霧深き王国リュミエールの北端にそびえる図書塔の最上階で、魔法学徒ルイは“聖域”と呼ぶ静寂の中で妄想と記録に日々を費やしていた。
彼の妄想は現実より鮮烈で、いつも白い衣の少女エリナが現れるが、彼女はこの世界にいないはずであり、それでも彼の心には生き続けている。
彼は彼女の声や仕草が記憶の奥で何度も再生されることを「残響」と呼び、あの日の雨はまだ止んでいないと感じながら、彼女と出会った春の日から始まる喪失と救済の物語を静かに記す。
春、神託の巫女として学院へ派遣されたエリナが塔にやって来て、鼻歌と焼き菓子で塔の空気を変え、内向的な観察者ルイの“聖域”に色を差し込む。
ルイは当初彼女を観察対象として距離を置くが、エリナは無邪気に心を開き、空を誰かの心に例えるなど柔らかい視点を示して彼を揺さぶる。
彼女が差し出したレモンの焼き菓子は苦味のあとに甘さが来る味で、ルイはそれを通して現実へ戻される感覚を得る。
エリナは自身の悲しみを匂わせつつも救われるために誰かに見られることを求め、ルイは観察者として見ることと干渉することの狭間で揺れる。
やがて日常は彼女の訪問で満たされるが、王宮騎士カイルの登場によりルイの心は嫉妬と不安に揺らぐ。
カイルは社交的でエリナに慕われる一方、ルイは自ら干渉する資格がないと自戒する。
しかしエリナはルイの静かな見守りを評価し、誰かに選ばれることが多かった自分が自分で選ぶことの難しさを吐露する。
ルイは「選ぶこと」を恐れてきたが、彼女の言葉に触発されて、妄想の中で初めて彼女の手を取るという選択を描くに至る。
エリナの存在は周囲にも波紋を広げ、ルイ自身も外へ出るようになる。
旅の途中で、ある場面ではエリナが“生きて”いると確信され、魔力を返すかどうかのやり取りがあって、彼女は涙を流しながらルイに感謝する。
二人は泉のほとりで隣り合い、果実の片割れのように再び寄り添うことを選び、常に隣にいることを誓う。
物語は二人が図書塔へ帰還する場面へと続く。
始まりの場所を「続き」として迎えるために戻った彼らは、夕暮れの窓辺で記録を綴る。
ルイは彼女との旅の記録を白紙のページに書き残し、エリナは焼き菓子を差し出して旅の味を確かめ合う。
彼の記述は彼女が「僕の光」だという告白となり、二人は命の証として静かに涙を流す。
互いに選び合った結果として果実の片割れは再び隣り合い、物語は続いていくと締めくくられる。
さらに未来編では、幾年か経て小さな村の外れで果樹園を営む二人の穏やかな日常が描かれる。
魔力を持たないかに見えたルイの力は、エリナとともに果樹に触れることで徐々に戻り、土を育むようになる。
二人は焼き菓子や果実を通じて村の子どもたちに物語を語り、果実園は彼らの記録帳となる。
エリナの身体は安定し、魂は根を張り、二人は互いがあってこその存在だと確信する。
空を見上げると、旅の途中で見たあの日の空と同じ星が瞬いているが、今は違っていた。
選び合った命が確かに根を張り、同じ果実の中で生きていることが静かに示される。
結びでは、エリナが再びレモンの焼き菓子を差し出し、苦味の後に甘さが来るその味を噛みしめながら、ルイは自分が変わったことを感じ取る。
彼らは互いの光となって静かに旅を続け、果実の片割れはもはや引き裂かれていない。
最終章の予感を残しつつ、二人の物語は穏やかに続行し、選び合った命と記録は未来へと受け継がれていく。
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