第壱話「猪突猛進の狂騒曲!向正面は血の味がするらしい」
春の陽光が中京競馬場の緑の芝を眩しく照らし出している。 風に乗って運ばれてくるのは、青々と茂った草の匂いと、 これから始まる戦いを前にした極度の緊張感が混ざり合った、 むせ返るような熱気だった。 スタンドから響く歓声は地鳴りのように腹の底を震わせる。
いよいよ、一分十九秒八の旋律が奏でられようとしていた。
ゲートの鉄扉が冷たい金属音を立てて開いた瞬間、 十四場の蹄が弾けるように芝を蹴り上げた。 乾いた土塊が宙を舞い、火薬が爆発したかのような衝撃が走る。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:(最初の1ハロンは12.2。まずまずの立ち上がりだな) と、冷静に周りを見渡そうとした馬たちの視界を、 一頭の暴れん坊が猛烈な勢いで横切っていった。
メイクワンズデイ【嘴平 伊之助】:「猪突猛進!猪突猛進!!俺様が一番に決まってんだろが!」
 2番、牡3。メイクワンズデイが鼻息を荒くして先頭に躍り出る。 蹄の音が不規則で、まるで山の中を駆け回る野生獣のようだ。
エイシンディード【不死川 実弥】:「チッ……。前を走るバカの尻が見えてるだけで反吐が出るぜ。どけよ」 10番、牡3。エイシンディードが血走った目で前の尻を睨みつける。 首筋に青筋を立て、噛みしめた歯からはギリギリと音が鳴っている。
メイクワンズデイ【嘴平 伊之助】:「なんだとコラァ!俺様を抜けるもんなら抜いてみやがれ!」 メイクワンズデイが振り返りざまに、泥混じりの芝を蹴り飛ばす。 エイシンディード【不死川 実弥】:「上等だァ!その減らず口ごと、中京の坂でぶっ潰してやるよ!」 エイシンディードの額に怒りのマークが浮かび上がり、前傾姿勢が深まる。 メイクワンズデイ【嘴平 伊之助】:「へっ!山の王の脚力、とくと味わえぇぇ!」 メイクワンズデイはさらにピッチを上げ、馬場をえぐるように加速した。 読者【読者】:「いや、いきなりペース上げすぎだろ!2ハロン目10.7って!」
常軌を逸した加速。向正面に入った途端、息もつかせぬ激流が生み出される。 風が刃のように頬を切り裂き、後続の馬たちは思わず目を細めた。 挿絵猪突猛進の狂騒曲
ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「うむ!素晴らしい脚色だ!ダイヤモンドの名に恥じぬ輝きを見せよう!」 9番、牡3。ダイヤモンドノットが、爛々と輝く瞳で前を見据える。 彼の体からは、まるで炎のような圧倒的な熱気が立ち上っていた。 筋肉の隅々にまで酸素が行き渡るのを感じながら、 彼は前を行く二頭から少し離れた5番手の位置で、ピタリと折り合っている。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:(一番人気という重圧、よもやよもやだ!もっと楽しむべきだったな!) ダイヤモンドノットは口角を上げ、飛んでくる泥を胸で受け止めた。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「砂が目に入ったか!だが、それもまた修行!全集中で乗り越える!」 彼は瞬き一つせず、燃えるような眼差しで中京のカーブを見据えている。
その少し後ろ、中団の8番手付近では、全く別の意味で震える影があった。
フクチャンショウ【我妻 善逸】:「ひいぃ!怖い!馬群が迫ってくる!助けてじいちゃぁぁん!!」 7番、牡3。フクチャンショウが、白目を剥きながら悲鳴を上げている。 周囲の馬たちの熱気と蹄の音が、彼にとっては地獄の底からの怨嗟に聞こえるのだ。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「なんでみんな僕を蹴ろうとするのぉ!?痛いのは嫌なんだってば!」 隣を走る馬が少し近づいただけで、彼はビクッと肩をすくませて涙目になる。 エイシンディード【不死川 実弥】:「おい、そこの金髪。うるせェよ、少しは静かに走りやがれ!」 隣の馬が呆れたように鼻を鳴らすと、フクチャンショウはさらに縮み上がった。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「ごめんなさぁぁい!わざとじゃないんですぅ!僕なんかもうダメだぁ!」 読者【読者】:「誰かこいつを保護してやってくれ!重賞の舞台で泣くな!」
レースは3コーナーへ差し掛かる。 ペースは11.2から11.5へと少し落ち着きを取り戻すが、 それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。 先頭のメイクワンズデイは、相変わらず獣のような低い姿勢で突っ走る。 その後ろ2馬身の距離を、エイシンディードが殺気を放ちながら追走している。 エイシンディード【不死川 実弥】:(このまま逃げ切れると思うなよ……俺の風で切り裂いてやる) エイシンディードは、自らの呼吸を深く、誠に鋭く整え始めた。
