| 【名無しさん】 2025年11月3日 20時19分26秒  | 猫でも書ける短編小説 ◀第1章「宿屋の息子、学園へ」 ▶第9章「心の距離」  | 
| 【名無しさん】 2025年11月2日 20時4分21秒  | 第5章「嫉妬の色」 魔法大会の翌日、学園の中庭はいつもより少しだけざわついていた。話題の中心は、もちろん“魔力0.2の奇跡”ことルイ・アーデル。 「見た? あのスパーク」「まさか中心に当てるとはね」「あれ、偶然じゃないの?」 そんな声が飛び交う中、ルイは木陰のベンチでひっそりと昼食のパンをかじっていた。セリナが焼いてくれた、ほんのり甘いハチミツパン。ふわふわで、口の中でとろける。 (……うまい。けど、胃が重い) 昨日の勝利は、確かに嬉しかった。けれど、それ以上に、周囲の視線が重く感じる。注目されるのは苦手だ。できれば、透明人間になって隅っこで静かに暮らしたい。 「ルイ!」 セリナの声が聞こえた。振り返ると、彼女が小さな包みを手に駆け寄ってくる。 「これ、はいっ!」 差し出されたのは、手縫いの小さな布袋。中には、魔除けのルーンが刻まれたお守りが入っていた。 「昨日のご褒美。ルイ、すっごく頑張ったから。これ、私の手作りだよ」 「え……あ、ありがとう。でも……」 ルイは言葉に詰まった。心の中で、ぐるぐると思考が渦を巻く。 (これって、もしかして……いや、違う。きっと“友達として”だ。セリナは優しいから。誰にでも優しいから。これは、そういうやつだ) 「……これ、レオンに渡したら?」 「え?」 セリナの笑顔が、ぴたりと止まった。まるで、時間が凍ったようだった。 「レオンの方が、ふさわしいよ。僕より、ずっと強いし、かっこいいし……セリナのこと、守れるし」 「……ルイ、それ、本気で言ってるの?」 「うん。だって、僕なんかより……」 「“なんか”って言わないで!」 セリナの声が、思いのほか大きく響いた。周囲の生徒たちがちらりとこちらを見る。ルイは慌てて声を潜めた。 「ご、ごめん……でも、僕は……」 「もういい」 セリナはお守りを握りしめると、くるりと背を向けて走り去ってしまった。 (あれ……? なんで怒ったんだろう。僕、何か間違ったこと言った? いや、でも……) ルイは頭を抱えた。自分の言葉が、彼女を傷つけたことだけはわかる。でも、どうしてかはわからない。 (セリナは、レオンのことが好きなんじゃないのか? だったら、僕がもらうより、彼に渡した方が……) 「……お前、またやったな」 背後から声がした。レオンだった。腕を組み、少し呆れたような顔をしている。 「やったって、何を?」 「セリナの気持ち、気づいてないのか?」 「え……?」 「お前、あいつの目を見てなかったのか? あんなに嬉しそうにしてたのに」 ルイは黙った。見ていた。あの笑顔は、確かに自分に向けられていた。けれど、それを信じるのが怖かった。 「……僕なんかが、勘違いしちゃいけないと思って」 「勘違いじゃないかもしれないだろ」 レオンの声は、どこか寂しげだった。 「俺も……セリナのこと、好きなんだ。でも、あいつが誰を見てるかくらい、わかるよ」 「……」 「だから、ちゃんと向き合えよ。逃げるな」 ルイは、拳を握った。心の中で、何かが軋む音がした。 (向き合う……? でも、もし違ったら? もし、僕の勘違いだったら? 期待して、裏切られたら……) 「……僕は、セリナの幸せを願ってる。それだけだよ」 「それで、あいつが泣いてもか?」 レオンの言葉に、ルイは顔を上げた。レオンは、真っ直ぐに彼を見ていた。 「……泣いてたのか?」 「さあな。俺には、そう見えたけど」 レオンはそれだけ言うと、背を向けて歩き出した。 その日の夕方、ルイは一人で図書館にいた。