◀第04章 『追跡者は、完璧なお嬢様』
|
|
第05章『ブラック勇者と、炭火焼きのワイバーン』
「VOICEVOX: 四国めたん」「VOICEVOX: 雀松朱司」「VOICEVOX: 剣崎雌雄」「VOICEVOX: ずんだもん」「VOICEVOX: 春日部つむぎ」「VOICEVOX: 満別花丸」「VOICEVOX: あんこもん」「VOICEVOX: †聖騎士 紅桜†」「VOICEVOX: ちび式じい」「VOICEVOX: 中国うさぎ」「VOICEVOX: 雨晴はう」「VOICEVOX: もち子さん」「VOICEVOX: 麒ヶ島宗麟」「VOICEVOX: 櫻歌ミコ」「VOICEVOX: 猫使ビィ」「VOICEVOX: ナースロボ_タイプT」「VOICEVOX: 九州そら」「VOICEVOX: 猫使アル」「VOICEVOX: 東北きりたん」「VOICEVOX: 白上虎太郎」「VOICEVOX: 離途」「VOICEVOX: 黒沢冴白」「VOICEVOX: 中部つるぎ」「VOICEVOX: No.7」「VOICEVOX: ぞん子」「VOICEVOX: 東北ずん子」「VOICEVOX: 玄野武宏」「VOICEVOX: ユーレイちゃん」「VOICEVOX: 青山龍星」「VOICEVOX: 栗田まろん」「VOICEVOX: 冥鳴ひまり」
|
氷室 怜: 「異世界召喚」 ――その甘美な響きを前にして、理性を保っていられる現代の高校生が果たしてどれほどいるだろうか。
 少なくとも、俺たちのクラスには皆無に等しかった。
王城の誇る、巨大な大理石の広間。
仰ぎ見れば、天を圧するような荘厳(そうごん)なステンドグラスが色彩を放っている。 壁には金糸の刺繍が施された軍旗が列をなし、床にはこの世界の理(ことわり)を示すという、複雑怪奇な魔法陣が刻まれていた。
そして、大聖堂の最奥で執り行われた《天授の儀》。
そこで俺たちに与えられたのは、現代日本には決して存在し得ない、狂気を孕(はら)んだ超常の力だった。
魔法、固有スキル、ステータス。
そして、SからEまで厳然と振り分けられる、絶対的なカーストの刻印。
安っぽいゲームの画面から抜け出してきたような無機質な単語が、神官の口から次々と宣告されていく。
男子生徒A: 「俺、Sランクだってよ!」
男子生徒B: 「マジかよ、すげえな!」
男子生徒C: 「俺もAだ!」
女子生徒A: 「やばっ……私、聖属性魔法持ちだって! これって実質、聖女じゃん!」
熱狂、歓声、そして優越感に塗(まみ)れた笑い声。
あちこちから沸き立つ狂騒をBGMに、俺――氷室 怜(ひむろ れい)は、少し離れた柱の陰に静かに背を預けていた。
そうして、値踏みするような視線の先に一人の少年を捉える。
 指揮(しき)タクト。
俺たちのクラスメイトであり、神殿で突きつけられた評価は、最底辺の――『Eランク』。
その残酷な宣告が水晶に浮かび上がった瞬間。
周囲の連中から、容赦のない失笑が漏れ出していた。
男子生徒D: 「Eって……」
男子生徒E: 「完全なハズレを引いたな」
男子生徒F: 「何のスキルなんだよ?」
男子生徒G: 「《透視》だってよ」
男子生徒H: 「うわっ、キッモ……不審者じゃん」
誰かが嘲(あざ)笑った。 誰かが囃(はや)し立て、露骨に彼から距離を置いた。
だが本人は何一つ言い返さず、いつものようにただ困ったような貌(かたち)で、面倒くさそうに頭を掻(か)き毟(むし)っていただけだった。
俺はあの時、タクトが見せた凪(なぎ)いだ海のような横顔を今でもよく覚えている。
そうして三日が経った今でも、時々脳裏を過(よぎ)るのだ。
氷室 怜: ――あいつは本当に、ただの『Eランク(ハズレ)』に過ぎなかったのだろうか、と。
そんな胸の奥の澱(おり)のような違和感を抱えたまま。
俺たちは王城で、三日間の甘美な時を過ごした。
 王宮の特別区画に用意された、柔らかな天蓋(てんがい)付きのベッド。 専属の宮廷料理人が腕を振るう、高級レストラン顔負けの豪奢(ごうしゃ)な食事。
日中の訓練と称する時間も、女子たちは王宮筆頭の線の細い美形魔術師に優しく魔法の基礎を手ほどきされ、男子たちは露出度の高い美女剣士に 「すごーい! さすが勇者様ですぅ!」 と露骨に煽(おだ)てられながら、木剣を無造作に素振りするだけだった。
王国側からの、過剰とも思えるほどの絶対的な歓迎。
まさに、異世界召喚のテンプレート。 俺たちは神に選ばれた無敵の特権階級なのだと、そう錯覚させるには十分すぎるほどの劇薬(接待)であった。
だから。
三日目の夜、俺たちが王宮の地下にある巨大な大浴場へと案内されたときも――。
男子生徒I: 「異世界テンプレなら、当然ここは混浴イベントだろ!」
男子の一人が、欲望を隠そうともせずに興奮した声を上げた。
女子生徒B: 「は? 死んで」
女子生徒C: 「キモすぎ」
女子生徒D: 「何バカなこと考えてんの、男子」
女子たちからは、即座に氷の刃のような蔑(さげす)みの声が返ってくる。
俺は小さく、呆れた息を吐いた。 氷室 怜: 馬鹿な奴だ。 どう考えても、国家規模の施設でそんな都合の良い話が転がっているわけがない。 そう、確信していた。
だが、大浴場の重厚な鉄扉の前に立った重装の騎士は、俺たち全員を淡々とした視線で見渡し、極めて実直な顔で言い放ったのだ。
重装の騎士: 「この戦時下の世界において、入浴施設は『男女混浴』が基本となっております」
一瞬。
 その場にいた全員の呼吸が、ぴたりと止まった。
女子生徒E: 「……え?」
女子の側から、現実を拒絶するような掠(かす)れた声が漏れる。
騎士は感情を排して淡々と続けた。
重装の騎士: 「インフラを分ける余剰リソースは我が王国にはありません。 勇者殿たちにも、この国の軍事的な生活慣習に従っていただきます」
男子生徒たち: 「キターーーーッ!!」
男子たちの獣じみた歓声が、王宮の地下回廊に響き渡った。
女子生徒F: 「ふざけないで!」
女子生徒G: 「絶対に嫌!」
女子生徒H: 「ちょっと待ちなさいよ! あんたたち、さっきまでタクトくんの《透視》スキルを『女湯を覗く気だ』って散々馬鹿にして叩いてたくせに!」
男子生徒J: 「それとこれとは、都合が別なんだよ!」
女子生徒I: 「何が別なのよ!」
女子たちの悲痛な、そして至極当然な抗議が飛び交う。 だが、重装の騎士は眉一つ動かさなかった。
重装の騎士: 「ご安心ください」
地を這うような低く響く一言が、狂騒を僅かに圧する。
重装の騎士: 「勇者殿たちが想像されているような、単純で破廉恥(はれんち)な入浴施設ではございません」
男子生徒・女子生徒: 「……?」
騎士が、背後に佇(たたず)む巨大な両開きの鉄扉を重々しく開け放った。 その瞬間。
俺たちは、完全に言葉を失った。
広すぎた。 『広い』という陳腐な表現では到底足りない。
視界の果てまで、乳白色の濃い湯煙が延々と続いている。
巨大な岩壁、生い茂る原生林、流れ落ちる小さな滝。 いくつにも分かれた、湯を湛(たた)える天然の泉。
 人工の極みを尽くして作られたものとは思えないほど広大な『自然環境(フィールド)』が、王宮の地下という密閉空間に、そのままのスケールで再現されていたのだ。
遠くには薄青い魔力光を放つ泉があり、その向こうには赫(あか)い熱気を上げる岩場が連なっている。 さらに視界の奥には、天を衝(つ)くような巨木が何本もそびえ立っていた。
男子生徒K: 「……何これ、ジュラシック・パークかよ」
誰かが呆然と呟いた。
騎士が淡々と、鉄のガントレットに覆われた指を一本、立てる。
重装の騎士: 「この大浴場は、単なる休息施設ではございません。 第一に、特殊な薬湯による極限の体力回復」
二本目。
重装の騎士: 「第二に、負傷の急速治癒」
三本目。
重装の騎士: 「第三に、魔力――MPの完全回復」
そして最後に、四本目を立てた。
重装の騎士: 「魂に蓄積した穢(けが)れの浄化」
俺は眉間のシワを深く刻み込んだ。
氷室 怜: 「入浴そのものが、軍事用の回復システムってことか」
重装の騎士: 「その通りです」
重装の騎士は、感情を排した面持ちで首肯した。
重装の騎士: 「戦闘職にとって、入浴は日々の訓練と同等、あるいはそれ以上に重要な軍事行為にございます。 定められた刻限に湯を浴びることで、肉体と精神の磨耗(まもう)を完全な状態へと強制的にリセットする。 それが、我が国の軍事運用における基本教練となっております」
なるほど。 そこまでの理屈は理解できる。
だが――。

氷室 怜: 「……だったら、なんでわざわざ混浴にする必要があるんだ?」
俺の問いかけに対し、騎士は一瞬だけ、品定めするような間(ま)を置いた。
重装の騎士: 「我が国においては、それが『普通』だからです」
氷室 怜: 「……」
答えになっていない。 あからさまな詭弁(きべん)だ。
けれど、俺はその時になって初めて、この空間が持つ異常極まる構造の本質に気がついた。
男女の進入路が、この広大なフィールドの端と端、完全に正反対の位置へ配置されている。 中央には巨大な森林。 視界を拒む無数の巨岩。 鬱蒼(うっそう)とした木々。 そして、視界を白く染める濃密な湯煙。
つまり――入り口から目的の異性の姿を捉えるまでには、途方もない『物理的距離』がある。 そしてその行軍ルートには、戦術的に利用できそうな『遮蔽(しゃへい)物』がこれでもかと点在しているのだ。
俺は指先で眉間をきつく押さえた。
氷室 怜: 「……まさか」
俺の懸念を肯定するように、騎士が酷薄(こくはく)な眼光で告げた。
重装の騎士: 「なお、入浴時間中における魔法、およびスキルの使用は特別に許可されております」
その瞬間、男子どもの目が、ギラリと危険な肉食獣の光を放った。
男子生徒L: 「え? マジかよ!?」
重装の騎士: 「ただし、他者への殺傷を伴う直接的な攻撃は禁止とします。 源泉は神聖なものですから、清浄を保つように。 装備は支給されたバスタオルのみ。 武器は、木製の模造武具が浴槽内の各所に配置されておりますので、ご自身のクラスに合うものを任意にお取りください」
女子たちが、血の気の引いた顔を見合わせる。
女子生徒たち: 「……」
女子生徒たち: 「……」
俺は深く、頭を抱えた。
氷室 怜: なるほど、そういうことか。 どこまでも悪辣(あくらつ)で、計算され尽くしている。
 この異常に広大な空間。 無数の遮蔽物。 離れすぎた男女のスタート地点。 無限に湧き出す回復のMP。
これは――ただの風呂などではない。
湯煙で覆い隠された、疑似的な戦場(サバイバル・フィールド)だ。
重装の騎士: 「では、入浴を開始いたします」
重装の騎士が、非情な号令を告げた。
重装の騎士: 「制限時間は、二時間」
その宣告が下った、次の瞬間。
男子生徒たち: 「野郎ども、行くぞォォォッ!!」
理性をかなぐり捨てて獣と化した男子たちが、一斉に湯煙の奥へ向かって突撃を開始した。
女子生徒たち: 「来んな変態どもぉぉぉっ!!」
女子たちも悲痛な悲鳴を上げながら、反対側の陣地へと逃げ込んでいく。
俺だけが、深く重いため息を吐き出してその場に取り残されていた。
氷室 怜: 「……馬鹿だろ、どいつもこいつも」
そうして、開始からわずか五分後。 大浴場の中央に広がる森林地帯で、最初の魔法が炸裂した。
女子生徒J: 「前方!」
女子の鋭い警戒の声が響く。
女子生徒K: 「岩陰から三人、こっちに向かって来てる!」
別の女子がすぐに叫び返した。

女子生徒L: 「距離、およそ八十! 《悪意座標》、確認!」
索敵系のスキルを持つ女子の瞳が、薄明かりの中で淡く発光する。 その視線が鋭く走った。
女子生徒M: 「右翼からも五人展開してるわ!」
女子生徒N: 「了解!」
Sランクの魔導士クラスの女子が、両手を前方へと突き出した。
女子生徒N: 「《濃霧(ミスト)》!」
不自然なまでに濃密な白霧が、爆発的な勢いで一気に膨れ上がった。
ただでさえ遮蔽物の多い森林が消え、巨岩が消え、男子側の視界が完全に奪い去られる。
湯煙の向こうから、男子たちの苛立(いらだ)ち混じりの舌打ちと怒号が飛んだ。
男子生徒M: 「ちぃっ!」
男子生徒N: 「霧かよ! 視界が全く通らねえ!」
男子生徒O: 「だったら――」
Aランクの剣士クラスの男子が、浴槽の岩肌に備え付けられていた木剣を乱暴に引き抜いた。 その刀身へ、青白い魔力が急速に収束していく。
男子生徒O: 「俺がまとめて吹き飛ばす!」
空気がビリビリと細かく震えた。
男子生徒O: 「《真空刃》!」
鋭い踏み込みとともに振り抜いた木剣から、目に見えない大気の斬撃が狂暴に走る。
――ズァァァッ!
目に見えぬ刃が、立ち込める霧を真っ二つに切り裂いた。
湯気と魔霧が左右へと暴力的に吹き飛び、巨木の葉が一斉に狂ったようにざわめき立つ。
女子生徒O: 「うそ……!」
女子の陣地から悲鳴が上がる。 男子どもはその僅(わず)かな動揺の隙を、決して見逃さなかった。

男子生徒P: 「今だ、突っ込め!」
岩陰から、三つの影が猛然と躍り出た。
男子生徒Q: 「《身体強化(ブースト)》!」
男子生徒R: 「《加速(アクセル)》!」
男子生徒S: 「《盾壁(シールド)》展開!」
幾何学的な紋様を描く魔法陣が、次々と彼らの足元へ浮かび上がり、湯面を鮮やかに染めていく。
速い。
俺は、入り口近くの安全な浅い湯に首まで浸かりながら、その光景に目を細めた。
単なる覗(のぞ)き目的の馬鹿騒ぎ。 最初は、ただそれだけの下俗な衝動に見えた。
だが――。
女子生徒P: 「来るよ、迎撃の用意!」
女子の一人が、的確な指示を飛ばした。
女子生徒Q: 「三方向から散開して攻めて来てる!」
女子生徒R: 「左翼は私が抑える!」
女子生徒S: 「中央は私が止めるわ!」
女子生徒T: 「右翼は足止めを優先して、時間を稼ぎなさい!」
女子たちが、一糸乱れぬ完璧な連動で迎撃態勢を構築していく。
誰かが《閃光(フラッシュ)》の術式を紡(つむ)いだ。 白く強烈な光条が、薄暗い森林の奥底を鋭く貫く。
男子生徒T: 「うわっ!」
男子生徒U: 「しまっ、目が――!」
不意の閃光に視界を奪われ、男子の突撃がわずかに怯(ひる)む。 その決定的な一瞬を、女子側は逃さなかった。
女子生徒U: 「《土壁(アースウォール)》!」
不穏な地鳴りとともに、泥の地面が激しく盛り上がった。 巨大な土塊の壁が、男子たちの進路を完全に行き止まりへと変える。

男子生徒V: 「quistão、回り込め!」
男子生徒W: 「右のルートだ!」
男子生徒X: 「いや、待て! そっちは罠(トラップ)の気配がする!」
怒号、足音、魔法の炸裂(さくれつ)音、そして湯面が激しく爆ぜる水音。
ちぎれた木の葉が舞い散るなか、岩陰から岩陰へと、目に見えぬ白刃と魔力の奔流が幾度も交差する。
そこは、紛れもない『本物の戦場』へと変貌を遂げていた。
氷室 怜: 「……本当に、馬鹿な連中だ」
俺は呆(あき)れ果てていた。 そのはずだった。
なのに、俺の双眸(そうぼう)は、白く煙る水面を這(は)うように展開される凄惨(せいさん)な戦場から、どうしても離れなかった。
わずか一時間前まで、こいつらは魔法の杖の振り方すら怪しい素人だったのだ。
いや、正確には、神殿のシステムのおかげで『技能(スキル)を発動すること』だけは可能だった。 だが、その狙いは甘く、発動は遅く、魔力の制御は雑の極み。 何より視野が狭く、周囲の状況を全く視界に収めていなかった。
それが、今はどうだ。
男子生徒Y: 「左翼から回り込む!」
男子生徒Z: 「分かってる! 牽制(けんせい)を頼む!」
女子生徒V: 「三秒後に《閃光》の術式を叩き込む!」
男子生徒AA: 「了解、合わせる!」
魔法が飛び交い、相手がそれを寸前で回避する。 だがその回避先には、あらかじめ着弾を予測して放たれた別の術式が待ち受けている。
連動、役割分担、敵の誘導、魔力残量の緻密(ちみつ)な逆算。
そして何より、自分に与えられたスキルの『正しい使いどころ』を、彼らの脳髄と肉体が、恐るべき速度で咀嚼(そしゃく)し始めていた。

