第3章
第二弾『二次選考:消すべき3頭』
研究室の窓から差し込む春の陽光が、空中に舞う細かな埃を黄金色にキラキラと輝かせていた。淹れ立てのジャスミンティーから立ち昇る、花のような甘く清涼な香りが部屋の空気を優しく包み込む。佐倉が気を利かせて、コーヒーからお茶へと切り替えたのだ。カップの縁に触れると、じんわりとした温もりが手のひらに伝わってくる。
「ふう……。さて、ゴミ箱行きになった3頭のことは忘れて、残る11頭の身体検査を始めるわよ」
神宮寺は冷ややかな声で宣言し、指先でタブレットの画面をスワイプした。カツン、と爪がガラスを叩く硬質な音が響く。モニターには、まだ生き残っている馬たちの名前がズラリと並んでいた。
「あ! 身体検査言うたら、昨日から始まった深夜アニメ『魔法少女メディカル・ルル』見ました!? 注射器のステッキで悪いウイルスをやっつけるんやけど、敵のボスがイケメンの都会派スパイで——」
「都会派スパイ? ちょうどいいわね。なら、その連想ゲームに付き合ってあげる」 神宮寺はモニターの一番上にある名前をレーザーポインターで丸く囲んだ。 「『アーバンシック』。直訳すれば『都会的な洗練』。この都会派の馬をどう評価するかしら、若葉」
「都会的で洗練されとる……つまり、タワマンの最上階でワイン揺らしとるようなセレブ馬や! ほら、背負う荷物も58キロって一番重いやないですか。これはもう、ハイブランドの高級な重たいコート着とる証拠ですわ!」
「確かに58キロという一番重い荷物を背負うのは、公式に『強い』と認められた証拠だね。でも教授、さっきの章で『関東から遠征してくる馬は輸送のストレスで勝てない』というデータがありましたよね。このアーバンシックは……美浦、つまり関東の馬です」
「えっ! ほな、せっかくのタワマンセレブが、新幹線でエコノミークラスに乗らされてヘトヘトになっとるってことですか!?」
「エコノミークラスどころじゃないわ。この馬、前回のレースはどこで走ったと思う? 『香港』よ。海外への大遠征をして、結果は10着とボロ負け。そこからたった3ヶ月で、今度は愛知県まで長距離移動させられるの」
「海外帰りの疲労に加えて、関東からの長距離輸送。おまけに、この馬の『能力の成績表(レーティング)』を見ると、点数が100点になったり118点になったり、また99点に落ちたりと、ジェットコースターみたいに乱高下していますね」
「その通りよ、佐倉くん。気分が乗れば120点の力を出すけれど、少しでも環境が変わると赤点を取る。そんな気分屋の都会っ子に、遠足の疲れが残った状態で大事なお金を預けられるかしら? 答えはノーよ。はい、二次選考の脱落者、第一号ね」
「うわぁ、セレブの転落人生や……。ほな、次はどうですか! 『ジョバンニ』! これ絶対、銀河鉄道に乗って星空を旅する純真な少年の名前やないですか! しかも年齢は4歳! 若さ爆発のフレッシュボーイですわ!」
「確かに、データ上は4歳の馬が一番よく勝つという傾向があります。でも、ジョバンニ少年は……銀河ステーションには辿り着けなかったみたいですよ」
「えっ、途中下車したん!?」
「途中下車どころか、見事に期待を裏切る『常習犯』なのよ」 神宮寺は冷ややかな視線を若葉に向けた。 「この馬、前回のレースでは『2番目に人気』だったのに、結果は7着。その前の大きなレースでも8着。みんなが『この少年ならやってくれる!』と期待して高い切符を買うのに、本番になるといつも迷子になって馬群に沈むの」
「うわぁ、あかんやつや……。顔はええのに、いざという時に役に立たんヘタレ男子みたいなもんですか」
「的確な表現ね。おまけに、今回走る愛知県のコースは、坂道があったり、カーブが独特だったりと、初めて走る馬にはすごく難しいの。このヘタレ少年は、そんな複雑なコースを走った経験が一度もない。人気の割に結果を出さない見掛け倒しの馬を買うことほど、愚かな行為はないわ」
「うーんと唸りながら、自分のポニーテールをいじり始めた。セレブもヘタレ少年もあかんのか……。ほな、女の子はどうですか! 『サフィラ』! サファイアの宝石みたいにキラキラ光るお姫様! 牝馬やから背負う荷物も55キロで、男の子たちより3キロも軽いですやん!」
「荷物が軽いのは確かに有利です。でも教授、サフィラの最近の成績を見ると……5着、7着、12着、13着と、どんどん順位が下がっています。完全にスランプ状態に見えます」
「スランプじゃないわ、佐倉くん。これは『限界』よ」 神宮寺は静かに首を横に振った。 「馬にはそれぞれ、一番得意な『走る距離』があるの。サフィラのお姫様が一番いい成績を出したのは『1600メートル』。つまり、短距離走の選手なのよ」
「短距離走の選手が、今回は2000メートルを走る……つまり、マラソン大会に出させられとるってことですか?」
「その通り。短い距離なら速く走れるけれど、距離が長くなればなるほど息切れして負けている。前回のレースも2200メートルを走って5着。データ的に見ても、前回2200メートルの長い距離を走って負けた馬が、今回急に巻き返す確率はたったの『10%』しかないわ」
「お姫様、息切れでリタイア……。アーバンシック、ジョバンニ、サフィラ。これでまた3頭消えましたね。私の直感、全部外れてるやないですか!」
「あなたの直感なんて、天気予報の『一時雨、ところにより晴れ』くらい当てにならないわ。これで残るは8頭。データという名のフィルターで不純物を取り除き、いよいよ本物の原石だけが残ってきたわね」