雨は途切れることなく降り続き、市場の通りを水で満たしていた。かつて賑わった屋台は骨組みだけを残し、看板の文字は滲んで判別できない。赤や青の布は色を失い、雨に打たれて垂れ下がっている。
なぎさはその光景を見て、目を輝かせた。
「わー！ここ、昔はすっごく賑やかだったんだろうねぇ！屋台の匂いとか、いっぱいしてたんだろうなぁ！」
彼女は水たまりを跳ねながら、沈みかけた屋台へ駆け寄る。
りんは後ろから静かに歩き、フードを深くかぶって雨を避ける。
「……今は残骸だけだ」
「でも、まだ宝物が残ってるかもだよー！ほら、あそこに瓶とか袋とか！」
なぎさは屋台の下に沈んだ木箱を指差し、しゃがみ込む。
市場の通りには、誰かが置いていった日用品が散らばっていた。濡れたスケッチブック、壊れた傘、空になった缶詰。どれも生活の痕跡であり、雨に溶けかけた記憶だった。
なぎさは空の缶を拾い上げて笑う。
「これ、料理に使えるかも！水入れて煮たりできるよねぇ！」
「……錆びてる」
「えへへー！でも工夫すれば使えるよー！」
沈みゆく市場の中で、二人の声だけが鮮やかに響いていた。
雨音は絶え間なく続き、街を覆っている。けれど、なぎさの笑い声はその静けさを破り、りんの心に小さな温かさを灯していた。
市場の通りを進むと、沈みかけた屋台の棚にまだ何かが残っていた。なぎさは目を輝かせて駆け寄る。
「わー！見て見てりんちゃん！缶詰があるよー！ちょっと錆びてるけど、中身はまだ食べられるかも！」
彼女は両手で缶を抱え、嬉しそうに跳ねる。
りんは冷静に缶を受け取り、じっと観察する。
「……水に浸かってた。開けるなら注意しろ」
「うん！でも、食べられたらごちそうだよー！あたし、料理得意だから工夫してみるねぇ！」
なぎさは胸を張り、雨に濡れた髪を振り払う。
屋台の隅には古びた布袋が置かれていた。中を覗くと、乾燥した豆が少しだけ残っている。
「やったー！これも食べられるよー！煮たら美味しいかも！」
「……火を起こせるならな」
「えへへー！ランタンの缶で工夫すればできるよー！」
なぎさの声は雨音に負けないほど明るく響いた。
りんはそんな彼女を見て、心の奥で小さな安堵を覚える。沈みゆく街の中でも、なぎさの笑顔は確かに希望を灯していた。
「……お前は、よく見つけるな」
「でしょー！食べ物探しは得意なんだよー！」
なぎさは得意げに笑い、りんは小さく目を細める。
市場の通りには、まだ生活の痕跡が残っていた。濡れたスケッチブック、壊れた傘、空になった瓶。なぎさはそれらを一つ一つ拾い上げ、宝物のように抱える。
「これ全部、誰かの思い出なんだよねぇ……。だから捨てられないよー！」
「……重くなるぞ」
「でも、大事なんだもん！」
雨に包まれた市場で、二人の声は確かに響いていた。 それは沈みゆく世界に残された、小さな生活の温もりだった。
なぎさは両手いっぱいに缶詰や豆袋を抱え、得意げに歩いていた。
「わーい！今日の晩ごはんは豪華になるよー！」
その瞬間、濡れた石畳に足を取られ、バランスを崩す。
「きゃっ！」
抱えていた缶詰が水たまりに落ち、派手な音を立てて転がった。
りんはすぐに駆け寄り、転がった缶を拾い上げる。
「……だから言っただろ。持ちすぎだ」
「えへへー！でも欲張っちゃうんだよねぇ！」
なぎさは照れ笑いを浮かべ、濡れた豆袋を抱き直す。
さらに、屋台の棚に置いていた瓶が風で倒れ、地面に落ちそうになる。
「わわっ！瓶がー！」
りんは片手で瓶を受け止め、もう片方でなぎさの腕を支える。
「……危ない。落ちたら割れる」
「ありがとー！りんちゃん、ほんと頼りになるねぇ！」
二人は協力して商品を拾い集め、濡れた袋を屋台の上に並べ直す。
「ねぇねぇ、こうやって一緒に片付けると、なんかお店屋さんみたいだねぇ！」
「……遊びじゃない」
「でも楽しいよー！」
なぎさの声は雨音に負けないほど明るく響き、りんの心に小さな温かさを灯す。
市場の通りは沈みかけていたが、二人の姿は確かに生きていた。
小さなトラブルも、互いに支え合えば乗り越えられる。
その実感が、二人の間に確かな絆を育てていた。
遠くからもみじがその様子を見守っていた。雨に濡れながらも、姉のような眼差しで二人を見つめる。彼女の存在はまだ影のように静かだが、確かに少女たちの未来を支える力となっていた。
雨は途切れることなく市場の屋根を叩き続けていた。沈みかけた通りに水が流れ込み、屋台の骨組みはまるで川の中に立つ橋のように揺れている。
なぎさは濡れた豆袋を抱えながら、りんの隣で笑った。
「ねぇねぇ、今日の晩ごはんは豆スープだねぇ！きっと美味しいよー！」
「……火を起こせればな」
「大丈夫だよー！あたし、工夫するから！」
その無邪気な声に、りんは小さく目を細める。雨に包まれた市場の中でも、なぎさの笑顔は確かに希望を灯していた。
二人は並んで歩き、沈みゆく市場を抜けていく。水面に映る街灯はぼんやりと揺れ、まるで過去の記憶が漂っているようだった。
「りんちゃんってさぁ、冷静で頼りになるよねぇ！あたしがドジしても、すぐ助けてくれるし！」
「……お前が騒がしいだけだ」
「ふふっ、でもそれでバランス取れてるんだよー！」
なぎさの言葉に、りんはわずかに口元を緩めた。
遠くで、もみじが二人を見守っていた。雨に濡れながらも、姉のような眼差しで静かに微笑む。その姿は、少女たちの未来を支える影のように温かかった。
市場の出口に差し掛かると、通りの電柱が半分以上水に沈んでいるのが見えた。
「……このままじゃ、街は全部沈む」
「うん……でも、あたしたちなら大丈夫だよー！一緒にいれば、なんとかなるもん！」
なぎさの声は雨音に負けないほど力強く響き、りんの心に確かな灯をともした。
――そして、遠くで汽笛が響いた。週末に走る安楽死列車の音。
それは世界の終わりを告げる合図であり、同時に少女たちの旅が次の舞台へ進む予兆でもあった。
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