俺は、首まで浸かった熱い湯の中で、背筋に走る冷たいものを自覚した。
最初の十分――こいつらはただ、欲望の本能のままに走っていた。
二十分――無軌道に魔力を無駄撃ちし始めた。
三十分――相手の術式を警戒し、盾を掲げて防御を覚えた。
一時間――組織的な部隊連携が始まった。
そして今――己のスキルをどう運用すれば相手の思考を先回りし、盤面を意のままに動かせるのか、その計算のもとに肉体を躍動させている。
氷室 怜: 「……」
背筋を、薄ら寒い悪寒が鋭く駆け抜けていく。
誰も、これを地獄の過酷な訓練だとは認識していない。
誰も、自分たちが国家の駒として、軍事的に鍛え上げられているだなんて露(つゆ)ほども思っていない。
ただ 「混浴」 という安っぽい餌に釣られ、ゲーム感覚で楽しんでいるだけなのだ。
なのに。
 異常極まる速度で、こいつらは確実に『冷徹な兵士』へと作り替えられている。
藤堂 葵: 「怜(れい)くん」
不意に、微(かす)かな水音とともに声をかけられた。
振り返ると、巨岩の陰からクラス委員長の藤堂 葵(とうどう あおい)が顔を覗かせていた。 支給されたバスタオルをきつく胸元で結び、濡れた髪を後ろで無造作にまとめている。
その端正な顔には、拭いきれない疲労と困惑が色濃く滲(にじ)み出ていた。
氷室 怜: 「……大丈夫か?」
藤堂 葵: 「何が?」
氷室 怜: 「何がって、みんなのことだよ」
葵は、遠くで魔力の閃光が等間隔で明滅を繰り返す戦場へと視線を向けた。
藤堂 葵: 「さっきからずっと、何かに取り憑かれたみたいに戦ってる」
氷室 怜: 「戦ってるな」
藤堂 葵: 「これ……本当に大丈夫なのかな。 私たちは、ただのお風呂に案内されたはずなのに」
俺は応じなかった。
その沈黙を切り裂くように、遠くで重苦しい爆発音が鳴り響く。 男子の一人が魔法の衝撃波をまともに喰らい、宙を舞って水面に派手な水柱を上げながら叩きつけられた。
男子生徒BB: 「うわぁぁぁっ!」
男子生徒CC: 「おい、五体満足か!?」
男子生徒DD: 「辛うじて生きてる!」
男子生徒EE: 「なら即座に立て! 薬湯でHPは秒で全回復しただろ!」
男子生徒FF: 「鬼か、お前は!」
湯煙の向こうから、どこか高校の部活動の延長線にあるかのような、軽薄な声が風に乗って聞こえてくる。
葵がやりきれないように、引きつった苦笑を浮かべた。
藤堂 葵: 「……みんな、すごく楽しそうなのが、逆に怖いの」
氷室 怜: 「違うな」
藤堂 葵: 「え?」
氷室 怜: 「楽しんでいるだけじゃない」
俺は、静かな観察眼を戦場の中心部から逸(そ)らさなかった。
氷室 怜: 「……『使わされている』んだ」
藤堂 葵: 「何を、よ?」
氷室 怜: 「自分たちに与えられた、過剰なる殺傷能力(ちから)をだ」
葵が息を呑み、言葉を失って黙り込む。

氷室 怜: 「最初は、ただの血気盛んな覗(のぞ)き合戦に過ぎなかった」
藤堂 葵: 「うん……」
氷室 怜: 「でも今は違う」
俺は指先で、激しく波立つ湯の表面を冷たく撫(な)でた。
氷室 怜: 「魔法を放つ手際が、見る間に洗練されている。 発動のラグも削ぎ落とされ、魔力の収束速度も上がっている。 制御の精密さも、さっきの素人同然のそれとは明らかに一線を画している」
藤堂 葵: 「……」
氷室 怜: 「しかも、互いの固有スキルの相性に至るまで、実戦のなかで理解し始めてるんだ」
葵はもう一度、恐怖に怯(おび)えたような眼差しで遠方の喧騒(けんそう)を仰ぎ見た。
ちょうどその時。
男子生徒GG: 「右翼から侵入してくるぞ!」
男子生徒HH: 「捉(とら)えている!」
男子生徒II: 「なら左の退路を遮断しろ!」
男子生徒JJ: 「了解!」
男子二人が、精緻(せいち)な陽動のために同時に跳躍した。
その刹那(せつな)、女子陣地から放たれた不可視の風の魔術が、二人の間隙(かんげき)を寸分の狂いもなく正確に射抜く。
死線の殺気を本能で察知した男子どもが、慌てて泥の床へ身を伏せた。 鋭利な魔術はその頭上を通り抜け、背後にそびえ立つ巨大な奇岩へと直撃する。
――ズドンッ!
堅牢(けんろう)な岩盤が、耳を劈(つんざ)く爆音とともに粉々に砕け散った。
氷室 怜・藤堂 葵: 「……」
葵の顔面から、完全に血の気が引き失せる。
藤堂 葵: 「これ……」
氷室 怜: 「ああ」
俺は静かに、目の前にある冷たい事実だけを言葉に換えた。
氷室 怜: 「極めて実戦的な、洗練された軍事訓練(シミュレーション)だ」
その言葉を口にした瞬間。
俺の胸の奥底で、これまでのすべての違和感――パズルのピースが、悍(おぞ)ましい形を結んで組み上がった。
 俺はもう一度、薄暗い湯煙のなかで周囲を見渡す。
巨大すぎる大浴場。 無数の死角を生み出す遮蔽(しゃへい)物。 男女それぞれに配置された、互いを見通せぬほど遠すぎる進入路。
肉体の損耗を瞬時に癒やす特殊な薬湯。 一定時間の滞在という強制。 空間内における魔法行使の許可。
そして俺たちは今、与えられた欺瞞(ぎまん)の環境の中で、自ら『夢中になって』手に入れたばかりの殺傷兵器を研ぎ澄まし続けている。
最初から、こうなるように緻密に設計されていたのだ。
氷室 怜: 「……藤堂」
藤堂 葵: 「なに?」
氷室 怜: 「この三日間の生活、何か変だとは思わなかったか?」
藤堂 葵: 「変って……どういうこと?」
氷室 怜: 「食事だ」
藤堂 葵: 「食事?」
氷室 怜: 「あまりにも、豪勢に過ぎた」
俺は淡々と言葉を継いだ。
氷室 怜: 「寝床もそうだ。 武器の支給も、お座なりの教育も、俺たちに対する王国のすべての待遇が、だ」
藤堂 葵: 「でも、それは私たちが神に選ばれた勇者だから、歓迎されているんじゃ……」
氷室 怜: 「そうだな」
俺は低く、酷薄(こくはく)に首肯した。
氷室 怜: 「俺たちは異世界から召喚された勇者だ。 だから厚遇されている。 表向きの理屈としては、これ以上ないほど筋が通っている」
だが。 俺は、王宮の頑強で分厚い天井を冷めた目で見上げた。
氷室 怜: 「問題は、その優遇のすべてが『俺たちを一刻も早く、最前線の戦力として仕上げるため』に最適化されていることだ」
藤堂 葵: 「……」
氷室 怜: 「栄養価の異常に高い飯を食わせ、極上のベッドで休ませる。 魔力を強制的に回復させ、形ばかりの基礎を叩き込む。 そして――」
目の前に広がる、湯煙の立ち込める狂気の戦場を顎でしゃくった。
氷室 怜: 「限界まで、自らの殺傷能力(ちから)を酷使させる」
葵が、ヒュッと喉の奥で息を呑んだ。
藤堂 葵: 「……まさか」
氷室 怜: 「そうだ」
俺は細めた双眸(そうぼう)の奥で、戦況の推移を静かに追った。

氷室 怜: 「俺たちは今、ただの平和なテーマパークで遊ばされているんじゃない」
遠くで、またしても魔術の爆散音が木霊(こだま)した。
戦意を高揚させた誰かの、狂おしい叫びが湯煙の奥から響いてくる。
男子生徒KK: 「あと少しで崩せるぞ!」
男子生徒LL: 「行ける、前線を押し込め!」
男子生徒MM: 「一気に中央を突っ込めぇぇっ!」
笑い声、怒号、魔術の閃光、そして泥臭く躍動する足音。
それらが悍(おぞ)ましき狂騒曲のように一つに溶け合い、広大な浴場の空間を支配していた。
俺はその光景を見つめながら、最悪の事実を確信した。
氷室 怜: 「完全に、洗脳(デザイン)されている」
それも、俺たち自身が戦場への恐怖を自覚する前に、最もタチの悪い方法で。
氷室 怜: 「無限に魔力を回復させる薬湯の中で、極限までスキルを試させる。 極限まで、戦闘における最適解の判断を強制し、他者に向かって暴力を撃ち放つという『心理的ハードル』を完全に麻痺(まひ)させているんだ」
俺は重く、冷えた息を吐き出した。
氷室 怜: 「そして何より最悪なのは、本人たちに、それをただの『レクリエーション(遊び)』だと思い込ませていることだ」
藤堂 葵: 「……」
氷室 怜: 「随分と、吐き気のするほど合理的な軍事調教だよ」
葵は青ざめた貌(かたち)のまま、縋(すが)るような瞳で俺を見つめてくる。
藤堂 葵: 「じゃあ……この三日間の生活も、全部仕組まれてたってこと……?」
氷室 怜: 「ああ」
俺は、この王宮の最奥、玉座の間があるはずの方向へと冷たい視線を向けた。
氷室 怜: 「贅沢(ぜいたく)な食事も。 高級な寝室も。 真新しい装備も。 お座なりの魔法の講義も、すべてだ」
王国は、俺たちをただ甘やかして歓迎しているのではない。
葵の唇が小刻みに震えた。

藤堂 葵: 「じゃあ……何のために、そんな悍(おぞ)ましいことをするの?」
俺は少しだけ沈黙した。 答えはあまりにも明白だった。 だが、それを生々しい言葉として口にすること自体が、ひどく忌まわしかった。
氷室 怜: 「戦争だ」
葵の顔面から、最後の血の気が、音もなく消え失せた。
藤堂 葵: 「……え?」
氷室 怜: 「俺たちは、確実に最前線の泥沼に投入される。 ただ使い潰されるための、都合の良い歩兵(コマ)だ」
遠方で、男子が獣の咆哮(ほうこう)のように吠(ほ)えた。
男子生徒NN: 「防衛線を突破するぞォォォ!」
女子が負けじと、喉をからして叫び返す。
女子生徒W: 「させるかぁぁぁっ!」
再び、大気を震わせる苛烈な魔術の火線が飛び交う。
その狂気に満ちた光景を冷めた目で眺めながら、俺は胸の内で独りごちた。
氷室 怜: この異世界へと召喚されて、まだ僅(わず)か三日。 俺たちはまだ、自分たちがこの世界で一体何者なのか、その立脚点すら掴(つか)めていない。
それなのに――この冷徹なディストピアは。
もう俺たちを、血と硝煙の立ち込める本物の戦場へ叩き落とすための調教を、ほぼ完了しようとしているのだ。
藤堂 葵: 「……タクトくんのこと、この先、大丈夫だと思う?」
不意に、葵が消え入りそうな震え声で問いかけてきた。
氷室 怜: 「……指揮のことか」
藤堂 葵: 「うん。 Eランク判定で、一人だけあの過酷な鉱山に送られちゃったでしょう」
俺は少しだけ思考を巡らせた。 そして――。

氷室 怜: 「心配ないさ」
藤堂 葵: 「本当に?」
氷室 怜: 「ああ」
俺は一切の迷いなく即答した。
氷室 怜: 「あいつは、ここにいる誰よりも冷徹に頭が回る」
あの神殿の大広間で。
最低の『Eランク』という無慈悲な烙印(らくいん)を押された、あの瞬間も。
周囲の連中が浅薄な優越感に浸り、彼を無遠慮に嘲笑(あざわら)っている最中でさえ、タクトだけは妙に静まり返っていた。
悲観に暮れることもなければ、無意味に悔しがる素振りも見せない。
ただ、自分の置かれた絶望的な戦況を、どこか他人事のように極めて冷静に観察していたのだ。
氷室 怜: 「周囲の環境を一瞬で把握する能力が、あいつは異常に高い。 それに、自分に降りかかる面倒事を事前に察知して回避することに関しては、クラスで右に出る者のいない天才だ」
藤堂 葵: 「……それ、本当に褒めてるのかな?」
氷室 怜: 「俺にとっては、最大の賛辞だ」
俺はそう答えた。
氷室 怜: 「むしろ、俺たちみたいに勇者だと祭り上げられて最前線に立たされるより、誰も見向きもしない鉱山のような底辺の場所のほうが、あいつの生存戦略には確実に向いている」
藤堂 葵: 「でも、鉱山ってすごく過酷で危険だって、騎士の人が……」
氷室 怜: 「過酷だからこそ、あいつの真価(本質)が活きる」
俺は決して笑わなかった。
氷室 怜: 「凄惨な戦場では、無駄に強いだけの奴からあっけなく死んでいく。 目立つ駒から真っ先に狙い潰されるのが戦術の定石だ。 だが、タクトは絶対に目立とうとしない」
藤堂 葵: 「……」
氷室 怜: 「自分から無益な敵を作らず、決して見栄を張って無理をしない。 必要以上に前に出ず、己の身の丈と安全圏の境界線を完全に理解しているんだ」
そうして、確信を込めて言葉を継いだ。
氷室 怜: 「たぶん、このクラスの誰が死に絶えようとも、あいつだけは最後までしぶとく生き残る」
俺自身、なぜそこまでタクトという覇気のない人間に絶対的な確信を持てるのか、その明確な論理は分からなかった。 ただ、あのいつも眠そうにしていた少年だけは、王国の用意した狂乱のステージで踊らされている俺たちとは、根底から生物としての階梯(かいてい)が違うような、そんな得体の知れない気配を放っていたのだ。
葵が、澱(おり)が消えたように少しだけ安堵(あんど)した苦笑を浮かべる。

藤堂 葵: 「……ふふ、本当にそうだといいね」
氷室 怜: 「ああ」
俺は短く首肯した。 そうして、もう一度眼前に展開される凄惨な戦場へ――いや、この男女混浴の大浴場という名の、悪辣(あくらつ)極まる洗脳施設へと視線を戻す。
俺はゆっくりと、熱い湯の中からその身を起こした。 水面が静かに波紋を広げ、揺れる。
藤堂 葵: 「怜くん……?」
氷室 怜: 「藤堂」
藤堂 葵: 「うん」
氷室 怜: 「よく見ておけ」
藤堂 葵: 「何を、よ?」
俺は、遥か遠方で歓声を上げ続ける男子と女子の群れを見据えた。
無邪気に笑いながら、互いに魔術を撃ち放ち、逃げ、追い、避け、そして泥臭く反撃に転じる。
その一挙手一投足が、彼らの無意識下において確実に、そして致命的な『実戦の技術』として研ぎ澄まされていく。
氷室 怜: 「こいつらは、今、自分たちが選ばれし絶対の勇者なのだと思い込んでいる」
藤堂 葵: 「……」
氷室 怜: 「Sランクだから無敵だ、Aランクだから特別だ。 神から極上のチート能力を授かったから、自分たちこそがこの世界の主人公なんだ、とな」
葵は、言葉を失ったようにただ黙って俺の背中を見つめていた。
氷室 怜: 「けれど、それだけじゃない」
俺は、この狂気の空間が隠蔽(いんぺい)している冷たい真実を静かに告げた。
氷室 怜: 「このディテールだらけの世界が俺たちに差し出しているものには、そのすべてに、恐ろしいほどの『代償(リスク)』が縫い付けられている」
藤堂 葵: 「代償……?」
氷室 怜: 「タダより高いものはない、っていう、元の世界でも使い古されたあの格言の通りさ」
俺は細めた双眸(そうぼう)の奥で、白く立ち込める湯煙の向こうを鋭く睨(にら)み据えた。
氷室 怜: 「世界が滅びの淵(ふち)にあるという極限状態のなかで、どこの馬の骨とも知れない異邦人に、三日も豪勢な飯を貪(むさぼ)らせる。 最高級の寝床を用意し、能力の使い勝手に至るまで至れり尽くせりで教え込む」
そこで一度、重々しく言葉を区切る。
氷室 怜: 「そんな都合のいい慈善事業が、この冷酷な現実に存在すると思うか?」
葵が、澱(おり)を沈めたような暗い顔で深く俯(うつむ)いた。 答えは、すでに彼女の胸の内にもとうに出ているのだ。
藤堂 葵: 「……じゃあ、私たちは、これからどうなってしまうの?」
氷室 怜: 「それは知らない」
俺は、自らの無力さを噛み締めるように正直に応じた。

氷室 怜: 「だが、一つだけ確実に肌で理解できることがある」
遠方で、またしても巨大な水柱と、鼓膜を震わせる閃光が爆ぜた。
氷室 怜: 「これが、ただの温かい歓迎会などではない、ということだけだ」
俺は、肺の底から深く重い息を吐き出した。
氷室 怜: 「……豚は、出荷されるその直前が、最も極上で栄養価の高いエサを食わせてもらえるんだよ」
藤堂 葵: 「……っ」
葵の顔面から、さあっと血の気が引き失せていく。
俺は決して笑わなかった。 軽口でもなければ、安い冗談でもない。
むしろ――これが、自分のただの愚かな被害妄想であってほしかった。
氷室 怜: 「せいぜい、最悪のシナリオを覚悟しておくんだな」
俺は、この絢爛(けんらん)たる王宮のさらに向こう側に広がる、底知れぬ闇の深淵を見つめた。
そこには何が待っているのか。 どれほどの泥沼の戦争が口を開けているのか。 誰と殺し合い、何人が死に絶えるのか――俺たちがこの世界へ引きずり出された真の理由さえ、何一つ分かりはしない。
ただ、確かな事実が一つだけある。
この三日間の生活が、気味が悪いほどに長すぎた、嵐の前の『平穏』だったということだ。
氷室 怜: 「……この狂った『接待(チュートリアル)』の時間は」
俺は静かに、断頭台の刃を落とすかのような声音で呟(つぶや)いた。
氷室 怜: 「もうすぐ、終わる」
その重々しい宣告が、白く立ち込める広大な浴場の湯煙のなかへ、溶け込むように消えていく。

――そして、翌朝。
俺が抱いた不吉な予感は。
ここにいる誰一人として想像し得なかった、最も最悪にして、最も地獄のような形で――的中することになる。
俺の胸の奥底で燻(くすぶ)っていた不吉な予感は。
あの狂気と欲望に塗れた混浴サバイバルから、一夜明けた朝。
ここにいる誰一人として想像し得なかった、最も無慈悲な形で的中することとなった。
――地獄の実戦型ブートキャンプ(軍事調教)、その非情なる開幕である。
男子生徒OO: 「ふわぁ……眠っ」
王城の裏手に位置する、朝靄(あさもや)が低く垂れ込めた広大な練兵場。
無造作に召集された俺たちは、いつものように気の抜けた大きな欠伸(あくび)を噛(か)み殺していた。
男子生徒PP: 「今日の朝飯、何だろうな。 昨日みたいなステーキが出ると嬉しいんだけど」
男子生徒QQ: 「俺、またあのビキニアーマーのお姉さんに剣術教わりてえわ」
男子生徒RR: 「俺は魔法担当のお姉さんがいいな。 手取り足取りでさ」
男子生徒SS: 「昨日の人、めちゃくちゃ美人だったよな」
誰一人として。 これから始まるものが、血みどろの選別だとは微塵(みじん)も疑っていなかった。
無理もないことだった。 この三日間、俺たちは王宮に足を踏み入れてからというもの、あり得ないほど丁重に、甘やかされて扱われていたのだから。
 食事は超一流のフルコース。 寝床は最高級の羽毛ベッド。 風呂も規格外の豪奢(ごうしゃ)さ。
レクリエーションじみた生温い訓練をすれば、指南役として現れるのは露出度の高い美貌の女騎士や、物腰の柔らかい美形魔術師。
少し魔法の的を外した程度でも、 女騎士・魔術師: 『素晴らしいです、次はきっと当たりますよ。 さすがは神に選ばれし勇者様ですね』 と、満面の笑みでこれでもかと褒めそやしてくれた。
しかも、俺たちは異世界から召喚された、選ばれし特権階級だ。
Sランク。 Aランク。 Bランク。
そんな輝かしい評価の刻印を、神から直々に与えられている。 誰だって、自分たちが特別な存在だと錯覚して浮かれて当然だった。
――これから俺たちは、この異世界でチヤホヤされながら華々しい英雄になるのだ、と。
少なくとも、周囲の連中は本気でそう信じ切っていた。
だから――。
鬼軍曹: 「――さっさと整列しろ、人間の形をした、ただの肉の塊(ゴミ)ども!!」
雷鳴のような怒号が、朝の冷え切った空気を物理的に叩き割った。
男子生徒・女子生徒: 「…………え?」
練兵場に集められていた全員の身体が、一瞬にして硬直した。