魔術式の本を開いても、文字が頭に入ってこない。 (僕は、何をしてるんだろう。セリナの気持ちを、ちゃんと見ようとしてなかった。怖くて、逃げてただけだ) 彼は机に突っ伏した。お守りのことを思い出す。あの小さな布袋に込められた想いを、勝手に否定してしまった自分が、情けなかった。 (でも、どうすればいい? 今さら、謝っても……) そのとき、図書館の扉が開いた。セリナだった。目が少し赤い。けれど、笑っていた。 「ルイ。……ちょっと、いい?」 「う、うん」 セリナは、ルイの隣に座った。しばらく、沈黙が流れる。 「さっきは、ごめん。怒鳴って」 「いや、僕の方こそ……ごめん。セリナの気持ち、ちゃんと考えてなかった」 「ううん。私も、ちゃんと伝えてなかったから」 セリナは、そっとお守りを机に置いた。 「これ、やっぱりルイに持っててほしい。私が、ルイのために作ったんだもん」 ルイは、それを見つめた。今度は、断らなかった。そっと手に取り、胸元にしまった。 「ありがとう。……大事にするよ」 セリナは、ふわりと笑った。その笑顔は、どこか安心したようで、少しだけ照れていた。 その夜、ルイはベッドの上でお守りを見つめていた。小さな布袋の縫い目は、少し曲がっていて、ところどころ糸が飛び出している。 (……不器用だな、セリナ。でも、あったかい) 彼は、そっと目を閉じた。胸の奥に、じんわりと広がる感情。それは、たぶん—— 「……嫉妬、か」 自分でも驚いた。レオンがセリナと話しているのを見るたび、胸がざわついていた。あれは、劣等感じゃない。羨望でもない。 (僕は、セリナが好きなんだ) ようやく、認めることができた。 そして、三人の関係は、少しずつ、変わり始めていた。  | 
| 【名無しさん】 2025年11月2日 20時3分20秒  | 第6章「老賢者との出会い」 魔法学園の中庭は、午後の陽光に包まれていた。木漏れ日が芝生に模様を描き、風がページをめくるように葉を揺らす。 ルイ・アーデルは、図書館から逃げるように出てきたばかりだった。 (……無理だ。あの数式、どう考えても矛盾してる。魔力流路が交差してるのに、安定式ってどういうこと? 誰だよ、これ書いたの) 彼は手にした魔導書をぱたんと閉じた。表紙には「魔導理論・応用編」と金文字が踊っている。内容は、踊っていなかった。むしろ、殴りかかってきた。 (僕の頭じゃ、やっぱり限界なのかな……) そんなことを考えていたときだった。 「おぬし、空を見ておるな」 突然、背後から声がした。ルイはびくっと肩を跳ねさせて振り返る。 そこには、ぼろぼろのローブをまとった老人が立っていた。髪は銀色で、目はどこか遠くを見ているようだった。杖の先には、風鈴のような小さな鈴が揺れている。 「え、あの……どちら様ですか?」 「わしは、ゼノ・グラファル。かつて“第七賢者”と呼ばれておった者じゃ。今はただの旅人。風のまにまに、魔法の器を探しておる」 (第七賢者……? え、あの伝説の? いやいや、こんなボロ布まとってる人がそんな偉人なわけ……) 「おぬし、魔力は少ないのう」 「え、あ、はい……魔力指数0.2です」 「ふむ。器は小さく見えるが、空に似ておる。限界が見えぬ」 「え?」 ゼノは、芝生に腰を下ろした。まるで、そこが王座であるかのように堂々と。 「魔法とは、力ではない。構造じゃ。流れじゃ。詠唱ではなく、意図じゃ。おぬしは、それを知っておる」 「……僕は、ただ計算してるだけです。魔術式の構造を、数字で整理して……」 「それが“創る者”の器じゃよ」 ルイは言葉を失った。創る者。魔法を使う者ではなく、創る者。そんな言葉、聞いたことがなかった。 「おぬしの魔法は、誰かの模倣ではない。誰かの理論でもない。おぬし自身の“世界”じゃ。