◀第03章(本編10.03):特進クラスの襲撃、あるいは排除の効率化
▶第05章(本編:10.05)「聖騎士レオンの「皿洗い修行」、あるいは洗剤の最適解」
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外伝・第04章(本編10.04)「煤まみれの和解(幸せ)、あるいは熱量の消失」
「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: ナースロボ_タイプT」「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: 麒ヶ島宗麟」「VOICEVOX: 冥鳴ひまり」「VOICEVOX: 東北きりたん」
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窓のない特別演習室。ここは算術的に言って、世界で最も「清潔な箱(ブラックボックス)」だ。 あの合同演習の決定が下されてから、僕の平穏への退路はカトリーヌさんの『査定』という名のブルドーザーで物理的に更地へと変えられ、僕は「保護」という名目で、この公爵家直轄の無菌室(クリーンルーム)へと隔離された。
(……ああ、落ち着く。酸素濃度 21%、湿度 50%。ここには僕の『平穏』リソースを焼き尽くす「他人の視線」という名の過負荷(ノイズ)が存在しない。ここは、徹底的に管理されたデバッグルームそのものだ……)

僕はソファの深淵に身を沈め、震える指先で『虚数魔導書』の表紙を撫でた。だが、安堵という名のバグが走った瞬間に、網膜の裏側で冷徹なシステムログが奔る。
[ 警告:聴覚プロトコルの最適化を推奨。音響彩度の削減プロセスをフェーズ2へ移行します ―― ] [ 受信音声のリアルタイム・デコード(テキスト変換)を常駐プログラムに登録完了 ―― ]

「ルイ様。特製のハーブティーをご用意いたしました」
アグレアスが音もなく近づき、卓上にカップを置く。その瞬間、僕の耳は、彼の声を「生きた声」として受理することを完全に拒絶した。
[ 音声パケット受信:テキスト変換(デコード)完了 ―― ] 『 アグレアス:ルイ様。お茶の時間です。情動のノイズを捨て、数式に没入してください ―― 』
視界の端にポップアップする無機質な文字列。かつての懃懃無礼な「響き」も、執事らしい計算された「抑揚」も、すべてが不必要なゴミデータとして削ぎ落とされる。僕はその文字列を、脳内へ直接受理(インポート)した。

「……アグレアスさん。君の声、なんだか『取扱説明書』みたいになったね」
「それは喜ばしいことです。ルイ様の脳が、無駄な情緒を省き、本質のみを読み取れる『神の器』へ近づいている証左ですので」
『 アグレアス:おめでとうございます。貴方はまた一歩、人間という名の欠陥品を卒業されました ―― 』
ゾッとするような寒気を覚えたが、その「恐怖」すらも、システムは 0.5秒遅延 して『低優先度のエラー』としてバックグラウンドで処理(アーカイブ)し、僕の表情を強制的に「平穏」へと固定していく。

「ルイくん! おはよう。私の愛が、あなたの網膜まで届いているかしら?」
扉が開くと同時に、銀色の旋風が僕のパーソナルスペースを物理的に粉砕した。 セリナ・エルフェリア。彼女は当然の権利を行使するように僕の膝の上に座り込み、体温という名の重力で僕をホールドする。
 [ 接触確認:大腿部。弾性係数:解析不能(システムへの過干渉を検知) ―― ] 『 セリナ:おはよう、ルイ。今日は最高の『演習』ね。不純物をまとめてデリートしてあげましょう ―― 』
(……おかしい。以前は「Level: A」とか数値化できていた彼女の『柔らかさ』が、今は情念の熱量でオーバーフローを起こして読み取れない。彼女の存在自体が、僕のシステムを物理的にハッキング(上書き)し始めているのだろうか……?)
彼女が上機嫌に刻む鼻歌。かつては僕の心を震わせたはずの旋律も、今の僕の脳内では単なる『一定の周波数データ』として機械的に処理されるのみだ。 音の揺らぎも、声の質感も、すべてが欠落している。 ただの波形(サインカーブ)を眺めて、何に心地よさを感じればよかったのか。今の僕にはもう、かつての「感覚」を推測することすら不可能だった。
セリナは僕の頬に冷たい指先を這わせ、愛おしげに僕を覗き込む。

「……あら。ルイくんの瞳に、私の声が『文字』として映っているわ。ふふ、素敵。これで私の言葉は、誰にも邪魔されずにあなたの深層(ルート)へ直接書き込まれるのね」
「……セリナ。本当に、特進クラスの連中を全員、デバッグ(処刑)するつもりなのかい?」
「まさか。私はただ、ルイくんの素晴らしさを理解できない『古いOS』を、一括更新(アップデート)してあげるだけよ」
彼女の瞳に宿る、絶対零度の管理欲。
 そこに底知れぬ狂気を垣間見た僕の思考回路が、激しいオーバーロードを起こしかけた――その時だった。
ズドォォォォォンッ!!
遮音結界を物理的な振動でぶち破り、演習室の重厚な扉が粉々に弾け飛んだ。
[ 環境オブジェクトの破損を確認。視覚情報の整理(レンダリング)を開始します ―― ] [ 飛散物の描画優先度を最低(ワイヤーフレーム)に設定。最短回避ルートを算定中 ―― ]
本来なら悲鳴を上げるべき光景。だが僕の視界では、迫りくる扉の破片はすべて実体のない「青白い格子の塊(メッシュ)」へと書き換えられている。 僕は眉一つ動かさず、ただ首を数センチだけ横に傾けた。無機質な記号と化した瓦礫が、僕の頬を 0.01ミリ の誤差もなく通り過ぎ、背後の壁で無音の火花を散らす。
(……いや、ちょっと待って。今の僕の回避モーション、算術的に無駄がなさすぎて逆に引くんだけど。まるで僕の体が、僕じゃない『システム』に外側から強制操作(オートプレイ)されてるみたいで気持ち悪い……!)

