◀第03章:「煤まみれの和解(ハーモニー)」
▶第05章:「聖女のお守り、あるいは残酷な最適解」
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第04章:「老賢者ゼノの「空(くう)」」
「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 離途」
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煤まみれの演習室事件から数日。 僕、ルイ・アーデルの学園生活は、算術的な予測曲線(トレンドライン)を遥かに超える角度で「破滅(英雄化)」へと垂直上昇していた。
登校すれば「見ろ、あれが『最適化』のルイだ」とヒソヒソ囁かれ、食堂に行けばレオンが「俺の隣は真の勇者の席だ!」と大声で宣言し、僕の半径二メートル以内を聖域化する。 そして右袖には、いつものように公爵令嬢セリナが、物理法則を無視した密着度で張り付いていた。
「ルイくん、知ってる? 北塔の最上階に住む“偏屈な掃除嫌い”が、あなたに会いたいって」
放課後の廊下。 セリナが極上の微笑みと共に告げた内容は、僕にとっては死刑宣告に等しかった。
「……セリナ。その“掃除嫌い”って、まさか学園の最高権威である『第七賢者ゼノ』さんのことじゃないよね?」 「あら、ご明察。さすがルイくん、情報の整理も早いのね」
セリナの笑顔は、今日も僕の「逃げ道」の破壊に特化している。 第七賢者。そんな歴史の教科書に載っているような生きた化石に関わってしまったら、僕の「最下位合格者として空気のように卒業し、宿屋の裏口へ帰って皿を洗う」という完璧な人生設計図(ブループリント)が、物理的に燃やされてしまう。
(……帰りたい。伝説の賢者とか、一番関わっちゃいけない人種(カテゴリー)だ。今すぐ“腹痛により一万年の欠席が必要”という診断書を算術的に偽造したい)
僕は踵(きびす)を返そうとした。 しかし、僕の退路には既に“歩く正義感”ことレオンが仁王立ちしていた。
「ルイ! 伝説の賢者がお前を名指しで呼ぶとは……やはり、お前の秘めた力が見抜かれたのだな! 友として、俺も鼻が高いぞ!」
レオンの熱い眼差しと太い腕が、逃げようとする僕の背中を、聖剣の如き鋭さと重さで固定する。
「い、いやレオン君。これはきっと間違いで、僕はただの誤配送された荷物みたいなもので……」 「謙遜するな! さあ、歴史が動く瞬間だ!」
結局、僕は二人の天才に左右をがっちりと挟まれ、処刑台へ向かう罪人のような足取りで、北塔の長い長い螺旋階段を登り始めた。
 一段登るごとに、僕の足音の周波数は、絶望によりマイナーコードを奏でていた。
北塔の最上階、「開かずの書庫」。 重厚な扉が、ギギギ、と錆びついた悲鳴を上げて開く。
その瞬間――僕を襲ったのは、伝説の威圧感……ではなく。 三百年分は蓄積されていそうな、圧倒的で暴力的な「埃(ほこり)」の壁だった。
「ごほっ、ごほっ! な、何これ!? 衛生観念の欠如にも程があるよ……!」
反射的に制服の袖で口元を押さえる。 宿屋の息子として、この環境は生理的に許容できない。ハウスダスト濃度が致死レベルだ。これはもう「算術的犯罪」と言っていい。 床は灰色、棚は灰色、空気まで灰色。窓から差し込む夕陽が、舞い踊る無数の塵をキラキラと照らし出しているが、綺麗というより「呼吸困難の可視化」だ。 ここまで来ると、埃が主役で賢者が背景である。
「……騒がしいのう。風の音が乱れるではないか」
書庫の奥。崩れかけの魔導書の山に埋もれるようにして、その老人は座っていた。
 ボサボサの白髪は鳥の巣のようで、ローブは継ぎ接ぎだらけ。 伝説の第七賢者ゼノ・グラファル――。 だが僕の目にはどう補正しても、「掃除をサボりすぎてカビが生えかけた頑固おじいさん」にしか見えなかった。
「ゼノ先生。お招きいただき感謝いたします。こちらが私の……いえ、王座へ至る私の『運命』、ルイ・アーデルです」
セリナがスカートの裾をつまみ、過剰なまでの優雅さで僕を差し出す。 その笑顔の奥には、
“ルイを褒めないなら、この塔ごと最適化(削除)して更地にしてあげる”
という、絶対零度の冷徹な光が宿っていた。怖い。この公爵令嬢、賢者相手に喧嘩を売る気満々だ。
ゼノは、古木のような指でページをめくる手を止め、濁った瞳をゆっくりと僕に向けた。
「魔力指数0.2、か。……ふん。なるほど、学園の測定器が悲鳴を上げたわけだわい」
僕はビクッと肩を揺らした。 見抜かれた? いや、単に呆れられただけか?