数字で編まれた、魔法の詩じゃよ」 (詩……僕の魔法が、詩? いやいや、僕のノートは数式だらけで、詩的要素ゼロだよ) 「ふふ、疑っておるな。よいよい。若者は疑ってこそ伸びる。信じるのは、最後でよい」 ゼノは、杖を軽く振った。すると、空中に魔術式が浮かび上がった。複雑な構造が、まるで花のように広がっていく。 「これは、わしが若い頃に創った魔法じゃ。構造は美しいが、流れが硬い。おぬしなら、どう直す?」 「え、えっと……この部分、魔力が詰まってるから、反射式で分散させて……ここは、角度を3度ずらせば、流れが滑らかに……」 ルイは、無意識に指を動かしていた。空中の式に、数字を重ねていく。 ゼノは、目を細めて頷いた。 「やはりのう。おぬしは、“創る側”の器じゃ」 「でも……僕は、魔力がないし、戦えないし……セリナやレオンみたいに、かっこよくないし……」 「ふむ。かっこよさとは、何じゃ?」 「え?」 「わしは、かつて“かっこよさ”を求めて、魔法を暴走させた。力を誇示し、名声を得ようとした。結果、仲間を失った」 ゼノの声は、風のように静かだった。 「おぬしは、誰かのために魔法を使う。それが、かっこよさじゃよ」 ルイは、胸がじんわりと熱くなるのを感じた。 (僕は、誰かのために……セリナの笑顔のために。レオンの背中に追いつくために。……それって、かっこいいのかな) 「ゼノさんは、どうして僕にそんなことを?」 「風が教えてくれた。“器は空に似ておる”と。限界が見えぬ者に、言葉を残せと」 ゼノは立ち上がった。風が、彼のローブを揺らす。 「わしは、また旅に出る。おぬしが、魔法を創る日を楽しみにしておる」 「え、もう行くんですか?」 「うむ。わしは、風のまにまに生きておる。止まれば、腐る」 ルイは、慌ててノートを取り出した。 「せめて、何かヒントを……!」 ゼノは、笑った。 「ヒントなど、風に聞け。おぬしの数字は、風を読む。風は、世界を運ぶ。つまり、おぬしは——」 「世界を、変えられる?」 「ふふ、セリナの言葉か。よい娘じゃ。おぬしの“空”に、星を灯す者じゃろう」 そう言って、ゼノは歩き出した。鈴の音が、風に溶けていく。 ルイは、しばらくその背中を見送っていた。 (僕は、創る側の器……? 本当に? でも、ゼノさんが言った。限界が見えないって) 彼は、ノートを開いた。そこには、ゼノの魔術式が、ルイの手で再構築されていた。 (僕の魔法は、誰かの模倣じゃない。僕自身の“世界”だ) そして、彼は初めて、自分の魔法に名前をつけた。 「……風詠式(ふうえいしき)」 数字で編まれた、風の詩。 それは、まだ誰も知らない魔法の始まりだった。  | 
| 【名無しさん】 2025年11月2日 20時2分23秒  | 第7章「封印の遺跡へ」 「実習って、もっとこう……草原でピクニックとかじゃなかったの?」 ルイは、遺跡の入口で小声でぼやいた。目の前には、苔むした石の階段。空気はひんやりしていて、どこか“何か出そう”な雰囲気を漂わせている。 「ピクニックに魔法理論は使わないでしょ?」とセリナが笑う。彼女はいつものように明るく、肩にかけた杖が軽やかに揺れていた。 「俺は歓迎だぞ。こういう場所こそ、騎士の腕の見せどころだからな」 レオンは剣を背負い、頼もしげに前を歩いていた。ルイはその背中を見ながら、内心でため息をつく。 (レオンはいつも絵になるな……遺跡でも、街でも、教室でも。セリナの隣に立つ姿が、自然すぎる) 実習の目的は、古代魔法の封印構造を調査すること。生徒たちは班に分かれて遺跡内を探索し、魔法の痕跡を記録する。 ルイ・セリナ・レオンの三人は、当然のように同じ班になった。教師のミリアは「バランスがいい」と言ったが、ルイは「心が不安定になる」と思っていた。 