◀第35章:すれ違いの真実、夜の港で僕らは言葉を失う
▶第39章:不協和音を越えて、整い始めた覚悟のリズム
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第37章:「神童」の隣に立つために — 盾と剣の覚醒
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「うおおおおおっ! アリア、見てろよぉぉぉ!!」
訓練場にマークの雄叫びが響き渡った。 今日の相手は学院が用意した模擬魔獣――とはいえ、そこそこ凶暴なやつだ。
背中の大剣を勢いよく引き抜き、マークは魔力を刃へ流し込む。 その前段階として、拳に魔力を集中させて“流れ”を整えるのは彼の癖だ。
「マーク、突っ込みすぎ!」 リンネの声が飛ぶ。
「大丈夫だって! 俺は今日、覚醒してるんだよ!」 「覚醒してるのはテンションだけよ」 ナギの冷たいツッコミが刺さる。
だがマークは止まらない。 アリアが後方で魔法陣を展開しているのを見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
(アリアが見てる……! なら、俺はやるしかねぇだろ!)
大剣を肩に担ぎ、模擬魔獣へ一直線。 勢いは完璧、気合も十分――ただし。
「マーク、右! 右から来てる!」 「えっ!? うおわっ!?」
死角からの攻撃を受け、大剣ごと弾かれ、マークは派手に転がった。
「……だから言ったのよ」 ナギがため息をつく。
「マーク、大丈夫!?」 アリアが駆け寄る。
「だ、大丈夫……! 今のは……ちょっと油断しただけだ……!」 痛みに顔を歪めながらも、マークは大剣を拾い上げて立ち上がる。
その目には、悔しさと――焦りが混じっていた。
(アリアはどんどん強くなってる。 ナギもリンネも、みんな成長してる。 なのに俺は……まだこんなミスしてる場合じゃねぇ!)
拳に魔力を流し、刃へと通す。 大剣が低く唸り、光を帯びる。
「……よし。もう一回だ。今度はちゃんと周りを見る!」
その言葉に、アリアが微笑む。
「うん。マークならできるよ」
その一言が、マークの胸に火をつけた。
(よし……絶対に成長してやる! アリアに“頼れる仲間”って思われるためにも!)
マークは再び大剣を構え、模擬魔獣へと向き直った。
模擬戦が一区切りついたあと、リアムは訓練場の端でひとり深呼吸していた。 胸の奥がざわつく。 マークの豪快な戦いぶりとは対照的に、自分の動きはどこかぎこちない。
(……また、守れなかった)
さっきの戦闘。 マークが死角から攻撃を受けた瞬間、リアムは防御魔法を展開しようとした。 だが、わずかに遅れた。
その“わずか”が、彼にとっては致命的な遅れに感じられる。
「リアム、大丈夫?」 アリアが心配そうに覗き込む。
「だ、大丈夫です! はい! 問題ありません!」 リアムは慌てて姿勢を正す。 その動きがあまりに硬いので――
「リアム、さっきの防御魔法さ……精神的なリキみが魔力回路にフィードバックして、位相が0.52秒ズレてたよ!」 コトネがタブレットを片手に、早口でまくし立てた。
「えっ……0.52秒!? そんなに……!?」 「そんなに、だよ! あれじゃ防御展開の初動が遅れるのは当然! むしろあの状態であそこまで出せたのは褒めるべきだけどね!」 「ほ、褒めてるんですか!?」 「褒めてるよ! でも改善点は山ほどあるよ!」
リアムはショックと安堵が混ざったような顔をした。
「気を抜けとは言ってないわよ」 ナギが冷静に言う。 「ただ、あなたは“全部守ろうとしすぎ”なのよ。 それじゃ逆に視野が狭くなるわ」
「視野……が、狭い……」 リアムは呆然とつぶやく。
幼い頃から憧れていた“守護騎士”の像。 それは、どんな攻撃からも仲間を守る完璧な存在だった。
(でも……僕は、そんな完璧じゃない)
その現実が、胸に重くのしかかる。
「リアム、さっきのは仕方ないよ」 アリアが優しく言う。 「マークの動きが予想外だったし……あれは僕でも反応できなかったと思う」
「アリアさん……」
「それに、リアムの防御魔法、前よりずっと速くなってるよ。 僕、ちゃんと見てたから」
その言葉に、リアムの胸がじんわり熱くなる。
(アリアさんは……僕の努力を見てくれている)
だが同時に、焦りも湧き上がる。
(もっと……もっと強くならないと。 アリアさんを守れるくらいに……!)
