◀第04章:「老賢者ゼノの「空(くう)」」
▶第06章:封印の遺跡、あるいは空間再構築の詩(うた)
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第05章:「聖女のお守り、あるいは残酷な最適解」
「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 剣崎雌雄」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 東北きりたん」「VOICEVOX: 玄野武宏」
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魔法大会の翌日。 学園の中庭は、昨日僕が放った「最適化されたスパーク」の余韻で、算術的に解析不能なほどにざわついていた。
「見たかよ、あのスパーク。魔力0.2であんな貫通力……」 「構造が美しすぎるって、試験官が震えてたらしいぜ」

周囲の囁き声が、僕の鼓動を 1.2倍 に加速させる。
(……ああ、帰りたい。宿屋の裏口で、誰にも注目されずにバケツの水の反射角を計算していたい。僕の自尊心なんて、洗い場で弾ける石鹸の泡と同じなんだ。目立てば目立つほど、消えるのも早いのに)
僕は木陰のベンチで、脇腹を押さえながら溜息をついた。 服の下には、昨日ゼノさんから託された『虚数魔導書』が、まるで逃げ場のない現実のように重く鎮座している。 昨日の「最適化」は、僕の計算違い(エラー)だった。不合格になって宿屋へ帰るはずの式が、皮肉にも僕を学園の「商品(イノベーション)」へと押し上げてしまった。

「ルイくん、またそんな暗い顔をして。せっかく私が焼いたハチミツパンがあるのに」
不意に、隣から甘い香りが漂う。 セリナ・エルフェリア。王国の至宝であり、僕の平穏を焼き払う太陽。 彼女が差し出したパンは、昨日よりさらに精密に、そして執念深く焼き上げられていた。
 「……セリナ、ありがとう。でも、今の僕の胃袋は、1.2ギガパスカルの圧力で収縮してるんだ。王宮調査団が来るって聞いただけで、脳内演算がエラーを吐き続けてる」
「大丈夫だよ、ルイ。あなたがどんなに『最弱』の振りをしても、私はあなたの『最強』を知っているもの」
セリナが僕の袖をきゅっと握る。その指先の温度が、僕の退路を物理的に封鎖していく。 彼女の笑顔は、僕を「宿屋の息子」から「救世主」へと祭り上げるためのプロデュースの一部なのだ。

(……明日、僕の日常は死ぬ。確率、99.99%で)
僕は黄金色に輝くパンを見つめ、泡のように儚い自分の未来を想った。

学園の特別応接室。 そこは、僕のような「宿屋の息子」が踏み入れていい空間ではなかった。 ふかふかの絨毯、魔導金で縁取られた調度品。 部屋全体が「権力」という名の重力場を形成していて、僕の脳内演算は緊張で酸素濃度が 0.5% 低下していると警告していた。
「座りなさい、ルイ・アーデル君。取って食おうというわけではないわ」

正面に座るのは、王宮調査団のリーダー、カトリーヌ・ベルモンド。 彼女は分厚い書類を机に広げ、眼鏡の奥の瞳で僕を射抜いた。
 その視線は、解剖台に乗せる獲物を選別する官僚の冷徹さだった。
「……あの、僕の脳内演算では、この調査は“時間の無駄”という解しか出ないんですけど。昨日のスパークも、運が良かっただけというか……」
「運? 魔力指数 0.2 の人間が、防護障壁を貫通する“最適化”を偶然で行う確率は、天文学的数字よ」
カトリーヌは書類を一枚、僕の鼻先に突きつけた。そこには僕が黒板に描いた「0.3度の修正」が赤字で囲まれていた。

「正直に言いなさい。あなたはどこで、誰にこの“数式(システムハック)”を教わったの? 王国の魔導利権を守る立場として、この技術を看過するわけにはいかないのよ」
(やばい……論理で逃げ道を塞いでくるタイプだ……!)
「教わったなんて……ただの生活の知恵ですよ。宿屋の皿洗いで、どうすれば最短で油汚れが落ちるか計算するのと同じで……魔力を“洗剤”だと思えば、0.2でも十分なんです」

カトリーヌが身を乗り出した瞬間―― 背後から、空気を凍らせる“絶対零度の冷気”が流れ込んだ。
「カトリーヌ様。ルイの頭脳はエルフェリア家が管理しております。王宮がその中身を無理やり暴こうとするなら……相応の“外交問題”になりますが?」
セリナの声は鈴のように美しい。 だが、その瞳の奥には、女官僚を区画ごと“削除(デリート)”しかねない冷徹な光が宿っていた。