遺跡の内部は、思った以上に複雑だった。通路は入り組み、魔力の残滓が漂っている。壁には古代文字が刻まれ、ところどころに魔法陣の痕跡が残っていた。 「この先、封印の間があるはず。気をつけて進もう」 レオンが先導する。セリナはその後ろを歩き、ルイは最後尾。三人の距離は、物理的には近いが、心の距離は微妙に揺れていた。 (セリナにあんなこと言ったばかりだし……お守りの件、まだ引きずってるよな。僕、ほんとにバカだった) そのとき、通路の床が突然沈んだ。 「きゃっ!」 「セリナ!」 「危ない!」 床が崩れ、セリナとレオンが落下。ルイは咄嗟に手を伸ばしたが、届かず——二人は下層の通路に落ちてしまった。 「ルイ! 大丈夫!?」 セリナの声が下から響く。ルイは、崩れた床の縁に膝をつきながら、必死に声を返した。 「僕は無事! そっちは……怪我してない?」 「うん、ちょっと埃まみれだけど平気! でも、戻れそうにない……」 「通路が崩れてる。俺たち、完全に分断されたな」 レオンの声は冷静だったが、ルイには焦りが滲んでいるように聞こえた。 (どうする……このままじゃ、二人は遺跡の奥に閉じ込められる。教師に連絡? いや、魔力干渉で通信が遮断されてる。なら……) ルイは、崩れた通路の構造を見つめた。石材の配置、魔力の流れ、古代文字の意味。すべてが、彼の頭の中で数式に変換されていく。 (この遺跡は、魔力で構造を変えるタイプだ。なら、再構築できる。魔力は少ないけど、流路を最短化すれば……) 彼はノートを開き、計算を始めた。指先が走る。魔術式が浮かび上がる。 「ルイ、何してるの?」 セリナの声が心配そうに響く。 「通路を再構築する。計算通りにいけば、魔力0.2でも通路を“折りたたんで”つなげられる」 「折りたたむって……通路を?」 「うん。空間の魔力流路を再配置して、物理的な距離を縮める。理論上は可能。実験は……初めてだけど」 「初めて!?」 「でも、やるしかない。セリナとレオンが閉じ込められてるなら、僕が動くしかない」 彼は、魔術式を展開した。空間が揺れる。石材が軋む音が響き、通路の先がゆっくりと変形していく。 「……すごい。通路が、動いてる……!」 セリナの声が驚きに満ちていた。レオンも、下から見上げていた。 「ルイ、お前……本当に、魔法を“創ってる”んだな」 「創ってるっていうか……数字で、ちょっといじってるだけ」 「それが創造だよ」 通路がつながった。ルイは、崩れた床の先に橋をかけるようにして、二人の元へと降りていった。 「計算通りだよ」 彼は、少し照れくさそうに笑った。セリナは、目を潤ませながら微笑んだ。 「ありがとう、ルイ。……すごく、かっこよかった」 「え、いや、僕なんか……」 「なんかって言わない!」 セリナは、彼の手をぎゅっと握った。レオンは、少しだけ目を伏せていた。 (ルイの才能は、俺にはない。俺は守ることしかできない。でも——) 「ルイ、次は俺が前を歩く。お前の魔法があれば、俺はもっと強くなれる気がする」 「え……うん。じゃあ、僕は後ろから計算するよ」 三人は並んで歩き出した。遺跡の奥へ、封印の間へ。 その背中には、少しずつ絆が芽生えていた。 そして、物語はまた一歩、進んでいく。  | 