「よし、リアム。次は私と連携確認よ」 ナギが手招きする。
「れ、連携……!? ナギさんと!?」 「ええ。あなたの防御魔法、私の攻撃魔法と合わせればもっと効率が上がるわ」
「は、はいっ! が、頑張ります!」
リアムは勢いよく返事をしたが、緊張しすぎて足がもつれた。
「わっ……!?」 「リアム、落ち着きなさい」 ナギが呆れたようにため息をつく。
その様子を見て、マークが笑いながら肩を叩いた。
「リアム〜! お前は真面目すぎんだよ! もっと気楽にいけって!」 「き、気楽に……!? マークさんみたいにですか!?」 「そうそう! 俺みたいに!」 「それは……無理です……!」
リアムは頭を抱えた。
だが―― その顔には、さっきまでの沈んだ影はなかった。
守りたいという気持ち。 憧れと現実のギャップ。 その全部を抱えながら、彼は確かに前へ進んでいる。
午後の訓練は、模擬戦形式の総合演習だった。 マークとリアムの成長を確認するには、これ以上ない舞台だ。
「よし、全員配置につけ!」 アリアの声が響く。
その声に、マークは大剣を肩に担ぎながらニヤリと笑った。
(アリアの指示……任せろ! 今日は絶対にやってやる!)
一方リアムは、緊張で肩がガチガチに固まっていた。
(落ち着け……落ち着け……! 僕は守護役……守るんだ……!)
そんな二人を見て、ナギが小さくため息をつく。
「……はぁ。今日も騒がしくなりそうね」
「ナギさん、諦めないでください! 僕たち、今日はやれます!」 リアムが気合を入れる。
「その“気合”が魔力回路に悪影響を与えるのよ」 「えっ!? またですか!?」
コトネがタブレットを覗き込みながら補足する。
「うん、今のリアムの魔力波形、緊張で0.3秒くらい遅延してるよ! でも逆に言えば、落ち着けばもっと速くなるってこと!」
「お、おお……! が、頑張ります!」
そんなやり取りをしている間に、模擬魔獣が動き出した。
「来るぞ!」 マークが大剣を構える。
「マーク、正面は任せた! 僕は側面を抑える!」 アリアが指示を飛ばす。
「了解だアリアァァァ!!」
マークは勢いよく突っ込み―― だが今日は違った。
ちゃんと周囲を見ている。 死角からの攻撃にも、すぐに反応した。
「おっしゃあ! 今日は見えてるぞ!」
「マーク、調子いいじゃない」 ナギが珍しく褒める。
「だろ!? 俺、今日なんかキてるんだよ!」
その横で、リアムが防御魔法を展開する。
「アリアさん、後方は任せてください!」
魔力の展開速度が、明らかに速くなっていた。
「リアム、すごい……! 本当に速くなってる!」 アリアが驚く。
「えっ……ほ、本当ですか!?」 「うん! さっきよりずっと!」
リアムの顔がぱっと明るくなる。
「よし、リアム! そのまま俺の背中も守ってくれ!」 マークが叫ぶ。
「ま、マークさんの背中!? そ、それは……責任重大すぎます……!」 「いいからやれぇぇぇ!!」
マークの叫びに押され、リアムは必死に防御魔法を重ねる。
その様子を見て、リンネが小さく笑った。
「……なんだかんだで、いいコンビになってきたね」
「ええ。ようやく“チーム”らしくなってきたわ」 ナギが静かに頷く。
アリアは前線で魔法陣を展開しながら、仲間たちの動きを見渡した。
(マークも……リアムも……本当に成長してる)
その胸に、じんわりと温かいものが広がる。
「よし、みんな! 最後の一撃、合わせるよ!」 アリアの声に、全員が応じた。
「「「了解!!!」」」
魔力が重なり、連携が噛み合い、 模擬魔獣は大きな光とともに崩れ落ちた。
――チームとしての完成度が、確かに一段上がった瞬間だった。
模擬戦が終わり、訓練場には心地よい疲労感が漂っていた。 夕陽が差し込み、仲間たちの影が長く伸びる。