「あ、あの、やっぱり故障ですよね? 本当は0.002くらいで、今すぐ退学して実家の宿屋で皿洗いをするのが、世界のエネルギー保存則的にも安定すると思うんですけど」
必死の弁明をする僕を見て、ゼノは歯の抜けた口でニヤリと笑った。
「小僧。おぬし、魔法をなんと思っておる?」
唐突な問い。 僕は思考を一瞬で巡らせる。模範解答? いや、この老人に嘘は通じない気がする。
「……効率の悪いエネルギー変換作業、でしょうか。宿屋の排水管を詰まらせる油汚れと同じで、構造を理解すればもっと安上がりに済むはずのものです」
その瞬間。 ゼノの瞳に、一瞬だけ鋭利な刃物のような知性が宿った。 埃まみれの好々爺の輪郭が歪み、世界を統べる“伝説”の顔が覗く。
「魔法は構造であり、詩である。……おもしろい」
ゼノは杖を床にトン、と突いた。 それだけで、舞っていた埃がピタリと静止する。
「おぬし、この部屋を『満たして』みよ。魔力を使わずにな」
賢者からの、あまりに唐突で抽象的な試練だった。
「魔力を使わずに、この広大な書庫を満たせ……?」
レオンが腕を組み、深刻な顔で壁(黒板の代わりらしい)を見つめる。
「物理的に物を運び込むのか? いや、それは時間が足りない。ならば……勇気をもって叫び、その魂の咆哮で空気を震わせ、空間を“熱気”で満たすということか!?」
(レオン、それだとただの近所迷惑だからね。あと“満たす”の定義が精神論すぎるよ)
一方、セリナは扇子で口元を隠しながら、物騒な余裕を漂わせていた。
「ルイくんなら簡単よね。……もし必要なら、私がこの塔の外にある物質をすべて消滅させて、相対的にこの部屋を“ルイくんだけで満たされた世界”にしてあげてもいいけれど?」
(待ってセリナ。それだと僕が唯一の生存者になっちゃう。宿屋の客がゼロになる=経営破綻なんだけど。あと世界滅亡のコストが軽すぎるよ)
僕はため息をつき、書庫を見渡した。 埃、乱雑な本、そして窓から差し込む一筋の夕陽。 ゼノの要求は「満たす」こと。質量である必要はない。
(満たせばいいんだろう? 算術的に、最もコストが低く、かつ広範囲をカバーする方法は……)
僕の視界が、青白いグリッドライン(補助線)に覆われる。 部屋の体積、埃の密度、光源の位置。全ての事象が「数値」へと置換されていく。
部屋の隅に、煤けた小さな「ランプ」があった。 僕はそれを手に取り、ゼノが飲み残したであろう古い油の残量を計算する。
「セリナ、ちょっとだけその“お菓子好きの天然令嬢”の仮面を脱いで、指先に熱をくれるかな。0.003秒だけでいい。座標はここ」 「ええ、ルイくんの頼みなら喜んで(ハート)」
セリナが指先をランプにかざす。 小さな、本当に小さな火が灯った。豆粒ほどの頼りない光だ。
だが、これで十分。 僕はランプの芯を0.3ミリだけ調整し、周囲に散らばっていた鏡のような金属板の角度を最適化する。 さらに、部屋中に充満している「埃」――こいつらは邪魔者じゃない。光を拡散させるための「無数のプリズム」だ。
計算終了。 僕は金属板を、コンマ数ミリ単位でずらした。
瞬間――。
夕闇が迫りつつあった薄暗い書庫が、爆発的な「黄金」で塗りつぶされた。