| 【名無しさん】 2025年11月2日 20時1分39秒  | 第8章「笑えない恋バナ」 放課後の魔法学園は、いつもより静かだった。廊下に響く足音もまばらで、夕陽が窓から差し込むたび、床に長い影が伸びていく。 ルイは、図書室の隅で魔術式のノートを閉じた。数字の海に溺れていたはずなのに、今日はどうにも集中できない。 (遺跡での再構築、うまくいった。セリナも笑ってくれた。レオンも「すげぇよ」って言ってくれた。でも……) 心の奥に、もやもやとした何かが渦巻いていた。それは、達成感でも誇らしさでもない。むしろ、居心地の悪さに近い。 (僕は、セリナの隣に立っていいのか? レオンの方が、ずっと似合ってる。騎士だし、強いし、かっこいいし……) そのとき、図書室の扉が開いた。レオンだった。制服の袖をまくり、剣の手入れを終えたばかりのような姿。 「ルイ、ちょっといいか?」 「うん……どうしたの?」 レオンは、少しだけ目を伏せてから、机の向かいに座った。いつもの爽やかさとは違う、どこか真剣な空気をまとっていた。 「……俺、セリナのこと、好きかもしれない」 ルイは、思考が一瞬止まった。 (え? 今、なんて?) 「いや、まだ“好きだ”って言い切れるほどじゃない。でも、あいつの笑顔とか、頑張ってる姿とか……守りたいって思うんだ」 「そっか……」 ルイは、笑った。口元だけで、目は笑っていなかった。 (そうだよね。レオンがセリナを好きになるのは、自然なことだ。あんなに優しくて、明るくて、誰にでも分け隔てなく接して……) 「ルイ、お前は……どう思ってる?」 「僕? 僕は……応援するよ。レオンなら、セリナを幸せにできると思う」 「……本気で言ってるのか?」 「うん。だって、僕なんかよりずっと……」 「“なんか”って言うなよ」 レオンの声が少しだけ強くなった。けれど、ルイはそれに気づかないふりをした。 (僕がセリナを好きだなんて、言っちゃいけない。彼女の幸せを願うなら、僕は引くべきだ) 「……ありがとう。お前がそう言ってくれるなら、俺……もう少し頑張ってみる」 レオンは立ち上がり、軽く肩を叩いて去っていった。 その会話を、セリナは廊下の陰で聞いていた。 偶然通りかかっただけだった。けれど、扉の隙間から聞こえたレオンの声に、足が止まった。 (レオンが……私のこと、好き?) 胸が高鳴った。けれど、それ以上に、ルイの言葉が刺さった。 「僕は……応援するよ」 (……どうして? どうして、そんなこと言うの? 私、ルイに……) セリナは、そっと廊下を離れた。誰にも見られないように、階段の踊り場に座り込む。 目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。 (私の気持ち、届いてないんだ。ルイは、私を“レオンのもの”だと思ってる。違うのに……) 彼女は、ハンカチで目元を押さえながら、心の中で叫んだ。 (私は、ルイが好きなのに。ずっと、ずっと前から……) その夜、ルイは宿屋の自室でノートを開いていた。けれど、数字は頭に入ってこない。 (セリナは、レオンのことをどう思ってるんだろう。僕が応援するって言ったの、間違ってたかな) 彼は、窓の外を見た。星が瞬いている。風が、カーテンを揺らす。 (ゼノさんは言ってた。“器は空に似ておる”って。僕の器は、空っぽなのかな。誰かを好きになる余裕なんて、ないのかもしれない) けれど、心の奥では、セリナの笑顔が浮かんでいた。遺跡で手を握ってくれたときの、あの温もり。 (……僕は、セリナが好きだ。でも、それを言う資格があるのか、わからない) 翌朝、セリナは目の腫れを隠すように、少し濃いめのチークを頬に乗せていた。 「おはよう、ルイ」 「お、おはよう……セリナ」 「昨日、レオンと話してたんだって?」 「え、うん。ちょっとだけ」 「……そっか」 セリナは、笑った。けれど、その笑顔は、どこかぎこちなかった。 ルイは、それに気づきながらも、何も言えなかった。 (僕が、セリナを泣かせたのかもしれない。でも、どうすればよかったんだろう) 三人の距離は、また少しだけ、遠くなった。 そして、笑えない恋バナは、静かに幕を開けていた。  | 
| 【名無しさん】 2025年11月3日 20時20分23秒  | ▶第9章「心の距離」 |