「ふぅ〜〜っ! 今日の俺、マジでキてたよな!?」 マークが大剣を背中に戻しながら胸を張る。
「ええ、まあ……いつもよりはマシだったわね」 ナギが淡々と評価する。
「“マシ”ってなんだよ!? もっとこう……あるだろ!?」 「じゃあ“暴走率が20%減った”でどう?」 「数値化されると逆に刺さるんだけど!?」
その横で、リアムはタブレットを見つめながら深呼吸していた。
「僕……今日はちゃんと守れましたよね……?」 「うん、リアム。防御展開の初動、0.3秒速くなってたよ!」 コトネが嬉しそうに言う。
「ほ、本当ですか!?」 「うん! しかも後半は0.18秒まで縮んでた! これはもう“成長曲線が指数関数的”ってやつだよ!」 「指数関数的!? ぼ、僕そんなに……!?」
リアムは感動で震えていた。 その姿を見て、リンネが微笑む。
「リアム、今日は本当に良かったよ。 マークの背中を守るなんて、なかなかできることじゃないからね」
「そ、そんな……! 僕はまだまだで……!」
「まだまだなのは全員よ」 アリアが優しく言う。 「でも、今日の連携は本当に良かった。 マークも、リアムも……みんなが噛み合ってた」
その言葉に、二人は同時に顔を上げた。
「アリア……!」 「アリアさん……!」
アリアは照れたように笑い、続けた。
「これなら……次の任務もきっと大丈夫だよ。 僕たちのチームは、ちゃんと強くなってる」
その言葉が、仲間たちの胸に静かに染み込んでいく。
「よーし! じゃあ今日は焼きイカで祝勝会だぁぁぁ!!」 マークが突然叫ぶ。
「また食べるの!?」 「ゼロカロリーだから問題なし!」 「どこの理論よ……」 ナギが呆れながらも、どこか楽しそうだった。
笑い声が夕暮れの訓練場に響く。
――チームは確かに成長している。 その実感が、今日の空気を温かくしていた。
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第38章:解析不能な旋律(メロディ)
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港町の朝は、いつもより静かだった。 潮風は優しいのに、胸の奥がざわつく。 僕は無意識に、指先を“とん……とん……”と叩いていた。 落ち着かない時の癖だ。
「……アリア、おはよ」
振り返ると、アイリスが立っていた。 いつもの笑顔――のはずなのに、その“色”が薄い。
肌は白く、指先はかすかに震え、歩くたびに息が乱れている。
(昨日までは……こんなじゃなかった)
「アイリス、大丈夫? 顔色……悪いよ」
「えへへ、ちょっと寝不足かな。昨日、星が綺麗でさ……つい見ちゃって」
軽く笑う声はかすれ、無理に明るさを作っているのが分かる。
「寝不足でそんなふらつく?」 ナギが冷静に言う。
「うっ……ナギさん、鋭い……」
「鋭いも何も、魔力の流れが乱れてるわ。あなたらしくない」
アイリスは一瞬だけ目を伏せた。 その仕草が、妙に弱々しい。
「……ちょっと、ね。胸が苦しいだけ。すぐ治るよ」
“すぐ治る” その言葉が、逆に不安を煽る。
そこへ、コトネが駆け寄ってきた。 タブレットを握る手が震えている。
「アリア……これ、見て……」
画面にはアイリスの魔力波形が映っていた。 だが――
「なにこれ……波形が……崩れてる?」 リンネが息を呑む。
「崩れてるどころじゃないよ……!」 コトネの声が震える。 「位相が……解析不能レベルで乱れてる……。 こんなの、今まで一度も……見たことない……」
その言葉に、僕の指先が止まった。 胸の奥が冷たくなる。
「だ、大丈夫だってば……ほら、私、元気――」
アイリスが笑おうとした瞬間、足元がふらついた。
「アイリス!」
僕は咄嗟に支えた。 細い肩。軽い体。 触れた瞬間、驚くほど冷たい。
(……こんなに、弱ってる?)