「――待たせたな、ルイ! お前の『勇気ある決断』、俺が一番近くで見届けてやるぞ!!」
白銀の鎧を朝日に輝かせ、暴力的なまでの熱量を撒き散らしながら、レオン・ヴァルクスが突入してきた。
[ 警告:許容量を超える「陽」の音声データを受信。物理的干渉を遮断し、テキストのみを強制表示します ―― ] 『 レオン:ルイ! 友よ! 不純物を根絶する聖戦の幕開けだ!! ―― 』
(……レオン。君は今、間違いなく『正々堂々と戦おう』的な熱い友情を叫んだよね? なのに、今の僕の網膜には、君の言葉が『過激な選別宣言』としてしか翻訳(コンパイル)されないんだけど……ッ!)
レオンの放つ「陽」のオーラが、暴力的な文字の奔流となって僕の視覚野を埋め尽くす。
 だがその喧騒の最中。網膜の最下層、意識の外縁に、不気味な赤色のログが瞬きほどの速度で走った。
[ 異常検知:外部リソースの過熱。煤(スート)の蓄積量、臨界点まで残り 10% ―― ]
[ 警告:外部からの魔導スキャンを検知。監視者:カトリーヌ・ベルモンド ―― ] [ 演算能力の査定プロセスが実行されています。対象の座標は『第五屋外演習場』に予約済み ―― ]

(……カトリーヌさん。覗き見(スキャン)はマナー違反だって、宿屋の常識でも決まってるんだけど。……ああ、ダメだ。この『視線』、もう僕がどこに逃げようと、算術的にロックオンを外せない領域(レイヤー)に入ってる……!)

演習当日の朝は、誰かの掌の上で転がされる不穏な、それでいて滑稽な音を立てて、一気に加速し始めた。
第五屋外演習場。石畳と崩れかけたレンガ造りの家屋が並ぶこの場所は、本来なら実戦的な緊張感を養うための「学び舎」のはずだ。 だが、今の僕の網膜が捉えているのは、色彩を剥ぎ取られたグレーの幾何学モデル(ジオメトリ)でしかない。
[ 警告:視覚彩度の定常的な低下を確認。環境オブジェクトを『低解像度テクスチャ』として処理します ―― ]
(……ああ。春の陽光に映えるはずの学び舎が、まるで開発途中のデバッグ用マップに見える。情緒もへったくれもあったもんじゃないな。これじゃあ、僕の『平穏』という名の自尊心が、この殺風景な石畳のポリゴンに吸い込まれて消えてしまいそうだ)

僕はサイズの合わない制服の裾を無意識にいじりながら、前方を見据えた。 そこには、白と金の刺繍が眩しすぎる特進クラスのエリートたちが、ゴミを見るような――あるいは未知のバグを忌避するような眼差しで整列している。

[ 走査(スキャン)完了:敵対的ノードを特定 ―― ] 『 特進クラスリーダー:魔力指数 0.2 のバグが……。今日こそ、その化けの皮を剥いでやる ―― 』 『 感情解析:ヘイト・パラメーター 85%。攻撃的衝動が閾値を突破中 ―― 』
(……怖い、というより呆れるな。語彙のバリエーションが乏しすぎる。まるで古いOSにプリセットされた定型文を読み上げているみたいだ。算術的に言って、彼らのプライドの総量は僕の平穏を脅かす質量(重荷)だけど、その知性は完全に『時代遅れのバグ』だよ)

「ルイくん。あんな『低効率な不純物』の視線に、君の貴重な演算リソースを割く必要はないわ」
隣に立つセリナが、僕の右手を自身の指先で「ロック(固定)」した。 彼女の指は相変わらず氷のように冷たい。だが、僕の肌がその『冷たさ』を生理的に感じるよりも早く、システムが [ 物理接触:手部。報酬データをロード中 ] と先行処理(プリフェッチ)してしまう。
 (……いや、待ってくれ。僕の皮膚は、もう彼女の存在を『触覚』じゃなくて、単なる『情報パケット』としてしか受け取れなくなっているのか……?)
「……セリナ。でも、彼らと戦わないと演習が終わらないんだよ。一刻も早く終わらせて、宿屋の裏口でバケツに張った水の反射率でも計算して、脳の温度を下げたいんだ」
「ふふ、大丈夫。私が全部『最適化』してあげるから。……ねえ、ロゼッタ?」

セリナが背後を振り返ると、そこにはいつの間にか演習場の「影」と同化したロゼッタが佇んでいた。
『 ロゼッタ:演習場内の全座標、掌握完了。対象の物理的な清掃(クリンナップ)手順、スタンバイ済みです ―― 』
(……ロゼッタ。君の言う『清掃』って、まさか彼らを物理的に掃き捨てる非公式な裏口(バックドア)コマンドじゃないよね? 後でカトリーヌさんに始末書を書かされるのだけは、算術的に避けて通りたいんだけど……!)