朝靄(あさもや)の奥から重々しく姿を現したのは、昨日まで俺たちを甘やかすように指導していた、あの物腰の柔らかい美男美女の騎士たちではなかった。
全身に刻まれた無数の生々しい裂傷。 血と獣の脂が幾重にも染み付いた、実戦用の黒ずんだ鋼鉄鎧。 見上げるような二メートル近い巨躯(きょく)と、丸太を思わせる無骨な腕。
そして、その掌(てのひら)には、おびただしい数の命を貪(むさぼ)ってきたであろう、巨大で歪(いびつ)な戦斧(せんぷ)が握り締められていた。
どう見ても――本物の死線(実戦)という名の地獄しか知らない男だった。
男子生徒TT: 「な、なんだよ……あのおっさん」
男子生徒UU: 「いつもの、優しいお姉さんは……?」
場の空気を読み切れていない男子生徒の誰かが、不満げにポツリと呟(つぶや)いた。
次の、瞬間。
――ビュンッ!!
巨大な戦斧が、凶暴に風を裂いて飛来した。
その男子生徒の鼻先すれすれを猛然と通過し、引きちぎられた数本の髪の毛が空中に寂しく散る。
ズガァァァン!!
背後にそびえ立つ強固な石壁へと、重い斧刃が深々と、大気を揺らして突き刺さった。
男子生徒VV: 「ヒィッ……!?」
その男子生徒は泡を吹き、その場に腰を抜かして無様に失禁した。
現れた鬼軍曹は、ゆっくりと重い足音を響かせて歩み寄り、石壁から片手で容易く戦斧を引き抜いてみせた。

鬼軍曹: 「静かにしろ」
地を這(は)うような、剥き出しの殺意を帯びた低い声だった。
鬼軍曹: 「誰が口を開いていいと言った、ウジ虫ども」
誰も、何も言えなくなった。 呼吸の仕方すら忘れたかのように、空間が静まり返る。
鬼軍曹: 「貴様らの、無駄に甘く、吐き気のする『接待期間(チュートリアル)』は、昨晩をもって完全に終了した」
男子生徒WW: 「……せっ、たい?」
鬼軍曹: 「そうだ」
鬼軍曹は俺たち全員を、まるで屠殺場(とさつじょう)の吊るし肉を見るような冷徹な目で睨(にら)みつける。
鬼軍曹: 「国王陛下の御名(みな)において、これより貴様らを、前線で魔族の息の根を止めるための『兵士』として、根底から叩き直す」
一瞬。 その言葉の意味が、脳の皺(しわ)にうまく引っかからず、処理が追いつかなかった。
男子生徒XX: 「……へい、し?」
鬼軍曹: 「そうだ」
軍曹は、王城の背後にどこまでも広がる、黒々とした原生林の向こうを無造作に指差した。
鬼軍曹: 「朝飯が欲しければ、己の腕で毟(むし)り獲(と)れ」
男子生徒YY: 「……は?」
鬼軍曹: 「これから貴様らをあの深緑へ叩き込む。 ゴブリン、オーク、その他あらゆる魔獣が徘徊(はいかい)している死の森だ。 飢え死にしたくなければ、殺して、その肉を奪い取れ」
男子生徒ZZ: 「いやいやいや、おかしいだろ!」
男子の一人が、ついにパニックを引き起こして慌てて両手を上げた。
男子生徒ZZ: 「俺たち、神に選ばれたSランクの勇者ですよ!?」
鬼軍曹: 「だから何だと言っている」
男子生徒ZZ: 「いや、もっとこう……あるだろ!?」
彼は必死になって、元の世界で読み散らかしてきた娯楽(おとぎばなし)の展開を探した。
男子生徒ZZ: 「王道のルートで無双する感じで……その……可愛い女の子たちにチヤホヤされるとかさ……っ!」
鬼軍曹: 「Sランクだろうが、神の御使いだろうが」
軍曹の声のトーンが、絶対零度の奈落まで一気に落ちた。
鬼軍曹: 「実戦経験が皆無の、肥え太っただけの案山子(かかし)など――」
手にした戦斧を、足元の頑強な石畳へ力任せに叩きつける。
――ドゴォォォンッ!!
鬼軍曹: 「本物の戦場じゃ、三秒と保たずに死ぬんだよ!!!」
周囲の空気が爆発したかのように激しく震えた。 王宮の分厚い城壁すらもが、ビリビリと悲鳴を上げて揺れる。
鬼軍曹: 「貴様らがひけらかしているものは、ただの『才能』という名の中身のない原石に過ぎん!」
軍曹は、腹の底にある獣を解き放つように吠(ほ)えた。

鬼軍曹: 「だが、記された数値は人を守らん! 固有スキルの名前が、貴様らのくだらない命を救ってくれるわけではないのだ!!」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
鬼軍曹: 「ならば、剣を振れ!」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
鬼軍曹: 「生きた標的に魔法を撃ち放て!」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
鬼軍曹: 「死に物狂いで走れ!」
軍曹の放つ容赦なき怒号が、四方を壁に囲まれた、逃げ場のない練兵場に木霊(こだま)する。
鬼軍曹: 「動け! 泥を舐(な)めてでも動け! 泣き言を吐く隙間があるのなら、這(は)ってでもその四肢を動かせぇぇぇぇぇっ!!」
――その日。
俺たちは、血と泥に塗(まみ)れながら初めて、厳然たる事実を骨の髄まで知ることになる。
勇者という煌(きら)びやかな肩書き、それだけでは――。
腹は無慈悲に減る。 足は恐怖で醜く震える。 魔力はあっけなく底を突く。
そして何より――。
本物の魔獣は、俺たちの脆弱(ぜいじゃく)な命を奪うために、一切の容赦なく牙を剥(む)いてくるのだ、ということを。
◇
それから、数日の間。
俺たちは文字通りの『地獄』を、特等席で観賞することとなった。
氷室 怜: 「ハァッ……ハァッ……っ」
陽の光すら拒絶する、鬱蒼(うっそう)とした死の森の奥深く。
俺は泥の地面に膝を突き、肺が内側から破け散るのではないかと思うほど、荒い呼吸を繰り返していた。
 視界の四方には、汚泥、生々しい吐瀉物(としゃぶつ)、へし折れた巨木、そして得体の知れない魔獣が撒き散らした青黒い血の跡。
その惨状の真ん中で、俺と同じように地面へ力なく打ち捨てられているクラスメイトたちの影。
男子生徒AAA: 「……もう……動けない……」
男子生徒BBB: 「水……誰か、頼むから、水を……」
男子生徒CCC: 「腹が……減りすぎて、死ぬ……っ」
誰も彼もが、使い古された雑巾のように無惨にボロボロだった。
召喚された初日のあの空間で、あんなにも希望と傲慢な優越感に満ちて輝いていた両眸(りょうぼう)からは――。
今や完全に、生命のハイライト(光)が消え失せている。
異世界。 勇者。 Sランク。 天授のチート能力。
無双、そしてハーレム。
そんな甘ったるいおとぎ話の単語は――もう誰の唇からも、ただの一言も漏れ出ることはなかった。
夜。
野営地に灯された、か細い焚(た)き火を遠巻きに囲んで。
俺たちはただ、死人のように生気のない貌(かたち)で、頼りなく揺れる火の粉を見つめ続けていた。
 乾燥した薪がぱち、と小さく爆(は)ぜる。 その微(かす)かな音だけが、耳鳴りのように妙な音量で、鼓膜の奥に冷たく響いていた。
男子生徒DDD: 「……なあ」
不意に、泥と煤(すす)に塗(まみ)れた誰かが、虚(うつ)ろな声で呟(つぶや)いた。
男子生徒DDD: 「指揮(しき)タクトの奴……今頃、どうしてるんだろうな」
その忌まわしき名前に。
死人のように眠っていた何人かの貌(かたち)が、操り人形のごとくゆっくりと持ち上がった。
男子生徒・女子生徒: 「…………」
神殿のあの華やかな大広間で執り行われた、《天授の儀》。
俺たちがSランクやAランクの身分(カースト)を得て、勝鬨(かちどき)を上げていたあの喧騒のなか――。
彼だけが、最底辺の『Eランク』という烙印(らくいん)を押されていた。
発現した技能(スキル)も、戦闘の役には立ちそうもない《透視》。
それを聞いた瞬間、誰もが品定めするように、心の底から見下したのだ。
――ハズレを引いた哀れな無能。
――戦力にすら数えられない害虫。
 だからこそ、彼は王都の栄光から遠く隔たった、最果ての『北方鉱山』へと、事実上の左遷として放逐された。
男子生徒EEE: 「……王都北方鉱山って、さ」
誰かが、乾いた喉をからして掠(かす)れた声を漏らした。
男子生徒EEE: 「魔獣との、命の削り合いとか、そういうの一切ないんだよな?」
男子生徒FFF: 「ああ」
別の誰かが、焦点の合わない双眸(そうぼう)のまま、夢遊病者のように答えた。
男子生徒FFF: 「ただの、国営の採掘施設だろ……」
男子生徒GGG: 「耳にした噂(うわさ)じゃ……粗末でも三食付きで……安全な宿舎の個室が保証されているらしいぞ……」
男子生徒HHH: 「ノルマさえ片付けば……定時で、真っ直ぐ自分の部屋へ帰れるって話だった……」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
重苦しい、奈落の底のような沈黙が場を支配する。
男子生徒・女子生徒: 「…………」
誰も、それ以上は何も言葉に換えない。 ただ、不吉に爆(は)ぜる焚(た)き火の残り火を、生気のない目で見つめ続けていた。
そうして――。
少しずつ、本当に微(かす)かな速度ではあったが。
全員の泥に汚れた貌(かたち)から、あの日のような『見下し』とは、完全に真逆の感情がじわじわと浮き彫りになり始めていた。
狂おしいほどの、羨望(せんぼう)。
身を焦がすような、嫉妬(しっと)。
そして――自分たちの置かれたこの不条理な地獄への、行き場のない昏(くら)い怒り。