カトリーヌは一瞬、喉をわずかに震わせて冷汗を流した。 セリナの魔力は、学園史上最高。怒れば、王都の区画が一つ消える。その事実を彼女は理解している。 それでも彼女は、官僚としての“意地”を捨てず、不敵な笑みを“貼り付けたまま”、セリナに視線を返した。

「――待たせたな、ルイ! お前を王宮の連中に好き勝手させるわけにはいかない!」
応接室の重厚な扉が、物理法則を無視した勢いで弾け飛んだ。
 現れたのは、白銀の鎧を太陽のように輝かせた男――レオン・ヴァルクス。
 「レオン!? 君、今は演習の時間じゃ……」
「ルイ、友が窮地にある時に木剣を振っていられるほど、俺の心は図太くない! カトリーヌ殿、俺からも証言しよう。この男――ルイ・アーデルの真の価値についてな!」
(やめてレオン……! 君のその純度 100% の正義は、算術的に見て僕の“徴用リスト入り確率”を 200% 加速させるだけなんだ……!)

僕は絶望に目を覆った。レオンはカトリーヌを見据え、僕がセリナを守るために「盾」となった時の話を、尾ひれどころか背びれ胸びれまで付けて語り始めた。
「彼は身を挺したのだ! 魔力を持たぬ身でありながら、公爵令嬢を守るために、あえて無防備に殴打を受け続けた! あれは生存のための計算ではない、魂の輝きだ!」

「レオン、声が大きいよ! あれは単に、僕が殴られた方が被害が少なかっただけで……」
「謙遜するな、ルイ! カトリーヌ殿、魔力指数などという矮小な数字で、彼の“器”を測ること自体が間違いなのだ!」
カトリーヌはそれを聞き、官僚の冷徹な顔で静かに頷いた。
「よく言ってくれたわ、ヴァルクス卿。確信したわ――彼のその“自己犠牲の盾”こそ、今、北方戦線で最も求められているものよ」

「……北方戦線?」
セリナの声が、底冷えする響きに変わった。
「ええ。帝国の寒波に伴う魔獣の活性化。あなたの“最適化”があれば、兵士の生存確率は劇的に上がる。これは王命による――強制徴用の対象になりうる案件よ」

その瞬間、空気が凍りついた。 そして――レオンの表情が、初めて揺れた。
「……徴用? ルイが……戦場で、その力を振るうというのか……?」
彼の瞳には、友が国家に認められた「誇らしさ」と、守るべき友を危険に晒す「戸惑い」が同時に浮かんでいた。 一方の僕は、脇腹の『虚数魔導書』の重みを感じ、自分の人生の最悪ケースが数式として収束し始めていることに震えていた。

カトリーヌはその“間”を逃さず、冷淡に言葉を重ねた。
「宿屋へ帰るどころか、あなたは最前線という名の“巨大な汚れた洗い場”へ行くことになるわ。そこで一生、血と泥を拭う計算をしてもらいましょうか」
(ああ……もうダメだ。僕の人生の収支決算が、今この瞬間、真っ赤な赤字で確定したよ)
耳元に触れたカトリーヌの吐息は「破滅の周波数」を帯びていた。彼女の声は、僕の迷いを嗅ぎ取った瞬間に、スイッチを切り替えるように冷たくなった。

「ねえ、ルイ君。あなたの歩き方、左側の重心が常に 0.5度 傾いているわ。右脇腹に隠した約 300グラム の異物をかばうための、不自然な代償姿勢ね」
僕の背筋が跳ねた。算術師としての僕の身体操作を、彼女は僕と同じ論理で解いてみせたのだ。
「このままエルフェリア家の“執念”に飲み込まれ、彼女の私物として一生を終えるつもり? 王宮へ来なさい。徴用リストから名前を消す代わりに、その計算能力を王宮に提供しなさい」
(……取引、か。王宮という巨大システムの一部になる方が、セリナという名の“逃げ場のない檻”に閉じ込められるより、生存率は高いのかもしれない)
僕の脳内演算回路が揺らいだ。
 だが、その一瞬の迷いを、背後の“絶対零度の守護者”が見逃すはずがなかった。
「……ルイ。その不純な提案を検討しているのなら――」
セリナの声が響いた瞬間、特別応接室の空気が結晶化した。豪華な調度品を撫でていた春の陽光さえも凍りつき、床に落ちた僕の吐息が白い塵となって砕けるような、絶対零度の静寂が部屋を支配した。
 「今すぐこの塔ごと、あなたを私の心象風景に閉じ込めるわよ。私のルイのシャツに、あなたのような“不純物”の香りがつくことは……私の計算(プロデュース)には含まれておりませんの」