ランプの微弱な光が、計算された角度で金属板に反射し、増幅され、さらに空中の埃のひとつひとつに乱反射(ディフュージョン)する。 光の粒子が部屋の隅々まで行き渡り、影という影を消滅させた。 乱雑に積まれた本も、汚れた床も、すべてが神々しい黄金色に輝いている。
 「……満ちました。光で」
ゼノは、光に照らされた自身の汚れたローブを見つめ、そして腹の底から笑い出した。
「カカカ! 光子を幾何学的に配置し、反射効率を最大化したか! 魔力を使わず、世界の理(システム)の穴を突いてきおったわ!」
老人は立ち上がり、僕に近づく。 その一歩ごとに、床の埃が避けていくようだった。
「宿屋の小僧。おぬしの言う“安上がり”とは、神の御業に近いわい。……さて、褒美におぬしの『0.2』の正体を教えてやろう」
ゼノは黄金色に満ちた書庫の中心で、僕を手招きした。 その仕草は穏やかだが、背後に“世界の構造”が揺らぐような圧倒的な圧がある。 僕は本能的な恐怖で一歩後ずさった。
「いえ、いいです。正体とか。僕はただの、ちょっと計算が得意なだけの皿洗い担当なので。これ以上フラグを立てられると、実家のパンが焦げちゃうんです」 「聞け」
短く、重い一言。 僕の足が床に縫い付けられたように動かなくなる。
「おぬしの魔力指数が0.2なのは――魔力が低いからではない」
老賢者の声が、書庫の空気をピリリと震わせた。
「測定器という“器”が、おぬしの魔力を測りきれず、溢れた残りカスだけが『0.2』という端数として表示されたのだ。……おぬしの器は、『空(くう)』に似ている」
「……空?」 レオンが息を呑む。「限界がない、ということか……?」
「左様。無限とは、器を持たぬということ。だからこそ、既存の数式では測れん。おぬしは算術によって世界を最適化するが、それは世界そのものを“書き換えている”のに等しいのよ」
無限。 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で警報音が鳴り響き、思考がオーバーフローを起こした。
(無限……? それって、宿屋で言えば“無限にお客さんが来る”ってこと?)
想像してしまった。 終わらないランチタイム。洗っても洗っても次々に運ばれてくる、油汚れのついた皿、皿、皿。 山積みになった皿の塔は天を突き、僕は白骨化してもなおスポンジを握り続けている。
(ブラック企業どころじゃない。僕、死ぬまで……いや死んでも皿を洗い続けなきゃいけないの? 無限皿洗いループ……それもう呪いじゃん……!)
 顔面蒼白になる僕をよそに、セリナの瞳は狂おしいほどの悦びに濡れていた。
「空(くう)……。ああ、やっぱり。私のルイくんは、この世界の法(ルール)さえ跪かせる存在だったのね」
セリナが僕の腕に頬をすり寄せる。その体温が熱い。熱すぎる。
「ねえルイ。もう宿屋なんていらないわ。器がないなら、私があなたのための“世界”になってあげる」
(セリナ、その愛の重さが既に僕の許容量を超えて無限(インフィニティ)に突入してるんだけど! 僕の精神の器はマグカップくらいなんだよ! 決壊するよ!)