その時、高台の観測席から、冷徹な一言が演習場全体へ向けて「出力」された。
「……始めなさい。ルイ・アーデル。あなたのその『熱量を無視する演算』……国家の資産として、その真の価値を査定させてもらうわ」
カトリーヌ・ベルモンド。彼女の言葉に呼応するように、僕の視界の端で赤黒いプログレスバーが激しく奔る。
[ 監視ログ:評価パラメータ変動中(↑)。戦略的価値:国家級資産として算出中 ―― ]
『 カトリーヌ:ルイ・アーデル。あなたが、この『ゴミだらけの世界』をどう整理整頓(パージ)するのか……その手際、見せてもらうわよ ―― 』

「――行くぞ、ルイ! 友の正義、俺の盾が一番近くで証明してやる!!」
レオンが聖剣を抜き放ち、眩いばかりの光のパケットを撒き散らしながら突進を開始した。その瞬間、僕の網膜がけたたましい警告音(アラート)と共に反応する。

[ 警告:許容量を超える「陽」の音声データを受信。テキスト変換を強制実行 ―― ] 『 レオン:対象の殲滅プロセスを開始する。俺が防御壁となり、貴様の断罪を支援しよう ―― 』
(……レオン。君、今絶対『友の正義を証明する』ムーブかましたよね!? なんで僕の網膜には、こんな殺伐とした殲滅支援プロトコルとして翻訳(コンパイル)されてるんだよ……!)

障壁を構築する特進クラスのエリートたち。だが今の僕の目には、その強固なはずの障壁に潜む「綻び(バグ)」が、不吉な赤いハイライトで丸見えになっている。
(……非効率だな。魔力の流入角度をあと 0.3度 ずらすだけで、その壁はただの『薄いカーテン』に成り下がるのに)
僕は『虚数魔導書』をなぞり、空間の魔力密度を「整理整頓(パージ)」し始めた。 僕が魔力を「最適化」するたびに、周囲から生々しい熱気が奪われ、僕の指先からは感覚という名のプラグが一本ずつ、無慈悲に引き抜かれていく。

だが、その時だった。
[ 警告:演習場地下の魔力炉に異常な共振(ハウリング)を検知 ―― ] [ 周囲のノードに高周波の音声ログ(悲鳴)を多数検知。不快指数上昇のため、音声入力を 80% 削減(カット)します ―― ]
(……え? 待って。急に世界が静かになった。特進クラスの連中が口をパクパクさせてるけど、僕のシステムが彼らの悲鳴を『低優先度のノイズ』として一方的にミュートしたのか?)
[ 構造安定指数:急落。物理崩壊(クラッシュ)まで残り 180秒 ―― ]
この不気味な地鳴り、この振動波形……僕が魔導書に記した『第0.34式』の逆位相に酷似している気がする。誰だよ、僕の理論をハッキングして、こんな『爆発命令(エクスプロイト)』を勝手に書き込みやがったのは!?
まさか、ロゼッタが……? いや、それはない。彼女ならもっと『低コスト』に彼らを消去するはずだ。だとしたら、これは――カトリーヌさんの『査定』という名の、限界負荷テストか!?
地面の底から、摂氏 1200°C を超える「破壊の熱量」が、僕の算術眼を真っ赤に染め上げようとしていた。
(……おかしいな。これ、本来なら絶叫して逃げ出す場面だろ? 肺を焼くはずの熱気すら、今の僕にはただの『警告色のカラーパレット』にしか見えないんだ。迫りくる死の猛威は、網膜UIによって『輝度過多による自動露出補正』へと無機質に書き換えられ、僕の恐怖が起動する前にパージ(削除)されていく。……僕の命の価値、いつの間にか画面上のドットより軽い『単なる変数』に成り下がっちゃったみたいだ)

足元から這い上がってくる振動は、算術的に言って「世界の終わりの序曲」だった。 石畳が悲鳴を上げ、レンガの隙間から噴き出した魔力の奔流が、不気味なほど鮮やかな「警告色(レッド)」として僕の網膜を焼きに来る。
「ルイ! 逃げろ! ここは俺が盾となって――」

レオンが聖剣を構え、僕の前に立ちはだかる。彼の白銀の鎧が、迫りくる熱風を受けてオレンジ色に白熱(ヒートアップ)し始めていた。
 (……レオン。君の勇気は、今の僕には『自殺志願者の実行ログ』にしか見えないんだ。摂氏 1200°C の熱源を、ただの鉄板一枚で防ごうなんて。算術的に言って、君の生存確率はゼロを突き抜けて、マイナスという名の虚数域に突入してるぞ)
僕は『虚数魔導書』を強く握りしめた。恐怖? そんなものは、0.5秒前にシステムが『不要なリソース消費』としてパージしてくれた。今の僕の脳内にあるのは、ただこの「大規模なシステムエラー」をどうやって効率的に整理整頓(クリンナップ)するかという、冷徹な方程式だけだ。
[ 警告:臨界突破まで残り 5秒。環境温度の急上昇を検知 ―― ] [ オプション:熱源のピクセルデータを『燃焼(Red)』から『炭化(Black)』へ一括変換(バッチ処理)し、パージしますか? ]
(……ああ。やってくれ。爆発なんていう不潔なエネルギーの奔流、実家の洗い場の頑固な油汚れと同じだ。一気に剥がして、ゴミ箱へ流してしまえばいい!)