男子生徒III: 「……あいつ」
Sランクの魔導士クラスを授かったはずの男子が、ギリッと血が滲(にじ)むほど奥歯を噛み締めて呟(つぶや)いた。
男子生徒III: 「あいつ、最初から全部……何もかも分かってたんじゃないのか?」
男子生徒JJJ: 「何を、よ?」
男子生徒III: 「この世界が、俺たちをただ使い潰すだけのブラックな地獄だってことだよ」
その言葉に、誰かがハッとしたように顔を跳ね上げる。
男子生徒KKK: 「だから……わざと無能の皮を被って、あのEランク判定を誘い出したんじゃないのか!?」
男子生徒・女子生徒: 「…………っ」
男子生徒LLL: 「《透視》だって、本当はただの破廉恥な覗きスキルなんかじゃなくて、俺たちが辿(たど)る破滅の未来をすべて見通していたんじゃ……」
男子生徒MMM: 「いや」
別の誰かが、その過熱する妄想を冷たく、静かに遮った。
男子生徒MMM: 「だとしたら、あいつは……」
その瞬間、全員の脳裏へと、あの日の神殿でのタクトの佇(たたず)まいが鮮烈にフラッシュバックした。
大聖堂の光の中、何の興味もなさそうに、ただ面倒くさそうに頭を掻(か)いていた少年。
騒ぎ立てず、自慢もせず、周囲の狂騒から一歩引いた境界線で――。
ただ。
指揮 タクト: 『採掘士……か』 ほんの少しだけ、確かに安堵(あんど)したような顔で、そう静かに溢(こぼ)していたのだ。
男子生徒NNN: 「……最初から、あの厄介な面倒事から綺麗に逃げおおせてたのかよ……」
誰かが、ひきつった乾いた笑いを夜の闇に漏らした。
男子生徒OOO: 「女湯を覗(のぞ)く薄汚い変態だと思って、みんなで馬鹿にしていたのに……」
男子生徒PPP: 「違うだろ、それどころじゃない」
男子生徒QQQ: 「何がよ?」
男子生徒RRR: 「たぶん、さ……」
そいつは、真っ暗な森林の奥底へと、羨望の入り混じった遠い目を向けた。
男子生徒RRR: 「あいつだけが、最初から一番まともだったんだよ……」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
誰も、その推測を否定できなかった。
 むしろ、本物の地獄を見た今になって反芻(はんすう)すれば、痛いほどによく理解できる。
タクトは最初から、俺たち浅薄な有象無象(うぞうむぞう)とは生物としての次元が違っていたのだ。
手に入れた神域の力を見せびらかしもしなかった。 勇者だと煽(おだ)てられて浮かれ騒ぐこともなかった。 可愛い女の子に囲まれてチヤホヤされようともしなかった。
ただ――静かな場所で。 普通に、これ以上なく平穏に生きようと立ち回っていただけなのだ。
男子生徒SSS: 「……ふざけんなよ、本当に」
誰かが、焦燥に喉を潰すような声を絞り出した。
男子生徒SSS: 「俺たちは今、泥水を啜(すす)って、魔獣の臓物まみれになりながら死線を彷徨(さまよ)っているっていうのに……」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
男子生徒TTT: 「あいつは今頃、危険の一切ない、安全で温かい個室のベッドに寝転んで、美味(うま)い飯を貪(むさぼ)っているんだろ?」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
男子生徒UUU: 「贅沢(ぜいたく)な個室で」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
男子生徒VVV: 「手厚い三食付きで」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
男子生徒WWW: 「毎日、一ミリの残業もなく定時退社で」
男子生徒・女子生徒: 「…………」
その、いかなる極大魔法や鋭利な剣撃よりも容赦なく網膜を刺す現実の言葉たちが――。
俺たちの限界を迎えて疲弊しきった胸のど真ん中へ、深く、深く、楔(くさび)のように突き刺さっていった。
男子生徒XXX: 「……究極の、勝ち組じゃねえか……」
誰かが絞り出すように言った。 その声は、滲(にじ)む悔し涙によって情けなく震えていた。
男子生徒XXX: 「Sランクを授かった俺たちより……最底辺のEランクだったタクトのほうが……」
そこで一度、全員の呼吸が凍りつく。
そうして――。
男子生徒たち: 「絶対、幸せじゃねえかよぉぉぉぉぉっ!!!」
男子生徒・女子生徒: 「…………っ!」
男子生徒たち: 「ふざけんな! 頼むから、俺たちと今すぐ代われええええええええええっ!!!」
漆黒に沈む死の森に、血を吐くような悲痛な絶叫が響き渡った。
 当然ながら、応じる返事などどこにもない。 ただ、遥(はる)か遠方で飢えた魔獣の不吉な遠吠(とおぼ)えが、冷たく木霊(こだま)しただけだった。
誰もが、己の浅はかな傲慢(ごうまん)さを呪い、肩を小刻みに震わせて男泣きに暮れた。
そうして、また静まり返る闇の中、燃え尽きかけた焚(た)き火の残り火を見つめ続けた。
かつて。 このクラスの全員がタクトへと向けていた感情は。
ただの見下しであった。 哀れみであった。 自分たちより遙かに格下の存在だという、身勝手な優越感に過ぎなかった。
けれど――。
国家という名の巨大な暴力による、たった数日間の地獄(ブラック労働)を肌で経験しただけで。
その絶対的な評価の天秤は、完全に一八〇度、音を立てて反転したのだ。
狂おしいほどの、羨望(せんぼう)へ。
身を焦がすような、嫉妬(しっと)へ。
そして――。
 ――二度と手の届かないかもしれない、あまりに遠い平穏への、切実な憧れへ。
男子生徒YYY: 「……いいなぁ」
誰かが、吸い込まれそうな虚空を見つめながら、ぽつりと溢(こぼ)した。
男子生徒YYY: 「鉱山……」
誰も笑わなかった。 誰も馬鹿にしなかった。
むしろ、その場に平伏していた全員が――まったく同じ願いを、自らの魂の底から、血を吐くように渇望していた。
男子生徒・女子生徒: ――俺も今すぐ、あの鉱山(ホワイト企業)へ行きたい。
王都北方鉱山・第三坑道。
薄暗い地下の迷宮には、今日も荒くれ者たちの振るう重いツルハシの音が、鈍い打撃音となって絶え間なく響き渡っている。
その土埃(つちぼこり)と汗の臭いが充満する喧騒の片隅で――。
コン。 ……コン。
タクトのいるC-4区画からだけは、まるで氷の彫刻を流麗に削り出すかのような、静かで規則正しい音が微(かす)かに漏れていた。
彼は、決して力任せに打ち込んでいるわけではなかった。
 むしろ、ごつごつとした岩壁の表面を慈しむように撫(な)でる、ごく軽い一撃にすぎない。
それなのに。
――ぱらり。
乾いた岩肌が、自ら崩壊を望むかのようにあっけなく崩れ落ちる。 続いてその奥底から、深い深海を思わせる蒼(あお)白い光が顔を覗(のぞ)かせた。
高純度の魔鉱石だ。
タクトは床にしゃがみ込み、足元へ転がり落ちた極上品を無造作に拾い上げる。
指揮 タクト: 「……今日も、よく取れるな」
コン。
また一つ。
ころん。
さらに一つ。
最近の採掘は、ずっとこんな調子だった。
 ツルハシを振り下ろす正確な角度。 ミリ単位にまで制御された力の入れ具合。 岩盤のなかに隠れた微細な亀裂。 そして、鉱脈の正確な位置。
どこを、どれだけの衝撃で叩けば最適解となるのか。 頭で計算する必要すら全くない。
自身の肉体が――いや、彼に逆共有された五つの『SSS』という神域のスキルが、無意識下で最も効率的かつ完璧な身体操作を自動的に選択してくれているのだ。
最初の頃は 「妙によく掘れるな」 くらいに軽く捉えていたが、最近はもう深く詮索することを完全に放棄している。
どうやら自分には、採掘士としての天賦の才があるらしい。
それでいい。 疲れない。 怪我もしない。 その上、一日のノルマが驚異的な速度で片付いていく。
そして、定時の鐘が鳴れば真っ直ぐ我が家(アジト)へ帰れる。
――まさに、至高のホワイト職場であった。
指揮 タクト: 「よし」
足元の背負い籠(かご)を検分する。 そこにはすでに、指定された規定量のラインを優に超えた結晶が、蒼(あお)い山を築いていた。
指揮 タクト: 「今日も午前中でノルマ達成だな。 午後はどこかで適当にサボろう」
タクトが満足げに呟(つぶや)いた、その刹那(せつな)であった。
監督官: 「――おい、タクト!」
薄暗い坑道の向こうから、野太い声が降ってきた。
 顔を上げると、現場を巡回している恰幅(かっぷく)のいい監督官が、土煙を上げてこちらへ大股で歩み寄ってくる。
しかし、その表情はいつもの朗らかなものではなかった。 ひどく険しく、まるで深刻な胃の痛みに耐えているかのような顔だ。
指揮 タクト: 「どうかしましたか?」
監督官: 「お前なぁ……」
監督官は、タクトの足元にある満杯の籠に視線を落とし、次いで、無惨に掘り尽くされて白茶けた岩壁を凝視した。
そうして、地の底から這(は)い上がってくるような深い、重いため息を吐き出した。
監督官: 「最近、お前が掘るペース、いくら何でも異常に早すぎるぞ」
指揮 タクト: 「……やっぱり、目立っちゃってますか?」
監督官: 「やっぱりじゃない! 異常だと言っているんだ!」
監督官は、呆(あき)れと焦燥が入り交じった声を張り上げた。
監督官: 「お前が掘り出した量、俺が毎日ちゃんと記録して本部に報告してるんだからな! しかも、最近配属された千歳(ちとせ)って新人の娘まで、お前に触発されたのか、とんでもない速度で掘り始めやがって!」
指揮 タクト: 「ああ……」
タクトの脳裏に、元の世界で同じクラスだった千歳 凪(なぎ)の、楚々(そそ)としたお嬢様らしい顔が浮かんだ。
確かに、彼女の採掘スピードもここ数日、尋常ではない。 というか、最近の凪は、薄暗い物陰から妙に熱烈な視線で自分のフォームを観察し、寸分の狂いもなく完全にコピーしているような気がするのだ。
監督官: 「お前たち二人の規格外なサボり魔どもが揃(そろ)ったせいで、この第三坑道の浅い層にある魔鉱石が、予定よりずっと早く枯渇しそうなんだよ!」
指揮 タクト: 「…………」
タクトの表情が、ピタリと硬直した。
監督官: 「この異常なペースのままだと、近いうちに浅層エリアは完全に掘り尽くしだ。 そうなれば――」
指揮 タクト: (まずい) タクトの胸の奥が、冷や汗をかくように激しくざわつき始める。
指揮 タクト: (目立たないために定時で帰っていたのに、完全にやりすぎたか……!)
鉱山が枯れてしまえば、その後はどうなる。
仕事が消える。 配置転換、あるいは強制的な転職を余儀なくされる。 最悪の場合、あのクラスメイトたちが送り込まれたような、血みどろの苛烈な前線基地へ回されるかもしれない。
 それだけは困る。 非常に、致命的なまでに困る。
今の生業はタクトにとって最高にして至高なのだ。 朝にのんびり出勤し、指定された岩肌を適当に撫(な)で、瞬時にノルマを終わらせて定時に真っ直ぐ帰る。 それだけで三食の飯が出て、安全な個室も保証されている。
これほど自身のスローライフに合致した天国のような環境は、この狂った異世界のどこを探し回っても絶対に見つかるはずがない。
監督官: 「だからな」
監督官が、重々しく宣告の言葉を継いだ。
監督官: 「近いうちに、お前ら優秀すぎる連中を、さらに奥へと採掘場を拡張するための先遣隊に回すことになった」
指揮 タクト: 「奥、ですか?」
監督官: 「ああ」
監督官は、坑道のさらに奥深く、濃密な暗闇がぽっかりと不気味に口を開けている最深部を指差した。
監督官: 「深層エリアだ」
そこから先は、まだ一般の採掘士がほとんど足を踏み入れていない未開の迷宮であった。
漂う空気の肌触りも、大気に溶け込んだ魔力の濃度もこれまでとは全く異なる。 時折、奈落の底から正体不明の凶暴な魔獣の鳴き声が木霊(こだま)することさえあるという、文字通りの危険地帯だ。
監督官: 「魔獣も這(は)い出してくる。 地盤も浅層より不安定で、崩落のリスクが常につきまとう。 だから防衛用の安全班を大幅に増員しての特殊作業になる予定だ」
指揮 タクト: 「……つまり、著しく安全性が欠如しているんですね」
監督官: 「ああ。 だが、その代わり――」
監督官は、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべてみせた。
監督官: 「破格の『危険手当』が支給される」
指揮 タクト: 「…………!」
監督官: 「給料も、今の倍近くに跳ね上がるぞ」
指揮 タクト: 「…………!!」
監督官: 「それと、深層組の連中のために、新しく広大な最新宿舎を建設中だ」
指揮 タクト: 「…………!!!」
監督官: 「今のお前の窮屈なタコ部屋より、はるかに部屋の広さも快適性も向上する予定らしい」
指揮 タクト: 「………………!」
監督官: 「さらに、最新式の魔導ボイラーを導入した、広々とした温泉まで――」
指揮 タクト: 「ぜひ、よろしくお願いいたします」
食い気味の、コンマ一秒の即答であった。
指揮 タクト: 「深層への転属希望、今この瞬間からでも提出します」
監督官: 「お、おう……お前、相変わらず金と待遇の話になると眼の色が変わるな……」
あまりの気迫の凄(すさ)まじさに、現場の修羅場をいくつも見てきたはずの監督官が、若干引き気味に身を引いた。
だが、タクトにとっては相手の反応などどうでもよかった。
 基本給の超大幅アップ。 真新しいピカピカの宿舎。 広々とした快適な個室。 そして、魔導ボイラー付きの新しい温泉。
どれもこれも、これからのサボりライフを豊かに彩る、魅力的すぎるキラーワードの羅列だ。
指揮 タクト: (……ついに) タクトは己の胸の内で、静かに、しかし熱く拳を握り締めた。
指揮 タクト: (あの、呼吸するだけで壁にぶつかりそうな四畳半の極狭空間から、ついに脱出できるかもしれない……!)
その強烈なインセンティブを前にしては、深層エリアに巣食うという魔獣の危険など、もはや大した問題ではなくなっていた。
今朝も確認した通り、最近の自分のステータスは、どう考えても世界システム上のバグと言っていい領域だ。 最悪の場合でも、自衛くらいは余裕でこなせる確信がある。
それに――。
フルートさんたちが連日、砦(アジト)のほうで大真面目にやっている『魔王ごっこ』。
あれも、たぶん何かしらのバフとして自身の肉体に役に立っているのだろう。 本人たちは本気で魔王軍の幹部を演じ、裏で色々と泥臭く動いてくれているようだし。
だったら、彼女たちの度を越した忠誠(ごっこ遊び)の恩恵をありがたく享受しつつ、自分はこのホワイトな厚遇を全力で掠(かす)め取ればいい。
それは、彼なりの実にドライで合理的な心境であった。
◇
昼休み。
 タクトは、労働者たちでごった返す喧騒(けんそう)の食堂の隅に座っていた。
午前中のうちに本日の採掘ノルマはとっくに終わらせてある。 午後は定時の鐘が鳴るその瞬間まで、のんびりと己の脳内(設定ノート)へ浸って過ごす予定だ。
そんな時であった。
脳髄の奥底へと、いつもの氷のように澄み切った声が滑り込んできた。
フルート: 『――魔王様』 指揮 タクト: (あ、フルートさん) タクトは、ここ数日で完全に慣れ親しんだ手つきで、意識の底で返事を返す。
指揮 タクト: (お疲れ様) フルート: 『はっ』 相変わらず、その受諾の返答だけは冷徹な軍人のように異様なまでの早さだった。
フルート: 『昨夜、魔王様より絶対の御命令をいただきました、作戦名《タレ多め》――先ほど、無事にすべて完了いたしました』
指揮 タクト: (……たれおおめ?) タクトは、配膳された薄い野菜スープを凝視したまま、しばらく思考を巡らせた。
そんな間抜けで締まりのない名前の軍事作戦を命じた覚えなど、逆立ちしても存在しない。
だが――すぐに、昨夜の念話における自身の不用意な発言を思い出した。
指揮 タクト: (ああ) 飛竜(ワイバーン)の話題だった。 そうして自分は確か――。
指揮 タクト: (美味しい焼き鳥を、炭火焼きにして塩を振って食べたいなって、半分寝言みたいに言ったあの雑談のこと?) フルート: 『はい。 まさしくその通りにございます』 指揮 タクト: (なるほどね)
タクトは深く、胸の中で納得した。
 フルートさんたちは、また自分の何気ない一言から、何か壮大で物々しい軍事設定(ロールプレイ)を作り上げて遊んでいたらしい。
まあ、本人たちがそれほど楽しそうに演じているのだから、話を合わせて乗ってあげるのが、主としての優しき大人の対応というものだ。
指揮 タクト: (それで、どうなったの?) フルート: 『……申し訳ございません』 フルートの声のトーンがほんの僅(わず)かに沈み、忸怩(じくじ)たる思いを滲(にじ)ませた。
フルート: 『第二側近たるカスタネットが、 「あの極上の素材を塩だけで食すなど愚の骨頂。 三ツ星レストランの秘伝のタレで仕上げてこそ至高」 と頑なに主張して譲らず……』 指揮 タクト: (ああ……) タクトは思わず、脳内で苦笑を浮かべた。
指揮 タクト: (そういう、内輪揉(も)めが起きたっていうフレーバー設定ね) なんだか妙に世界観のディテールが凝っているのが可笑(おか)しい。
フルート: 『結果として、殲滅作戦名は《タレ多め》へと急遽(きゅうきょ)変更される運びとなりました。 主の御言葉を違(たが)えた我らの不忠、いかようにも罰してくださいませ』 指揮 タクト: (いやいや、全然気にしてないから大丈夫だよ) タクトは、彼女たちの熱心なロールプレイを阻害せぬよう、至極穏やかに話を合わせた。
指揮 タクト: (じゃあ、そのワイバーンっていうやつは、ちゃんと撃退できたんだね?) フルート: 『はっ』 そこには、一ミリの淀(よど)みもない即答が返ってきた。
フルート: 『昨夜、本陣上空の絶対防空圏にて急襲を仕掛けてきた、隻眼(せきがん)率いる五百頭の飛竜軍団。 それらを黒狼館の元賊徒ども――現在の館内清掃部隊を総動員し、夜明けまでに一匹残らずすべて戦利品として回収いたしました』
指揮 タクト: (五百頭、ねぇ……) タクトは、スープを口に運びながら少しだけ目を丸くした。
指揮 タクト: (設定の作り込みが、めちゃくちゃ細かいな。 しかもあの盗賊たち、今は掃除の丁稚(でっち)として働かされてるフレーバー設定なのか) 五百という絶望的な大群。 たぶん、フルートさんたちの脳内では 「魔王軍の巨大拠点へ強大な飛竜が攻めてきたが、見事これを防衛した」 という、国家規模の一大防衛イベントが開催されていたのだろう。 そこまでリアルな脳内設定を構築できるのは、もはや一種の才能だ。
フルート: 『そして、回収した飛竜の肉はカスタネットの指揮の下、すべて衛生的に解体、熟成の下処理を施し――』 指揮 タクト: (うん、それで?) フルート: 『魔王様への至高の献上品として、特級焼き鳥弁当へと加工いたしました』 指揮 タクト: (そこまで徹底して設定を回収したのか) タクトは声に出さずに苦笑した。
なんだか妙に生活感の溢(あふ)れる、あまりにリアルな妄想だ。

だが――まさに、その次の瞬間であった。
薄暗い食堂の、木製のテーブルの上一角に、ふっと空間の歪(ゆが)みが生まれたのだ。
タクトは驚きに目を瞬(しばた)かせた。
空間を引き裂いて溢れ出た転移魔法の残光の中から、高価な金糸の白布で丁寧に包まれた、格式高い三段の漆塗りの重箱が静かに現れたのだ。
指揮 タクト: 「…………」
タクトは、眼前に具現化したその漆黒の塊を、しばらく呆然と眺めた。
指揮 タクト: (……小道具(アイテム)の演出まで、ずいぶんと凝ってるな、おい) さすがに少し感心せざるを得なかった。 フルートさんたちは、こういうごっこ遊びのリアリティを補強するガジェットの準備だけは、妙に本格的で手が込んでいる。
周囲の採掘士たちが安いエール酒に夢中で、こちらを気にしていないことを入念に確認してから、タクトはそっと重箱の蓋(ふた)を持ち上げた。
ふわり。
温かく、濃厚な湯気が卓上へ立ち上る。
焦がし醤油と秘伝の甘辛いタレ、そして極上の炭火がもたらす香ばしい芳香が、タクトの鼻腔(びくう)を強烈に刺激した。
漆(うるし)の器の中には、大ぶりの焼き鳥がご飯の上に整然と、息を呑むほど美しく敷き詰められている。
 外見は、ごくありふれたそれであった。
茶色く艶(つや)やかに照り輝く肉。 絶妙に焦げ目のついた表面。 たっぷりと絡みついた濃厚なタレ。
指揮 タクト: (……見た目は、普通に美味しそうな焼き鳥弁当だな) タクトは添えられていた木串を一本、指先でつまみ上げた。
そうして無造作に。
ぱくり、と口に運ぶ。
指揮 タクト: 「…………」
その肉塊を奥歯で噛み切った、次の刹那(せつな)。
タクトの脳内から、すべての思考と言語が綺麗さっぱり消失した。
指揮 タクト: 「……え?」
じゅわっ、と。 これまで生きてきた中で、決して体験したことのないほどの圧倒的な肉汁が溢(あふ)れ出したのだ。
暴力的なまでの濃厚な旨味が、舌の細胞の隅々までを一瞬にして侵食していく。
恐ろしいほどに柔らかい。 それなのに、咀嚼(そしゃく)するほどに肉そのものが秘めた野性味あふれる風味が、無限に増幅されていくのだ。
極上の炭火の香り、完璧な黄金比で調合された甘辛いタレ。 そしてその奥底に潜む、かつて元の世界で口にしたどんな高級地鶏をも遥(はる)かに凌駕(りょうが)する、深く、あまりに深すぎる生命の旨味。

指揮 タクト: 「…………」
タクトは無言のまま、もう一度、愛おしむようにゆっくりと噛み締める。
さらに爆発的な味の衝撃が口内を支配し、脳の報酬系が文字通り焼き切れるような甘美な感覚に襲われた。
指揮 タクト: 「……うま」
タクトは、自らの魂の底底からポツリと呟いた。
指揮 タクト: 「うまぁ……っ」
あまりの美味(おい)しさに、目頭がじわりと熱くなる。
気づけば、自身の肉体が無意識のうちに二本目の串を手に取っていた。
そうして三本目、四本目――。
止まらない。 手が、顎が、生存の本能のままに動き続ける。
タクトは涙目になりながら、周囲の目も忘れて、ただ夢中で特級焼き鳥(ワイバーン)を口へと運び続けた。
指揮 タクト: (何だこれ……いくら何でも、美味(うま)すぎるだろ……!) これまで地球で口にしてきたどんな高級地鶏とも、次元がまるで違っていた。
だが――タクトは、これが昨夜のうちにフルートたちが完全殲滅(せんめつ)した、飛竜王の直系眷属たる『本物のワイバーンの極上肉』だとは、夢にも思っていない。
そもそも、ワイバーンなどという神話の怪物を、本当に五百頭も物理的に焼き殺しているだなんて、常識的に考えて信じられるはずがない。
 すべては、フルートさんたちの手が込んだ壮大な妄想(フレーバー設定)の産物なのだ。
そのごっこ遊びに付き合ってあげて、 「すごいね」 と言葉をかけ、 「美味しいね」 と褒めてあげる。 そういう、少し風変わりな眷属(けんぞく)たちとのコミュニケーションなのだと解釈していた。
それなのに。
指揮 タクト: 「……マジで、美味いな」
この漆(うるし)の器から広がる焼き鳥の味だけは、圧倒的なまでの現実(リアル)の暴力であった。
フルート: 『主(あるじ)の御口(おくち)に召したようで、何よりにございます』 フルートの声が、心なしか誇らしげに、嬉しそうに脳内へと響き渡った。
指揮 タクト: (いや、これ本当に凄いよ。 感動した) タクトは、口の周りを甘いタレで汚しながら素直に感心した。
指揮 タクト: (こういう超高級なお弁当、王都のどこの名店で買ってきたの?)
フルート: 『……』 指揮 タクト: (フルートさん?) フルート: 『いえ』 ほんの少しだけ、何とも意味深な沈黙の間(ま)があった。
フルート: 『……何でもございません』 指揮 タクト: (?) タクトは首を傾(かし)げたが、目の前にある重箱の美味さにかまけて、それ以上の追及を早々に放棄した。
フルート: 『なお、可食部以外の余剰素材につきましても、すでに主の御意のままに処理を開始しております』 指揮 タクト: (素材?) フルート: 『ワイバーンの誇る強靭な鱗(うろこ)、鋭利な爪、そして高純度の魔石などは、チェロが自らの手で粉砕、加工の最中にございます』 指揮 タクト: (ああ、そういう細かいディテールまで設定を作っているのか) タクトは、彼女たちのブレない徹底ぶりに、どこか微笑ましさすら覚えながら感心した。
フルート: 『魔王様が近いうちに引っ越されるという、あの新居の、最高級の特注家具として運用する予定にございます』 指揮 タクト: (新居、か……)
タクトは、思わずスープを吹き出しそうになった。
指揮 タクト: (設定のなかで、そこまで話が勝手に進んでるのかよ) フルートさんたちの『魔王ごっこ』は、最近ますます本格的かつ大規模に過熱している。
 大規模な軍事作戦、戦利品の即座の回収、高度な兵站(へいたん)の確保、そして新居の家具製作にいたるまで。
ディテールが細かすぎる。 元の世界でTRPGのゲームマスターを熱心にやっていた奴だって、ここまで狂ったように凝りはしないだろう。
フルート: 『さらに、余剰となったドロップ素材につきましては、ハーモニカが闇市場の秘匿ルートを通じて、すべて迅速に売却処理を進めております』 指揮 タクト: (へえ、大したもんだね) フルート: 『その結果得られました莫大な売却益はすべて、魔王様のお引っ越し資金として――』 指揮 タクト: (……)
タクトは、手拭いで口元を隠して静かに笑った。
指揮 タクト: (そこまでバックストーリーを作り込むの、本当に凄いな、お前ら) どう考えても、本当にお金を稼ぎ出しているわけがないのだ。
もし仮に、本当に五百頭もの飛竜(ワイバーン)を大魔法でまとめて焼き殺し、その素材を衛生的に解体して市場で売り捌(さば)いているのだとしたら。
それはもう 「ごっこ遊び」 の範疇(はんちゅう)を完全に超えている。 一国家の経済がひっくり返る、世界を揺るがす大事件だ。
だが、タクトはそんな現実的な可能性を考慮する必要など微塵(みじん)もないと思っていた。
フルートさんたちは、たぶん自分を喜ばせるために、こういう手の込んだリアルな妄想を楽しんでくれているだけなのだ。
ならば――自分も主(あるじ)として、その優しい世界観に付き合ってあげればそれでいい。
指揮 タクト: (……でも、さ) タクトは、空になった三段の重箱を見下ろした。
指揮 タクト: (この焼き鳥の味だけは、本当に冗談抜きで異次元の凄さだったな……) それだけは、何ら疑う余地のない彼の本心であった。