僕は頭を抱えた。 魔力0.2という「最下位の盾」を失った瞬間、僕の平穏への退路は、賢者の言葉という名の絨毯爆撃によって完全に消滅したのだ。
「……これを持っていけ。おぬしにしか読めぬ“詩”が書いてある」
ゼノが懐から取り出し、僕に押し付けたのは一冊の古い本。 表紙には何も書かれていない。ページをめくっても、そこには文字の一つもなかった。 真っ白だ。
「ゼノさん……これ、落丁本ですか? 返品不可ですか?」
 「カカ、おぬしが捨てても、それはおぬしの影に帰るだけよ」
後に『虚数魔導書』と呼ばれ、時代の境界線を書き換えることになる禁忌の遺産。 だが今の僕には、ただの「呪いの白紙ノート」にしか見えなかった。
「……風が止まれば死ぬぞ、算術師の少年」
帰り際、ゼノの低い声が背中に突き刺さる。
「止まりたければ、世界を止めるしかないわい」
振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。 ただ、埃まみれの書庫が、黄金色の残光の中に静まり返っているだけだった。
――そして帰り道。
夕陽に照らされた学園の回廊を歩きながら、僕は手にした真っ白な魔導書を見つめていた。 重い。物理的な重さ以上に、この本には「運命」という名の質量が詰まっている気がする。
(……白紙ってことは、僕に“書け”ってこと? いやいやいや、僕は宿屋の息子であって、世界の編集者じゃないんだけど)
隣ではレオンが、太陽のような笑顔で拳を握っていた。
「ゼノ先生の言葉、心に刻んだぞ! 俺も空(くう)を目指して鍛錬に励む! お前と共に歩むために!」
(レオン、僕は空じゃなくて、頭の中を“空っぽ”にして生きたいんだよ……)
さらに反対側では、セリナが当然のように僕の腕に絡みつき、魔導書を覗き込んでいる。
 「ルイくん、その本に私の名前も書いていいかな? 共著っていうことで。……ねえ、記念すべき最初の1ページ目は“婚姻契約書”にしてもいい?」
(セリナ、虚数魔導書に婚姻契約を書き込むのは世界法的にアウトだと思うんだけど!? 概念レベルで逃げられなくなるやつだよねそれ!)
僕は心の中で全力でツッコミながら、それでも歩みを止めることはできなかった。 なぜなら――。
僕の足元に伸びる影には、もう拭い去ることのできない「英雄の重み」がべったりと張り付いていたからだ。
それに、嫌な予感がする。 僕の肌が、空気中の微細な魔力変動を感知している。
算術的に計算するまでもない。 僕の日常は、もうすぐ“王宮調査団”という名の暴風にさらされようとしていた。
放課後の静寂の裏で、誰かが冷徹にデータを打ち込む音が聞こえる気がする。 僕の「自尊心の泡」が、一つ、また一つと音もなく弾けて消えていく。 明日、僕の平穏は死ぬ。 確率、99.99%で。
(第4章 完)
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あらすじ 演習室の騒動から数日、最下位合格のはずのルイ・アーデルは学園内で「最適化のルイ」と囁かれ、食堂ではレオンに勇者扱いされ、右袖には公爵令嬢セリナが常時密着するという、望まぬ英雄化の加速に翻弄されていた。 ところがある放課後、セリナは北塔最上階に住む偏屈な掃除嫌い――学園最高権威「第七賢者ゼノ」からの招集を伝え、ルイは即座に逃走を図るが、正義感の権化レオンに進路を塞がれ、半ば強制的に北塔へ連行される。 こうして辿り着いた「開かずの書庫」は、伝説の威圧感よりも三百年分の埃が支配する灰色の空間で、宿屋の息子で衛生観念が強いルイは即座に咳き込みつつも、その混沌を冷静に観察する。 やがて崩れかけの魔導書に埋もれる老人こそ第七賢者ゼノで、セリナが過剰な礼と冷徹な圧を込めてルイを「運命」と称すると、ゼノはルイの魔力指数0.2を一瞥して「測定器が悲鳴を上げた理由がわかった」と笑い、まず「魔法を何と思うか」と問いかける。 