一触即発の沈黙。 ただ一人、レオンだけがこの「女同士の情念」という未知の戦場に、バグを起こしたような笑顔を貼り付けていた。彼は本気で場を和ませようとしていたが、その誠実さが今はただ痛々しかった。
「は、はっ……! ルイの才能を巡って議論が白熱しているな……! これも……勇者の器ゆえなのだろう……!」

カトリーヌは最後の一撃を放った。
「今日はここまでね。でもルイ君――どちらの檻がマシか、すぐに計算できるはずだわ」
彼女が僕の指先をそっとなぞった瞬間、セリナの足元の絨毯が、魔力の共振によって粉々に砕け散った。

調査団が去り、夕暮れの斜光だけが残された室内で、僕はソファに沈み込んだ。
「……一〇〇年分くらい寿命が縮んだよ。やっぱり王宮なんて、関わっちゃいけない場所なんだ」

レオンは「ルイの良さを再確認させてくる!」と飛び出していった。室内には僕とセリナの二人だけ。

「……ルイ。これを持っていてほしいの」
彼女が差し出したのは、手縫いのお守り。一針一針が、異常なほど精密に、そして執念深く縫い込まれた魔除けの刺繍。
「私がルイの隣にいない時も、これがあなたの身代わりになってくれるわ」

セリナが密着してくる。少女特有の甘い体温が、僕の脳内演算をショートさせる。
 だが、その瞬間――僕の脳内で、一つの「答え」が弾き出された。
「ねえ、セリナ。このお守り……やっぱりレオンに渡した方がいいよ」
セリナの指先が、ぴたりと止まった。
「……何、言ってるの?」

「計算したんだ。レオンが最前線で生き残る確率を 1% 上げることが、僕の平穏にとって最も期待値が高い。レオンが倒れれば実家の宿屋への小麦粉供給ルートが 20% の確率で断たれる。それは僕の皿洗い人生にとって、許容できないリスクなんだ。……僕はただ、正しい計算をしただけだ。それが、誰かを傷つけるなんて思いもしなかった」
セリナは、まるで時間が止まったように瞬きを忘れた。僕はその沈黙の意味を、最後の最後まで理解できなかった。
「ルイ……あなたは、私の心を何だと思っているの? 宿屋の在庫を管理するための……ただの“備品(パーツ)”だとでも思っているの?」
「え、あ、いや……」

「……バカ。最低。算術師のくせに、一番大事な“答え”を間違えるなんて」
彼女の目から、大粒の涙が溢れ出した。 それは、いつか彼女が“執念”に呑まれ、そして友が“正義”に呑まれていく未来を予感させる、あまりにも残酷な雫だった。

「私、もう知らない! ルイなんて、世界ごと檻に閉じ込めるわ!」
セリナは走り去ってしまった。
 一人残された僕は、お守りの重みを感じながら立ち尽くす。
「……どうして。僕の計算では、これが一番“誰も死なず、宿屋の利益も守れる道”だったはずなのに」

窓の外、黄金色に輝いていた学園の塔が、沈みゆく陽光に裏切られ、長い影に飲み込まれていく。
 それは、僕が計算で弾き出したはずの未来が、深い夜(執着)へと塗り潰されていく予兆そのものだった。
僕が望む「宿屋の裏口への帰還」は、僕自身の失言という名の誤差によって、さらに遠い、茨の道へと最適化されていくのだった。 夕日が沈むたび、日常は少しずつ、静かに崩れていく。僕だけが、その音に気づけないまま。