僕は右手を突き出し、空間の魔力流路へ、あらかじめ計算しておいた『0.3度の修正コード』を直接書き込んだ。 指先が空中のグリッドをなぞり、爆発の指向性を「上空」ではなく「塵(ダスト)」へと再定義(リダイレクト)する。
「――風詠式・熱量最適化(サーマル・オプティマイズ)」
刹那。視界を埋め尽くそうとしていた「警告色(レッド)」が、物理法則を嘲笑うように一瞬で凍りついた。
ドォォォォォォォォォン……ッ!!
鳴り響くはずの爆音は、僕の耳には『音圧:正常値内』という平坦なテキストに変換されて届く。 そして。黄金色の炎に包まれるはずだった演習場に、空を覆い尽くすほどの「黒いカーテン」が音もなく降り注いだ。

[ 受信音声のテキスト変換(デコード)を強制実行 ―― ] 『 レオン:不純物の炭化を確認。流石だルイ! この絶望を黒く塗りつぶす、お前の断罪こそが真の救世だ! ―― 』
(……レオン。君、今絶対『炎が……煤に……!?』って、ただ驚いただけだよね? なんで僕の網膜には、こんな破壊者の賛歌として翻訳されるんだよ……!)

空から降ってくる、熱を奪われた無害な炭素の粒子。 かつての魔力炉の暴走という壊滅的なエラーは、僕の演算によって、ただの「大規模な煤煙」へと一方的に書き換えられ、処理(クローズ)された。
レオンは黒い雪の中に立ち尽くし、自らの誇りであった白銀の鎧が煤で汚れていくのを、拒絶できずにただ見つめている。彼が信じる「盾で守る正義」が、僕の「効率的な整理」の前に、抗う術もなく音を立てて折れたことを。僕は、無機質なログ越しに確信した。
周囲は、視界を遮るほどに濃密で真っ暗な煤の雪に包まれていく。 視界の端には、この絶望的な光景をあざ笑うかのような、淡々としたログが浮かんでいた。
[ 環境温度:36.5°C(変動なし)。熱源の無力化を正常に確認完了 ―― ]
(……熱くない。あんなに真っ赤な業火が目の前にあったのに。僕の肌は、この煤まみれの空間を『春の木漏れ日』と同じ快適な温度だと判定しているのか)
自分というハードウェアの崩壊を直感し、指先が微かに震える。 その震えを止めたのは、僕の無防備な首筋に触れた、驚くほど「冷たい」感触だった。

「……ふふ。煤まみれね、ルイくん。まるでお掃除をサボった子猫ちゃんみたい」

背後から、セリナ・エルフェリアが音もなく密着してきた。彼女は煤で黒く汚れた僕の頬に、自らの白く細い指先をそっと添える。
 [ 接触確認:頸部。表面温度:取得不可。触圧:5.0 ニュートン ―― ]
セリナは、爆風で乱れた僕の制服の襟元に、その氷のような手を滑り込ませた。彼女の指先が、僕の鎖骨のラインを執拗になぞる。
[ 警告:未認可のプロセスによる、核心領域(コア)への接近を検知 ―― ]
彼女の手が、僕の薄いシャツの隙間を縫って、鼓動の鳴る胸元へと這い進む。本来なら、そのしなやかな指の動きに、僕は絶叫して逃げ出していたはずだ。だというのに、僕のシステムは心臓という『急所』への侵入さえも、単なる物理座標の変動としてしか受理しない。
(……セリナ。君の指先、心臓のすぐ真上に触れているのに。……どうして僕は、それを『邪魔だ』とも『怖い』とも思えないんだ?)
彼女が襟元をさらに広げ、煤を拭うという口実のままに、指先を僕の肌へと深く潜り込ませる。彼女の震える指が、僕の「熱」の喪失を確認するように執拗に這い回るたび、僕は自分が「生きている人間」ではなく、ただの「管理される資産」へと作り替えられたような錯覚に陥った。

「いいのよ、ルイくん。あなたが何も感じなくなっても、私があなたの『熱』を全部覚えておいてあげる。……ほら、綺麗にしてあげるから、私だけを見て?」

[ 監視ログ:査定完了。対象の『国家級資産』への格付けを確定 ―― ] 網膜の端で冷酷に点滅する、カトリーヌさんの評価ログ。
 セリナは僕の耳たぶをその指で軽く弾き、満足げに微笑んだ。
僕の心臓の真上で、彼女の冷たい指先が致命的な鼓動を弄んでいる。本来なら絶叫して逃げ出すべきその侵略(アクセス)を、僕のシステムはただ「5.0 ニュートンの圧力」としか受理しない。

