Professor Shinguuji's Secret Lecture

真宮寺教授の秘密講義

真宮寺教授 (Professor) 圧倒的な論理で馬を斬る。夕暮れの光の中で、王者の資格を見定める。
佐倉 (Assistant) データの番人。教授の思考を補完し、統計の裏に潜む真実を探る。
若葉 (Student) 直感の守護者。アニメ的想像力で、完璧な論理に「ロマン」を求める。

第5章
隠されたステータスと、右肩上がりの絶対王者

傾きかけた春の太陽が、窓ガラスを通して研究室の床に長い影を落とし始めていた。開け放たれた窓から吹き込む風には、微かに湿った土の匂いと、どこからか漂う沈丁花の甘い香りが混じっている。静寂の中、ホワイトボードに書かれた「残存5頭」の文字だけが、西日を浴びてオレンジ色に不気味な輪郭を浮かび上がらせていた。

パイプ椅子の上でスマートフォンを横持ちにし、食い入るように画面を見つめていた若葉が、ふいに顔を上げた。

「教授! 最近のアニメで『モブキャラのフリした俺、実はレベル999の最強魔導士でした』ってやつがあるんですけど、これって競馬でもあり得ますよね!? 実はめっちゃ強いのに、わざと本気出してへん隠れボスみたいな馬!」

ホワイトボードの前で腕を組んでいた神宮寺は、呆れたように小さく息を吐き、手元のタブレットでリストをスクロールした。

「若葉、競馬の世界に『能ある鷹は爪を隠す』なんて悠長なシステムは存在しないわ。走るたびに全力を出さなければ、賞金も次への切符も手に入らない。ただ……あなたが言う『強さの底が見えていない馬』なら、この5頭の中に一頭だけいるわね」

タブレットの画面を大型モニターに切り替えると、佐倉が身を乗り出して目を細めた。

「強さの底が見えていない……。あっ、もしかして『ヴィレム』のことですか? 確かにこの馬、まだ一度も重賞という一番上のクラスのレースに出たことがありませんよね」

「えっ! ほな、今回が初めての大きな舞台っちゅうことですか! まさに隠れボスやん!」

「隠れボスか、ただの村人Aか、まだ誰にも証明できないだけよ」 神宮寺は冷ややかに言い放ち、ヴィレムの名前の横に『第5位』と書き込んだ。

「ええーっ! なんで最下位なんですか! これから覚醒するかもしれへんのに!」

「若葉さん、落ち着いて。前回のレースでこの馬は2着に入っているけど、それはメジャーリーグじゃなくて、2軍の試合での話なんだ。実力が測れないというのは、期待でもあるけど、大きすぎるリスクなんだよ」

「佐倉くんの言う通りよ。可能性がゼロではないけれど、自分のお金を賭ける『根拠』としてはあまりにも薄弱すぎるわ。だからヴィレムは5位。……さて、次は第4位ね。若葉、大好きなアイドルアニメの決め台詞みたいな馬がいるじゃない?」

「ああっ! 『シェイクユアハート』! 私の心を揺さぶる、最高のパフォーマンスを見せてくれるはずですわ! だってこの馬、過去に愛知県のこの同じコースで、重賞レースを勝ってるんですよ!」

「確かに、同じコースで勝った経験があるのは素晴らしいわ。でも、それは一つ下のクラスでの話。問題は『前回のレース』よ。佐倉くん、前回のレース結果と、一緒に走っていた馬の名前を読み上げなさい」

「ええと、前回のレースは京都記念。結果は4着ですね。……あっ。このレースで1着だった馬、今回の金鯱賞にも出走しています。『ジューンテイク』です」

「待って、それって……同じクラスのレースで直接対決をして、シェイクユアハートは負けとるってことですか?」

「そういうことよ。同じ条件で走って明確に負けた相手が、今回も同じレースに出ている。それなのに、負けた方を上位に評価する論理なんて存在しないわ。だから、シェイクユアハートは第4位よ」

「さあ、ここからが上位3頭。本当に悩ましい、論理と論理のぶつかり合いよ。第3位は……『クイーンズウォーク』よ」

「えっ、クイーンズウォークが3位ですか!? 昨年のこのレースの優勝馬ですよ! 厩舎もこのレースを4連覇中です。普通に考えれば大本命じゃないですか?」

「実績は申し分ないわ。でもね、彼女には一つだけ、絶対に無視してはいけない『致命的な傷』があるのよ。若葉、この女王様の前回のレースの着順を言いなさい」

「えっと……天皇賞・秋で、9着……ですね」

「……『前回のレースで、6着以内に入っていること』。過去9年間、前走で7着以下に負けた馬は、一度もこのレースを勝っていません」

「過去9年間、一度も例外が起きていない法則を、贔屓目で捻じ曲げてはいけないわ。実績は最高だけれど、絶対条件に違反している。だから、第3位が限界よ」

「第2位は、ドゥラドーレスよ」

「ちょっと待ってください、教授! ドゥラドーレスは7歳の馬ですよね!? 7歳以上の馬は一度も3着以内に入っていないはずじゃ……」

「良い指摘よ。でも、このドゥラドーレスには決定的な違いがあるの。若葉、この馬の最近の成績を順番に読んでみなさい」

「えーっと……2着、2着、2着、2着……。うわっ! 全部2着や! 銀メダルコレクターですわ!」

「彼は直近の大きなレースで4回連続2着。実力を示す点数もトップクラスを維持している。つまり、彼は『年齢による衰えをデータで否定し続けている』唯一の例外なのよ。ただし、勝ち切れない癖があるから第2位よ」

「そして第1位は……『ジューンテイク』よ」

「凄いです、教授……。実力を示す点数(レーティング)の推移が、見事なまでの『右肩上がり』です!」

「今、最も成長のピークにいて、前回のGⅡレースで見事に優勝している。年齢も5歳と一番脂が乗っている時期。すべてにおいて隙がないわ」

「でも、前回の2200メートル組が勝つ確率は10%というデータが……」

「彼はその10%を、実力で引き寄せる『例外中の例外』よ」