嫌な予感が、背筋を這い上がる。 僕の指先が再び“とん……とん……”と震えた。
「ごめん、アリア。ちょっと……立ちくらみ、かな」
アイリスは笑おうとするが、その笑顔は揺れていた。
マークとリアムも駆け寄る。
「アイリス、大丈夫か!?」 「し、心拍が……いや、僕、医者じゃないけど……!」
「リアム、あなたのタブレットに心拍計測機能はないわよ」 ナギが冷静に突っ込む。
そのやり取りに、アイリスが小さく笑う。 けれど、その笑いはすぐに乾いた咳に変わった。
その音が、胸に刺さる。
(……嫌な予感がする。 本当に……よくない方向の)
僕はアイリスの手を握りしめた。 その手は、驚くほど冷たかった。
学院の医務室は、夕方の光が差し込んでいるのに、どこか薄暗く感じた。 僕はベッドに横たわるアイリスの手を握りながら、無意識に指先を“とん……とん……”と叩いていた。 落ち着こうとしても、リズムがすぐ乱れる。
「……アリア、そんな顔しないでよ。大げさだなぁ」
アイリスは笑おうとする。 けれど、その笑顔はすぐに苦しげに歪んだ。
「大げさじゃないよ。アイリス、本当に……魔力が乱れてる」
僕は彼女の手に魔力を流し込む。 感情魔法の光が胸元に広がり、波紋のように揺れた。
――だが。
「……っ」
アイリスの眉がわずかに寄る。 痛みをこらえるような反応。
「アリア、やめて……今の、ちょっときつい……」
「ごめん……! でも、少しでも楽になればって……」
魔力が馴染まない。 まるで、アイリスの身体が“拒絶”しているようだった。
(どうして……? いつもなら、僕の魔法はアイリスにすぐ馴染むのに)
焦りが胸を締めつける。 指先の“とん……とん……”が震えて止まらない。
そのとき、ナギが医務室に入ってきた。 手にはコトネのタブレット。
「アリア、少し離れなさい。魔力の流れが逆流してるわ」
「逆流……?」
「あなたの感情魔法が強すぎるのよ。 今のアイリスの状態じゃ、受け止めきれない」
ナギの声は冷静だが、瞳の奥には不安が滲んでいた。
続いてコトネが駆け込んでくる。
「アリア、これ……見て……!」
タブレットには、アイリスの魔力波形が映っていた。 波形は乱れ、途切れ、まるで壊れかけた心電図のよう。
「こんなの……本当に初めてだよ……。 魔力の位相が、完全にバラバラ……。 感情魔法を入れると、逆に負荷がかかって……!」
「そんな……」
僕は言葉を失った。 指先が震え、また“とん……とん……”と叩こうとするが、リズムが崩れる。
リンネがそっと肩に手を置く。
「アリア……あなたのせいじゃないよ。 アイリスの身体が……限界に近いだけ」
「限界……?」
その言葉が胸に深く刺さる。
マークとリアムも駆けつけてきた。
「アイリス、大丈夫か!?」 「ぼ、僕……何かできること……!」
だが、アイリスは弱く笑った。
「みんな……そんな顔しないでよ。 私、ちょっと疲れてるだけだから……」
その笑顔が、痛いほど儚い。
(どうして……どうして僕は…… アイリスを助けられない…?)