ルイは虚飾なく「効率の悪いエネルギー変換で、構造理解により安上がり化できる」と答え、ゼノの瞳に刃のような知性が閃き、「魔法は構造であり詩」と評価が反転する。 続いてゼノは「魔力を使わずこの部屋を満たせ」と抽象的な試練を与え、レオンは魂の咆哮で空間を熱気で満たすなどと精神論に迷走し、セリナは外界を消滅させ相対的充満を提案するという極論を口にするが、ルイは数理直観で「満たす」定義を光に置き換え、最小コストで最大効果を目指す。 そこでルイは煤けたランプを見つけ、残油量を即算し、セリナに0.003秒だけ熱を借りて点火、芯を0.3ミリ調整し、散在する金属板の角度を最適化、さらに空中の埃を拡散プリズムとして利用することで、微弱な光を幾何学的反射と乱反射で全域に分配する。 結果、薄暗い書庫は黄金色の光で満たされ、影が消え、埃と本と床までが神々しく輝く「光による充満」が達成される。 ゼノは「光子の幾何配置と反射効率の最大化」という“魔力不使用の理詰め”に腹の底から笑い、「安上がりは神の御業に近い」と称賛して、褒美として魔力指数0.2の正体を明かすためルイを招く。 恐れるルイは辞退しかけるが、「聞け」の一言に縫い止められ、そこで示された真実は「低いのではなく、測定器という器が測りきれず、溢れた端数が0.2に見えている」という逆転の理屈だった。 すなわちルイの器は「空」に似ており、器を持たぬがゆえに無限で既存の数式で測れず、彼の算術的最適化は世界の構造を書き換える行為に等しいとされる。 唐突に「無限」を告げられたルイは、宿屋視点で「無限に来客が来て無限に皿を洗う地獄」を想像して蒼白、レオンは「限界なき空を目指す」と鼓舞し、セリナは「私があなたの世界になる」と愛のベクトルを無限大に振り切る。 もはや魔力0.2という最下位の盾を失ったルイは、平穏への退路が言葉の絨毯爆撃で焼き尽くされたことを悟るが、ゼノはさらに「これを持て」と無地の古書を手渡す。 表紙も中身も白紙のそれは、後に『虚数魔導書』と呼ばれ時代を書き換える禁忌となるが、現時点のルイには「呪いの白紙ノート」にしか見えず、「落丁本?」と返せば、「捨てても影に戻る」と不穏な返答が返る。 別れ際、ゼノは「風が止まれば死ぬ、止まりたければ世界を止めろ」と余韻だけを残して消え、黄金の残光に沈む書庫は静かに幕を閉じる。 そして帰路、夕陽の回廊でルイは白紙の重みを物理以上の運命と感じ、「書け」という無言の圧に抵抗しつつ、「自分は世界の編集者ではなく宿屋の息子だ」と内心で否定を繰り返す。 それでもレオンは太陽の笑顔で拳を掲げ「共に空を目指す」と誓い、セリナは虚数魔導書の1ページ目を婚姻契約書にする暴走案を囁き、ルイは概念レベルで逃げ道が塞がる未来に全力でツッコむ。 だが足元の影には既に「英雄の重み」が貼り付き、彼の歩みは止まらない。 さらに肌は王宮調査団の接近を予感する微細な魔力変動を捉え、放課後の静寂の裏で誰かが冷徹にデータを打ち込む気配がする中、ルイの自尊心の泡は音もなく弾けていく。 こうして、明日の平穏が99.99%の確率で死ぬと算出される一方で、章は「空」という無限の器と「虚数魔導書」という白紙の詩を置き土産に、宿屋の皿洗い少年が世界の数式を書き換える物語の臨界点へと静かに到達する。 同時に本章は、埃まみれの書庫を黄金で満たす“光の充満”という具体的演出を通じて、ルイの強みが大魔力ではなく「世界の理を安上がりに最適化する構造理解」にあることを鮮明にし、魔法は詩であるというゼノの定義と響き合う構図を提示する。 さらに測定器と器の比喩によって「0.2=端数」という逆説的示唆が語られ、数値信仰と評価制度の限界を暴きつつ、ルイの算術が既存のルール外で機能する“書き換え”であることが宣言される。 そしてセリナの愛の過剰最適化、レオンの直情的英雄譚、ゼノの掃除嫌いと超越的知性という三者が、ルイの逃避願望と宿屋メタファー(無限皿洗い)に対照をなすことで、コメディの体裁を保ちながら破滅=英雄化という逆説の傾斜を急峻にする。 