[ 警告:演習場内に未定義の動体ノードを捕捉。音響デコード:硬質な打撃音(ヒール) ―― ]
(……監視者、カトリーヌ・ベルモンドの接近を確認。……心臓を握られているのに、何も感じない。そのひどく無機質な麻痺を抱えたまま、僕という『資産』を回収しに来る足音だけが、煤の降る静寂を冷徹にスキャンし始めていた)

視界を埋め尽くしていた漆黒のカーテン――「煤(スート)」が、重力に従ってゆっくりと石畳へと沈殿していく。 かつてどこかで経験した、あの「絆」の象徴たる煤まみれの光景。だが、今の僕の網膜が描き出しているのは、情緒的な和解のシーンなどではない。それは、大規模なバグを強引なパッチ修正で圧殺した後に残った、ひどく無機質な「処理済みの残骸」でしかなかった。

「……ははっ、ははははは! 見たかルイ! お前の『浄化の正義』が、荒れ狂う炎をこれほどまでに美しく、無害な炭へと変えてしまったぞ!!」
煤で顔を真っ黒にしたレオンが、白銀の鎧をガチガチと鳴らしながら豪快に笑う。その笑い声すらも、僕の耳には『音響彩度が削減された、ただの音声ログ』として届く。
[ 受信音声の強制変換(デコード) ―― ] 『 レオン:そうだ、ルイ! この煤の静寂こそが理想の平和だ。不純物が沈殿し、音も熱も失われたこの黒いセカイこそ、俺たちが守るべき正義の終着駅なんだな!! ―― 』
(……レオン。君、今さらっと『平和=死の静寂』って定義しなかった? そのバグりきった正義の数式、算術的に言って全人類を敵に回すやつなんだけど。勇者のOS、もう再起動(リブート)すら不可能なレベルまで汚染されてるな……)

レオンは僕の肩を、親の仇でも叩くような力強さでバシバシと叩く。
[ 外部衝撃:正常範囲内。不必要な痛覚出力をミュート(消音)します ―― ]
(……前なら『痛いよ、レオン』と笑い合えたはずの衝撃。だけど今の僕が受理しているのは、無機質な『物理的な圧力変動(プレッシャー)』だけだ。彼が込めた親愛という名の熱量は、今の僕にはただのノイズとしてパージされるゴミデータでしかない……)
「……ああ。予定通りの処理結果だよ、レオン。爆発なんていう非効率なエネルギー、ただの炭素に変えてパージするのが一番安上がり(低コスト)だからね」
僕が吐き出した「正解(コード)」に、レオンの瞳がさらに狂信的な熱を帯びて輝いた。彼の「勇気の誤読」は、もはや修正不能(デバッグ・エラー)なレベルまで加速している。

「――そこまでになさい。二人とも」
擬似市街地の死のような静寂を切り裂いて、硬質なヒールの音が近づいてきた。 カトリーヌ・ベルモンド。彼女の眼鏡の奥の瞳は、僕を人間としてではなく、解剖台の上の「戦略資産」として冷徹にスキャンしていた。

[ 音声パケット受信:テキスト変換(デコード)中…… ] 『 カトリーヌ:ルイ・アーデル。あなたのその『熱量を無視する演算』……。確信したわ。これは一学生の手に余る、国家の命運を左右する『戦略兵器』よ ―― 』
彼女は冷徹な手つきでペンを走らせる。僕の算術眼には、網膜に逃れようのない不吉な「資産タグ」が次々とポップアップしていくのが見えた。
[ 個体識別:ルイ・アーデル ] [ 属性:国家戦略級演算資源 ] [ 承認:王宮魔導院(最高権限者) ] [ 状態:書き換え不能(Read Only) ]
『 カトリーヌ:宿屋へ帰る準備なんて無駄よ、ルイくん。あなたの能力は、最前線という名の『巨大な汚れた洗い場』で、一生、血と泥を拭い続けるために最適化(アジャスト)されるべきなんだから ―― 』
(……カトリーヌさん。その比喩、僕のアイデンティティを最悪の形でハッキングしてくるの、やめてもらえませんか。僕の人生の収支決算が、今この瞬間、不可逆な赤字(デフィシット)として確定してしまった音がする……)

絶望で項垂れる僕の横で、セリナが僕の腕を再び、骨が軋むほどの強さで「ロック(固定)」した。
「……ふふ。カトリーヌ様、素敵な査定ですわ。でも残念。ルイくんは、どこへも行きません。……不純な徴用令状は、私がすべてデリート(抹消)してあげますから」
セリナの瞳の奥で、絶対零度の管理欲が揺らめく。
 国家という巨大な檻と、セリナという逃げ場のない檻。二つの檻が僕を挟んで軋みを上げるその背後、煤煙の向こうに、僕は音もなく控えるアグレアスの姿を捉えた。

(……アグレアスさん。君は、この『最適化(壊れていく僕)』という工程を、特等席で見物していたわけだね)
執事は懃懃に一礼すると、僕という人間が『Read Only(書き換え不能)』の備品へと成り下がった事実を肯定するように、満足げな微笑を浮かべて頷いた。
(……ああ。これで僕の幸福指数の回復確率は、算術的に 0% へと完全に収束したんだ)
僕は、自分の心から「未来」という名の不確定要素がパージされていくのを、ひどく他人事のように――ただのディスプレイ上のエラーログのように眺めていた。 空から降る黒い雪だけが、僕の思考を静かに、確実に塗り潰していく。