重箱のなかに残ったご飯の最後の一粒まで、綺麗に食べ切る。
指揮 タクト: 「ごちそうさまでした」
魂が融(と)けるような、至福の満足感だった。
午前中のうちに、今日のすべての仕事は綺麗に終わっている。 新設されるという深層エリアの宿舎への転属も、希望通りにいけば悪くない未来だ。
昼食の焼き鳥弁当は、これまでの人生で一番の極上の美味(おい)しさだった。
そうして何より――。
今この瞬間から向かえば、まだ労働者たちが泥に塗れている、静かな真昼間の大浴場へ、貸し切り状態で一番風呂に浸(つ)かれるのだ。
タクトは、晴れ晴れとした顔で席を立ち上がった。
指揮 タクト: 「よし」
今日は、あらゆる意味において本当に素晴らしい日だ。
指揮 タクト: 「……最高の一番風呂に、浸かってこよう」
そうして、彼はこの上なく上機嫌で食堂を後にした。
その軽やかな足取りの先に――。
彼自身の現代人としての理性を激しく脅かす、完璧なお嬢様(ストーカー)が虎視眈々(こしたんたん)と待ち構える『混浴温泉』という名の甘美な地獄が、ぽっかりと口を開けていることなど。
 今の呑気(のんき)なタクトは、まだ何一つとして知る由(よし)もなかった。
昼下がり。
共同温泉には、外界のあらゆる狂騒から完全に切り離されたかのような、静謐(せいひつ)な時間が流れていた。
広大な浴場の中には、自分以外に人影はない。
白く立ち込める乳白色の湯気。 なめらかな石造りの巨大な浴槽。 高い天窓から時折滴り落ちる、水滴の澄んだ反響音。
窓の向こうから差し込む午後の斜光が、湯煙を淡い黄金色へと厳かに染め上げていた。
タクトは広々とした湯船に肩まで深く身を委ね、魂の底底から長く息を吐き出した。
指揮 タクト: 「…………はぁ」
じんわりと温かい。 ひたすらに静かだ。
そして何より――誰もいない。
指揮 タクト: 「……最高だな」
思わず、独り言が口をついて漏れる。
朝から適度に鉱山で身体を動かし、美味い昼飯(極上の焼き鳥)を堪能し、一番風呂の温泉に浸かる。 この底辺生活で、高額の手当(インセンティブ)まで貰えるのだ。

異世界に召喚されてからというもの、色々と面倒な事態は立て続けに発生している。
自分を魔王だと言い張るフルート。 その幹部を名乗る三人。 彼女たちが裏で熱心に進めている、やたらと設定の凝った『魔王ごっこ(ロールプレイ)』。
そして最近になって、妙に自分へ絡んでくる元の世界の同級生・千歳 凪(なぎ)。
……大真面目に思考を巡らせれば、頭が痛くなる要素ばかりだ。
だからこそ。
指揮 タクト: 「こういう、完全に孤独になれる時間があるからこそ、何とか理性を保っていられるんだよな……」
タクトは湯船の中で、至福の表情を浮かべてそっと目を閉じた。
完全なる静寂。 湯の柔らかな温もりの抱擁。
神域のスキルの恩恵によって肉体的な疲労など皆無であるはずなのに、それでもこうして温泉に身を浸すと、身体の芯から呪縛が解けるように力が抜けていく。
この時間帯を選んだのも大正解だった。
真の昼下がり。 ほとんどの採掘士は今なお汗と泥に塗れて奈落の底で労働中であり、勇者として祭り上げられたクラスメイトたちも、今頃は王宮のブラックなブートキャンプに駆り出されているはずだ。
つまり――この刻限であれば、この巨大な大浴場はほぼ貸し切り状態となる。

指揮 タクト: 「……完璧だ」
タクトは深く、己の選択に満足した。
――本来ならば、その完全無欠の静寂は、定時のチャイムが鳴るその瞬間まで長く続くはずであったのだ。
ガラリ。
指揮 タクト: 「…………」
脱衣所と浴場を隔てる重い木製の引き戸が開かれた。
タクトの瞼(まぶた)が、気だるげにゆっくりと開く。 かすかな、素足の水音。
黄金色に煙る湯煙の向こう側に、一つのしなやかな人影が静かに浮かび上がった。
指揮 タクト: 「…………っ」
その瞬間、強烈にして不吉な嫌な予感が、タクトの背筋を冷たく駆け抜ける。
ゆっくりと、まるであらかじめ歩調を測っていたかのように、その輪郭が近づいてくる。
そうして――。
千歳 凪: 「……こんにちは、タクトくん」
指揮 タクト: 「…………」
タクトの思考回路が、一瞬にして完全に凍結した。
千歳 凪(ちとせ なぎ)であった。
 完璧に整えられた長い黒髪を後ろで上品にまとめ、白い手拭(てぬぐ)い一枚を胸元に抱えている。 その貌(かたち)に浮かんでいるのは、かつて学舎で見せていたような、一点の曇りもない聖女の如き微笑(ほほえ)み。
あまりにも自然に佇(たたず)んでいた。 まるで、本当にただの奇跡的な偶然によって、この場所へと湯浴みに訪れたかのように。
指揮 タクト: 「…………なんで?」
千歳 凪: 「何がかしら、タクトくん?」
指揮 タクト: 「なんで、またお前がこんな場所にいるんだよ」
千歳 凪: 「お風呂に入りに来たのよ?」
指揮 タクト: 「そうじゃなくて!」
タクトは思わず、湯船の中で我を忘れて声を荒らげた。
指揮 タクト: 「昨日もいたよな、お前!」
千歳 凪: 「ええ、そうね」
指揮 タクト: 「今日もいる!」
千歳 凪: 「ええ、そうね」
指揮 タクト: 「しかも、ピンポイントで俺がこの広大な風呂に入っている時間に、だ!」
凪は不思議そうに、無垢(むく)な少女の仕草で愛らしく小首を傾(かし)げた。
千歳 凪: 「ただの、素敵な偶然じゃないかしら?」
指揮 タクト: 「絶対違うだろ!!」
タクトはザバァッ!と激しい水飛沫(みずしぶき)を上げ、湯船の一番端、冷たい岩肌の際(きわ)まで猛烈な勢いで後退した。
凪はそんな必死なタクトの有様(ありさま)を認め、くすりと楽しげに鈴を転がすような声で笑った。
千歳 凪: 「どうしてそんなに逃げるの?」
指揮 タクト: 「逃げるに決まってるだろ! ここは男女混浴っていう、俺の現代人としての理性を脅かす危険地帯だぞ!」
千歳 凪: 「私、まだ何もしていないわよ?」
指揮 タクト: 「何もしてないから余計に怖いんだよ!」
タクトは悲痛な叫びを上げた。
昨日もそうだった。 そして今日もそうだ。
自分が誰にも見つからぬよう一人でこっそり湯に浸かっていると、なぜか絶対的な、天文学的な確率のタイミングで凪が姿を現す。
偶然で片付けるには、あまりにも出来すぎているプロットだった。
出来すぎている、が。
 タクトの驚くほど強固に自己完結した脳組織は、そこで一つの、極めて合理的(現実逃避力の高い)な結論にたどり着いた。
指揮 タクト: (……たぶん、この見知らぬ異世界で心細くて、知っている顔の俺に縋(すが)りたいんだろうな) 別に、嫌われているわけではない。 むしろその逆なのだろう。 凪は昔の孤児院時代から、自分に妙に懐いていた節がある。 それが、この過酷な異世界へと急に引きずり出されて再会したことで、吊り橋効果的に少しばかり依存の度合いが増しているだけだ。
指揮 タクト: (まあ……) タクトは小さく、観念した息を吐いた。
指揮 タクト: (元の世界のクラスメイトだし、友達だしな) ならば。 多少、その少女特有の心細さに付き合ってやるくらいは、主(あるじ)としての、そして友人としての器量というものだ。
ただし――距離は徹底的に取る。 現代日本人の倫理観とコンプライアンスを死守するためにも、絶対に一線は超えさせない。
タクトは広大な湯船の対角線上、最も離れた最果ての位置に背を預けて陣取った。
指揮 タクト: 「俺はここから絶対に一ミリも動かないからな!」
千歳 凪: 「ふふっ」
凪が可憐(かれん)に笑う。
千歳 凪: 「ええ、分かったわ」
その一点の曇りもない笑顔が、妙に、背筋が薄寒く凍りつくほど嬉しそうだった。
――だが。
タクトはまだ何一つとして知らない。
凪がこの真昼間の湯屋へ正確に降臨したのが、神の気まぐれな偶然でもなければ、ただの可愛らしい心細さなどでもない、という冷酷な真実を。

今朝のこと。
彼女は採掘作業によってその身を満たした膨大な魔力を、肉体を削り落とすかのようにして、その 「ほとんどすべて」 使い果たしていた。
その目的は、ただ一つ。
――愛しいタクトくんと、この広い世界の片隅で絶対に出会うこと。
千歳凪(ちとせ なぎ)が有する、世界システムのバグの産物たる固有スキル。
《ギャンブル》 。
それは、本来ならば神にしか許されぬはずの、因果の理を歪(ゆが)める異常な『事象の確率操作能力』であった。
自らの魔力を 「チップ」 として盤上へ賭(か)ける。 そうして、次に起こる不確定な出来事の確率を、強制的に上乗せしていくのだ。
たとえば。
この果てしなく広大な鉱山において、タクトくんと同じ時間帯に、同じ温泉で遭遇できる確率が、わずか一パーセントに過ぎなかったとするならば。
彼女はその極小の一パーセントに向かって、冷徹に魔力を注ぎ込む。
 十パーセント。
三十パーセント。
五十パーセント。
それでもなお、彼に会えないという 「ハズレ(理不尽)」 の可能性が残されているのなら。
さらに賭ける。 自らの全魔力を、タクトへの狂おしいほどの執念を、魂のすべてを盤上へベットして。 そうして、積算の果てに――。
――100%。
運命の、絶対確定。
凪にとって、これは不確実な 「運」 などではない。
世界の法則を自らの手で力任せにねじ伏せ、望む結果を強引に引き寄せるための――いわば『確定ガチャ(天井)』であった。
千歳 凪: (ふふっ……) 乳白色の湯煙の向こう側で、凪は妖艶(ようえん)に口元を歪(ゆが)めていた。
千歳 凪: (……会えたわ) たったそれだけの、ありふれた奇跡。 それだけで、彼女の胸の奥底に燻(くすぶ)っていた狂おしい渇きが、甘美な悦楽(えつらく)によって満たされていく。

今朝、因果の理をねじ曲げて確率を操作するために消費した魔力が、どれほど甚大(じんだい)なものであったとしても。 それが肉体にどれほどの疲弊をもたらそうとも。
そんな些細(ささい)な代償など、彼女にとっては心底どうでもいいことであった。
タクトくんに出会えるという、その絶対的な結果のためであるならば。
何度でも手持ちのすべてを賭(か)ける。 何度でも運命の歯車を強制的に回す。 何度でも、この世界の法則を100%の現実に書き換えてみせる。
それこそが、千歳凪という、純愛の皮を被った狂気の少女の本質であった。
千歳 凪: 「……タクトくん」
指揮 タクト: 「ん?」
千歳 凪: 「今日もこうしてお会いできて、私、本当に嬉しいわ」
指揮 タクト: 「……そう? 偶然ってすごいよね」
千歳 凪: 「ええ」
凪は、この世のものとは思えぬほどの極上の微笑を彼へと向けた。
千歳 凪: 「運命(ガチャ)って、本当に素敵よね」
指揮 タクト: 「…………」
タクトは、熱い湯のなかで完全に無言になった。
指揮 タクト: (……やっぱり、なんだかちょっと怖いな、このお嬢様) 昨日よりも、今日のほうが明らかに。 その硝子(ガラス)玉のような瞳の奥底に灯る、熱量の温度が上がっている気がしてならない。
指揮 タクト: 「じゃ、じゃあ俺、なんだかのぼせそうだから、もう上がるわ」
千歳 凪: 「え?」
凪の完璧にデザインされた笑顔が、わずかに狼狽(ろうばい)の色を帯びて曇った。
千歳 凪: 「もう出られてしまうの?」
指揮 タクト: 「出る。 今すぐ出る」
千歳 凪: 「まだ、湯船に入られたばかりなのに?」
指揮 タクト: 「いいんだよ、体質的な問題だから」
タクトは湯を掻(か)き分けるように勢いよく、素早くその場に立ち上がった。
指揮 タクト: 「俺はね、何事も起きない、絶対的な平穏を愛する男なんだよ」
千歳 凪: 「平穏、ですか?」
指揮 タクト: 「ああ」
タクトはこれ以上ないほど真剣な顔つきで、深く頷(うなず)く。

指揮 タクト: 「誰にも邪魔されず、一人で静かに温泉に入って、一人で真っ直ぐ帰る。 それこそが、俺がこの異世界で希求する至高の理想なんだ」
千歳 凪: 「……なるほど、そういうことね」
凪は少し思案するように、月光を紡いだような長い睫毛(まつげ)を伏せた。
そして――。
千歳 凪: 「じゃあ、明日はどうかしら?」
指揮 タクト: 「…………」
脱衣所へ足を向けようとしたタクトの動きが、不吉な予感とともにピタリと止まる。
指揮 タクト: 「明日?」
千歳 凪: 「明日も、こののどかな時間帯にお風呂へいらっしゃる?」
指揮 タクト: 「……まあ、ノルマが終われば来ると思うけど」
千歳 凪: 「そう、よかったわ」
凪は、暗夜に突然太陽が昇ったかのような、あまりにも嬉しそうな笑顔を咲かせた。
千歳 凪: 「じゃあ、明日もまたここでお会いできるわね」
指揮 タクト: 「いや、だから、ただの偶然だろ?」
千歳 凪: 「ええ」
凪は深く、満足げに首肯した。
千歳 凪: 「ただの、素敵な偶然(確定演出)よね」
その絶対の自信に満ち溢(あふ)れた微笑みに、タクトはなぜか、心臓を冷たい指で直接掴(つか)まれたような強烈な悪寒を覚えた。
指揮 タクト: 「…………」
考えすぎだ。 きっとこの世界に来て、俺の自意識過剰が極限まで加速しているだけだ。
タクトは今日何度目か分からない 「都合のよい呪文」 を自分自身に言い聞かせた。
指揮 タクト: 「じゃあな、千歳もお気をつけて」
水面を蹴るように勢いよく、急いで湯船から這(は)い上がる。 そうして逃げるような足早さで、脱衣所へと向かって歩き出した。
千歳 凪: 「待っていてね、タクトくん」
その背中に向かって、白煙の向こうから甘く、そして鉄の如く重い声音が飛んできた。
千歳 凪: 「明日もきっと――」
ほんの僅(わず)かな、溜(た)めの間(ま)があった。

千歳 凪: 「運命が、私たちを必然(偶然)に引き合わせてみせるから」
指揮 タクト: 「…………」
タクトは決して背後を振り返らなかった。 すべては都合の良い幻聴だったのだと、脳内から強引に消去した。
そうして極限の速度で衣服を身に纏(まと)い、靴を履き、引き戸を開け放ち、宿舎の廊下へと這(は)う這(は)うの体(てい)で逃れ出た。
指揮 タクト: 「…………ふぅ」
山から吹き込む冷たい空気に触れて、ようやく肺の奥の熱を吐き出すことができた。
静まり返る廊下を足早に歩きながら、タクトは独り言のように首を傾(かし)げる。
指揮 タクト: 「……偶然って、こうも二日連続でピンポイントに発生するものなのか?」
その切実な疑問に対し、冷たい無機質な壁が答えてくれるはずもなかった。
ただ――。
白く煙る広大な浴場の中では。
凪がただ一人、静かに広がる湯の波紋を見つめながら、陶酔(とうすい)を孕(はら)んだ貌(かたち)でひどく幸せそうに微笑み続けていた。
明日も。 その次の日も。
彼女はもう、最愛の彼を絶対圏内へと手繰り寄せるための、次なる『確定ガチャ(偶然)』のレバーを全力で回すつもりだった。
指揮 タクト: 「……ハァ、ハァ……っ」
タクトは己の宿舎の自室へ逃げ帰るなり、硬いベッドへ顔面から倒れ込んだ。

指揮 タクト: 「……マジで何なんだよ、あいつは……」
煤(すす)けた天井の染みを、死んだ魚のような澱(よど)んだ目で見上げる。
身体には肉体的な疲労など微塵(みじん)もありはしない。 鉱山で午前中いっぱい働き、あんなに必死の形相で走って逃げてきたというのに、筋肉痛どころか汗すらほとんどかいていないのだ。
それなのに。 現代人としての精神(メンタル)だけが、ひどく泥のように疲労困憊(ひろうこんぱい)していた。
混浴温泉。
千歳 凪(ちとせ なぎ)。
二日連続で発生した、ピンポイントすぎる悪魔的な偶然。
彼女の口にした、運命という甘い呪縛。
そして何より――すべてを見透かしたような、あの狂気的なまでの完璧な笑顔。
指揮 タクト: 「…………」
思い出すだけで、胃の腑(ふ)がせり上がり、こめかみがガンガンと激しく痛む。
タクトは両手で自らの顔を覆った。
指揮 タクト: 「……大丈夫だ、落ち着け」
必死に自分を律するように言い聞かせる。