加えて、白紙の魔導書という「書かれていない詩」は、読む者ではなく“書く者”としてのルイを呼び出し、空(器なき無限)に対応する編集者の主体性を暗示する一方で、捨てても影に戻るという性質が「選ばないことも選択」の無効化=不可逆の契約として機能する。 そこに「風が止まれば死ぬ/止めたければ世界を止めろ」という命題が重なり、最小コストで世界を動かしてきたルイが、ついに停止コストという最大の逆算に直面する構図が掲げられる。 さらに、埃という厄介者を光学拡散の資源に転用する場面は、無駄の最適化・負資産の資産化という彼の美学を象徴し、光子配置・角度最適化・微小調整といったミクロな設計が、マクロに世界像を塗り替える“詩”的跳躍として結晶化している。 最後に、王宮調査団の接近、放課後の静寂に紛れる打鍵音、99.99%の平穏死という確率の宣告は、次章へのスレッドを高密度で張り巡らせ、英雄の影がルイの足元に定着したことを可視化しつつ、彼の「空っぽでいたい」という願望と「空(くう)である」という宿命の齟齬を決定的に刻印する。
解説+感想この第4章、めちゃくちゃ面白かったです! タイトル通り「老賢者ゼノの『空(くう)』」がテーマで、ルイの「最適化」思考がまた炸裂する展開が最高。 全体的にコメディ要素が強くて、ルイの内省的なツッコミが笑いのツボを突きまくり。 以下に、ざっくり感想をまとめますね。 キャラクターの魅力が爆発ルイ・アーデル: 主人公の視点が本当におかしい。 魔力0.2を「最下位の盾」として守ろうとするのに、賢者との出会いで一気に無限大にアップデートされちゃう。 光で部屋を満たすシーンは天才的で、算術的なアプローチがクールだけど、本人の反応が「無限皿洗いループ」の悪夢想像とか、永遠のコミカルさ。 ルイの「宿屋に戻りたい」願望がどんどん遠ざかるのが、読んでて切ないのに楽しい。
セリナ: ヤンデレ度がさらにエスカレート! 「私が必要なら世界を消滅させてあげる」みたいなセリフが怖かわいい。 ルイへの執着が「重い愛」として描かれてて、彼女の笑顔の裏に隠れた冷徹さがゾクゾクする。 婚姻契約書を虚数魔導書に書く提案とか、概念レベルのヤバさで笑った。
レオン: 熱血漢の鏡。 ルイの能力を素直に褒めまくるけど、試練の解釈が「魂の咆哮で熱気で満たす」って、相変わらずの脳筋っぷりが愛おしい。 ルイの「空」を目指す宣言も、友情の熱さが伝わってくる。
ゼノ: 埃まみれの偏屈爺さんなのに、突然の知性爆発がカッコいい。 部屋の描写が「呼吸困難の可視化」って表現が秀逸で、最初はコミカルだけど、ルイの能力を解説するシーンで一気に伝説の賢者感が出る。 褒美の本が白紙ってのも、象徴的でワクワクする。
プロットとテーマの良さ試練の「部屋を満たせ」が、魔力なしで光を最適化してクリアするところは、ルイの「算術的」な才能が活き活きしてて爽快。 物理法則をハックする感じが、ファンタジーなのに理系っぽくて新鮮。 埃をプリズムとして使うアイデア、天才的だわ。
テーマの「空(くう)」が、無限の魔力を表すのいいね。 ルイの能力が「世界を書き換える」レベルだって明かされて、物語が一気にスケールアップ。 平穏を求めるルイが、英雄の道に引きずり込まれるコントラストが、シリーズの魅力の核心だと思う。
章末の予感、王宮調査団の影が匂わされて、次章へのフックがバッチリ。 ルイの「平穏は死ぬ、確率99.99%」の締めが、絶望的に面白い。
全体として、ユーモアとファンタジーのバランスが絶妙で、読後感がスッキリ。 ルイの内面描写が細かくて没入感高いし、短い章なのに情報量が多くて満足度大。 次は王宮絡みのドタバタが来そうで楽しみ! 。 もし続きがあるなら、ぜひ読みたいです。
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