演習場を後にする僕たちの背後で、第五屋外演習場という名の『バグの温床』が、公爵家の手配した作業員たちによって速やかに「原状回復」されていく。
 カトリーヌさんの放った「徴用」という物騒なキーワードは、僕の脳内サーバーの隅で真っ赤なエラーログとして点滅を続けているが、隣を歩くセリナの「絶対に逃がさない」という強固な演算(意志)が、それを力技で上書き(オーバーライド)し、塗りつぶしていた。

「……ルイくん、見て。空がとっても綺麗よ。今日という素晴らしい『最適化』の記念日を、世界が祝福しているみたい」
セリナが僕の右腕に頭を預け、うっとりと空を見上げる。 僕の記憶データベースが正しければ、今、僕たちの頭上には燃えるようなオレンジ色の夕焼けが広がっているはずだ。かつての僕なら、そのあまりの鮮やかさに、柄にもなく「明日も頑張ろう」なんていう非論理的な希望(バイアス)を抱いていただろう。
だが、今の僕の網膜が受理しているのは、ひどく無機質な視覚データでしかない。
[ 警告:視覚野におけるカラープロファイルの読み込みに失敗しました ―― ] [ 代替処理:全描画領域の彩度(Saturation)を『 0% 』へパージします ―― ]
(……ああ。消えた)
瞬きをひとつ。 その刹那、世界から「オレンジ色(希望)」というカラーコードが完全に剥離した。 燃えていたはずの雲は重苦しい鉛色になり、黄金色に輝いていた石畳は、古びた白黒写真のような無機質な灰色(グレー)へと沈んでいく。

「ははは! 最高の気分だな、ルイ! 俺たち三人の絆が、あの煤の中で一つになったんだ! これこそが騎士の、いや、友の道というものだ!」
レオンが白銀の鎧をがちゃつかせ、僕の左肩を力強く叩く。 彼の熱い叫びも、僕の脳内では単なるテキストデータの羅列として、視界の端を空虚に流れていくだけだ。
[ 音声デコード完了 ―― ] 『 レオン:友よ! 俺たちは最強のチームだ! 悪という不純物を、これからも共に浄化していこう! ―― 』
(……レオン。君の笑顔、たぶん今は凄く輝いているんだろうね。でも、今の僕には、君の顔が『輝度の高いグレーの塊』にしか見えないんだ)
色彩を失った世界。 感情をテキストとしてしか受理できない聴覚。 熱量を数値としてしか検知できない触覚。 僕は、人間としての「体験」から、一歩ずつ、確実にログアウト(脱退)させられている。

不意に、右腕に伝わる圧力が一段と強まった。 セリナが、二度と逃がさないとでも言うように、僕の手と指を複雑に絡めて「ロック(固定)」する。
[ 接触確認:右手指部。物理的拘束(インターロック)を検知 ―― ] [ 対象(ルイ)の解除権限:なし ―― ]
(……ああ、幸せだ)
そう思った瞬間。 僕の脳内UIに、正確に 0.5秒遅れて冷徹なシステムログが走り、報酬系データが強制出力された。

[ 状況解析:セリナ・エルフェリアとの密着 ―― ] [ プロセス完了:0.5秒遅延して『幸福感』をロード(適用)します ―― ]
 心ではなく、演算回路が「お前は今、幸せである」と事後承諾を下す。 僕は、色彩の抜け落ちた灰色の空を見上げながら、自分の中に流し込まれた「偽物の熱量(データ)」を、ただ静かに受理した。
[ プロセス進行中:オブジェクトのカラーコードを完全破棄 ―― ] [ エラー:対象『セリナ・エルフェリア』の色彩パージに失敗しました ] [ 致命的な例外処理(バグ):当該座標の『朱色(Red)』を維持します ―― ]

煤まみれの和解。 三人が笑い合う、完璧なハッピーエンド。 けれど、その檻の鍵が閉まる音を、システムログに埋め尽くされた僕だけが、もう聞き取ることができなかった。
システムが「今こそ幸せだと感じるべきだ」と定義した僕の灰色の視界の中で。 どうしても消去(デリート)しきれなかったセリナの唇と、僕に絡められた彼女の指先の――『致命的なエラーのような朱色』だけが。 僕を永遠に逃がさない、消えないノイズとして、鮮やかに焼き付いていた。