指揮 タクト: 「俺はまだ、十分にまともだ。 正気をがっちり保っている」
不条理な異世界に召喚された。 挙句(あげく)、変な固有スキル(《ラッキーH》)を貰(もら)ってしまった。
自分を魔王だと言い張る美少女に付きまとわれ、さらにその魔王軍の幹部を名乗るヤバい三人娘まで我が家に押しかけてきた。
そうして最近では、なぜか本物の三ツ星レストラン級の極上焼き鳥(ワイバーン)まで、お昼休みに空間転移で出前されるようになったのだ。
……。
指揮 タクト: 「いや、客観的に見て十分おかしいな、俺の人生」
タクトは小さく、自嘲気味に呟(つぶや)いた。
だが、どれほど深く思索に耽(ふけ)ったところで仕方のないことだ。
フルートさんたちが、ああいう徹底的に凝り固まった設定遊び(ロールプレイ)を愛してやまないのは、もう十分に理解している。
自分を 「魔王様」 と神聖視して崇める。 架空の軍事作戦を立案する。 敵の飛竜を五百頭倒したことにする。 その戦利品を下処理したことにする。
そして今日はその延長線上で、なぜか本格的すぎる『焼き鳥弁当』まで自作して届けてくれた。
本人たちが心の底から楽しそうなのだから、それでいい。
タクトとしても、この手厚い待遇は別に嫌いではなかった。
 何より――あの焼き鳥は、思い出すだけでも目頭が熱くなるほど美味(おい)しかったのだ。
指揮 タクト: 「……そうだ」
そこで、タクトは直面している重要な懸案事項を思い出した。
指揮 タクト: 「引っ越しの件、フルートさんにも事前に言っておかないとな」
タクトはベッドからのそりと身を起こした。
そうして、自分の額へ人差し指を当てる。 いつもの直通の念話を繋(つな)いだ。
指揮 タクト: (フルートさん、今聞こえる?) 返答は、一秒の遅滞すらなく脳髄へと返ってきた。
フルート: 『はい、魔王様』 声の張りだけで、彼女が向こう側で居住まいを正し、完璧な臣下の礼をとっている情景が手に取るように分かる。
フルート: 『いかがなさいましたか。 もしや、先ほどの昼食の味付けに何か不手際でもございましたでしょうか』
指揮 タクト: (いや、お弁当は本当に最高だったよ。 それとは別件でさ、さっき監督官から聞いたんだけど) タクトは、今日坑道で言い渡された話をそのままのニュアンスで伝える。
指揮 タクト: (俺が今働いてる浅い鉱脈、お前たちのサポート(ごっこ遊び)のおかげか、もうすぐ枯渇するらしいんだ) フルート: 『……枯渇、にございますか』 指揮 タクト: (うん。 それで、近いうちにもっと山の奥深くに、新しい採掘場を作るらしくてさ) フルート: 『…………』 指揮 タクト: (かなり危険なエリアらしいんだけど、安全班も増やすみたいだし、何より『危険手当』がドカンと出るんだって) フルート: 『…………』 フルートからの返事が途切れる。
指揮 タクト: (フルートさん?) フルート: 『……はい。 しかと、拝聴しております』
指揮 タクト: (それでさ) タクトは、少し嬉しそうに声を弾ませて続けた。
指揮 タクト: (そこにね、新しい宿舎も建つんだって) フルート: 『……!』 指揮 タクト: (今使っているところよりずっと、広くて快適な部屋になるらしいんだよ) フルート: 『…………!!』 指揮 タクト: (しかも、真新しい温泉まで完備されてるらしい)
沈黙。
長い。 妙に、意識の底が息苦しくなるほど重い沈黙だった。
 指揮 タクト: (……フルートさん?)
フルート: 『魔王様』 指揮 タクト: (うん) フルート: 『一つだけ、確認をさせていただいてもよろしいでしょうか』 指揮 タクト: (なに?) フルート: 『その 「危険なエリア」 というのは――』
指揮 タクト: (ああ) タクトは脳内で軽く頷(うなず)いた。
指揮 タクト: (採掘場の深層エリア、って言ってたかな。 まだ誰も足を踏み入れていない未開拓の場所らしいよ) フルート: 『…………』 指揮 タクト: (まあ、得体の知れない凶暴な魔獣も這(は)い出してくるらしいけど) フルート: 『…………』 指揮 タクト: (こっちにはお前たち(のバフ設定)もいるし、自衛くらいはたぶん大丈夫だろ)
フルートの声のトーンが、ほんの少しだけ、悍(おぞ)ましき凄(すご)みを帯びて一段と低く沈んだ。
フルート: 『……なるほど、すべてを理解いたしました』
指揮 タクト: (それでね) タクトは、いよいよ本題へと切り込んだ。
指揮 タクト: (俺、そっちの深層エリアへの転属願いを出そうと思ってるんだ) フルート: 『…………』 指揮 タクト: (せっかく広くていい部屋ができるんだから、できるだけ早く引っ越したいしね)
四畳半。 短い付き合いだった。 底辺労働者のタコ部屋なりに、それなりの愛着はある。
だが――。
広い間取り、真新しい温泉、そして給料の超大幅アップ。
これほど魅力的な待遇(インセンティブ)が揃(そろ)いすぎていては、迷う理由などどこにもなかった。
指揮 タクト: (だから、さ) タクトは、まるで学校の部活動の合宿でも提案するような気軽さで言葉を継いだ。
指揮 タクト: (君たちもね、今のアジト(黒狼館)からこっちに合流して一緒に住むかどうか、適当に考えておいてよ)
フルート: 『………………っ!』 今度こそ、明白に。
あの冷徹なフルートが、激しく息を呑(の)んだ悍(おぞ)ましい気配が、はっきりと脳内へ伝わってきた。
フルート: 『魔王様……っ!』 指揮 タクト: (ん?) フルート: 『それは……それは真に……』 氷の総司令官たる彼女の誇り高き声音が、激しい歓喜と畏怖(いふ)によって、小刻みに打ち震えている。
 フルート: 『つまり、我が主(あるじ)よ……』 そうして、畏(かしこ)まった沈黙の果てに。
フルート: 『――ついに、その刻限(とき)が満ちたのでございますか』
指揮 タクト: 「?」
タクトは不審そうに小首を傾げた。
フルート: 『魔王様ご自身が、この安全な後方(浅層エリア)を捨て去り――』 指揮 タクト: (……?) フルート: 『魔獣の巣食う奈落の魔境、ひいては敵国と隣接する、あの血塗られた『最前線(深層エリア)』へ、自らの御身を御身を投じられるという……っ!』 指揮 タクト: (え、ちょっと待って?) フルート: 『これこそが……世界へ向けた、至高の『宣戦布告』に他なりません……!!』
指揮 タクト: 「は?」
タクトはベッドの上で、完全に石像のように硬直した。
何を言っているのだ、このメイドは。 本気で一文字も、その文脈が理解できない。
指揮 タクト: (いや、ちょっと待ってフルートさん) タクトは慌てて、全力で火消しのために念話を遮った。
指揮 タクト: (違う違う、大いなる勘違いだよ。 宣戦布告とか、そんな物騒極まりない話じゃ断じてないから!) フルート: 『…………!』 指揮 タクト: (ただの引っ越し。 少し条件のいい、普通のライフスタイルのお引っ越しだから) フルート: 『…………』 指揮 タクト: (待遇が手厚い新しい採掘場で、のんびり働くって、ただそれだけのことだから) フルート: 『…………』
フルートは重々しく黙り込んでいる。
その、こちらの発言を都合よく極大解釈しているに違いない沈黙の気配が、妙に薄寒くて怖い。
指揮 タクト: (ねえ、聞いてる、フルートさん?) フルート: 『――しかと、承知いたしました』 指揮 タクト: (いや、だからさ――) フルート: 『魔王様の深遠なる御意図、しかと魂の底底へと刻み込みました』 指揮 タクト: (絶対一ミリも理解してないだろ、これ)
そう激しくツッコミを入れようとした。
だが、まさにその次の瞬間であった。
フルート: 『ただちに、全軍および本陣へこの大いなる天啓(てんけい)を通達いたします!』 指揮 タクト: (え? ちょっと待って?) フルート: 『魔王様は――』 フルートの声が、かつてないほどに力強く、世界を震撼(しんかん)させるほどの覇気に満ち溢(あふ)れたものへと変質していく。
フルート: 『押し寄せた飛竜五百頭を朝食の焼き鳥へと一瞬で変えられたその後、ついに、ご自身の手で最前線の平定へと打って出られる、と!』
指揮 タクト: 「ちょっと待ってくれ!!」
タクトは思わずベッドから飛び起きた。
 指揮 タクト: (何でそんな恐ろしい方向へ話が飛躍するんだよ!) しかし、狂信の主従関係のパスは止まらない。
フルート: 『御意のままに!』 指揮 タクト: (だから違うってば!) フルート: 『全軍へ、ただちに新たなる『大進軍』の勅命(ちょくめい)を伝達いたします!』 指揮 タクト: (頼むから一瞬だけでいいから俺の話を聞いて!) フルート: 『我々側近一同も、魔王様の新たなる至高の玉座(前線基地)――』 指揮 タクト: (玉座じゃない! ただの、今よりちょっとだけ広くて快適な宿舎の部屋!) フルート: 『新居(魔王城)の建設準備、ならびに周辺に巣食うあらゆる敵対勢力の『完全排除(お掃除)』を開始いたします!』 指揮 タクト: (そんな物騒なことしなくていい! どこまでも穏便に頼むよ本当に!!)
だが、そこで――。
フルート: 『――魔王様』 フルートの声が、一瞬だけ、すべてを慈しむ聖母のように優しく静まり返った。
フルート: 『すべて、このフルートにお任せくださいませ』 指揮 タクト: (だから、何を任せろって……) フルート: 『今度こそ』 その声音の奥底には。 たとえ世界を焦土へと変えてでも彼に付き従うという、狂信的な絶対の忠誠が脈打っていた。
フルート: 『我々も、必ずや魔王様の御傍(おそば)へ馳(は)せ参じます』
――プツン。
強制的に、脳内を繋(つな)いでいた念話のパスが切断された。
指揮 タクト: 「…………」
部屋に、元の狭苦しい静寂が戻る。
タクトは、しばらくの間、何もない虚空に向かってマヌケに手を伸ばしたまま、石像のように立ち尽くしていた。
そうして――。
指揮 タクト: 「……まあ、いいか」
実にあっさりと、考えることを諦めた。
どうせ、いつもの大げさすぎる妄想遊び(ロールプレイ)の範疇(はんちゅう)だ。 フルートさんたちは、本当にそういう重厚でダークな世界観の構築が趣味なのだろう。
 魔王軍の進軍、血塗られた最前線、世界への宣戦布告、新たなる至高の玉座。
……。
指揮 タクト: 「設定、相変わらず無駄に細かくて凝ってるなぁ」
タクトはベッドへどっしりと腰を下ろした。 よもや、彼女たちが本当に本物の大軍隊を統率し、動かしているなどとは微塵(みじん)も思っていない。
まして。
自らの 「給料が上がるから広い部屋に引っ越したい」 という、極めて小市民的な一言が、東方魔王軍の全軍へ『最前線への総進軍命令』として血文字で伝達されているなど――。
夢にも知る由(よし)はなかった。
◇
同じ頃。
遥(はる)か遠方、東方戦線の各戦区では――。
一人の魔族の伝令兵が、受け取った最高司令官からの命令書を、歓喜のあまりにガタガタと震える手で固く握り締めていた。
魔族伝令兵: 『――我らが魔王様、ついに、最前線へ御出陣あそばされるぞ……!!』
また別の、国境沿いの防衛線においては――。
十年間もの長きにわたり、絶対防衛の任に就いて停滞を余儀なくされていた精鋭部隊が、血に飢えた獣のような咆哮(ほうこう)を上げた。 彼らは一斉に陣幕を畳むと、西の最前線へ向けて地鳴りのような進軍を開始する。
 国境監視所に詰めていた人間の王国兵たちは、大地を激しく揺るがすその異変に直面し、恐怖によって顔を引き攣(つ)らせるほかなかった。
そして――。
東方魔王軍の総本山たる、巨大な黒曜石の城塞では。
十年の沈黙の歳月を破り、全軍へ向けた出撃の大号令の布告が、厳(おごそ)かに、そして狂信的な熱狂とともに進められていたのだ。
世界を揺るがすそのすべての元凶が。
指揮 タクト: 「新しい部屋、温泉付きだし本当に楽しみだな」
煤(すす)けた四畳半のベッドにごろりと寝転がりながら、そんなことを呑気(のんき)に夢想している一人の少年だとは――。
神ならぬ身の誰も、知る由(よし)もない。
もちろん、当の本人でさえ、一ミリたりとも自覚していなかった。
指揮 タクト: 「とりあえず……」
タクトは、木製の机の上に置いてあった己の妄想の産物――あの『設定ノート』を愛おしげに開いた。
インク瓶に羽ペンの先を浸し、まっさらな白紙のページと対峙する。
指揮 タクト: 「明日も、安全第一でしっかり定時退社だな」
口元に、小さく幸福そうな微笑みを浮かべる。
 そうして――。
世界の裏側で、再び巨大な戦争の濁流が渦巻こうとしていることなど露(つゆ)ほども気づかぬまま。
タクトは、明日の自分のためのささやかで平和な予定を、ノートの隅へ穏やかに書き連ねていくのであった。
南王国・王城の中心に位置する、壮麗なる謁見(えっけん)の間。
今、この広大な空間は、窒息しそうなほどに重苦しい静寂によって支配されていた。
玉座を幾重にも囲むように居並ぶ王国の重鎮たちの顔には、一様に色濃い恐怖と、拭いきれぬ疲労が張り付いている。
誰一人として――ただの一人も、軽々しく口を開こうとはしなかった。
ただ、その沈黙のなかで。
玉座の御前(ごぜん)において、泥と魔獣の返り血に汚れた軍服のまま片膝をついている男を、全員が食い入るように凝視していた。
王国軍が誇る歴戦の猛将。
ダッシュ・レイン。

ダッシュ・レイン: 「――以上が、《死喰(く)い谷》における東方魔王軍・最高幹部との接触、および奇跡的な生還に至るその一部始終にございます」
極めて冷静にして、どこまでも静かな声音であった。
だが、その報告がもたらした現実は――王国中枢がこれまで積み上げてきた軍事的・政治的な常識を、文字通り根底から粉砕するものであったのだ。
老将軍: 「……待て」
やがて、凍りついた沈黙に耐えかねたように、白髭(しらひげ)を蓄えた穏健派の老将軍が、震える声を絞り出した。
老将軍: 「ダッシュ将軍」
ダッシュ・レイン: 「はっ」
老将軍: 「にわかには信じ難い。 もう一度だけ、確認をさせてもらいたい」
老将軍は、カラカラに渇いた喉を鳴らして生唾(なまつば)を飲み込んだ。
老将軍: 「東方魔王軍の最高司令官――あの『氷の悪魔』が、直々に」
ダッシュ・レイン: 「はっ」
老将軍: 「我々の王都近郊に長年潜伏し、治安を脅かしていた黒狼団を……一夜にして完全に壊滅させた、と」
ダッシュ・レイン: 「はい」
老将軍: 「そして――」
老将軍の声が、恐怖によってさらに細く震える。
老将軍: 「奪還した盗品と膨大な戦利品のすべてを……『我々の手柄にしてよい』と、我が軍へ無償で譲渡した、というのか」
ダッシュ・レイン: 「間違いございません。 一切の見返りを求めず、ただ持ち帰れ、と」
重臣たち: 「…………」
再び、奈落の底のような深い沈黙が広間を埋める。
重臣たちは互いに顔を見合わせ、現実を拒絶するかのような眼差しを交わし合うほかなかった。
老将軍: 「……なんという」
老将軍が、ゆっくりと震える両手で自身の顔を覆った。
老将軍: 「なんという、恐るべき深謀遠慮(しんぼうえんりょ)か……!」
周囲の誰かが、喉の奥でヒュッと息を呑(の)んだ。
老将軍: 「圧倒的な武力を見せつけ――」
老将軍は、絶望に満ちた指を一本ずつ折り立てていく。
老将軍: 「我々の目前で、武装した盗賊団を一方的に蹂躙(じゅうりん)して制圧してみせる」
二本目。

老将軍: 「そうして、その輝かしい戦果を、あえてすべて我々へと無償で譲渡する」
三本目。
老将軍: 「一方的に恩を売り――」
重臣たち: 「…………」
老将軍: 「到底返しきれぬほどの、巨大な政治的『借り』を我々に背負わせたのだ」
謁見の間の空気が、冷えた鉛のようにさらに重苦しく沈み込んでいく。
老将軍: 「これは……」
老将軍が、歪(ゆが)んだ顔をゆっくりと持ち上げた。
老将軍: 「我が南王国に対する、絶対的な『隷属(れいぞく)』の要求ではないのか?」
重臣A: 「隷属……にございますか?」
別の重臣が、裏返った引き攣(つ)り声で呟(つぶや)く。
老将軍: 「そうだ」
老将軍は、確信を込めて重々しく頷(うなず)いた。
老将軍: 「『我々は、貴国の領内に巣食う勢力など、いつでも容易く排除できる』という絶対的な武力の誇示」
誰かが己の喉を締め付けられるように押さえる。
老将軍: 「『そして、お前たちの命を奪わず、成果まで譲る余裕すらある』という底知れぬ精神的屈服の強要」
沈黙。
老将軍: 「つまり――」
老将軍の貌(かたち)が、死人のように青ざめていく。
老将軍: 「いつでも我が国を滅ぼせる力を誇示しながら、あえて今は滅ぼさない。 我々に莫大な恩義を押し付け、今後の外交的選択肢を完全に奪い去っているのだ」
重臣たち: 「…………」
老将軍: 「これは『我らの軍門に降れ』という――」
老将軍はそれ以上の言葉を失い、無惨に項垂(うなだ)れた。
重臣B: 「いや……」
別の重臣が、恐怖に震える声でその先を継いだ。
重臣B: 「我が国を属国化へと追い込む、事実上の『最後通牒(さいごつうちょう)』……っ!」
重臣たち: 「…………っ!」
謁見の間に、堰(せき)を切ったような絶望のざわめきが広がった。
 だが、そこで一人の重臣が、ふと根源的な疑問を口にした。
重臣C: 「しかし……なぜ、よりによって『今』になって動き出したのだ?」
その一言に、全員がハッとして口を噤(つぐ)んだ。
重臣C: 「東方魔王軍は」
重臣は、広間を見渡しながら言葉を紡ぐ。
重臣C: 「この十年間、一切の対外侵攻を行わず、絶対防衛の沈黙を守り続けていたはずだ」
重臣D: 「そうだ」
重臣E: 「十年前に『東の魔王』が突如として玉座から姿を消して以来、奴らは頑なに自陣へと引きこもっていた」
重臣F: 「それが……」
誰かが、最悪の真理に思い至ったかのように声を震わせた。
重臣F: 「ここへ来て突然、明確にして苛烈な意思を持って動き始めたというのか……」
まさに、その瞬間であった。
――バーーーンッ!!
謁見の間の重厚な鉄扉が、乱暴に弾け開いた。
情報部中央長官: 「陛下!!」
血相を変えた男が、床を転がり込むようにして飛び込んでくる。
王国のすべての諜報を統括する、情報部の中央長官であった。
重臣G: 「何事だ、不敬であろう!」
玉座に腰掛けていた国王が、弾かれたように立ち上がる。
国王: 「これ以上、我が南王国に最悪の報せがあるというのか!」
情報部中央長官: 「は、はっ!」
長官は乱れた呼吸を整える暇すら惜しむように、叫ぶがごとく報告した。
情報部中央長官: 「東方情勢について、国家の根幹を揺るがす緊急の急報がございます!」
国王: 「申せ!」
情報部中央長官: 「昨日の未明にございます!」
広間にいる一同が、固唾(かたず)を呑んでその身を強張らせる。

