Professor Shinguuji's Secret Lecture

真宮寺教授の秘密講義

真宮寺教授 (Professor) 若き天才女性教授。青髪のツインおさげに白衣。競馬を統計学として分析する冷徹な頭脳の持ち主。
佐倉 (Assistant) 教授の助手を務める男性。データ集計からコーヒーの準備までこなす苦労人。
若葉 (Student) アニメ好きの女子学生。元気な関西弁。直感で動くため、しばしば教授の論理の壁にぶつかる。

第2章
第一弾『消すべき3頭』

深煎りコーヒーの重厚な香りが、古書と書類の山に占拠された研究室を満たしていく。佐倉が丁寧にドリップした琥珀色の液体が、三つのマグカップに注がれた。コポコポという小気味よい音に混じって、部屋の隅から「サクサク、サクサク」という軽快な破裂音が響く。

丸椅子の上であぐらをかきながら、若葉がコンビニ袋から取り出したビスケットを頬張っていた。口の周りに細かい粉をつけながら、彼女は満面の笑みを浮かべる。

「ん〜! この発酵バターのビスケット、ほんまに最高ですわ! 噛めば噛むほど甘味が広がって……あ、せや! ビスケット繋がりでええ馬おるやないですか!」

呆れたようにため息をつき、神宮寺は冷めかけた自分のコーヒーに口をつける。舌の上を転がる心地よい苦味を感じながら、彼女は視線をタブレットから外さなかった。

「若葉。まさかとは思うけれど、名前が可愛いからという理由で『ホウオウビスケッツ』を推そうとしているんじゃないでしょうね?」

「えっ、なんで分かったんですか!? 教授、エスパーちゃいます!?」

「あなたの単純な脳内連想ゲームなんて、幼稚園児のパズルより読みやすいわ。ビスケットからホウオウビスケッツ……呆れて反論する気も起きないわね」

「でも教授、ホウオウビスケッツはただ名前が可愛いだけの馬じゃありませんよ。去年の毎日王冠では2着に入っています。実績だけで言えば、決して侮れない穴馬候補だと思うんですが」

「佐倉くん、君まで若葉のサクサク病に感染したの? 毎日王冠がハイレベルだったのは認めるわ。でも、あれは『1800メートル』のレースよ。今回の金鯱賞は何メートルかしら?」

「えっと……2000メートル、ですね」

「そう。たった200メートル。されど200メートルよ。過去のデータを見てごらんなさい。ホウオウビスケッツは、2000メートル以上の大きなレースに出るたびに、見事に粉々に砕け散っているわ。天皇賞・秋で13着、ジャパンカップで16着。これが現実よ」

「じゅ、16着!? ほな、前回のレースはボロ負けやったっちゅうことですか!?」

「そういうことだね。金鯱賞の過去9年のデータを見ると、優勝馬には『前走が6着以内』という絶対的な共通点があるんだ。前走で16着に沈んでいるホウオウビスケッツは、この時点で優勝の確率が著しく低いと判断せざるを得ない」

「その通りよ、佐倉くん。彼は短い距離の、格下のレースでしか通用しないの。厳しいレースに出るたびに評価数値も急降下している。名前は甘くても、現実は苦いのよ。はい、一頭消去」

「うぅ……私のビスケットちゃんが……。ほな、経験豊富なベテランのお爺ちゃん馬はどうですか? 『アラタ』! なんか玄人っぽくて渋いやないですか。年の功で若いもんを出し抜く、みたいな!」

「佐倉くん。過去9年の金鯱賞において、『7歳以上』の馬が3着以内に入った確率は何パーセントかしら?」

「……ゼロ、ですね。過去9年間で7歳以上の馬は11頭出走していますが、一度も3着以内に入っていません。全滅です」

「な、なんやてー! ゼロパーセント!? 嘘やん、うちのお爺ちゃんかて90歳で元気にゲートボールでホールインワン決めとるのに!」

「馬はあなたのお祖父様じゃないのよ、若葉。アラタはなんと御年9歳。データが存在する中で最高齢よ。おまけに前走の有馬記念では15着と大敗している。年齢という分厚い壁と、近走の不調という二重苦。これを覆すロジックは、この世のどこにも存在しないわ。はい、二頭目消去」

「うーん……なかなか厳しい世界ですわ……。ほな、最近深夜アニメでやってる『ゴースト・サバイバー』みたいに、蘇る亡霊みたいな名前の馬はどうですか! 『ニシノレヴナント』! なんか暗闇からスルスルと出てきそうでかっこええ!」

「若葉さん、連想ゲームもいい加減にしないと……。でも教授、ニシノレヴナントは年齢も6歳ですし、極端に悪い条件には見えませんが……」

「佐倉くん、君は本当に『見えないもの』を見落とす天才ね。彼の調教師の所属を見てごらんなさい。どこかしら?」

「ええと……あっ。美浦、つまり関東の所属ですね」

「正解。金鯱賞は中京、愛知県で行われるわ。関東から馬を運ぶ『長距離輸送』が発生するの。過去9年間の優勝馬9頭、彼らの所属はすべてどこだったかしら?」

「……すべて、栗東。関西の所属馬です」

「えっ、関東の馬は9年間、一回も勝ってへんのですか!?」

「そういうこと。輸送のストレスや、直前の調整の難しさが、結果という数字に残酷なまでに反映されているのよ。これは単なる偶然じゃないわ。おまけにニシノレヴナントは、近走の重賞で2戦連続9着。完全に実力の底が見えているわ」

「ホウオウビスケッツ、アラタ、ニシノレヴナント。まずはこの3頭を、私たちの視界から完全に消去するわ。これで無駄な思考のノイズが少し減ったわね」