うわああっ!」 爆煙が教室を包む。机が跳ね、椅子が転がり、黒板が揺れた。 煙が晴れると、三人は煤まみれで床に転がっていた。 「……ごめん。ちょっとだけ、早まったかも」 セリナが頭を掻きながら笑った。ルイは咳き込みながら、顔を拭いた。 「いや、僕の計算が甘かった。反射率、もう少し下げるべきだった」 「俺の魔力供給も、ちょっと強すぎたかもな」 レオンも苦笑する。 三人は顔を見合わせて、笑った。教室の隅で、誰かが「またかよ……」と呟いたが、気にしない。 「なんか、昔みたいだね」 セリナがぽつりと呟いた。その言葉に、ルイの胸がきゅっと締め付けられた。 (昔……そうだ。セリナが屋敷を抜け出して、僕の宿屋に来てた頃。一緒に魔法の本を読んで、紙に魔術式を書いて、失敗して、爆発して……) 「懐かしいな。あの頃は、魔法っていうより、爆発芸だったよな」 レオンが笑う。セリナも頷く。 「でも、楽しかった。ルイがいつも、すごい計算してくれて。私、全然わかんなかったけど、なんか安心してた」 「……僕は、ただの数字オタクだっただけだよ」 「違うよ。ルイがいたから、私、魔法が好きになったんだよ」 その言葉に、ルイは言葉を失った。胸が、じんわりと熱くなる。 (……セリナは、僕のことをそんなふうに思ってくれてたんだ。でも、僕は……) 彼は目を伏せた。セリナの笑顔が、眩しすぎた。 (……やっぱり、僕にはもったいないよ。彼女には、レオンみたいな人が似合ってる) 「ルイ?」 セリナが覗き込む。ルイは慌てて顔を上げた。 「う、うん。なんでもない。ちょっと、煤が目に入っただけ」 「ふふ、じゃあ、洗いに行こうか。三人で」 「そうだな。俺の鎧も、煤まみれだし」 三人は並んで教室を出た。夕暮れの廊下を、笑いながら歩いていく。 その背中は、どこか懐かしくて、あたたかかった。 そして、物語はまた一歩、進んでいく。 |
| 【名無しさん】 2025年11月1日 20時39分58秒 | 第4章「最弱、魔法大会に出る」 魔法学園の中庭は、朝からざわついていた。年に一度の「新入生魔法大会」。それは、魔力と技術を競い合う晴れ舞台であり、同時に“誰が目立つか”を決める非公式人気投票でもある。 「ルイ、出場するって本気?」 セリナが目を丸くして言った。彼女の手には、焼きたてのクロワッサン。朝からお菓子を持っているあたり、さすがだった。 「うん……まあ、出るだけならタダだし」 「いや、タダでも命がけだよ!? 魔力指数0.2で魔法大会って、勇者か無謀かの二択だよ!」 「勇者って言ってくれるの、セリナだけだと思う」 ルイは苦笑した。正直、出場を決めたのは勢いだった。昨日、レオンが「俺も出るぞ」と言ったのを聞いて、なぜか「じゃあ僕も」と口が滑った。 (あれは完全に事故だった。口が勝手に動いた。脳は止めようとしてた。心は逃げようとしてた。なのに、口だけが……) 「でも、ルイなら勝てるかもって思ってるよ。だって、計算魔法でしょ?」 セリナの言葉に、ルイは目を伏せた。 (勝てる……か。いや、勝てるわけない。魔力はない。筋力もない。人気もない。あるのは、紙とペンと、ちょっとだけの計算力) それでも、彼は出場を決めた。理由は、たぶん、セリナが笑ってくれたから。 大会は、魔法の基本「スパーク」を使った技術競技から始まった。スパークとは、魔力を一点に集中させて放つ初級魔法。威力は低いが、制御が難しい。 「次、ルイ・アーデル!」 会場がざわついた。あの“魔力0.2”の少年が出るらしい。観客席からは、ひそひそ声が漏れる。 「え、あの子?」「魔法、出るの?」「見物だな」 (うん、見物だよね。僕も見物したい。自分の魔法が出るかどうか、観客席から見たい) ルイは深呼吸した。手には、ぎっしりと数式が書かれた紙。彼は、魔術式を再構築していた。スパークの魔力流路を最短化し、反射角を調整し、魔力消費を0.1以下に抑える計算。 (理論上は、魔力0.2でも発動可能。問題は、実際に出るかどうか) 彼は、紙を見ながら魔術式を展開した。詠唱はない。彼の魔法は、無詠唱・多重詠唱型。魔力を数式で制御する。 「スパーク、発動」 静かな声とともに、彼の手から光が走った。 「……出た!」 会場がどよめいた。小さな光球が、一直線に的へ向かい、中心を貫いた。 「命中、中心点!」 試験官が叫ぶ。観客席がざわつく。 「え、今のって……」「魔力0.2で!?」「どういうこと!?」 ルイは、呆然と立ち尽くしていた。自分でも、信じられなかった。 (出た……本当に出た。計算通りに、魔法が……) セリナが、観客席から立ち上がって拍手していた。笑顔だった。まぶしいくらいに。 (……ああ、よかった。セリナが笑ってる。それだけで、出た意味があった) レオンも、腕を組んで頷いていた。 「やるじゃないか、ルイ。あれが、お前の魔法か」 ルイは、少しだけ胸を張った。初めて、自分の力を実感した瞬間だった。 大会の結果は、ルイが技術部門で特別賞を受賞。魔力指数では最下位だったが、魔術式の精度と革新性が評価された。 「ルイ、すごいよ! ほんとに、数字で世界を変えたね!」 セリナが駆け寄ってきた。ルイは照れくさそうに笑った。 「いや、世界は変わってないよ。的がちょっと光っただけ」 「でも、私の世界は変わったよ。ルイって、やっぱりすごい」 その言葉に、ルイは言葉を失った。胸が、じんわりと熱くなる。 (……セリナの世界。僕が、変えられたのかな) レオンが近づいてきた。彼は、ルイの肩をぽんと叩いた。 「次は、実戦だな。俺と組んでみるか?」 「え、組むって……僕、戦力にならないよ」 「いや、計算魔法ってのは、俺の剣より鋭いかもしれない」 ルイは、少しだけ笑った。 (レオンは、やっぱりかっこいい。でも、僕も……少しくらいは、かっこよくなれたかな) 三人は並んで歩いた。夕暮れの学園を、笑いながら。 そして、物語はまた一歩、進んでいく。 |
| 【名無しさん】 2025年11月2日 20時10分6秒 | ▶第5章「嫉妬の色」 |