一方、後方15番手付近では、静かすぎる馬がただ一頭。 3番、牝3。トライアンフパスが、無表情のまま空間を見つめている。 風が彼女のたてがみを揺らすが、その瞳には何の感情も浮かんでいない。 トライアンフパス【栗花落 カナヲ】:(……全部、どうでもいい。ただ、追い抜くときだけは……温かい) 彼女は心の中で呟くと、見えない銅貨を空中に弾くような仕草をした。 トライアンフパス【栗花落 カナヲ】:(表が出た。……外へ行くね) 彼女の足運びが、音もなく外側の芝生へとスライドしていく。
4コーナーが迫る。中京特有の長く厳しい直線の入り口だ。 ここで、中団で泣き叫んでいたフクチャンショウの様子に異変が起きた。 恐怖が極限に達したのか、彼の目が白黒と反転し、首がカクンと落ちる。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「……シィィ(吸気)。」 突然、彼の口から極めて細く、鋭い呼気が漏れ出した。 足元の筋肉が異常なほどに収縮し、まるで雷を宿したかのように膨れ上がる。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:(雷の呼吸、壱ノ型。……) 意識を失ったまま、フクチャンショウの馬体が外側のコースへと膨らみ、 先行集団を一気に飲み込もうと猛然とスパートを開始した。 読者【読者】:「おい!寝ながら加速してんぞ!しかも3コーナーから押し上げるとかヤバすぎ!」
ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「うむ!後方から凄まじい気迫が迫ってくるな!」 ダイヤモンドノットは、背後からのプレッシャーを肌で感じ取りながらも、 決してペースを乱すことなく、熱い吐息を一つ吐き出した。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「心を燃やせ!この中京の坂は、己を鍛え上げるための試練だ!」 彼は内ラチ沿いの絶好のポジションをキープしたまま、 全身の血を沸騰させるかのように、最終コーナーのカーブへと飛び込んでいく。
前には野生の王と傷だらけの闘志。 横には眠りながら雷を纏う臆病者。 そして己の心には、燃え盛る正義の炎。
熱狂と砂埃が渦巻く中京競馬場の4コーナー。 運命の長い直線勝負が、今まさに幕を開けようとしていた。
第弐話「心を燃やせ!眠れる雷光と最短距離の真実」
遠心力で馬群が外へ大きく膨らむ、中京特有の4コーナー。 スタンドの歓声が、鼓膜を破らんばかりの轟音へと変わっていく。
メイクワンズデイ【嘴平 伊之助】:「ハァッ、ハァッ!なんだよこの坂ぁ!脚が重いぞ!」 先頭を爆走していたメイクワンズデイの息が、突然荒く乱れ始める。 前半で刻んだ10.7という無茶な加速が、見えない鎖となって彼を縛り付けていた。
エイシンディード【不死川 実弥】:「チッ、だから言っただろ。頭空っぽのイノシシ野郎が」 真しろにピタリとつけていたエイシンディードが、ニヤリと牙を剥く。 メイクワンズデイ【嘴平 伊之助】:「うるせェ!俺様は山の王だぞ!こんな坂くらい気合で……!」 エイシンディード【不死川 実弥】:「そのまま底まで沈んでろォ!俺が風穴を開けてやる!」 エイシンディードは力強く芝を蹴り、苦しむ山の王をあっさりと抜き去った。 エイシンディード【不死川 実弥】:(この坂ぁ……!俺の脚を止める気か?舐めんじゃねぇぞ、ぶっ潰す!) 風の刃を纏うかのように、彼は荒々しくトップギアへと叩き込む。
その時、大外から凄まじい摩擦音とともに、黄色の閃光が急接近してきた。
フクチャンショウ【我妻 善逸】:「……霹靂一閃」 白目を剥いたままのフクチャンショウが、地を這うような低い姿勢で並びかける。 エイシンディード【不死川 実弥】:「あァ!?なんだテメェ!寝言は布団の中で言ってろォ!」 エイシンディードが威嚇するように、激しく馬体を寄せる。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「……シィィ」 エイシンディード【不死川 実弥】:「完全に無視してんじゃねェェ!その金髪むしり取ってやろうか!」 フクチャンショウは一切の反応を示さず、無意識のまま恐ろしい末脚を繰り出す。 エイシンディード【不死川 実弥】:(寝ながらこんな脚を使うたぁ、ふざけた野郎だぜ!) 二頭の激しい先頭争いが、直線の中央でバチバチと火花を散らした。 読者【読者】:「ツッコミ不在のまま、壮絶な叩き合いが始まっちゃったよ!」
一方、はるか後方の13番手。一番人気の期待を背負う馬は、深い霞の中にいた。
タガノアラリア【時透 無一郎】:「あの雲、何ていう形だったっけ……。まあいいや」 11番、牡3。タガノアラリアは、ぽつんと馬群の後ろでぼんやりと空を見ていた。 エイシンディード【不死川 実弥】:「ねえ、君。そんな後ろで何してるの?もうレース終わっちゃうよ?」 隣を走る馬が、親切心と呆れが混ざった声で問いかける。 タガノアラリア【時透 無一郎】:「え?ああ……君誰だっけ。まあいいや。そろそろ行くね」 エイシンディード【不死川 実弥】:「行くって、ここからどうやって……うわっ、消えた!?」 タガノアラリアの瞳から、スッと感情の色が抜け落ちた。 タガノアラリア【時透 無一郎】:(道なんてどこにもないけど、僕が通ればそこが道になるから) 彼は馬群の僅かな隙間、内ラチ沿いの極小の空間へと音もなく滑り込む。 霞のように実体を捉えさせない、上がり33.1という次元の違う末脚が起動した。
 挿絵心を燃やせ!