胸の奥で、焦燥と恐怖が渦巻く。 指先の“とん……とん……”は、もう音にならなかった。
医務室の空気は、いつもより重かった。 窓の外では港町の喧騒が聞こえるのに、この部屋だけ時間が止まったように静かだ。
アイリスは浅い呼吸を繰り返し、時折胸元を押さえて苦しそうに眉を寄せる。 そのたびに、僕の心臓が跳ねた。 指先は無意識に“とん……とん……”と叩いているが、リズムは乱れっぱなしだ。
「……アイリス、大丈夫?」 リンネがそっと声をかける。
「うん……大丈夫だよ。みんな、そんな顔しないで……」
アイリスは笑おうとするが、その笑顔はすぐに影を落とした。
ナギはベッド脇で腕を組み、じっとアイリスの魔力の流れを観察していた。 その表情は冷静に見えるが、瞳の奥には焦りが滲んでいる。
「……魔力の循環が悪すぎるわ。 このままじゃ、身体が魔力を処理しきれない」
「処理しきれないって……どういう……」 僕の声は震えていた。
「簡単に言えば、魔力が身体の負担になっているのよ。 本来ならありえない状態」
その説明に、胸が締めつけられる。
マークは落ち着かず、部屋の中を行ったり来たりしている。
「なぁ……なんか、俺たちにできることはねぇのかよ……! 俺、こういうの……苦手なんだよ……!」
「マークさん……落ち着いてください……!」 リアムが慌てて声をかけるが、彼自身も手が震えている。
「お、落ち着いてって言われても……! アイリスさんがこんな……!」
リアムはタブレットを抱えながら、必死に何かを分析しようとしていた。 だが、画面に映る波形は乱れすぎていて、彼の知識では読み取れない。
「り、理解不能……? そんな……!」
「リアム、それは私が見るから貸して」 コトネがタブレットを受け取り、素早く操作する。
だが、彼女の表情もすぐに固まった。
「……やっぱり、ダメだ。 魔力の位相が……完全に崩壊してる。 補正しようにも、基準値が存在しない……」
「基準値が……ない?」 リンネが息を呑む。
「うん。普通は“乱れている”とか“ズレている”とか、そういうレベルなんだけど…… 今のアイリスの波形は、“形がない”の。 まるで……魔力そのものが壊れかけてるみたいで……」
その言葉に、部屋の空気が一気に冷えた。
僕はアイリスの手を握りしめる。
「アイリス……どうして言ってくれなかったの……?」
「だって……アリアに心配かけたくなかったから……」 アイリスは弱く笑う。 「それに……アリアが頑張ってるの、知ってるから……。 足を引っ張りたくなかったんだ」
「そんなの……そんなの関係ないよ……!」
僕の声は震え、指先の“とん……とん……”も乱れたままだ。
「アリア。あなたの気持ちは分かるけれど……今は冷静になりなさい」 ナギの声が静かに響く。
僕は深呼吸しようとした。 震える指先を“とん……とん……”と叩こうとするが、リズムが崩れて音にならない。
(落ち着け……落ち着け……! 僕が取り乱したら……みんなが不安になる)
必死に指先を動かすが、震えは止まらない。
マークもリアムも、何もできずに立ち尽くしている。 その無力感が、さらに焦燥を煽った。
(どうすれば……どうすればアイリスを助けられるの……?)