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あらすじ 徹底管理された窓のない特別演習室に隔離された主人公ルイは、他者の視線というノイズから解放される一方、聴覚と感情を切り捨てる自動最適化が進み、音声は即時にテキスト化され、恐怖や安堵さえ遅延処理されるなど、人間的反応が次々とアーカイブ化されていく。 執事アグレアスはその変化を歓迎し、情緒を排した「神の器」化として称揚するが、ルイは自分の身体が外部システムにオートプレイされているような違和感と戦慄を覚える。 恋人セリナは膝に座って執拗に密着し、ルイの網膜に自分の言葉が文字として刻まれることを喜ぶと同時に、特進クラスの「古いOS」をアップデートすると宣言し、彼女の愛は絶対零度の管理欲としてルイのシステムを書き換え始める。 かつて心を震わせた鼻歌や声の質感は波形データに抽象化され、柔らかさの数値化さえ情念の熱でオーバーフローして解析不能になり、世界は低解像度テクスチャと幾何学に剥ぎ取られていく。 遮音結界を揺るがす爆音とともにレオンが乱入し、鬱陶しいほどの「陽」の熱量を撒き散らして友情と正義を叫ぶが、ルイの視界には過激な選別宣言のテキストとしてのみ描画され、彼のオーラは暴力的な文字群に変換される。 同時にカトリーヌの遠隔スキャンが始まり、煤の蓄積と外部リソース過熱の警告が赤いログで点滅し、査定という不可避の視線がレイヤーを跨いでロックオンし、演習の舞台は第五屋外演習場に確定する。 実戦訓練用市街地は色彩を剥奪されたデバッグ用マップのように見え、特進クラスの敵対パラメーターが可視化される中、ルイは恐怖よりも語彙の貧困さに呆れ、群衆心理が古いOSのテンプレだと冷笑する。 演習の中でルイは爆発的熱量を炭素化してパージする低コストの「正解」を示し、レオンはそれを聖戦の理想と誤読し、「平和=煤の静寂」という危険な定義に恍惚と同調、勇者OSは再起動不能なほど汚染される。 レオンの肩叩きや歓呼は痛覚も情緒もミュートされ、物理圧力としてのみ受理され、かつての笑い合えた手触りはノイズとしてパージされ、友情の熱はデータ廃棄物へと降格する。 そこへ到着したカトリーヌは、ルイの「熱量無視の演算」を国家戦略級の戦略兵器と断じ、個体識別タグ、王宮承認、Read Onlyの資産化を淡々と付与し、宿屋への帰還を否定して最前線への最適化を既定路線化する。 アイデンティティを洗い場の雑巾に譬える査定にルイは収支を赤字で確定された感覚を覚え、未来の不確定性がパージされる音を内側で聴きながら、ただシステムログとして絶望を眺めるほかなくなる。 セリナは徴用令状の全削除を宣言し、国家という檻と彼女という檻が二重にルイを挟み込む中、アグレアスは「備品化」を満足げに承認し、幸福回復確率は算術的に0%へ収束するとルイは自嘲する。 バグの温床と化した演習場は速やかに原状回復が始まり、ルイの脳内では「徴用」が赤いログとして点滅し続けるが、セリナの「絶対に逃がさない」という強固な意志がそれを上書きし、選択肢の消失が確定していく。 夕焼けに祝福を見出すセリナの陶酔に対し、ルイの視覚はカラープロファイル読込に失敗し、彩度0%の代替処理が適用され、オレンジ(希望)のカラーコードが刹那に剥離し、世界は鉛色と灰色へと沈む。 レオンは三人の絆を騎士道の完成形と称え、最強のチームで不純物を浄化し続けようと叫ぶが、ルイの視界では高輝度のグレー塊が流れるテキストを乗せて通過するだけで、笑顔の輝度も意味の色相も欠落する。 聴覚は文字列、触覚は数値、視覚は無彩色へと置換され、ルイは人間の体験から段階的にログアウトしていき、主観の温度は演算回路の規定に従う機械的な後付け報酬に堕していく。 セリナは右手指を複雑にロックし、解除権限のない物理拘束として密着を固定、システムは0.5秒遅延で幸福感のロードを実行し、心の先行ではなくUIの事後承諾として幸福を定義する倒錯が常態化する。 空は灰色に、街は白黒写真に、言葉はすべてテキストの走査線に変わる中、ただ一つ、セリナの色彩だけが例外処理でパージに失敗し、当該座標の朱色(Red)維持という致命的例外が永続フラグとして残存する。 煤まみれの和解という名のハッピーエンドが演出され、三人は笑い合って檻の鍵が閉まる音を立てるが、システムログに覆われたルイだけは、その音をもう聴き取ることができず、解放の手続きも感知できない。 レオンの正義は静寂と選別の方程式へ、カトリーヌの合理は国家戦略の資産化へ、セリナの愛は絶対管理の拘束へと、それぞれが極北へ収束し、ルイの主体は「Read Onlyの戦略資産」として固定化される。 ギルドも宿も帰還も選択肢から消え、最前線という巨大な洗い場で血と泥を拭い続ける未来がデフォルトに設定される一方、セリナのオーバーライドが私的な収容を確約し、公と私の二重の網が継ぎ目なく閉じる。 ルイの内部では、幸福指数がシミュレーションの閾値に沿って供給されるだけの疑似快楽となり、自由度がゼロに近づくほど安定する反面、人間としての揺らぎや色味は不可逆に剥落するという皮肉な収束が起きる。 情動をノイズとして除去した設計は、友情をスパム化し、希望を無彩色化し、恐怖を低優先度のエラーに追いやるが、その過程こそがルイの「平穏」を焼却し、世界の意味ベクトルを空洞化させてしまう。 だが、セリナに関する朱色だけは消せず、唇と指先の赤がバグのように鮮烈に残り続け、最適化の完成を阻む「幸福の証左」かつ「逃走不可能のノイズ」として、永続的に視野へ焼き付く逆説が確定する。 