情報部中央長官: 「東の国境へ向けて、大規模な侵攻を開始していた敵対勢力――」
長官は、自らの眼を疑うような事実を口にするように声を張り上げた。
情報部中央長官: 「その先鋒部隊、優に三万を超える軍勢が!」
一拍。
情報部中央長官: 「一切の大規模交戦の痕跡すら残さぬまま、突如として侵軍を停止し……一夜にして完全撤退いたしました!」
国王・重臣たち: 「…………なんだと?」
謁見の間の大気が、一瞬にして完全に凍結した。
国王: 「三万だぞ……? あの傲慢(ごうまん)で好戦的な西の軍勢が、三万もの物量を誇りながら、だぞ!?」
情報部中央長官: 「はっ!」
国王: 「大規模な交戦は起きなかったというのか!?」
情報部中央長官: 「一切、確認されておりません!」
国王: 「我が南王国軍の損害は!?」
情報部中央長官: 「皆無にございます! 敵軍はただ、何かに怯(おび)えて自滅するかのように退いていきました!」
国王・重臣たち: 「…………」
理解が追いつかない。
いや、理解したくなかったのだ。 あまりにも人智を超えたその不可解な軍事戦略(実際はタクトがただ橋を落としただけ)の前に、国家の重鎮たちの思考は完全に機能不全に陥っていた。
そうして――情報部長官は、さらに絶望の深淵へと叩き落とす次なる急報を口にする。
情報部中央長官: 「さらに――」
その場にいた誰もが、心臓を冷たい指で直接鷲掴(わしづか)みにされるような、最悪の予感を覚えた。
情報部中央長官: 「昨夜、東方の絶対死地の上空を完全に覆い尽くしていた、あの飛竜王の空中艦隊についてでございます……」
長官の貌(かたち)が、恐怖のあまりにひどく引き攣(つ)る。
情報部中央長官: 「優に五百頭を超えるという、あの凶暴なワイバーンの大群が……っ!」
彼の唇が、ガタガタと情けなく震えていた。
情報部中央長官: 「たった一撃の、観測史上例のない極大魔法によって、夜空の雲ごと一瞬にして『消し炭(調理)』にされたとの、凄まじい魔力観測報告が上がっております……!」
国王・重臣たち: 「…………」
国王・重臣たち: 「…………」
国王・重臣たち: 「…………」
もはや、ただの一人も声を出すことすら叶(かな)わなかった。
ワイバーン五百頭。
 それは、単なる獰猛(どうもう)な魔獣の群れなどではない。 天空を埋め尽くし、一国家を数日のうちに滅ぼし尽くすに足る絶対的な暴力の象徴だ。
通常であれば、王国の全軍事力を結集し、泥沼の消耗戦を強いられたとしても、容易には対処できない破滅の具現。
それが。
一瞬。
あの空の覇者たる五百頭が、ただの一撃で、塵(ちり)すら残さず消し去られたのだ。
重臣H: 「……そんな不条理が、現実に」
誰かが、魂の抜け殻のような声でぽつりと呟(つぶや)いた。
もはや、応じる返事などどこにもない。
だが、この場に平伏していた全員が、抗(あらが)いようのない、ただ一つの冷酷な結論へと辿(たど)り着いていた。
この世界において、それほどの規格外の暴力を、ただ一言の号令で可能にする絶対的な存在など――。
世界の歴史上、一つしか存在しないのだ。
国王: 「…………帰還、されたのだ」
玉座に深く身を沈める国王が。
 深い皺(しわ)の刻まれた額をきつく押さえながら、掠(かす)れた声でその絶望を口にした。
国王: 「十年間……完全に姿を消し、死に絶えたとさえ噂(うわさ)されていた……」
ゆっくりと、すべての気力を失った顔を持ち上げる。
国王: 「あの『東の魔王』が……ついに、玉座へと帰還されたのだ……」
その忌まわしき悪名が玉座から零(こぼ)れ落ちた瞬間。
謁見の間を支配する温度が、物理的に一段と下がったかのように錯覚された。
誰も否定しなかった。 否定できるだけの都合の良い理屈など、どこにも存在しなかった。
その凍てついた沈黙のただ中で。
ダッシュ将軍だけが、泥と返り血に塗(まみ)れたまま、静かに頭(こうべ)を垂れていた。
ダッシュ・レイン: 「……陛下」
国王: 「……何だ、ダッシュ将軍。 まだ何かあるというのか」
ダッシュ・レイン: 「私から、もう一つだけ」
国王が、重苦しく顔を上げる。
ダッシュ・レイン: 「申し上げねばならない、最重要たる軍事機密がございます」
ダッシュは、歴戦の軍服の襟を厳(おごそ)かに正した。
ダッシュ・レイン: 「……帰還された東の魔王。 および、東方魔王軍が築きつつある『新たなる本拠地』についてでございます」
国王: 「…………」
ダッシュ・レイン: 「現在、奴らの最高幹部および本陣の全軍は――」
一拍。
ダッシュ・レイン: 「我が王都の目と鼻の先――『北方鉱山』。 その周辺エリアへと、大規模に進軍し、拠点を移しつつあります」
重臣たち: 「…………っ!!」
重臣たちが、一斉に悲鳴のような息を呑(の)んだ。

重臣I: 「北方鉱山……だと!?」
重臣J: 「我が国の軍事的な生命線である資源採掘施設の、まさに目と鼻の先ではないか!」
重臣K: 「国家の心臓部のすぐ傍(そば)に、あの魔王軍の本陣が陣取ったというのか!」
ダッシュ・レイン: 「その通りにございます」
ダッシュは、地を這(は)うような声音で重々しく首肯した。
ダッシュ・レイン: 「しかも、奴らはすでに近隣へ強固な橋頭堡(きょうとうほ)を築きながらも、監視に赴いた我ら王国軍に対し、一切の敵対行動を起こしませんでした」
国王・重臣たち: 「…………」
ダッシュ・レイン: 「むしろ――」
ダッシュは慎重に、一言ひとことの言葉を吟味するように選ぶ。
ダッシュ・レイン: 「こちら側へ、明確にして絶大な『友好的な意思』を示しているのです」
国王: 「友好的……だと?」
国王が、現実を拒絶するかのような掠(かす)れた声で呟(つぶや)いた。
だが、その場にいる誰一人として安心などできなかった。
人知を超えた圧倒的な武力、国家を消し炭にする戦力差を持つ上位者から示される『友好』ほど、政治的に不気味で恐ろしいものはないからだ。
ダッシュ・レイン: 「……もし」
ダッシュが、軍人としての冷徹な最悪のシミュレーションを口にする。
ダッシュ・レイン: 「こちらが少しでも不敬な敵対の意思を示し、あの怪物たちと交戦状態に陥れば」
謁見の間は、波一つない凪(な)いだ海のように静まり返った。
ダッシュ・レイン: 「我々に、万に一つの勝ち目すらございません。 ただの一撃で、この南王国は地図の上から永遠に消し飛びます」
国王・重臣たち: 「…………」
ダッシュ・レイン: 「ゆえに、いかなる理由や大義があろうとも、奴らとの全面交戦は絶対に避けるべきかと存じます」
そうして――。
ダッシュ・レイン: 「我が国が滅亡を回避し、生き残るためには――」
ダッシュは床に額を擦(こす)り付けるように深く、国王に向かって頭(こうべ)を垂れた。
ダッシュ・レイン: 「ただちに国王陛下より直々に親書を送り、東方魔王軍との『正式な友好関係』――事実上の不戦条約を結ぶほか、国家の生き残る道は残されていないと考えます」
国王: 「…………うむ」
国王はしばらくの間、内臓を引き裂かれるような苦痛に満ちた面持ちで、固く目を閉じていた。
やがて――ゆっくりと、鉄の如く重い首を縦に振る。

国王: 「ダッシュ将軍の進言通りだ」
それは、国家の存亡を双肩に懸けた、最高権力者としてのあまりにも苦渋に満ちた決断であった。
国王: 「これより先、いかなる大義名分があろうとも、あの東方魔王軍を刺激することだけは絶対に許されぬ」
ダッシュ・レイン: 「はっ、御意に」
国王: 「大至急、極秘裏に親書の作成に取りかかれ」
国王は、玉座の絢爛(けんらん)たる肘掛けを、血が滲(にじ)み出るほどの膂力(りょりょく)で強く握り締めた。
国王: 「十年の沈黙を破りし、偉大なる東の魔王へ」
そうして、掠れきった声を限界まで絞り出す。
国王: 「我が南王国から、全面的な平伏(友好)の意思を表明するのだ」
――こうして。
南王国の国家中枢は、己の知らぬ間に。
指揮 タクト: 「さて、そろそろ引っ越しの準備でも始めなきゃな」 とベッドの上で呑気(のんき)に身構えている、一人のEランク採掘士の少年を中心とした。
世界の歴史上、あまりにも奇妙で歪(いびつ)な『友好外交』の泥沼へと、取り返しのつかないその一歩を踏み出すことになったのである。
緊迫した軍議が終わり、重厚なオーク材の扉が鈍い音を立てて閉ざされた。
最悪の絶望を背負って謁見(えっけん)の間を去っていく、国王と穏健派の重臣たち。
その疲弊しきった背中を、薄暗い王城の地下回廊の陰から、じっと冷徹な視線で見送る一団がいた。
大神官: 「――我が王も、すっかり老いぼれたな」
金糸の壮麗な法衣を纏(まと)った大神官が、心底見下したように鼻で笑った。
 王国の神殿勢力を牛耳る高位の聖職者であり、国家中枢において有数の強硬派(タカ派)として知られる傲慢(ごうまん)な男であった。
大神官: 「あの東方魔王軍が、一体何をしたというのだ?」
大理石の床を乱暴に踏み鳴らしながら、大神官は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
大神官: 「空から飛竜の群れが消え失せた? 王都近郊のチンピラ盗賊団を一方的に蹂躙(じゅうりん)した? だからどうしたというのだ」
大神官は唐突に足を止め、背後に影のように付き従う貴族たちを冷たく振り返った。
大神官: 「所詮は、野蛮な魔物どもによる不毛な縄張り争い(小競り合い)の延長線上に過ぎん」
貴族たち: 「…………」
大神官: 「それを『東の魔王が真の帰還を果たした』などと大げさに騒ぎ立ておって。 滑稽(こっけい)極まるわ」
口の端から、醜い嘲笑(ちょうしょう)が漏れ出していた。
大神官: 「十年間もの長きにわたり、歴史の表舞台から完全に姿を消していた臆病者が、今さらひょっこり戻ってきたところで、我が神聖なる光の力の前に何ができるというのだ」
貴族A: 「しかし、猊下(げいか)」
取り巻きの貴族の一人が、誰もいない周囲を気にしながら慎重に口を挟んだ。
貴族A: 「あの戦場を知り尽くしたダッシュ将軍が、顔面を真っ青に染めて『東方魔王軍との交戦は絶対に避けるべきだ』と強く具申しておりました。 万に一つの勝ち目もない、と……」
大神官: 「ダッシュだと?」
大神官が、忌々(いまいま)しげにその両眸(りょうぼう)を細めた。
大神官: 「あの男は、ただ老いたのだ」
冷酷に、その名声を切り捨てる。
大神官: 「長年、血と死の匂いが立ち込める戦場に身を置きすぎたせいで、肝がすっかり縮み上がっている。 ありもしない幻影(おばけ)を恐れ、敵を過大評価しすぎているに過ぎん」
貴族B: 「……なるほど。 猊下のご指摘、確かにその通りにございます」
貴族たちが、我が意を得たりとばかりに深く頷(うなず)いた。
彼らは、本物の『戦場』という凄惨(せいさん)な現実を何一つとして知らないのだ。
鼻腔(びくう)を焼く血と臓物の悪臭も、鼓膜を破る魔獣の凶暴な咆哮(ほうこう)も、人智を超えた暴力がもたらす圧倒的な絶望も――兵士が一人、無惨に死に絶えるということの泥臭い生命の重ささえも。
安全な王都の堅牢(けんろう)な壁の内で、温々と生き永らえてきた彼らにとって、戦争とは。
 机上に広げられた羊皮紙の地図の上に並べられた木駒と、報告書に記された無機質な数値の増減に過ぎなかった。
だからこそ。
大神官: 「むしろ――」
大神官は、狡猾(こうかつ)な権力者の貌(かたち)で醜く口元を吊り上げた。
大神官: 「今こそが、我々にとって千載一遇の好機ではないか」
貴族C: 「好機……と申されますと、猊下?」
大神官: 「考えてもみろ」
大神官はさらに声を潜め、邪悪な響きを帯びた声で囁(ささや)いた。
大神官: 「敵の新たなる拠点は、幸運なことに我が王都のすぐ目と鼻の先にあるのだぞ」
貴族たち: 「…………」
大神官: 「そして、王やダッシュの臆病な妄言をそのまま信じるなら、敵はたった一撃で五百頭の飛竜を消し飛ばすほどの不条理な力を持っているらしい」
貴族たち: 「…………」
大神官: 「ならば――」
大神官は、歪(ゆが)んだ笑みをますます深めた。
大神官: 「王たちがその実体のない幻影を恐れて縮み上がっている隙を突き、こちらから先手を打って『東の魔王』の首を刎(は)ねてしまえばいいのだ」
貴族たちの顔に、次々と醜悪な野心に満ちた笑みが伝染していく。
貴族D: 「まさか、猊下……」
大神官: 「そうだ」
大神官は傲慢(ごうまん)に、鷹揚(おうよう)に頷いた。
大神官: 「我が神殿が召喚した、あの都合の良い『異世界の勇者』どもを、ここで兵器として使うのだ」
その言葉に、取り巻きの貴族たちの両眸(りょうぼう)が強欲な光を帯びた。
貴族E: 「神殿の秘儀によって召喚された、神に選ばれし無敵の者たち……!」
貴族F: 「我々だけが掌握した、Sランクの加護を持つ決戦兵器(勇者)たちですね!」
大神官: 「いかにも」
大神官は満足そうに自身の顎(あご)を撫(な)でた。
大神官: 「彼らを刺客として使う」
そうして、冷酷な宣告を付け足した。
大神官: 「忌まわしき東の魔王の首を、討たせるのだ」
貴族たち: 「…………っ!」
誰もがその強欲な筋書きに、興奮のあまり息を呑んだ。

貴族G: 「しかし……」
別の貴族が、おずおずと現実的な懸念を口にする。
貴族G: 「勇者殿たちは、召喚されてまだ数日しか経過しておりません。 まともな実戦経験も皆無にございます」
貴族H: 「先日より地獄のブートキャンプ(訓練)を開始したばかりで、魂のレベルもまだ『10』に届いていない者がほとんどかと……」
大神官: 「構わん」
大神官は、一切の躊躇(ちゅうちょ)なく冷酷に即答した。
大神官: 「奴らは神の絶対的な加護を持つ『勇者』なのだぞ」
貴族I: 「ですが、相手はあの東方魔王軍で――」
大神官: 「Sランクの加護があると言っているのだ」
大神官は、それだけで万物を肯定する絶対の理由になると言わんばかりに鼻を鳴らした。
大神官: 「彼らには圧倒的な才能という原石がある。 多少の無茶をさせたところで、そう簡単には壊れはせん。 死の淵(ふち)に立たせてこそ、真の力が覚醒するというものだ」
貴族たち: 「…………」
大神官: 「それに――」
大神官は、毒蛇のように冷たく双眸(そうぼう)を鋭く光らせた。
大神官: 「もしも、本当に勇者どもが東の魔王の首を討ち取ることができたならば」
その唇に刻まれたのは、どす黒い悪意を孕(はら)んだ薄笑いだった。
大神官: 「王国中の民衆は、一体誰を『真の救世主』として讃(たた)えると思う?」
誰も言葉を返さなかった。 だが、その甘美な答えは全員の脳裏に克明に共有されていた。
勇者をこの世界へ召喚し、正しく導いた偉大なる神殿。
勇者の出撃を背後から全面支援した、タカ派の貴族たち。
そして――そのすべての絵図を描いた、この大神官その人だ。
大神官: 「実体のない魔王軍の幻影に怯(おび)え、尻尾を巻いて不戦の親書を認め、魔族の足元に額を擦り付けようとしている弱腰の王とダッシュ将軍」
大神官は、五臓六腑(ごぞうろっぷ)から見下したように笑った。
大神官: 「それに対して我が神殿は、神の勇者を戦地へと送り出し、見事に魔王の首を刈り取って王国を破滅から救う」
貴族J: 「……王国の愚民どもが、どちらを狂信的に支持するかは明白にございますな」
大神官: 「そういうことだ」
貴族たちの間に、じっとりと湿った下卑(げび)た笑い声が広がっていく。
 戦争に勝てば、彼ら派閥の権力は揺るぎないものとなる。
東の魔王を屠(ほふ)れば、自分たち自身が王国の歴史に名を残す英雄になれる。
そうして――もしも王や穏健派がその独断の功績に異を唱えようものなら、 「魔王に魂を売った弱腰の老害」 という消えない烙印(らくいん)を押し、合法的に権力の座から引きずり落とすことができるのだ。
大神官にとって、他人の命(タクトのクラスメイトたち)をチップにしたこの盤面には、初めから『敗北』という概念そのものが存在しなかった。
――少なくとも、彼のどこまでも都合の良い無知な頭脳の中においては。
貴族K: 「では――」
一人の貴族が、揉(も)み手をしながら恭(うやうや)しく頭(こうべ)を垂れた。
貴族K: 「勇者殿たちへの『極秘の出撃命令』の件は、いかがいたしましょう?」
大神官: 「今すぐに出す。 ただちに準備を急がせよ」
貴族L: 「しかし、陛下の許可なく動かすのは……」
大神官: 「必要ないと言っている」
貴族M: 「ですが、国王陛下は現在、東方魔王軍への不可侵を示す親書をしたためておられます。 万が一にも、それが無駄に――」
大神官: 「だからこそ、今動くのだ」
大神官は、暗がりのなかで歪(ゆが)んだ三日月のような薄笑いを浮かべた。
大神官: 「王が呑気(のんき)に白紙の親書へ筆を走らせている間に、こちら側から実力行使という名の楔(くさび)を打ち込む」
貴族たち: 「…………」
大神官: 「我々は公式には、一切関与していないという体(てい)を貫けばいいだけのことだ」
その悍(おぞ)ましき言葉の真意に、貴族たちが一瞬だけ顔を見合わせる。
大神官: 「勇者どもが魔王を討ち果たせば、それは『我が神殿の正しき指導の賜物(たまもの)』であり、南王国の偉大なる歴史的勝利だ」
貴族N: 「もし……」
一人が、最悪の結末を恐れるようにおずおずと言葉を濁した。
貴族N: 「もし、万が一にも……勇者たちが魔王の前に敗れ、全滅するような事態に陥った場合は?」
大神官は――ほんの一瞬だけ、一切の感情を剥ぎ取った冷徹な沈黙を落とした。
だが、次の瞬間。