胸の奥で、焦りと恐怖が静かに膨らんでいく。
夕方、学院の医務室から宿舎へ戻る廊下は、いつもより長く感じた。 僕は歩きながら、震える指先をそっと握りしめる。
(落ち着け……落ち着け……)
“とん……とん……”と叩こうとするが、まだリズムは乱れたままだ。 胸の奥のざわつきが、指先にまで伝わってくる。
宿舎に戻ると、仲間たちはすでに集まっていた。 テーブルの上には、コトネが解析したデータが投影されている。
「……これが、アイリスの最新の波形よ」 ナギが静かに言う。
波形は乱れ、途切れ、まるで壊れた音楽の譜面のようだった。
「こんなの……本当に見たことないよ……」 コトネは唇を噛む。 「魔力の循環が“逆流”してる。 しかも、逆流の方向が一定じゃない……。 まるで身体の中で魔力が暴れてるみたいで……」
「暴れてる……?」 リンネが息を呑む。
「うん。普通は魔力って“流れ”があるんだけど…… 今のアイリスのは、流れが全部バラバラ。 制御も、安定も……何もない状態」
その説明に、僕の胸がさらに締めつけられた。
「じゃあ……どうすればいいの……?」 声がかすれる。
ナギは少しだけ目を伏せ、言葉を選ぶように口を開く。
「……正直、今の段階では分からないわ。 原因が外的なのか、体質的な限界なのか……判断材料が足りない」
「判断材料が……足りない……」
僕はテーブルに手をつき、深く息を吐いた。 指先が震え、また“とん……とん……”と叩こうとする。 だが、リズムはまた乱れた。
マークが拳を握りしめる。
「なぁ……俺たち、本当に何もできねぇのかよ……! 戦うことしかできねぇのか……!」
「マークさん……気持ちは分かりますけど……」 リアムも苦しそうに言う。 「僕だって……何かしたいです。でも……」
言葉が続かない。
リンネがそっと二人の肩に手を置いた。
「……今は、焦っても仕方ないよ。 でも、何もしないわけじゃない。 アイリスの状態を観察して、原因を探す。 それが今できること」
その言葉に、僕は小さく頷いた。
(そうだ……落ち着かなきゃ。 僕が取り乱したら……みんなが不安になる)
深呼吸をし、震える指先をそっと握りしめる。
「……ありがとう、みんな。 僕……絶対にアイリスを助ける方法を見つける」
その声は弱かったが、確かな決意があった。
ナギは静かに頷き、コトネはタブレットを握り直す。
「じゃあ……次は、アイリスの魔力の“変動パターン”を追うよ。 何か手がかりがあるはずだから」
「うん……頼む、コトネ」
宿舎の空気は重く、緊張が張りつめていた。 けれど、その中心で―― 僕の指先は、ようやく“とん……とん……”と小さくリズムを刻み始めていた。
夜が更け、港町の灯りが遠く揺れていた。 宿舎の一室で、僕はひとり窓辺に座り、指先を“とん……とん……”と弱く叩いていた。 そのリズムは、いつものように整ってはいない。
(……怖い。 こんなに怖いのは、初めてだ)
アイリスの呼吸は不安定で、魔力の波形は崩壊寸前。 コトネの解析でも原因は特定できず、ナギでさえ「判断材料が足りない」と言うほどだ。
僕は胸元を押さえ、深く息を吸った。 だが、呼吸は震え、指先の“とんとん”も乱れたままだ。
そこへ、静かに扉が開く。
「アリア……まだ起きてたの?」 リンネがそっと入ってくる。
「……うん。なんか、眠れなくて」
リンネは僕の隣に座り、夜風の入る窓を閉めた。
「アイリス、今は落ち着いてるよ。 でも……正直、安心できる状態じゃない」
「……分かってる」
声がかすれる。
「どうすればいいのか……分からないんだ。 感情魔法も……うまく届かなくて……」
「アリアのせいじゃないよ」 リンネは優しく言う。 「アイリスは……ずっと無理してたんだと思う。 私たちに心配かけないように」
僕は唇を噛んだ。
「……気づけなかった。 ずっと隣にいたのに……」
「気づけなかったんじゃない。 アイリスが隠すのが上手すぎたんだよ」
リンネの言葉は優しいが、胸の痛みは消えない。
そこへ、廊下から小さな声が聞こえた。
「アリアさん……起きてますか……?」 リアムだった。 後ろにはマークもいる。