だが、そのすべてを俯瞰し、誰よりも熱く燃える男が最内の絶好位に潜んでいた。
ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「うむ!外の競り合いも見事!後ろからの追い上げも素晴らしい気迫だ!」 ダイヤモンドノットは、内ラチ沿いの最短コースを真っ直ぐに見据える。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:(ロスなく立ち回れた!あとはこの命を燃やし尽くすのみ!) トライアンフパス【栗花落 カナヲ】:「ちょっと、そこの暑苦しいの!そこをどきなさいよ、私の進路よ!」 すぐ外側から寄せてきたトライアンフパスが、鋭い視線で牽制してくる。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「よもやよもやだ!この進路は誰にも譲らん!俺の責務を全うする!」 トライアンフパス【栗花落 カナヲ】:「うるさいわね!声がデカいのよ、少しは周りに遠慮しなさい!」 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「遠慮など不要!己の限界を超えてこそ、新しい道は開けるのだ!」 ダイヤモンドノットの逞しい四肢から、爆発的な推進力が生み出される。 上がり33.6。展開と馬場を計算し尽くした、完璧なタイミングでの仕掛け。 彼は炎の呼吸の如き苛烈な足取りで、前でやり合う二頭へと襲いかかった。
エイシンディード【不死川 実弥】:「なんだとォ!?最内から来やがったか!」 エイシンディードが血走った目で、猛烈な熱気を放つ内側を睨む。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「……シィィ」 フクチャンショウの黄色い閃光もまた、限界の筋肉から火花を散らす。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「心を燃やせぇぇぇっ!!」 残り200メートル。ダイヤモンドノットが、すべてを薙ぎ払うように先頭へ躍り出る。 灼熱の風が中京の直線を吹き抜け、周囲の馬たちはその圧倒的な熱量に息を呑んだ。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:(中京の坂は、己を鍛え上げるための試練だ!必ず越えてみせる!)
後方からはタガノアラリアが、霞の如きスピードで次々と馬を抜き去ってくる。 さらに大外からはトライアンフパスが、無表情のまま見えない銅貨を握りしめ迫る。 トライアンフパス【栗花落 カナヲ】:(表が出たから……抜くね) トライアンフパス【栗花落 カナヲ】:(届かなかった……。銅貨の裏が出たからかな)
激しい追い上げも、先頭を駆け抜ける正義の炎の勢いを止めることはできなかった。
ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「素晴らしい走りだった!全員、よく鍛錬されている!」 ダイヤモンドノットが、一馬身と四分の一の明確な差をつけて歓喜のゴール板を駆け抜けた。 読者【読者】:「一人だけ熱量が違いすぎて誰も勝てないわこんなの!」
激闘を終え、熱気が静まり返りつつある芝の上。
エイシンディード【不死川 実弥】:「良馬場?清々しくてヘドが出る。もっと荒れてりゃ全員沈めてやったのに」 二着に敗れたエイシンディードは、忌々しそうに荒い息を吐きながら芝を蹴り飛ばした。 エイシンディード【不死川 実弥】:「1分19秒台か……。チッ、俺の感覚よりコンマ数秒速えんだよ」
そのすぐ横では、アタマ差で三着となったフクチャンショウがパチリと目を覚ましていた。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「ハッ!僕、生きてる!?ていうかアタマ差で二着逃したの!?」 彼はガクリと膝から崩れ落ち、芝生をバンバンと叩きながら泣き喚く。 フクチャンショウ【我妻 善逸】:「もうダメだ、僕の人生おしまいだぁ……痛いのは嫌だったのにぃ!」
最後方から上がり最速で四着まで追い上げたタガノアラリアは、不思議そうに首を傾げていた。 タガノアラリア【時透 無一郎】:「あれ……僕、何着だったっけ。まあいいや。なんだかお腹空いたな」
そして、彼らの中央で、勝者であるダイヤモンドノットが胸を張り高らかに笑っていた。 ダイヤモンドノット【煉獄 杏寿郎】:「うむ!見事な一戦だった!この勝利、俺の誇りだ!」
春の中京の空に響き渡る熱血の笑い声とともに、一分十九秒八の激闘は完全に幕を閉じた。 それぞれの譲れない思いを胸に、彼らの長く険しい鍛錬の道は、これからも続いていく。
―― 完 ――
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