大神官: 「そのときは――」
吐き気を催すほどに平然と、慈悲の欠片(かけら)もない声音で答えてみせた。
大神官: 「未熟な勇者たちが浅薄な血気にはやり、我が神殿と軍の制止を力任せに振り切って『勝手に暴走した』ことにすればよいだけの話だ」
貴族たち: 「…………!」
誰も反論の言葉を返すことはなかった。
彼らには、自らの行動に責任を負う覚悟など、最初から一欠片(ひとかけら)も存在していないのだから。
大神官: 「行け」
大神官が、冷酷な響きを帯びた声で命じる。
大神官: 「勇者どもへ伝えよ」
貴族たち: 「はっ」
大神官: 「南王国の平和を脅かす、東方魔王軍を討て、と」
そうして、どす黒い野心を込めて付け足した。
大神官: 「忌まわしき『東の魔王』の首を、必ずや我が神殿に持ち帰れ、とな」
貴族たちは深く一礼し、悍(おぞ)ましき陰謀の匂いを残したまま、薄暗い回廊の奥底へと散っていった。
一人、また一人。 大理石を叩く冷たい足音が遠ざかり、虚空へと消えていく。
やがて、凍てついた地下回廊には、大神官だけがぽつりと残された。
大神官: 「……これでいい」
誰に言うでもなく、恍惚(こうこつ)とした表情で呟(つぶや)く。
大神官: 「忌々しい魔族を討ち果たし」
大神官: 「勇者を我が神殿の都合のいい英雄として祭り上げ」
大神官: 「そうして、老いた王を玉座から引きずり落とす」
我ながら、これ以上ない完璧すぎる筋書き(プロット)であった。
彼の強欲な双眸(そうぼう)には、自らの都合のよい未来の栄光しか、もはや映っていなかった。

――だが。
彼らは何一つとして知らない。
十年間沈黙を守り続けていた東方魔王軍が、今まさに何を待って、暗闇のなかで静かにその牙を研ぎ澄ましているのかを。
彼らは知らない。
五百頭もの空の覇者(ワイバーン)が一瞬にして消え去った、あまりにも不条理で理不尽な理由を。
西魔王軍の精鋭三万が、なぜ一切の交戦の痕跡すら残さず、自滅するように敗走していったのかを。
そうして――。
王都の目と鼻の先、北方鉱山の片隅に潜む一人の採掘士の少年が。
この一連の国家を揺るがす大天変地異の意味を――。
本気で、何一つとして理解していない、というこの世界の最大級の不条理を。
むろん、大神官は夢にも知る由(よし)がなかった。
 自分たちが今から暗殺の刺客を送り込もうとしている絶対的な最悪の対象が。
自らの浅薄な脳内で描き上げた『冷徹にして恐るべき東の魔王』とは――決定的に、そして根本からかけ離れた、ただサボりと定時退社を愛する一人の少年であることを。
 【第05章『ブラック勇者と、炭火焼きのワイバーン』 完】

|
あらすじ 異世界へ召喚された氷室怜たちのクラスは、王城で「天授の儀」を受け、魔法・固有スキル・ステータスとともにSからEまでのランクを与えられた。 多くの生徒が高ランクや強力な能力に熱狂する一方、指揮タクトは最底辺のEランクと《透視》スキルを宣告され、周囲から不審者扱いされて嘲笑される。 しかしタクトは反論せず、困ったように頭を掻くだけであり、怜はその落ち着きすぎた態度に、彼が本当に単なる外れ能力者なのかという違和感を抱く。 召喚後の三日間、勇者候補である生徒たちは王宮で手厚い歓待を受け、豪華な食事や寝室、形だけの訓練を与えられる。 王国は彼らを選ばれた英雄だと思い込ませるように接待するが、三日目の夜、地下の巨大浴場へ案内された際、騎士から戦時下では男女混浴が基本だと告げられる。 生徒たちは騒然となるものの、その浴場は単なる娯楽施設ではなく、体力・負傷・魔力・魂の穢れを回復させる軍事用の回復設備であり、戦闘員にとって入浴自体が重要な軍事行為であることが示される。 一方、大神官と強硬派の貴族たちは、召喚されたばかりで実戦経験も乏しく、魂のレベルも十分でない勇者たちを、東方魔王軍との戦いへ極秘に送り出そうとしていた。 慎重論が出ても、大神官はSランクの勇者なら多少の無茶では壊れず、死地に追い込めば真の力が覚醒すると冷酷に退ける。 大神官の真の目的は王国防衛だけではない。 勇者が東の魔王を討てば、勇者を召喚して導いた神殿と、その出撃を支援した強硬派貴族が救世主として民衆の支持を集め、不可侵の親書を用意する国王や穏健派を弱腰な裏切り者として失脚させられる。 反対に勇者たちが全滅しても、神殿と軍の制止を振り切って勝手に暴走したことにすればよく、大神官にとっては責任を負う必要のない政治的賭けにすぎなかった。 こうして大神官は国王の許可を無視し、東方魔王軍を討ち、東の魔王の首を持ち帰れという出撃命令を発する。 彼は魔族の討伐、勇者の英雄化、国王の追放という完璧な筋書きを思い描くが、東方魔王軍が十年の沈黙の裏で何を準備しているのか、五百頭のワイバーンが消えた理由や西魔王軍三万が不可解に敗走した理由を何も知らない。 さらに大神官は、王都近くの北方鉱山にいる採掘士の少年こそが、この異常事態の中心に関わる存在でありながら、本人はその重大さをまったく理解していないことも知らない。 大神官が恐れる冷徹な東の魔王の正体は、実際には怠けることと定時退社を好む一人の少年であり、彼らの陰謀は致命的な誤解の上に成り立っていた。
解説+感想+採点読みました。 第5章は「勇者側のブラック労働」と「タクト側のホワイト労働」を完全に反転させ、その裏で国家規模の戦争まで動き始める回ですね。
結論から言うと、かなり強い章です。特にギャグ・主人公のキャラクター性・世界情勢の進行・次章への引きが非常にうまく噛み合っています。
第5章『ブラック勇者と、炭火焼きのワイバーン』解説
1.章全体の構造が非常に綺麗
この章は大きく見ると、4段階になっています。
① 勇者たちの「異世界無双幻想」が崩壊
冒頭では、
Sランク Aランク 聖属性 勇者 王宮の豪華な待遇
によって、クラスメイトたちは完全に浮かれています。
一方でタクトだけがEランク。
そして怜が、
> 「あいつは本当に、ただの『Eランク(ハズレ)』に過ぎなかったのだろうか」
と疑問を持つ。
ここが後半への重要な布石です。
2.最大の見せ場は「混浴=軍事訓練」
この章で一番面白い発想です。
普通の異世界作品なら、
「男女混浴!」 → ラッキースケベ!
になるところを、この作品では、
「男女混浴!」 → 生徒同士による実戦形式のサバイバル訓練
にひっくり返しています。
しかも、
広大なフィールド 森林 巨岩 湯煙 遠距離スタート 魔法使用可能 回復する薬湯 二時間制限
という条件が揃っている。
怜が、
> 「これは――ただの風呂などではない。湯煙で覆い隠された、疑似的な戦場(サバイバル・フィールド)だ。」
と看破する部分は、この章の構造を象徴しています。
さらに面白いのが、本人たちは遊んでいるつもりなのに、
10分 → 20分 → 30分 → 1時間
と、どんどん戦術能力を獲得していくところ。
つまり王国側は、
「訓練している」と悟らせずに兵士を育成している。
これはかなりブラックです。
怜が、
> 「楽しんでいるだけじゃない」 > 「……『使わされている』んだ」
と認識するところも非常に良いです。
3.そして「ブラック勇者」と「ホワイト採掘士」の逆転
この章の最大のギャグ構造です。
勇者組:
豪華な食事 ↓ 豪華な寝室 ↓ 温泉 ↓ 実戦訓練 ↓ 魔獣狩り ↓ ブラック軍事教育
タクト:
採掘 ↓ 午前中にノルマ終了 ↓ 午後サボる ↓ 三食付き ↓ 個室 ↓ 定時退社 ↓ 温泉
完全に逆です。
そして極めつけが、
> 「最底辺のEランクだったタクトのほうが……」
から、
> 「絶対、幸せじゃねえかよぉぉぉぉぉっ!!!」
になるところ。
これは非常に強いです。
さらに、
> 「俺も今すぐ、あの鉱山(ホワイト企業)へ行きたい。」
まで到達する。
第1章時点の「Eランク=負け組」という価値観を、第5章で完全反転させています。
この構造は作品のタイトル・主人公の性格とも非常に相性がいいです。
4.タクトの「能力を理解していない強者」ぶりが面白い
鉱山パートでは、タクトが実質的に異常な採掘能力を発揮しています。
最適な角度 最適な力加減 鉱脈の位置 亀裂 魔鉱石の採取
を、本人がほとんど意識せず処理している。
そして本人の認識は、
> 「どうやら自分には、採掘士としての天賦の才があるらしい。それでいい。」
という程度。
ここが非常にタクトらしい。
普通の主人公なら、
「俺の力の正体は何だ!?」
となるところを、
「疲れないし、楽だし、定時に帰れる。最高」
で終わる。
この価値観が一貫しています。
5.ワイバーン焼き鳥は、この章のギャグとしてかなり強い
フルートたちが、
「タレ多め」作戦
を実行。
本人たちは魔王軍として、
ワイバーン500頭を撃破 解体 熟成 焼き鳥化 鱗や爪を加工 魔石を加工 闇市場で素材売却
までやっています。
ところがタクトは全部、
「フルートさんたちの魔王ごっこの設定」
だと思っている。
この認識のズレが非常に面白い。
しかも実際に届いた焼き鳥を食べて、
> 「……うま」 > 「うまぁ……っ」
となる。
この「本人だけ真実を知らない」構造がかなり強烈です。
そして読者側は、
いや、それ本物のワイバーンだから!!
と突っ込める。
このタイプの勘違いコメディとして完成度が高いです。
6.凪の《ギャンブル》はかなり危険な能力
個人的に、今回かなり重要なのはこちらです。
凪は単なる「タクトが好きなお嬢様」ではありません。
《ギャンブル》によって、
確率そのものを操作する。
しかも、
1% ↓ 10% ↓ 30% ↓ 50% ↓ 100%
と魔力を投入して、
「偶然」を「確定」に変える。
つまり凪にとって、
> 「運命(ガチャ)」
とは比喩ではない。
本当に運命を操作している。
この設定によって、昨日も今日もタクトと温泉で遭遇できた理由が明確になります。
そして、
> 「純愛の皮を被った狂気の少女」
という表現。
これは凪というキャラクターの方向性をかなり明確にしました。
タクト:
「偶然ってすごいな」
凪:
「100%にした」
この温度差が最高です。
7.「平穏を愛する男」vs「平穏を壊す女」
この対立も非常に面白いです。
タクトが求めているものは、
> 「誰にも邪魔されず、一人で静かに温泉に入って、一人で真っ直ぐ帰る。」
という極端な平穏。
一方、凪は、
「タクトと一緒にいること」
のためなら、世界の確率法則すら捻じ曲げる。
つまり、
タクト
「平穏が欲しい」
凪
「あなたに会えるなら世界の法則を曲げます」
です。
この二人、相性が良すぎます。
そしてタクトが、
> 「何もしてないから余計に怖いんだよ!」
と言うところも非常に良い。
8.そして後半で一気に「世界情勢」へ
ここが章として非常に重要です。
タクト本人:
「新しい部屋楽しみだな」
フルート:
「魔王様が最前線へ進軍される!」
魔王軍:
「大進軍開始!」
南王国:
「東の魔王が帰還した!」
読者:
「いや、全部引っ越しの話だから!!」
この巨大な認識差が、この作品最大の笑いの一つになっています。
タクトの、
> 「明日も、安全第一でしっかり定時退社だな」
の裏側で、世界規模の軍隊が動き出している。
ここはかなり完成度が高いです。
9.南王国側の「東の魔王」認識も秀逸
南王国の軍部は、
「五百頭のワイバーンを一撃で消滅」
という情報から、
「東の魔王が復活した」
と判断。
さらに北方鉱山へ魔王軍が進軍している。
その結果、
「国家を滅ぼせる存在が、わざわざ友好的に接してきている」
という恐怖になります。
これは単なる勘違いギャグではなく、ちゃんと外交劇として成立しています。
国王側は、
「敵対してはいけない」
と判断し、
正式な友好関係・不戦条約を結ぼうとする。
ところが――。
10.大神官が全部ぶち壊す
ここで悪役が登場。
大神官の思想は、
「勇者を兵器として使って魔王を倒す」
です。
しかも、
勇者が勝てば神殿の功績 勇者が死ねば「勝手に暴走した」 王には責任を取らせる 魔王を倒せば神殿派が権力掌握
という、恐ろしく自己中心的な政治設計。
特に、
> 「そのときは――未熟な勇者たちが浅薄な血気にはやり……『勝手に暴走した』ことにすればよい」
という発想は、大神官の邪悪さを一発で理解させます。
つまり第5章終了時点で、
タクト本人は何も知らない。
しかし、
魔王軍は進軍。 南王国は恐怖。 国王は友好条約を準備。 大神官は勇者を暗殺部隊として投入。
という状態です。
これは次章への引きとしてかなり強い。
特に良かったところ
🥇 1位:ブラック勇者 vs ホワイト鉱山
ここが章の核。
「Sランクだから勝ち組」が、
「Eランクなのに定時退社できるタクトが勝ち組」
へ反転する構造が非常に綺麗です。
🥈 2位:タクトの引っ越し=魔王軍の大進軍
これが最高にこの作品らしい。
タクト:
「広い部屋に引っ越したい」
フルート:
「魔王様が最前線へ出陣される!!」
この勘違いは今後も作品の大きな武器になります。
🥉 3位:凪の確定ガチャ
凪のキャラクターが一段階深くなりました。
「好きだから会いたい」ではなく、
「会える確率が低いなら、100%になるまで世界を賭ける」
という危険人物。
かなり印象に残ります。
気になったところ
かなり高評価ですが、商業作品として見るなら改善ポイントもあります。
① 勇者側の説明が少し長い
「ブラック軍事教育」の説明は面白いのですが、
訓練 怜の分析 王国の意図 戦争 洗脳 チュートリアル
について、やや同じ意味の説明が重なる箇所があります。
特に怜の分析は非常に重要なので、
2~3割程度圧縮すると、さらにテンポが上がる
と思います。
② 「勘違いの再確認」が少し多い
タクトの
「これはごっこ遊びだ」
という認識は作品の重要要素ですが、ワイバーン関連では、
「本物ではない」 「設定遊び」 「妄想」 「フレーバー設定」
が何度も確認されます。
読者は途中から理解しているので、少し削っても成立します。
③ 大神官の悪意はかなりストレート
大神官は非常に分かりやすい悪役です。
そのため、
「こいつは絶対にろくなことをしない」
という分かりやすさはありますが、もう一段、
「本人は本気で正義だと思っている」
方向へ寄せても面白いです。
例えば、
「魔王から王国を救うためなら勇者を犠牲にすることも神への奉仕」
くらいの宗教的正当化を強くすると、さらに怖くなります。
ただし、現在の作風なら今の「露骨な悪党」も十分機能しています。
キャラクター評価
| キャラクター | 評価 | | | : | | 指揮タクト | 98点 | | 氷室怜 | 96点 | | 千歳凪 | 98点 | | フルート | 97点 | | 藤堂葵 | 88点 | | 南王国国王 | 89点 | | ダッシュ・レイン | 93点 | | 大神官 | 91点 |
特に、
タクト・凪・フルート
の3人が非常に強いです。
商業作品としての採点
| 項目 | 点数 | | | : | | ストーリー構成 | 96 | | キャラクター | 97 | | ギャグ | 98 | | 主人公の魅力 | 98 | | 世界観 | 95 | | 設定 | 96 | | テンポ | 91 | | 戦闘・軍事描写 | 94 | | 勘違いコメディ | 99 | | 次章への引き | 98 | | 独自性 | 96 | | 商業性 | 96 |
総合:96点/100点
かなり高いです。
一番評価したいポイント
この章の本当の面白さは、
「誰が勝ち組なのか」という価値観が完全に逆転すること
だと思います。
普通なら、
> Sランク勇者 > > Aランク勇者 > > Bランク > > Eランク採掘士
なのに、第5章終了時点では、
> 定時退社できるEランク採掘士 > > >>>>>> > > 死ぬほど働かされるSランク勇者
になっている。
しかも本人はその事実を自覚していない。
さらに世界から見ると、
> Eランク採掘士=恐怖の東の魔王
という、とんでもない認識になりつつある。
この「本人の自己評価・読者の認識・世界の認識が全部ズレている三重構造」が、この作品最大の武器になっています。
そして最後に、
「勇者たちは東の魔王を殺しに行く」
一方で、
「東の魔王本人は明日も定時退社する気満々」
という構図。
第5章の締めとして非常に強いです。
総評
「異世界召喚もののテンプレを、ブラック企業・ホワイト企業・勘違い魔王・確定ガチャ・政治劇へ変換した、かなり完成度の高い回」です。
特にYouTubeなどで切り抜くなら、
「Sランク勇者たちがブラック労働に気づく」→「Eランクのタクトが実は勝ち組だった」→「焼き鳥ワイバーン」→「引っ越しが魔王軍の大進軍になる」
という4本柱が非常に強いです。
96点。現時点ではシリーズの中でもかなり上位に入る章だと思います。
|
◀第04章 『追跡者は、完璧なお嬢様』
|