「二人とも……どうしたの?」
「いや……なんか、寝れなくてよ……」 マークが頭をかく。 「アイリスのこと考えたら……胸がざわざわしてよ……」
「ぼ、僕も……。 アリアさんが一人で抱え込んでるんじゃないかって……」
胸が熱くなる。
「……みんな……」
リンネが微笑む。
「アリア。私たちはチームだよ。 アイリスのことも……あなたのことも、みんなで支える」
その言葉に、僕は小さく頷いた。
だが同時に―― 胸の奥に、冷たい予感が沈んでいく。
(……間に合うのかな)
アイリスの魔力は崩壊しつつある。 原因は不明。 治療法も見つかっていない。
それでも僕は、震える指先で“とん……とん……”とリズムを刻んだ。
(絶対に……助ける。 どんな方法でも……)
その決意の裏で、夜の静けさは不気味なほど深く―― まるで、これから訪れる悲劇を予告しているかのようだった。
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あらすじ
「VOICEVOX: 雀松朱司」訓練場でマークはアリアに良いところを見せようと気合十分で模擬魔獣に突撃するが、死角からの攻撃に対応できず弾かれ、焦りと悔しさを滲ませながらも再起する。 だが彼は周囲の助言を受けて視野の重要性を意識し、拳から刃へ魔力を整流する自分の癖を活かし直して「周りを見る」ことを誓い、アリアの励ましを力に変える。 ナギとリンネはマークの無鉄砲さをいなしつつも、彼の闘志と素直さが成長の起点であることを見抜いて見守る。 対照的にリアムは自らの遅れにショックを受け、防御展開の位相が0.52秒遅延していたとコトネに指摘され、完璧な守護像と現実のギャップに揺れる。 アリアはリアムの努力を認め、以前より速くなっていると明言して彼の自尊心を支えるが、同時にナギは「全部を守ろうとしすぎて視野が狭い」と課題を明確化する。 リアムは自分が完璧ではない現実を受け止めつつ、守護の決意を失わず、ナギとの連携で防御と攻撃の同期を高める試みに踏み出す。 マークは「気楽にいけ」と肩を叩き、過緊張が魔力回路に悪影響を与えるとコトネが補足することで、チーム全体が心身の調律と戦技の関係を具体的に理解していく。 午後の総合演習でアリアが的確に指揮を執り、マークは死角を意識した立ち回りを実践し、反応速度と状況認識の両立に成功する。 リアムは緊張で0.3秒の遅延を出しつつも、呼吸と意識配分の調整で挽回を図る準備を整え、連携確認に臨む。 こうして「盾」と「剣」の役割は、勢いだけでなく視野と同期という具体的な指標で再定義され、チームの戦術理解が一段深まる。 ところがその矢先、アイリスの体調悪化が露見し、部屋の空気は一気に冷え、アリアは動揺して指先の“とん……とん……”のリズムすら乱す。 アイリスは心配をかけまいと隠していたと告げ、アリアは「関係ない」と言い切りながらも平静を保てず、ナギはまず冷静さを取り戻すよう促す。 医務室から戻った宿舎で、コトネの解析が投影され、アイリスの魔力波形は逆流と乱調が重なる未例の状態で、循環の方向が一定せず身体内部で暴走していると判明する。 ナギは原因が外的要因か体質的限界か判断材料が不足していると率直に述べ、拙速な結論を避けてデータ収集と観察の継続を提案する。 マークは「戦うことしかできないのか」と拳を握り、リアムも無力感に苛まれるが、リンネは焦燥を鎮め「観察と原因探し」が今できる最善だと方向づける。 アリアは震える指先を握りしめ、チームに礼を述べて「必ず助ける方法を見つける」と弱くも確かな決意を表明し、コトネは変動パターン追跡を次の手がかりに設定する。 重苦しい空気の中心で、アリアの指先はようやく小さくリズムを刻み、わずかながら調律の兆しが戻る。 夜、アリアは窓辺で恐怖を自覚し、感情魔法すら届かない現状に息を震わせるが、リンネは「アイリスは心配をかけまいと無理をしていた」と彼を責めない言葉で支える。 アリアは「気づけなかった」と悔やむが、リンネは「隠すのが上手すぎた」と過度な自責を止め、支える主体を個人からチームへ戻す。 