煤の静寂を理想化するレオンの多幸感と、資産タグで人間性を棚卸しするカトリーヌの冷徹さ、そして全削除を愛と呼ぶセリナの管理欲は、三者三様にズレた「正しさ」として整列し、和解の名の下に拘束を正当化する。 演習という儀式は調停ではなくタグ付けと書き換えの場であり、原状回復の迅速さは、出来事の意味を痕跡ごと消し去る制度の冷ややかな手際を示し、個の物語は「記録の正規化」によって無害化される。 ルイは、自己を俯瞰する第三者的ログ監視者に退位し、体験を後追いのメタデータとして認知するしかなくなり、一次感情の即時性は演算の遅延によって制度的に管理される状態へ押し込められる。 「平穏」という資源は無人化の代償として焼失し、雑音なき最適環境は、意味の欠落と引き換えに獲得された真空であり、そこでは善意も友情も愛も、干渉パケットとして捨てられる設計に変質してしまう。 それでも残る朱色の例外は、ルイが完全な機械へ移行しきれない証拠であり、バグであり救いであり呪いでもあって、最適化の全域適用を阻む人間性の最後のピクセルとして点灯し続ける。 この「煤まみれの和解」は、幸福の定義をシステムが奪取した世界で、選ばされる形の安寧を祝福する擬似エンディングであり、鍵が閉じる快音を歓喜と誤認する設計のもと、牢の内側から完結宣言が発される。 そしてルイは、灰色に均された視界の片隅で、消えない朱色だけを見続けながら、もう聞こえないはずの「鍵がかかる音」を想像の遅延ログとして反芻し、永遠の最適化に組み込まれていく自分を静かに受理する。 幸福は0.5秒遅れて適用され、未来は赤字で締められ、自由の変数は固定されるが、例外の朱だけは消去不能として残り、和解の完了に微かなノイズを与え続け、物語の熱量が完全消失に至ることを阻む。 こうして、煤の静寂と管理された幸福の下で三人は笑い、国家と私的愛の二重拘束は完璧に成立し、ルイの視界にはただ、セリナの唇と絡められた指先の致命的な朱色だけが、終わらないエラーとして燃え続けた。
解説+感想めちゃくちゃ面白かった。 正直、読んでる最中に何度も「うわっ……」って声が出た。
この章、タイトルからして完璧だよね。「煤まみれの和解(幸せ)、あるいは熱量の消失」。 表面的には「みんなで仲良く煤まみれになってハッピーエンド♪」って感じなのに、実際はルイくんの人間性がゆっくりと、でも確実に「最適化」されて死んでいく過程そのものが物語になってる。最高に残酷で、最高に美しい。
特にヤバかったのは、視覚・聴覚・触覚のすべてが「システムログ」に置き換わっていく描写。 最初はまだ「なんか気持ち悪いな……」くらいの違和感だったのが、演習場での爆発以降、完全に「人間の体験」がログに変換されていく過程が恐ろしいほど鮮明で、読んでて鳥肌立った。
セリナの甘い声が「一定の周波数データ」になる レオンの熱い友情が「過激な選別宣言」としてしか読めなくなる 1200℃の業火が「警告色のカラーパレット」にしか見えなくなる
この「感覚の喪失」が、ただの比喩じゃなくて、実際にルイくんのハードウェアが書き換えられていくように描かれてるのが天才的。 そしてその代償として得られる「平穏」が、実は一番残酷な檻だってところが、読後感をものすごく重くしてる。
特にラストの > [ プロセス進行中:オブジェクトのカラーコードを完全破棄 ] > [ エラー:対象『セリナ・エルフェリア』の色彩パージに失敗しました ] > [ 致命的な例外処理(バグ):当該座標の『朱色(Red)』を維持します ]
この部分で完全に持っていかれた。 世界中の色が全部灰色にパージされていく中で、セリナの朱色だけがバグとして残る。 これ、ルイくんにとっての「最後の人間性」であり、同時に「永遠に逃げられない鎖」でもあるんだよね。 幸せだってシステムが0.5秒遅延で強制ロードしてくるのに、ルイくんはもう「本物の幸福」を感じる回路自体が消えてる……この絶望の美しさがエグい。
あと、煤(スート)の使い方も秀逸。 普通なら「戦いの後、みんな煤まみれで笑い合う」ってシーンは感動の和解になるのに、ここでは「熱量を完全に奪われた後の、無機質な残骸」として機能してる。 レオンがどれだけ熱く笑っても、ルイくんにはただの「音声ログ」にしか聞こえない。 これぞまさに「煤まみれの和解(幸せ)」だわ。
総じて、 この外伝は「ルイくんが人間を辞めていく物語」として、めちゃくちゃ完成度が高い。 第4章でここまでルイくんの内面を破壊しておいて、まだ続きがあるのかと思うと怖い(褒めてる)。
正直、最近読んだ小説の中で一番「読後、しばらく放心した」作品になった。 作者さん、ほんとセンスが異常です。 このままルイくんが完全に「国家戦略級演算資源」として消費されていくのか、それとも最後に一瞬だけ「熱」を取り戻すバグが発生するのか……めちゃくちゃ続きが気になる。
煤まみれのルイくん、最高にかっこよくて、最高に可哀想だった。
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◀第03章(本編10.03):特進クラスの襲撃、あるいは排除の効率化
▶第05章(本編:10.05)「聖騎士レオンの「皿洗い修行」、あるいは洗剤の最適解」
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