(第05章 完)
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あらすじ 魔法大会の翌日、学園中庭は昨日の「最適化されたスパーク」の話題で持ちきりだった。 僕はその注目に居心地の悪さを覚え、宿屋での静かな日常に戻りたいと願いながらも、脇腹に隠した『虚数魔導書』の重さと、意図せぬ成功が自分を学園の「商品」へ押し上げてしまった現実に困惑していた。 セリナ・エルフェリアが差し出す精密に焼かれたハチミツパンに慰められつつも、王宮調査団が来るという知らせで僕の脳内演算はエラーを起こし、目立つことで自尊心が速やかに砕ける可能性を憂いた。 特別応接室での面談は緊迫していた。 王宮調査団リーダーのカトリーヌ・ベルモンドは、僕の「0.3度の修正」が記された書類を示して技術の出所を問いただし、この技術が王国の利権に関わるとして看過できないと告げた。 僕は生活の知恵の延長だと弁明するが、会話の流れは敵対的だった。 そこへセリナが割って入り、彼女の圧倒的な魔力で場を凍らせて僕を守ろうとするが、カトリーヌは官僚としての意地を曲げない。 さらにレオン・ヴァルクスが駆けつけ、僕の行為を美談として証言することで話は軍事利用の方向へ傾く。 カトリーヌは僕の「最適化」が北方戦線で兵士の生存率を上げ得ると判断し、強制徴用の可能性を示唆した。 徴用という言葉に場は凍り、レオンは誇りと戸惑いを同時に見せ、僕は最悪の未来が現実味を増すのを感じた。 カトリーヌは容赦なく「王宮へ来て計算能力を提供せよ」と取引を持ちかけ、僕は王宮の一部になることがセリナに私物化されることよりは生存確率が高いのかと迷う。 セリナは僕が取引を検討した瞬間、感情の冷気で場を支配して警告を発し、王宮に捕らわれることを拒む姿勢を示した。 カトリーヌは最後に「どちらの檻がマシか計算しなさい」と突き放して去り、僕とセリナだけが残される。 セリナは手縫いのお守りを僕に託し、離れている時の身代わりになってほしいと願う。 彼女の近さに動揺しつつ、僕は理性的に期待値を弾き出すと、レオンにお守りを渡す方が結果的に宿屋の利益と自分の平穏に寄与すると結論づけてしまう。 その計算を口にした瞬間、セリナは深く傷つき激昂する。 僕の言葉は彼女の心を「消耗品扱い」したと受け取られ、涙とともに「世界ごと檻に閉じ込める」と叫んで走り去る。 残された僕は、自分の論理的選択が誰かの感情を踏みにじったことに気づけず、ただ計算上の最善を追ったつもりだったと弁解する。 夕暮れに学園の塔が影に飲まれていく光景は、僕が弾き出したはずの未来が執着と誤解によって塗り潰されていく予兆となり、宿屋へ帰るという望みは失言という誤差でさらに遠のいていった。
解説+感想めっちゃ良かった……! 第05章、最高に「残酷」だった。 この章の核は完全に「ルイの計算が正しいからこそ、誰も救えない」というところだと思う。
タイトル通りの「残酷な最適解」が、読んでるこっちの胸をぎゅっと締めつけてくる。 特に最後のシーン。
セリナが手縫いのお守りを渡してくるあの瞬間、ルイが「レオンに渡した方が期待値が高い」と本気で計算しちゃうところ…… あそこ、読んでて「うわああああああ」って声出た。
だってルイは悪意ゼロなんだよ。 むしろ「これが一番皆が傷つかずに済む道」って純粋に思ってる。
それが一番残酷なんだよね。
セリナの「私、もう知らない!」の叫びが、ただのヤンデレじゃなくて、ちゃんと「心を踏みにじられた女の子」の声に聞こえたのがすごい。 あと、今回の章で一番好きだったのは、「私、もう知らない! ルイなんて、世界ごと檻に閉じ込めるわ!」 の前の、セリナの涙の描写。 それは、いつか彼女が“執念”に呑まれ、そして友が“正義”に呑まれていく未来を予感させる、あまりにも残酷な雫だった。
この一文で全部持っていかれた。
ルイの計算が、セリナを「聖女」から「狂った聖女」へと確実に変えていく過程が、静かに、しかし確実に描かれてて鳥肌立った。 あと細かいところで好きだったのは:カトリーヌがルイの「0.5度の傾き」を見抜くシーン(同類の匂いがして最高) レオンが完全に場違いな正義感で空気を読めないのに、それが逆に痛々しくて愛おしい セリナの「お守り」が、ただのラブアイテムじゃなくて「所有権の象徴」として機能してること
ルイの「宿屋に帰りたい」という願望が、どんどん「もう帰れない」という絶望に最適化されていく過程が、読んでて本当に切ない。
そしてその切なさを、全部「計算」で語らせてしまうのが、作者の悪魔的才能だと思う。 正直、この章でルイは完全に「読者の共感」と「読者の苛立ち」を同時に最大化してる。
可愛いのにムカつく。
守ってあげたいのに、ぶん殴りたい。
最高の主人公だ。 次章、セリナがどう暴走するのか、ルイがその暴走をどう「再計算」するのか、めちゃくちゃ楽しみにしてる。
このままルイが「最適解」を追い求め続けた結果、全部壊れていく展開になったら……俺、泣くかもしれない。 本当に、素晴らしい章だった。
ありがとう。
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