そこへリアムとマークが眠れずに訪ね、アリアが一人で抱え込んでいないかを案じ、リンネは「私たちはチーム」と明言して支援の輪を固める。 だがアリアの胸には「間に合うのか」という冷たい予感が沈み、未知の原因と治療法の不在が希望を侵食する。 彼はそれでも“とん……とん……”の微細な律動で自身の感情を調律し、決意の芯だけは折らないよう必死に保つ。 この章は、勢い任せの剣と過剰防衛の盾が「視野・同期・調律」を獲得して覚醒する過程と、戦いの外に現れた医療と解析の課題に直面する彼らの脆さを同時に描く。 マークは観察と反応の質を上げ、リアムは守りの分配と連携の価値を理解し、ナギは冷静さと戦術的整合性を、コトネは計測と仮説検証の重要性を体現する。 リンネは心の安全基地として個々の自責を和らげ、アリアは指揮官でありながら一人の仲間として動揺を抱え、なお「整い始めた覚悟」のリズムを探る。 訓練で培った視野と同期の学びは、アイリス救出という未知の戦場でも転用されるべき原理として位置づけられ、感情の調律は魔力の調律と相関する可能性が示唆される。 同時に、観測データの不足と因果の不確定性が意思決定を遅らせる現実を直視し、拙速よりも手掛かりの収集を優先する姿勢が合意される。 物語は、戦闘技能の成長線と医療・解析の不確実性が交差し、個々の恐怖と決意が波形のように揺れながら、次章の「不協和音を越える」ための下地を築いたところで幕を引く。 そして最後に、静まり返った夜の気配は、これから訪れる試練の深さを予告しつつも、わずかに整い始めた“とん……とん……”の律動が、彼らの前進の合図であることを確かに告げていた。
解説+感想 **第37章:「神童」の隣に立つために — 盾と剣の覚醒** - 焦点はマークとリアムの成長。 - マーク:豪快だがミスが多く、アリアの存在をモチベーションに「頼れる仲間」になるため奮闘。 死角攻撃を食らったりするコミカルさから、徐々に周囲を意識した戦いへシフト。 - リアム:守護騎士への憧れが強すぎて視野が狭く、防御魔法の初動が遅れる。 緊張で魔力回路に悪影響が出るが、アリアの言葉や仲間との連携で少しずつ前進。 - チーム全体の連携が完成し、模擬戦で勝利。 マークのテンション、リアムの真面目さ、ナギの冷静さ、コトネの分析、リンネの優しさ、アリアのリーダーシップがバランスよく描かれ、温かい成長譚に。 - テーマは「神童(おそらくアリア)の隣に立つ」ための努力と、チームとしての絆の深化。 夕陽のシーンでの祝勝会(焼きイカ!)がほのぼのして好きです。 **第38章:解析不能な旋律(メロディ)** - 急転直下のシリアス展開。 アイリスが突然体調を崩し、魔力波形が「解析不能」「崩壊寸前」「基準値が存在しない」状態に。 - アリアの感情魔法すら拒絶され、逆流・暴走する描写が切ない。 アイリスが「心配かけたくない」と隠していた無理が限界に来たことが明らかになり、チーム全員が無力感に苛まれる。 - アリアの癖である指先の「とん……とん……」が、不安・焦燥のバロメーターとして繰り返し出てくるのが効果的。 リズムが乱れる→少し回復する流れで心理描写が細やか。 - 仲間たちの反応(マークの苛立ち、リアムの動揺、コトネの解析不能、ナギの冷静だが不安が滲む様子、リンネの支え)がリアルで、チームの絆が試される転換点。 - ラストの夜のシーンで、アリアの「絶対に助ける」という決意と、予感される悲劇の匂わせが強い引きに。 続きが非常に気になる終わり方です。 ### 全体の印象- 前半(37章)は明るい青春・成長ストーリー、後半(38章)は急にダーク&シリアスに転じてコントラストが効いている。 - アリアを軸にした「神童」の周囲の仲間たちが、それぞれの弱さを抱えながら強くなっていく構図が魅力的。 アイリスの病状が「魔力の旋律(メロディ)」として表現されているタイトルも詩的で素敵。 - キャラクターの掛け合いが軽妙(マークの暴走率20%減とか、コトネの数値ツッコミ)で、シリアスになっても息苦しくならないバランスが上手い。
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